小話

 仕事が落ち着いた頃、休憩と軽食を求めて近所にあるカフェへと足を運んだ。

「いらっしゃいませ」

 ドアを開けて一番に目に入った、店員のサーヤちゃんの笑顔に思わずこちらも笑顔になる。席に座りながらコーヒーとサンドウィッチを注文し、来るまでの時間スマートフォンを適当にいじる。SNSをやっていればいい暇潰しになっただろうが、生憎と流行りに疎い私はそういうのは一切やっていない。なので天気予報だとか、ニュースサイトを開いて適当に文字を追う。

「お待たせしました。お先にコーヒーです」

 サーヤちゃんの声に顔を上げると、目の前においしそうな香りが漂うコーヒーカップが置かれた。一言礼を言って、口を付けようとしたが──サーヤちゃんの視線が気になり、カップを空中で止める。普段なら品物をテーブルに配膳するとすぐに裏へと行ってしまうのに、今日はお盆を胸元で握りしめ、難しい顔でカップを凝視していた。

「……どうしたの?」
「え? ……あ、えっと、お味はどうかな、と」

 どうぞ、と言わんばかりに揃えられた手のひらをカップに向ける。見た目も香りも普段と変わらぬブラックコーヒーだが、いつもと何かが違うのだろうか。横に立つサーヤちゃんに少し緊張しながらも、コーヒーを一口口に入れ、舌で転がしながら味わってみた。

「なんとなく味が違う……豆変えたとか?」
「やっぱり、わかりますか? ……実はこれ、私が淹れたんです」

 眉を下げながら照れくさそうにサーヤちゃんは答えた。この店のコーヒーはいつも、腕に自信のある店長が淹れている。実際、店長の淹れたコーヒーはそこら辺では味わえないおいしさのコーヒーだ。店長のコーヒーだけを求めに来客する人もそう少なくはない。
 ──そんな看板商品をサーヤちゃんが淹れるなんて。もう一口、ゆっくりと味わう。店長の淹れるコーヒーよりも、酸味と苦味がより感じられるが、だからといって不味いという事は一切無い。

「店長のコーヒーの方がおいしいですよね」
「……え!? そんな事ないよ!? 店長のはそりゃおいしいけど、サーヤちゃんが淹れたのだっておいしいよ!」

 味わっていたが故に、返答が一瞬遅れた。それがわざとらしいフォローに思われてしまったのか、サーヤちゃんは無理して笑顔を作っているように見えた。

「正直に言ってくださっていいんですよ。そのほうが、修行になるので。……今店長から淹れ方教わってるんです。カフェの為というよりは趣味で、ですけど」
「へえ……サーヤちゃんコーヒー好きだったんだ」
「いえ、私ではなくエ…………な、なんでもないです!」

 え? 何と続ける予定だったのか。サーヤちゃんは何故か顔から耳まで真っ赤に染めて、そそくさと裏へと行ってしまった。頭に疑問符を浮かべながら、コーヒーを胃に入れていく。うん、おいしい。修行中でも充分おいしいのだから、店長からみっちりと教わればもっとおいしくなるのだろうな。
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