本編
砂の村、カラサト。私はここで生まれ育ち、ここで死ぬ────はずだった。
「もー、年末でもないのになんで大掃除なんかしなきゃいけないのー!」
倉庫の埃でくしゃみと咳が止まらない中、叫び声を上げた。
「ごめんね、コタ……こっちだと思うんだけど……どこいっちゃったんだろう」
私と同じく咳き込みながらもせっせと本棚から古本を出しては確認をしている父。整理が苦手な父に任せていた倉庫は、あらゆる本が雑多に並べられ、何に使うか分からない機械や机、椅子なども適当に置かれ、ゴミ屋敷のようになってしまっていた。
何故今、こんな事になっているかというと父が突然
「昔読んだ本また読みたいんだけど、どこだっけ?」
なんて言い出したからである。家のありとあらゆる場所を探してもなく、本来ならば諦めて欲しい所であるが父は何事も一度決めたら終わるまでやり続ける人間なので、家にないなら他の場所では、と聞いたら倉庫にあるかも、と。
数年ぶり……いや、私は生まれて初めて入った倉庫は全く整理されておらず、埃だらけなのでついでに掃除をしてしまおうとして、現在に至る。
ああ、もっと早くこの倉庫の現状を知っていれば去年にでも掃除していたのに……なんて思うのも後の祭である。ふと目に入った大きな木箱、これはまた本が大量に入ってるなと開けてみたら、想像外のものが入っていた。
「剣……?」
自分の身長程も長さがあり、大きな剣だった。丁寧に箱に入ってたお陰かほぼ綺麗な状態だった。なんで、一般家庭のうちにこんなのが……いや、もしかして
「父さん!」
「どうした? あったか!?」
「ううん、ない。あのさ、これ……」
剣を持って父に見せに行くと、普段ふにゃっとしている父の表情が一瞬にして強ばった。
「これ、母さんの……?」
「……ああ」
私の母は戦士だった。30年前から続いていた戦争を20年前に終わらせ、それ以降私達"ダークヘッド"から女神と呼ばれていた。
戦後、母はただの一般人に戻ったのだが10年程前、「残り火を消しに行く」と言って家を出て行き、最初のうちこそよく手紙を送ってきてくれていたが、グラデュワという所へ行くと連絡があって以来音沙汰がないのであった。
「母さん、これ必要なんじゃないかな」
「え?」
「この剣で戦争を終わらせたんでしょ? じゃあ今、戦争の残り火、だっけ。それを倒しに行ってるなら絶対に必要だよ。……うん決めた、これ母さんに渡してくる!」
「な……今どこにいるかわからないんだぞ!?」
「グラデュワで連絡来なくなったんだから、とりあえずそこに行けばわか」
「駄目だ!」
辺りの空気が痺れるほどの大声で遮られた。普段声を荒げない父に驚いた私は思わず固まってしまった。
「……駄目だ。あそこは今でも危険な所なんだ、女の子一人で行けるような場所じゃない」
ははぁ、なるほど。私を心配してなのか、ならば──
「じゃあ父さんも一緒に行けばいいんじゃない? 行こう?」
「あのねぇ……母さんと違ってひ弱な父さんじゃお前を守れないから駄目だって……そもそも僕はあんな所に行きたくないよ」
でた、父の弱気発言。無理に押せばいけるぞ。
「じゃー強い誰か誘っていくよ、それならいいでしょ?」
「そういう問題じゃないの! それより本を探してください!また読みたいんだよぉ~~~~!」
ならば、私がその本を見つけて交渉してやる──!
■■■
「あった!」
日はすっかり落ち、いつもならば夕食の時間にまでなっていた。しかし、私が父よりも先に見つけられた……!
「ありがとう~よかったぁ」
父はほっと安堵した表情を浮かべ、受けとる手を差し出してきたが直前でひょい、と本を持つ手を父から遠ざけた。
「コタ?」
「私、グラデュワに行く」
「……だから、危ないから駄目って」
「この剣持って、強い誰かさん見つけて一緒に行くから! ね、それなら父さんも安心して大丈夫でしょ?」
「………………強い誰かさん、って?」
──決めていなかった。というより、この村に屈強な男は多いけれども皆仕事がある。遠い所に私のような子供の付き添いなんて断られるに決まっている。さて、どうしようか。
「あ! 魔法使い! 魔法使いを連れていくよ! ホラ、アリカドラの森にいるって聞いたことがある!」
「ああ、アリカドラの……でもそこまで行くにも遠いしいくつか危ない所が……」
「じゃあじゃあ、そこまではまた別の強い人も連れていくから! ね、いいでしょ?」
「うーん……」
「良いって言わないとこの本渡さないから」
「人質を取るなんて卑怯だ! うう……」
「………………わかった。いいよ、もう。好きにしなさい」
「本当!? やったー!」
「ただし!」
「?」
「魔法使いが見つからなかったらグラデュワ帰ってくる事。強い人が見つかったらまずコタと一緒に父さんに手紙を送る事。魔法使いさんが見つかったら同様に。いいね?」
「なんで手紙書かせなきゃいけないのさ」
「筆跡で本当かどうかわかるだろう? そういう鑑定は父さんの得意分野だからね」
キラリと眼鏡を光らせながら自慢げに言った。ああ、そういう事……過保護だがこの条件さえクリアすれば行けるのなら……!
「わかった!」
「本当に?」
「本当だって! 早速準備しなきゃ!」
「その前に本……と夕飯!」
久しぶりに、10年ぶりに母に会えると思うとワクワクが止まらなくなった。
グラデュワまでどれくらいかかるのだろう。
ああ、出発の明日が楽しみだ!
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