小話

完璧な友人


 彼女は常に完璧だった。
 学校のテストでは、六年間どの教科も満点。容姿端麗で、スポーツ万能。友達も多い。誰に対しても優しく、明るい良い子だった。
 二人きりになった時、どうしてそんなになんでも出来るのかと聞いてみた事がある。
「わたしは完璧じゃないといけないから」
 そう彼女は答えた。よく意味がわからなかったけど、私は「そうなんだ」とだけ返したのをよく覚えている。
 それ以降、彼女は私とよく一緒にいるようになった。

 あと半年も経たないうちに、小学生が終わるという頃。放課後に公園で彼女と二人で遊んでいた。子供達に帰る時間を報せるメロディが町中に鳴り始め、じゃあ帰ろうかと言おうとした時、彼女は俯いて呟いた。
「まだ遊んでいたいなぁ」
 彼女は完璧だ。子供が帰る時間になったら、帰らないといけない。それなのに、まだ遊んでいたいだなんて、完璧らしからぬ言葉を聞いて大変驚いた。でも、子供なのだから遊びを優先したくても仕方がないだろう。私自身も、彼女とまだ遊びたかった。
「じゃあ、遊んでいようよ」
 返答を待たずに、ブランコへと彼女の手を引いて行く。ちょっとくらい、いいだろう。彼女は最初こそ罪悪感を感じていたようで、申し訳無さそうに眉を下げていたがブランコを大きく、大きく揺らしていくごとに笑顔が広がっていった。
 どれくらい遊んでいたか、それはそう長い時間では無い。彼女がやっと心から楽しんでいるとわかった直後に、それはやって来た。
「こんな時間まで何してるの!」
 彼女の大きく揺れたブランコは、彼女によく似た大人の女性に一瞬にして止められる。私の事なんか目もくれず、大人の女性は彼女の腕を無理矢理引っ張って公園から姿を消した。呆然としながらも、ポケットに入れていた携帯電話で時間を見ると、帰りのメロディが鳴って十五分ほどしか経っていなかった。

 それからもあの時の事は無かったかのように、彼女との交友は続いた。完璧であり続ける彼女は、完璧ではなかったあの日を無くしたかったんだろう。私も触れないで、いつも通り接して、卒業までの日々を楽しんだ。
 彼女は中学受験をし、私立校へ。私はそのまま公立校へ。学校は別々でも、何度か休日に会ったり、手紙のやり取りをしていた。

 しかしある日、彼女の訃報が届いた。
 中学に上がってまだ半年。あまりにも早すぎる彼女の死。葬式の時に彼女の母親──以前、彼女を無理矢理連れていった大人の女性に、何か変化は無かったかと聞かれ、彼女は自殺だったのだと察した。勿論、そのような兆しは一切無かったので、彼女の母親には首を振ることしか出来なかった。
 家に帰って、彼女からの手紙を一通一通確認する。
『小学校と違ってすごくテストが難しい。でも、私は完璧だからがんばるよ!』
『昨日見に行った花畑。満開で、完璧で綺麗だったよ。写真も撮ったから、入れておくね』
『最近は雨が多くて嫌になっちゃうね。雨の日は完璧でいるのが難しいから、わたしは嫌いだな。早く夏が来てほしい!』

 完璧、完璧、完璧────
 彼女の手紙には、必ず〝完璧〟の文字があった。他愛ない内容でも、完璧がどこかしらにある。ただ、それだけだった。

 もしも彼女が完璧じゃなかったら、生きていたかもしれない。完璧だからこそ、自殺も完璧に出来てしまう。
 彼女は、死ぬ時さえ完璧だったのだ。

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補足
2022/02/04に書いたもの。
上げ忘れてました。
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