本編
見ると顔に布を掛けて顔が見えぬ男性がのんびりと窓際に腰かけていた。
「誰!?」
反射的に攻撃体制を構えた。
自慢ではないが、私のデタラメ体術は意外と威力があり村では一番の身のこなしであった。
「あー……なんで来てんだよ、お前」
クロウがだるそうに声をかけた。知り合い……?
「ナンデ? それはこっちの台詞だ。なーに急にどっか行こうとしてんの? 俺達放置しちゃって、今更逃げる気ぃ?」
「逃げる訳がない。俺はただコイツに付いてきているだけだ」
目線で私の方を指された。ヤツは私の方を向き、何やら観察している様子だった。しばらく警戒しながらヤツを見ていると、向こうから窓から離れ、私に近付いてきた。
「んんー? なぁに、このガキ。おなご? おのこってぐらい胸なぁぁぁ」
「うっせー!!セクハラ男ォ!!!」
気付いたら顔面直撃右ストレートを決めていた。
床に倒れ、打たれた頬を痛そうに押さえ小刻みに震えているが罪悪感は不思議と一切なかった。
「……宿は三人で取ってあるからコイツは外に放り出すか」
「賛成」
「よくわからないけどさんせーい」
「全く容赦ねぇな……俺誰だと思ってるの?」
「喋る烏」
「キメラだよぉ……」
よよよ、と泣く仕草をしてクロウにしがみついている、喋るカラス。
そうえいば、先程もキメラとか言ってたような……
「ねぇ、キメラって、何?」
「お? 知らないの? 無知だなぁお姉さん、動物と動物を無理矢理合体させちゃったモノの事だよ。俺もそうだし、コレ……クロンもそう!」
「クロンも……」
「そうだけど……わたし、アナタ知らない。どうして知ってるの?」
クロンが私の影に隠れながら男に警戒心を放っている。
「そう? ふーん、同じ場所にいたのに俺はスルーされてたんかい。残念だね」
全く話がわからない。何の話をしているんだ?
「まーいいや、こんな話疲れちゃうからヤメヤメ。今日はここでお泊まりするのね? うんうんじゃあ邪魔にならないようかあかあからすちゃんに戻りますか」
そう言うと男は瞬時にカラスへと変化した。
キメラはこんな能力もあるのか……!?
「誰が一緒に来ていいなんて言った、帰れ」
「ええーやだよう今日は久々に遠出して疲れちゃったんだからいいでしょ? ずっと烏でいるから、ね、ね?」
「……妹のベッドで寝ないならいいぞ」
「手なんて出さないのに……ま、それだけでいいならラクショーよ! って事でヨロシクネー」
可愛く首を傾げたって先程のセクハラ発言は取り消せてないんだからな……とカラスをよく見て気付いた。このカラス、両目に傷があり見えていない様子だ。しかし、ちゃんと人のいる方を向いて話している。
「正直ここらでもう寝たい所だが、コイツのせいで道順が決まっていない。さて……」
「とりあえずクメアッキに行くんでしょ? それでいいじゃん」
「そのあと、が決まってないんだ!」
「そんなんクメアッキで決めればいいじゃない?」
「……お前と話してると進まんからそこらで適当に寝てろ」
気付くとクロンがうとうとしている。これはベッドに連れていきたいが二人……一人と一羽がまだ言い合いを続けている。私もそろそろ眠気が限界なので寝てしまいたい……
このままだと埒があかないので恐る恐る話し掛ける。
「あのークロウさん……」
「なんだ」
キッ、と鋭い目が私の方に向けられた。怖い。
「クロンがもう限界みたいで……私ももう寝たいなぁって……」
ふああ、と大あくびをするクロンを見てようやく気付いたようだ。
「あ、ああ。そうだな……お前らは先に寝てろ。気付かなくてすまなかった。」
「ううん、クロウも早く寝なね?」
「コイツがちょっかいださなければすぐ眠れるんだがな」
「クカカカカ俺のせいかいヒドイなぁ!」
「その嘴を地図に当てるな傷むだろ!」
眠気で頭が回らず、諸々面倒なので突っ込まずおやすみ、と一言言って女子部屋に行った。
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「あーあ、行っちゃった」
「何がしたいんだお前……」
人がいるからか普段よりも意地悪さが増しているコイツが厄介で仕方なかった。
「特に何も?人間いじるの楽しいからしてるだけ」
「本当性格悪いな」
「お前が純粋なだけだよ」
何度もあの森でやってきたやり取りを、ここでもするか。俺は純粋なんかじゃない、何度そう返しても返ってくる言葉はいつも
「まだ穢れを知らない子供だ」
だった。それに聞き飽きて今では何も返さなくなった。
「……野生の勘、ってやつなのかね。なんか嫌な予感がするんだよ」
「は?」
「世界が終わる、そんな予感」
「なんだそりゃ」
「本当だよ?」
「そうですか、頭の片隅にでも入れておきますよ」
「そうしといて」
それ以降、コイツは黙って何もちょっかいも出さなくなった。