本編
「おはよー」
朝食のために食堂へとクロンと共に移動し、クロウと合流した。
「あれ、意外と眠そうじゃないね」
「普段から睡眠時間は短い方だからな」
「あのカラスは?」
「部屋だよ、こんな所に連れてきたら朝食全部つつかれて食べられなくなる」
それもそうだ、鳥に加えてあのカラスだもんな……
朝食を食べながら、クロウは昨夜考えた案を話してくれた。
「まずは昨日クロンがいっていたクメアッキに行こう。そこからミオネイドを通ってアリカドラに向かう。グラデュワまではそこから2~3ルートあるからまた後で決めようと思うんだが……それでいいか?」
「充分! ありがとう!」
正直土地に詳しくないので半分くらい理解できていないが、クロウに任せておけば大丈夫だろう。頼れる人が一緒で良かったと改めて思った。
「……お前、俺に任せときゃいいって思ってるだろ」
「ふぇ!? お、オモッテナイヨ!??」
「すぐ顔に出るタイプだろ、わかりやすすぎるぞ」
「え、嘘、そんな顔してた……?」
「やっぱり思ってたんだ」
「あっ」
嵌められた……
顔に出ていたとは思わなんだ。これから気を付けよう。
「場合によっては人に頼る事も大事だが基本は自分で動けよ、俺達はあくまでお前に付いていってるんだからな」
「はい……」
正論を言われぐさりと刺さる。なんというか、親に叱られている気分だ。
「あ、そうだ、昨日話し忘れてたんだけど私の父さんに手紙を書いてほしいんだ」
「お前じゃなくて、俺が?」
「私も書くけど、かくかくしかじかな事情がありまして……クロウとクロンの二人にも書いてほしいの」
「クロンも書いていいの?」
「うん、是非書いて!」
「やったー! 何書こうっかなぁ」
クロンは足をぶらぶらさせて喜んだが、行儀が悪いとクロウに怒られぶーぶー言いながらも言う事をきいていた。
■■■
朝食を済ませると一旦部屋に戻って私の父への手紙をみんなで書き始めた。例のカラスは先にクメアッキの町を見ると言って羽ばたいていった。
「子供思いのいい父親なんだな」
さらさらと書きながらクロウが言ってきた。
「ただ過保護なだけだよ」
「それでも、羨ましい」
その言葉を聞いて、私は何も言えなくなってしまった。
戦争で人は狂った。今まで優しかった人も、戦争に行けば皆同じ人を攻撃する恐ろしい人に変わってしまう。戦争が終わっても、しばらくそれは変わらない。いや、生きている限り変わってしまったらずっとそのままなんだろう。
私の父親が例外なだけで、恐らくクロウの親も戦争で狂ってしまった人なんだ。
どうして戦争なんかあったのだろう。
戦後の今でもどこかで小さな争いは続いている。それを母は止めに行くと言って、帰ってこなくなってしまった。
戦争さえなければ、母は戦士などと言われず、女神とも称えられず、ただ一人の人間で私の母であったのに。
■■■
手紙を書き終えると宿を出てポストに投函し、クメアッキへと向かった。
「コタ?」
「顔色が良くないが、体調悪いのか?」
「え? そ、そんなことないよ? 元気元気!」
二人に声をかけられるまでいつの間にか俯いていた。自ら頬を軽く叩き、慌てていつもの表情に戻す。
「何かあるなら言えよ」
「うん」
「……なんで戦争があったのかなぁ、って思っちゃってさ」
「いきなりどうした」
「あ、いやさ、そもそもグラデュワに行くのもこの剣を母さんに届けるためでさ。母さん、戦争が終わった今でもどこかで続いている争いを止めるって言って出ていったきりなんだ。だからこの剣が必要なんだろうな、って思って……」
「一人で止めにいくって行ったのか?すごい人だな……その剣は?」
「母さんが昔、戦争で使ってたんだって。そして、戦争をこれで終わらせたから女神って呼ばれて」
「女神ってまさか、あの!?」
クロウが異常に食い付いてきてとても驚いた。
「知ってるの?」
「戦争の女神を知らない奴はいないだろう! まさかお前、母親がしてきた事知らないのか!?」
「ううんと……戦争終わらせたって事ぐらいしか……あとめっちゃすごい強い?」
「間違ってはないが、なんというか……無知は恐ろしいな……しかしこんな近くに居たとは知らなかったな」
「せんそうのめがみ、って?」
クロンも知らないようで聞いてきた。
ついでに私にも教えてほしい所だ。
「ああ、20年前まであった戦争……通称、黒白戦争を終わらせた女神の事だ」
■■■
黒白戦争。
30年前、“ダークヘッド”と呼ばれる髪色が濃い人種と、“ライトヘッド”と呼ばれる髪色が薄い人種がどちらが偉いか、どちらが土地を管理するかで勃発した国内戦争である。
戦地は国内あちこちで広がり、最終的には最後の楽園と言われたグラデュワにまで及んだ。
美しく咲いていた花は踏み潰され、動物達の木陰となっていた木々は武器に変わり、楽園は瞬時に地獄へと変わった。
ダークヘッドもライトヘッドも疲れきっていたが戦争は終わらなかった。
お互い、指揮を取る人間が数人いるだけで王のようなトップは存在せず、ただただ片方が片方を全滅させるまで続くという泥仕合だった。
グラデュワに戦地が及んだ時点ではライトヘッドが若干優勢だったが、最終的に戦地にいるライトヘッドは一割まで減っていた。
そこに目をつけ、ダークヘッドの一人はライトヘッドの一人にこう言った。
「そこの貴方。貴方が戦争をやめると言ったら私達ダークヘッドは貴方達ライトヘッドを一切攻撃をしない。だからお願い、一言戦争をやめると言ってください」
一人のライトヘッドはやめると言った瞬間に我らライトヘッドが負けとなるのを怖れ、優位に立とうとするダークヘッドを憎み、すぐには答えられなかった。
しかし、やはり長引いた戦争を終わらせたい気持ちは双方同じと汲み取り、ダークヘッドに答えた。
宣言通り、その一言で争いは終わった。どちらが勝ち、どちらが負けという事は無く以後は両者平等に扱う、という約束の元戦争は本当に終わった。
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「すごいね、コタのお母さん! コタのお母さんがいなかったら戦争終わってなかったんだ」
「……そうだな、だが」
クロウは少し悲しそうに話を続けた。
「減り続けたライトヘッドの人口、そしてダークヘッドに言われ攻撃をやめたライトヘッド。両者差別はしないと誓ったものの、あくまで“誓った”だけなんだ。実際は今でも偏見を持つ大人達はお互いに差別を続け、ライトヘッドはダークヘッドより下と見られている。水面下でまだ戦争は続いているんだ」
「だから、お母さんは……」
「ああ。戦場に戻ったんだろうな」
責任感の強い母。まだ私が幼かった頃、近所の子供と喧嘩して怪我をさせてしまった時に「強くなりなさいと言った私が悪いのです。どうかこの子を怒らないで、私を叱ってください」と相手の親に言っていたのを覚えている。
言っていた意味はわからなかったが子供ながらに、私の罪を被ろうと、否、自分のせいで子供がしてしまったのだから子供は悪くないと訴えていたのだと──
だから、きっと今回も自分が言った言葉に責任を持ち、『本当に戦争を終わらせる』為に家を出ていったんだ。