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短編

17時45分。
うちの学校の退校時間の15分前。
こんな時間まで教室に残っている生徒はほとんどいない。

「また残ってるのか。勉強なら図書室でいいじゃないか」
3-Dの教室で独り勉強する生徒――九字院偲に声をかける。
図書室は利用名簿に記帳すれば21時まで残ることが出来るのに、彼はいつも教室に残っていた。
「いや〜、帰るタイミングを逃しちまうんですよね。家だと勉強したくなくなっちまうし」
特進科で指折りに入る男とは思えない発言である。
へらへらと笑いながら彼は荷物を纏める。
「こうやって先生と話しながら帰り支度できるのも、あと少しですねえ」
「寂しいのか?」
「そりゃあ寂しいでしょう。3年間休まず通ったんですから、思い入れはあるし」
最後に残っていた筆箱をしまい終えたのを見届ける。
「じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」
「待ってください、先生。今日、先生と帰りたいんですけど」
「……俺と?」
「他に仕事があるのなら大丈夫ですけど」
九字院の声が少し震えている。
……何か相談事でもあるのか。
「わかった。正門前で待ってろ」
「ありがとうございます」

気づけば辺りは真っ暗になっていた。
タイムカードを押して、正門へと歩く。
街灯に照らされた九字院は、綺麗で、どこか懐かしかった。
「待たせたな」
「大丈夫ですよ」
駅に向かって歩き出す。
街路樹の桜ももうすぐ咲きそうだ。
「先生は、伝えたら元には戻れないって言葉があったとして、伝えようと思いますか」
九字院が呟く。
「好きな人でもできたのか」
「……あんた、デリカシーがないですね。そうですよ。で、どうなんですか」
「言わなくて後悔するくらいならちゃんと伝える……と思う」
「そうですか。やっぱり」
少し暖かい風が吹く。
「先生、落ち着いて聞いて欲しいんですけど」
立ち止まった九字院に合わせて、俺も止まる。
「どうした」
「あたし、先生が好きです。ライクじゃなくて、ラブの方で」
衝撃。突然の告白に驚きを隠せない。
「本当は言わないまま、卒業しようって思ってたんです。先生と生徒だし、男と男だし、なにより先生の薬指には指輪がある。どうせ届かない思いなら、伝えて関係を崩してしまうよりも、言わないで『よく出来た生徒』でいようって」
ぽろぽろと泣き始める。
「でも……、卒業したらもう先生に会えないって思うと、もしかしたら……にかけてみたくなって」
「九字院……」
慰めようと伸ばした手を振り払われる。
‪「あんたはそうやって、無遠慮に優しくして、あたしがどんな気持ちかなんて、知らないで」‬
「……すまない。でもお前は今まで通り、俺の一番の生徒だよ」

その日は結局、泣き止まない九字院を、彼の最寄りまで送り、何故かスタバのフラペチーノを奢らされた。

次の日、教室を見に行くと誰も残ってはいなかった。
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