本編
「もう行っちゃうの?」
「善は急げ、って言うでしょー」
「どちらかというと“思い立ったが吉日”じゃないかな」
「細かい事はいいの!」
朝早くから出発の準備を始め、どうにか昼前には出ていけそうだ。
父は心配そうにずっと「本当に行くの?」「別の日でもいいんじゃない?」なんて繰り返している。あーあー聞こえない聞こえない。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい、気を付けて」
父に見送られながら、母の大剣と必要最低限のものが入ったカバンを提げて家を出た。
■■■
「強い人かぁ……大きい町にでも出たら誰かいるかな」
カラサトを出て、乾いた地面を踏みしめながてくてくと進んでいた。すると30分もしないうちに大きな建物が見えてきた。
「研究、所……? こんな所にあったんだ……」
普段来ない方向とはいえ、カラサトから近くで何もない所にぽつんとあるとは生まれて初めて知った。父さんからもここのような場所があるとは聞いていなかったので、知らなかったのか、または知っていても私には黙っていたのか。
しかしこの研究所、錆びが目立ち既に廃墟のようにも見えるが、現在も使われているのだろうか?
「すみませーん……」
恐る恐る入り口のような所を開けて声をかけてみる。中は暗いが、足元の非常灯が光っていた。
「灯りがあるってことは、誰か……」
その時、どこかから物音と走り去るような音が聞こえた。
誰か、いる!とりあえず会ってみたいので奥へと進んでいった。
が、しかし。あまりにも暗く広いこの研究所はどこに何があるのかサッパリ把握できなく、先程聞いた物音以降バチバチと静かに非常灯が鳴る音しか聞いていない。
「もしかしてネズミとかだったのかなぁ」
歩き回りすぎて少し疲れたので、適当な部屋に入り休むことにした。
偶然にもそこは給湯室らしく、椅子にテーブル、台所があり冷蔵庫、レンジ等も揃っていた。
冷蔵庫を開けるとまだ食べれそうな食料品が入っていたので、これは人がいると確信した。
しかし、どこにいるのだろう? こんな暗い中で生活している……のか?
すると上からポタリ、と水が落ちてきて頭頂部がひんやりと湿った。
「え、水漏れ?」
上を見上げたが天井は湿っていなかった。ではどこから──
何か来る、直感的に感じた私はその場から瞬時に離れた。すると私が本来居たであろう場所に大量の水が一気に押し寄せ、冷蔵庫へと直撃し、ぶつかると共に霧になって消えていった。
「なに……!?」
再び来ると感じた私は急いで給湯室から出て廊下を走った。
後ろから水が押し寄せる音が聞こえ、どんどん近づいてきてのまれてしまう!
「うわ!?」
突然、何者かに右腕を捕まれその方向に引っ張られた。
部屋に引き込まれたらしく、ごろごろと転がりクッションか何かに当たってようやく止まることができた。
「いたた……」
「ごめんなさい、大丈夫かな……?」
顔を上げると、そこには自分より幼い少女が目の前にいた。
「あなたは……」
「誰だ、お前。何しに来た」
ハッとし、声のした方を見ると部屋の入り口には背の高い男が立っていた。声色を伺うに、とても怒っている様子だ。
「あ、ご、ごめんないさい! 誰もいないのかと思って入っちゃって……ど、どど泥棒とかじゃないので! はい!」
わたわたと説明した所でパチン、と音がして部屋の明かりがついた。
「もう、お兄ちゃん見ればわかるでしょ! 研究所の人じゃないよ」
「だけど……」
「ごめんね、怖がらせちゃって。お兄ちゃん悪い人じゃないから、嫌いにならないでね」
「う、うん……」
よくわからないが、察するにこの二人が兄妹という事はわかった。
■■■
「わたしは、クロン!」
「俺はクロウ・クリムゾン。クロンの兄だ」
「私はコタ・ニーザー。これからグラデュワに行こうと思ってます……」
給湯室でありがたくも少し遅めな昼食をご馳走になりながら、彼らと自己紹介をしあった。クロンはとても好意的だが兄のクロウからずっと危険視されているのがとても辛い。
「グラデュワ……どこかで聞いたことが……いや、待て、グラデュワって戦争を終えた場所のグラデュワか?」
「私が知る限りではそこしかないですね、ハイ……」
「あそこへ一人で行くのか?」
「いや、アリカドラの森にいると噂の魔法使いを連れていこうかなぁ、と。よくわからないけど危ないんでしょ?」
「魔法使い、か……」
急に顔をしかめたクロウ。魔法使いはあまり強くないのだろうか……?
「いいなぁ魔法使い! わたしも会ってみたい!」
きらきらと目を光らせ、クロンが興味津々に食いついてきた。
「会ってどうする。魔法は俺らとそう違くもないだろう」
「えー、違うよ! だって色んなものを操ったり、作れたり、いーっぱいできるじゃん!お兄ちゃん見たことあるの?」
「ないけど、見る必要はない」
「えー」
ふくれているクロン。話を聞くに、二人はもしかして何か使える人間なのだろうか。
「あのー、聞いてもよろしいでしょうか」
「なーに?」
「二人はその……能力者?」
「うん! わたしは氷、お兄ちゃんは水の能力者だよ!」
「おいクロン! 軽率にそういう事は他人に言っちゃ駄目だって!」
慌ててクロンの口を塞ぐも既に遅し。そうか、先程の水はクロウの能力だったのか。
む、能力者……?強い人……?そうだ──
「あ、あの! 一緒にグラデュワまで行きませんか!?」
「はぁ!?」
「行くー! クロン行く!」
「駄目だって! いや何でだよ、俺達は能力者で魔法使いじゃないぞ」
「グラデュワまで行くのに父との約束があって……! グラデュワまでも危ない場所がいくつかあるらしいのでどうか一緒に!」
お願い、と頭を下げて頼んだが、返ってきた言葉は予想通り────
「いいよ! クロン一人でコタと一緒に行くから、お兄ちゃんお留守番してて」
「一人なんてもっと駄目だ。子供だけじゃ危なすぎる」
「お兄ちゃんだってまだ成人してないじゃん!じゃあ一緒に行こうよ」
「行く必要はないから行かない」
予想外、兄妹喧嘩が始まってしまった。ああ、この行く行かないの言い争い、デジャブだなぁ。
「この引きこもり!」
「適度に外には出ている」
「困っている人いるんだから! 放っておく気なの!?」
「俺には関係ない」
「~~~!もういい、行こうコタ」
クロンは立ち上がり、私の腕を引っ張って外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと待て!だ、第一お前その背負ってる大剣があるじゃないか!それがあれば充分……」
「あ、これ飾りです。私一切剣使えないんで」
へへへ、と照れながら答えると
「褒めてないからな!?」
と綺麗な突っ込みが返ってきた。
「だから護衛が必要、と……」
頭を痛そうに押さえて悩んでいる様子だ。
「……別に行っても構わないが、その剣があるんだから少しは使えるようになれ。ただのお守はクロン以外する気はない」
「うぇ、あ、が、がんばります……!」
「がんばって、コタ!」
剣なんて持ったことも振ったこともないのに……!?
しかし、確かにこんな大剣を持っているのにも関わらずただ守ってもらうなんて宝の持ち腐れの他ない。折角だ、どうにか使いこなせるほどにはなってみせようじゃないか……!