本編

10話 -あのキメラ-


昨日からやたら寝ているが、やはり不思議と眠れるしちゃんと起きられている。
朝食後店が開く時間帯まで部屋でのんびりとして、時間になったら部屋を出てようやくミオネイドの町を見渡す事ができた。

「あのね、あっちに美味しそうなお店があったの! お持ち帰りできるから、噴水の所でお昼食べようって昨日お兄ちゃんと話してたんだ」
「へえ、噴水もあるんだ! そこ行ってみたいな」
「だ、ダメ! お昼のお楽しみだからダメ!!」

クロンに強く言われてしまったので、従うしかない。

「昨日出てる間ずっと言ってたからな、コタと早く一緒に見に行きたいって」
「そ、そんなに言ってたかな」
「言ってた言ってた。クロンは昨日行けなかったあっちの方見たいんだっけか?」
「うん、でもコタは……」
「私は見れればどこでもいいよ。クロンの見たい所が私も見たいな」
「ほんと!? じゃあじゃあ行こう~!」

ぐいぐいと手を引っ張りクロンが進もうとしたその時、ゲンが何かに気付きクロンを呼び止めた。

「反対、あっちの方がなんか……獣臭い」
「まさか」
「そのまさかだと俺も思うぜ」

クロウとゲンが何やら意見一致している。
「ちょっと様子見てくる、お前らは行ってても……」
「ううん、クロンも気になるから一緒に行く」
「わ、私も!」
「……わかった。行くぞ」

クロウはあまりクロンを連れていきたくない様子だったが結局全員で向かうことになり、ゲンの言う“獣の臭い”とやらを辿って細い路地裏に入ると少年がうつ伏せになって倒れていた。

服は泥だらけで体のあちこちに擦り傷がある。それに頭上の右方に何かが付いて……

「ねこ?」

クロンがつんつんと頭上の黒いモノに触れている。どうやら猫耳のようだ。
と、いうことは──

「例の逃げ出したキメラ、か」

クロウが上着を脱いでキメラの顔を隠すように被せ、ゲンが人の身になりキメラを背負った。すると露出している片腕から二、三滴ぽたりと赤い滴が地面に落ちた。

「血が出てる! 止血しないと」

慌てて鞄から長い布を出してキメラの腕に巻こうとすると、クロンが患部を探り当てて薄い氷の膜のようなものを造って貼っていた。

「一時的だけど、宿泊所まではこれで大丈夫だよ」
「すごいね、クロン」
「へへ、ありがとう!」

「よし、じゃあ急いで宿まで行きますかっとぉ!」

瞬間、突風が吹き上げ目を覆っている間に、キメラを背負ったゲンの姿はもうそこには無かった。

「え!? もう行っちゃったの……!?」
「俺達も早く行くぞ、アイツに手当ては出来ないからな」
「う、うん!」

驚く暇もなく急いで私達ゲンの後を追い、宿泊所へと戻っていった。


──のだが、着くなりゲンに
「コタは俺とお買い物。んじゃ、金も少し借りてくね~」
と一言断りを入れたもののクロウの返答を聞くまでもなく部屋から連れ出された。

「ちょ、ちょっと! 救急道具はクロウが持ってるので間に合うんだし、こんな時に買い物って何をするの!?」
「服、ありゃ洗濯しても元から付いてる“臭い”は取れなくて嫌だろうしキメラの同志として買ってやろうかなーって」

へぇ、意外と思いやりがあるんだ。

「だからってなんで私まで……」
「コタとアイツ、背丈が同じぐらいだからコタに合うサイズ買えばちょうどいいと思って」
「アイツは男、私は女! 比べるならクロウの方がいいでしょ!?」
「ええー、クロウじゃちと背がデカい。お前なら筋肉質だし胸無いし合わせるならがぁぁあぁっッ──!」

「ごめん、鳥のさえずりでよく聞こえなかった。もう一度言って?」
「いや……なんでも……ぐふ、ナイデスゴメンナサイ…………」

ゲンは腹を痛そうに押さえよろめきながらも私の後を追い、一緒にキメラ少年の服を買いに行った。

■■■

「んじゃ、金も少し借りてくね~」

コタを無理矢理引っ張り、扉から出ながら捨て台詞を吐いていった烏野郎。おい、と声をかける間もなく出ていってしまったのでこちらの意見など端から聞く気はなかったのだろう。

「な、何しにいったんだろ……」

あまりの速さにクロンもついていけず驚いている。しかし、今はそんな事よりこのキメラの処置をしないといけないのだが──

「泥だらけすぎて衛生的に良くないな……起こして風呂入れるか」

二人で頬や腕、足など体を軽く叩き揺すりながら声をかけて目覚めるよう促す。するとしばらくしないうちにううん、と唸り声をあげて眉間に皺を寄せながらゆっくりと瞼を開いた。

「おはよう。早速だが風呂に──」

キメラは目が合うと瞬時に体を捻らせソファから転げ落ち、体制を整えつつ数歩下がって攻撃姿勢をとった。

「お、おい、勘違いするな、お前に危害を加えるつもりはない」
「お兄ちゃんその言い方だとなんか怖い人だよ」
「そ、そうか……?」

怖い人。どう言えば俺達は無害だとわかってもらえるだろうか。唇の合間から光る牙を見せながら無言で睨み付けていたキメラが、恐る恐る口を開いた。

「う、嘘だっ……! お前だってあそこの人達と同じ臭いがする、オレにはわかるんだぞ……!」

ああ、研究所の臭いだろうか。
ずっと研究所が家であり、家が研究所であったのだから臭いが染み込んでいて当たり前だろう。しかしそうなると完全に警戒されてこれ以上何もできなくなる。せめて怪我の手当てぐらいはしてあげたいのだが──

「じゃあ私は? 私もお兄ちゃんとずっと一緒だから同じ臭い、する?」
「え? お前は……え、うそだ。臭いが混ざってる……キメラなのか?」
「そうだよ! あなたと同じ。このお兄ちゃんのおかげで私は生きていられるんだ。そんなキメラが言うんだから、このお兄ちゃんはあなたのいた研究所にいた人とは違うってわかるでしょ?」
「え、え……と……」
「だから、大丈夫。安心して?」

動揺のあまり身動きがとれないキメラに近付いて頭を軽く長い袖で撫でるように触る。

「う……」
「あちこち怪我して痛いでしょ?わたし達は手当てしてあげようと思ってあなたを助けてあげたの」
「あ、ありがとう……?」
「でも手当て前に汚れを落とさないといけないので、お風呂に入ってください!」
「え!?」
「怖いなら一緒に入ってあげようか?」
「こ、怖くなんかねーし! 馬鹿にするなよ!?」

クロンのフリーダムさのお陰で助かった。風呂まで案内させ、簡単にシャワーの使い方を教えると一人で入り、時々痛む声を上げながらもなんとか風呂に入れたようだった。

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