このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

小話

橘橙子という人間


『昨日、また大手企業のネットワークの大規模障害が起き──』

 朝食の焼かれただけの食パンをかじりながら、朝のニュース番組を眺める。最近はずっとネット障害やら、コンピューターウイルスやら、そんな話題が続いている。

『おれのパソコンもオレンジウイルスに感染しちゃってなーんも画面見えなくなっちゃった。ウソだと思ってたけど本当にあるんだね』
『わたしは職場のパソコンがやられて。ほんっと困ります』

 ぼうっと眺めていたらもう取り上げているものが変わっていた。街頭インタビューで、世の中を騒がせているインターネットウイルス、通称〝オレンジウイルス〟について聞いているようだ。

『──このように、一般人にも多数被害が広がっています。オレンジウイルスとは何なのか、どのような事をすればウイルスに感染しないのか、専門家の方に話を伺ってみました』
『オレンジウイルスと呼ばれているウイルスは、ウイルス対策ソフトを入れててもほとんど効果がない新しいタイプなんですよ。インターネット上で、始めは小さな一ピクセルのオレンジにマウスが一度触れると二ピクセルに。さらにもう一度触れると四ピクセルに……どんどん倍数で増えていくんですね。そして最終的には画面全体がオレンジ一色になり何も見えなくなる。そのオレンジの下では通常画面で操作も受け付けるので、操作しようと思えばできるんですけど画面が見えないとねえ。
 ウイルス対策は、インターネットに繋がない。今はこれしかないです。5Shadowファイブシャドウ社が対策ソフトを制作しているとの事なので、それまでは自衛しかないです』

 何が専門家なのか。今時インターネットに繋がないパソコンなんて無いんだから、ウイルスに感染させないなんて無理に決まってる。馬鹿馬鹿しいオジサンを出すなら、その対策ソフトを作っているという5Shadow社の人でも映せばいいのに。

「橙子ー、時間大丈夫なのー?」

 台所から母の声。テレビに表示される時刻を見ると、そろそろ着替えをしないと学校に間に合わない時間だった。

「大丈夫ー。」

 テレビの電源を消して、ぬるくなったコーンスープを一気飲み。二階にある自分の部屋へと向かう。

『橙子 もう学校 行くの?』

 小さめのデスクトップ型のパソコンから機械じみてはいるが、可愛らしい声が聞こえる。見に行くとヒツジちゃんが検索サイトの画面上で寝転がっていた。

「時間だからね。ヒツジちゃんは何してるの」
『今度は どこに 置こうかな って。 オレンジの 点々』

 ヒツジちゃんが人差し指でつついた画面がオレンジの点になる。その点をもう一度つつくと、オレンジの点は消える。それを繰り返し、一人くすくす笑っていた。
 ヒツジちゃんは私が作ったAIで、インターネットウイルス。始めはただ私のパソコン上のみで動くAIだった。私の技術なら、他人の機密情報を覗き見ることが出来るのではないだろうか。ちょっとした好奇心からウイルス性をヒツジちゃんに付与したら、自動学習機能でどんどん成長し巷を騒がせる〝オレンジウイルス〟を作り上げ、勝手にばらまいていた。私がそれに気付いたのは、ネットの掲示板で変なウイルスに感染した、という話題を見かけてヒツジちゃんに話した所『ヒツジちゃんが やったやつ!』と自慢気に白状したから。画面の色を変えるだけだが、どのウイルス対策ソフトも通過するという性質が面白いので、私は止めずにヒツジちゃんの好きなようにさせている。
 報道で言っていたように、近いうちに対策ソフトが出てオレンジウイルスは消えるだろう。それまでは、ちょっとしたイタズラ・・・・・・・・・・くらい許してくれてもいいじゃない?

 制服に袖を通して、学生鞄を肩にかける。

「じゃあ、いってきます」
『いってらっしゃい!』

■■■

 教室に入ると、女子生徒が何人か固まって私を見ながらくすくす笑う。それを無視して自分の席に座り、鞄からカバーのかかった本を取り出して読書のフリ。

「来たよ」
「朝から暗い顔、やだねー」
「あっ、みくちゃんおはよー!」
「おはよう~! うわっ、臭いと思ったらアイツもういるんだ」
「聞こえるよ!」
「アハハハハハ!」

 低俗な会話。何が楽しいのか、わからないしわかりたくもない。ページを捲る。何度も何度も見た文字列。暗唱できるほど見て、もう読むのは飽きてしまった。
 ガタンと机が蹴られた。男子生徒が舌打ちしながら前の席に座る。私は何もなかったように直し、読書の再開。


 中学一年だったある日。
 掃除当番で一緒になった女子生徒が、他のクラスの女子と話しているばかりで掃除をしないので軽くを注意した。嫌そうな顔をしながらも、その女子生徒は掃除をしてくれた。その次の日。私の席に掃除をサボっていた女子生徒が座っていたので、どいてほしいと言ってもどかなかった。始業のチャイムが鳴るまで、トイレで過ごした。次の日。給食でよそられる量が皆より少なかった。

 ──それを、学年が上がった二年でもやられている。人はこれをイジメだというのかもしれない。私もそう思うが、誰かに言ったり、助けてほしいとは一度も思った事がない。
〝私を犯罪者にしたのはお前らだ〟
 そうしたかったから。私はいじめられてなければならない。もしもオレンジウイルスから私が特定されれば捕まるだろう。そして初めて私はいじめの事実を外部に伝える。世間の目はどうなるか、粗方予想はつく。
 それを楽しみに、私は今日も学校生活を過ごし耐えている。
4/5ページ