小話

-源の雨 3-


《クリムゾン研究所で第一成功した人間体のキメラ。試験体なのでナンバーは無い。合成された動物の名を元に、“ゲン”と呼称する。
“ゲン”は、人間の魂と烏の魂、二つを持ち合わせていたが後に人間の魂は衰弱、死亡した。
烏の魂に問題は無く、実験は続行。しかし、目を負傷する自傷行為が見られたので、メンタルケアを優先。森での生活が合うと判断し、森に放す。他烏との接触は今までのように見られず、孤立しているが生活に問題は無い。研究員との接触も問題無し。以前は暴力行為が頻繁に見られたが、それが一切無くなった。メンタルケアの成果と言えるだろう》

「ま、こんくらいはいっか」

 研究所に残された、過去の資料。それの大半を爪で引っ掻いたり、嘴で引っ張ったりと、ビリビリと心地好い音を資料室にて響かせる。

「あ、おい! 何してる!」

 黒い髪に紅い瞳。青年に満たない少年に見つかってしまい、急いで逃走準備にかかるも首根っこを掴まれた。

「父さん達が残した資料を……! クロンに使えるのだってあるんだぞ!」
「ダイジョーブ、それっぽいのは手ェつけてないから。多分。ところで痛いんで離してもらえません?」
「俺の心の方が痛むわ! ったく……あああ……こんなに……」

 必死にバラバラになったゴミクズをかき集めている。いやあ面白いねぇ、無駄な行為をする人間ってのは。ぽいっと雑に落とされ、カカカと笑うと「うるさい」と怒られた。これもお前さんを思っての行動なんだけど。わかるにはあと何年かかるやら。そもそも、ガキンチョから成長できるのかしらコイツ。
 コイツの父親を含め、ほぼ全員はあの時・・・に亡くなった。それからずっと一人で、妹ちゃんと生活している。ま、俺とかアイツの上司サンとかいるからなんとかやっていけてるみたいだけど。
 お掃除に夢中になってる間に、オレは羽ばたいて研究所から抜け出し、森に戻った。他の烏共はカアカア鳴いている。煩いけれども、どこか落ち着く。どうあがいても俺は烏様なのでね。
 研究所が機能しなくなった頃から時々気紛れに、研究所に行ってはあのガキンチョにちょっかいを出しつつ、様子を見ていた。それでわかったのだが、あいつは俺を覚えていてもアイツを覚えていなかった。人間の姿になってもこれといった反応が無い。つまらないので、顔を布で隠したがそれでも反応は何も無い。ああ、それならいっそこのまま、アイツの顔忘れた方がいい。それから俺は顔に布を垂らすようになった。

 平和に、ずっとそんな日々が続くと思っていた。

 森にいると、聞き慣れない足音、声。終いには「もうここに用は無い」というガキンチョの声。

「ふぅん……もう用はない、ねぇ」

 お前に無くとも俺にゃあるんだよ。誰かさんとの約束ってのがね。別に守らなくてもいいんだけどさ。体が行けって言ってんの。


 バサバサと羽音を立ててカラスが一匹、森から飛び去った。
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