本編

6話 -偏見-


「やけに人がいないな」
クメアッキに着いた途端、クロウがぽつりと呟いた。

「建物そんな古くもないよね。そんな寂れた町っていう風には見えないけど……」
「ああ。ここは元々観光地で戦前は毎日人で溢れていたそうだ。戦後減っていた観光客も徐々に戻ってきていると聞いていたんだが……」

「もしもし、お客さん方」

クメアッキの住人と思われる女性の老人が近付いて声をかけてきた。

「今ここは危ないから、早くうちの宿に来なさい」
「おばあちゃん、危ないってどういう事?」
「話は後で、早く」

老人に言われるがままについていき、老人が経営する宿に入っていった。

■■■

「ごめんなさいね、突然」
私達にお茶とお菓子を出しながら、老人は何があったのか教えてくれた。

「昨日キメラがこっちの方に逃げたしたって知らせを受けてねぇ。どんな大きさとか、狂暴か、なんて聞いてないけど恐くってみんな家に引きこもってるのよ」

それを聞いた途端、クロンが唇を噛みしめ俯いてしまった。

「あ、あの!でもまだそのキメラ見た人はいないんですよね?」
「そうねぇ……森の方から普段聞かない遠吠えが聞こえたとか、何者かが素早く去るのを見たって人はいたけど、ハッキリ見たって人はいないわね」
「じゃあきっとデマの可能性も……」
「いいえ、それはないわ。研究員の方だったかしら?その人達がわざわざ来て、気を付けてくださいね、って言ってきたもの」

ああ、そこまでされたら本当にキメラいるのかもなぁ……。クロンはクロウの管理の元いたわけだし、他の研究所からだろう。でも、そんなにキメラの研究所ってあるものだったか……?

外からカァカァとカラスの鳴き声が聞こえてきた。
するとクロウが立ち上がり、扉へと向かっていった。

「お兄さん、外は危ないわよ」
「大丈夫、外には出ませんよ。知人が来たので入れてもいいでしょうか」
「? え、ええ。お客さんは何人でも歓迎するわ」

そう言って扉を開けると一羽のカラスがクロウの腕に留まった。

「あ、昨日のヤツ」
「あらかわいいお友達ね! お名前はあるの?」
「友達ではなっ……ゲンです」

クロウが友達では、と言いかけた所で嘴で腕をつついていたのを私は見逃さなかった。
そういえば、あのカラスの名前初めて聞いた。ゲン、というのか。

「ずっと腕じゃあ貴方も疲れちゃうでしょ、ちょっと待ってね。確か止まり木にいい木が奥に……」

老人はすっかりゲンを気に入ったのか、かわいいかわいいと言って止まり木を探しに奥へ行ってしまった。

「キメラ、怖がられてんだから人に成るなよ」
「はいはいわかってますよ」

「あったあった、これどうかしら?」
「いいですね、ありがとうございます。ところでその、部屋で休みたいのですが……」
「ああごめんなさい! すっかり忘れていたわ……さ、どうぞ部屋は二階よ」

二階に上がり、案内され止まり木もついでに借りて部屋に入った途端クロウが「はあ」と大きな溜め息をついた。

「どしたのお兄ちゃん」
「老人は偏見があり話が長い上に自分の思うように話を進めるのが……疲れる……」
「それも偏見では……」
「いいじゃんあのおばーちゃん、優しくて俺は好きよ?」

今まできちっとしていたクロウがぐだっとなっているのを見るのはなんだか新鮮だ。そこまで老人相手は苦手なのだろうか。

「全く、キメラで危険なのなんて人語が通じない奴らだけで安全な者だっている。それなのにキメラが逃げ出しただけであの怯えようは異常だ。一体どう説明したんだ、ここに来た研究員は!」

今度はぶつくさと愚痴を始めた。
「こうなるとお兄ちゃん、しばらくうるさいから放っておこう」
声を抑えてクロンが耳元で話してきた。そうだろうな、と答え二人で部屋の奥へ行った。

■■■

「とりあえず湖を見に行こう」

二人でトランプを始め、五分も経たずにクロウが私達に言ってきた。機嫌は相変わらず悪そうだ。

「もう行くの? わたし、明日でもいいよ?」
「早く行動した方がいいだろ、コタ」
「え? あー……うん、そうだね、でも」
「よし行くぞ」
「ちょっ」
「俺もいい? めっちゃ見たい」
「好きにしろ」

イライラしすぎてとにかく動いてないと落ち着かないのだろうか。もう部屋を出ている。
二人と一羽、急いでクロウの後を追った。

■■■

宿を一旦出る際、老人は部屋で休んでいるのかロビーにはおらず何も言われず出れたのは運が良かった。

クメアッキにある氷龍の湖は町のすぐ奥にあり、徒歩五分といった所にあった。

「うっわー! おっきーい!」
「すっげー、こんなデカいんだ」

クロンとゲンがはしゃいで湖を見ている。
町には一切なかった霧が湖にかかり、不気味でありながら幻想的な光景で、湖が地の果てまで続いていると錯覚されるほどだった。

「すごい……」
あまりの凄さに私も思わず声に出ていた。

「そんなにかぁ?」
茶を濁すような言い方でクロウが呟いた。

「わかってないなぁお兄ちゃん」
「これだから子供は」
「………………」

無言でゲンの首を掴み上げているのが怖い。怖いよクロウサン。

「っぷはぁぁーー! 何すんだよ! 動物虐待ダメゼッタイ!!」
「どうどう……」
「あれ、クロンは?」
「え? さっきまでそこにいたのに」
「瀕死の俺の心配もしてよ……」

ゲンの事などお構い無しにクロンの事を心配するクロウ。シスコン、少しはゲンにも構ってあげなって……と思うも口には出さなかった。

湖に沿って進んでいると、前に歩いている二つの人影が見えた。

「クロン!」

その片方がクロンだと気付いた瞬間、クロウが駆け出して近付いていった。

「一人で勝手に行っちゃ危ないだろ」
「一人じゃないもん!」
「アナタがクロンのお兄さん?」

もう一人、クロンと共にいた女性が話しかけてきた。
6/37ページ