せつない恋に気づいて


※セフンの恋人となる女性視点です。ジュンミョンは間接的にしか登場しません※

 彼、オ・セフンと出会ったのは3年前、友人との食事の席でのことでした。
 私は、海外での生活が長く、帰国してからもテレビもSNS見ない生活を送っていたので、ほうとうに失礼ながら、彼が有名なアイドルグループの一員だということを全く知りませんでした。
 だから友人が、すぐ隣の席に彼がいることに気がついて騒ぎ出したときも、単に、彼の見目のせいだろうと思ったのです。斯く言う私も、彼を認めたとき、その整った顔立ちに思わず見惚れてしまうほどだったからです。
 「なに言ってるのよ、EXOのオ・セフンじゃない!あんた知らないの?!」
 彼女は中学生の頃、EXOの追っかけをするほどのファンだったそうで、EXOって??と、とぼけた返事を返す私を、信じられない!と、驚愕していました。
 彼と私たちの席は目と鼻の先。あまりにもこちらがやかましく騒いでいたので、彼もこちらに気がついたようでした。彼はこちらを振り向くと、私たちに向かって軽く会釈し、ニコッと微笑みかけてくれました。隣にいた元EXOファンの友人はもう大騒ぎです。
 「サインほしい!写真も撮ってもらう!」
 最初は見ているだけのつもりだった友人も、彼のまんざらでもない対応に考えを変えたようで、彼の食事が終わったのを見計らって声を掛けることにしました。私は、緊張するから付き合ってほしいと友人に頼まれ、彼女に腕を引かれて一緒に隣のテーブルに向かいました。
 いつもは人見知りもせず何事にも物怖じしない友人なのですが、さすがに昔からファンだった憧れの人を前にしてはそうもいかないようで、遠慮がちに、少し震えた声で、彼にサインと写真をお願いしました。彼はそれを快く承諾してくれました。
 私は、彼女からスマホを渡され、二人のツーショットを撮りました。
 わぁ…背が高い!顔が小さい!蚊帳の外である私は、友人の隣に並んだ彼を見ながらそんなことをぼんやり思っていました。私はあくまでも彼女の付き添い。サインも写真も私からはお願いしませんでした。
 写真を撮り終わると、友人と握手までしてくれた彼は、私にも愛想良く笑いかけてくれ、そのまま店を出て行きました。
 そんな出来事があった翌日のことです。なんと驚くことに、私が働いている犬のトリミングサロンに彼がやってきたのです。
 さすがに昨日の今日なので、私もすぐに彼に気がつきました。
 犬を連れて入店してきた彼に、あっ!と、思わず声を上げると、彼もあれ?と一瞬首を捻ったあと、すぐにあぁー!と声を上げました。ほんの数分の、まともに会話もしなかった私のことを彼は覚えていてくれたのでした。
 正直に言って、自分でもとても単純だとは思うのですが、彼との再会に運命的なものを感じました。
 彼がこの店に来たのはその日が初めてで、しかも大抵は家族やマネージャーなど代理の人間に任せているところを、たまたま仕事の休みだった自分が連れてきたと言うのですから、余計にそう思えました。
 トリミングが終わると、犬を迎えに来た彼と少し話せる時間がありました。その話の流れで私が彼のことを知らなかったことを正直に打ち明けてしまいました。
 「そうだと思ってた」
 彼は、不機嫌になるどころか、笑ってそう言うのです。
 セフンだ!セフンだ!とはしゃぐ友人の横で、ぽかんとしている私の態度で彼はすべてを見抜いていたのでした。
 目が肥えた友人が熱をあげるほどのスーパースター。それなのに、彼のことをなにも知らなかったことがなんだか申し訳ないような気がしてきて、すみませんと謝ると、彼はむしろホッとしたような顔で、その方が気楽だから良いと言い、「もしかして検索して僕のこと調べたりした?」と冗談ぽく言いました。
 あの日、友人から彼が有名人だと知らされていたから意味のないことかもしれませんが、自分のことを知られていない方が気楽だと言った彼に、ほんとうは初めてあったその日のうちに『EXO セフン』と検索したとは言えませんでした。また彼と会えるかどうかもわからないのに、彼を芸能人としてではなく、できるだけ一人の人間として見られるよう、これ以上彼に関する情報は調べないでおこうと私は自らに誓ったのでした。
 それからも代理人ではなく、セフン本人が犬を連れてうちのサロンにやってきました。ちょうどその頃、軍に入隊しているメンバーがいる関係で、EXOのグループとしての活動はなく、それぞれ個人活動に注力している時期だったそうで、忙しいことに変わりはないものの、以前よりはスケジュールに余裕があり、トリミングサロンにも自ら来られるとのことでした。
 何度も彼と店で会ううちに、連絡先を聞かれ、二人で食事に行く仲になりました。自然と彼の人柄に惹かれていった私は、彼に交際を申し込まれたとき、嬉しくて胸がいっぱいになって、考える余地などなく、すぐに交際を承諾しました。
 告白されて、ほんとうにほんとうに嬉しかったのです。付き合いはじめてから、ちょっとぽやっとしてぼんやりしたところが良いと言われたときも、真面目なところがいいと言われたときも、小動物みたいだと言われたときも、なにを言われても……彼が愛おしそうに言ってくれるものだから、宙に舞い上がるほど嬉しかったのです。
 付き合っていく中で、彼が人見知りで、よっぽど打ち解けないかぎり軽口をたたいたりするような人ではないと知りました。それに加えて、顔立ちがシャープだから、年齢を重ねて丸くなってからはあまり言われなくなったものの、それでも最初は怖いと言われたり、冷たい印象を持たれてしまうことがあるということも知りました。
 それを聞いて、とても意外な気がしました。初めて会ったときはファンに対してということがあったからにしても、まだほとんど初対面に近かった、店で再会したときも、気さくに話しかけてくれて柔らかい印象だった彼が、人見知りの上に怖いと言われることがあるなんて。
 彼に好きだと言われ、頭の中がお花畑状態だった私は、それってもしかして、私が人見知りの彼をそんな風に人当たり良くさせたんじゃ?なんて、浮かれたりしていました。だけど、今ならわかるのです。彼には最初から私に対して、慣れ親しんだ人に対するように気さくにできる理由があったことを。
 私は、彼と付き合い始めてから、自分で決めた誓いを簡単に破りました。インターネットを使って彼の活動を追うようになったのです。
 彼は、以前ほどの忙しさはなくなったとはいえ、やはり一般人の自分よりもはるかに忙しく過ごしていました。私は、彼に頻繁に会うことができない寂しさから、彼が今なにをして過ごしているのかを少しでも知りたくて、画面越しでもいいから彼の顔が見たくて、会いたくて……ネットで検索したり、遠ざけていたSNSも、彼の情報を知りたいがためだけにアカウントをつくって、毎日毎日彼に関する情報を追っていました。
 初めて会った日にネットで検索したときは、細かい情報には目を通さず、数枚の画像を見た程度でしたが、今度は彼らの活動を一から追っていきました。
 EXOというグループが最初は12人だったこと、あらゆる賞を総なめにしてきたK-POPを代表するトップランナーであること、有名なグループなだけあって検索すればありとあらゆる情報がインターネットにはあふれていました。初めてセフンと出会った日、友人がEXOを知らない私を信じられない!と言ったわけがよくわかるほど、彼らはオリンピックでパフォーマンスするグループに選ばれるような国を代表するスターだったこともわかりました。
 彼の情報を求めて、ネットサーフィンをするようになってから、私の頭には「目は口ほどに物を言う」という言葉が常に浮かぶようになっていました。
 私も当然ですが、彼に見つめられたことは、何度もあります。だからあの、吸い込まれてしまいそうな深い眼差しを知っています。彼の瞳は、いろんな感情や想いを湛えていてることを知っています。あの瞳に、私への想いを見出していた……ううん、見出そうと努力していました。
 彼の瞳は、残酷なくらい正直なのです。
 彼が、あの人を見つめる瞳には、彼の想いの丈が詰まっている。それなのにどうして、みんなそれがわからないの……?と、彼の想いが痛いほど伝わってくるせいで、なぜか私の方がやきもきしてしまうほど、彼はただ一人だけを一途に見つめていました。
 だけど、ほんとうに残酷な人間は、私なのです。
 彼は、私を選びました。たとえ偽りだったとしても。他の誰かと私を重ねているだけとしても。ほんとうは私ではなく、その人を愛していたとしても。
 私は、もうずいぶん前からそのことに気がついているのです。それなのに私は、彼を手放してあげられないでいるのです。



 前回セフンに会ったときから2ヶ月近く経っていました。セフンは、海外でのライブを終えて帰国したその足で私に会いにきてくれると言いました。私は彼に、ゆっくり休んでほしいと思うと同時に、どうしようもなく彼に会えることが嬉しくてたまりませんでした。
 「お疲れ様。なんか、久しぶり…だね」
 「うん、ごめん」
 「謝らないで。……でも……会いたかった」
 「うん。俺も」
 セフンは、約束通り私の家に会いに来てくれました。待ちきれなくて、玄関先で彼の胸に寄りかかると、そっと抱きしめてくれました。
 いつも二人で会うときは、大抵どちらかの家でした。彼はスターで、おおっぴらに外で会うことは望めないからです。でも、そんなことはどうでもよかったのです。彼に会えさえすれば。
 抱きしめてくれる彼の腕はいつだってあたたかかった。この腕は、ほんもの。このぬくもりは、ほんもの。彼は、私を、抱きしめてくれている……。
 「ごめん、ちょっと……」
 セフンは、ポケットから携帯を取り出して、耳にあてました。着信があったようでした。静かな部屋で、電話越しにくぐもった男性の声が漏れ聞こえてきました。
 「ジュンミョニヒョン、どうしたの?」
 セフンは私からさっと体を離し、部屋の奥へ歩き出しました。こちらに目配せすらしませんでした。その名残惜しさのかけらも感じられない仕草に、どうしても胸は切なく痛んでしまうのです。
 今までもこんなことは何度もありました。セフンはあの人が関わると、私のことなどおざなりになってしまう。セフンは器用ではないのです。きっと自分がどんな態度を取っているかなんて気がついてもいないでしょう。
遠ざかっていった背中は、窓際で止まりました。
 「うん、うん。そう、うん。うん?うん…」
 カーテンが閉められた窓に向けた彼の顔を見ることはできません。けれど、彼の表情が手に取るようにわかる気がしました。これ以上ないほど優しい顔で、目を細めているはずです。声だってあんなに弾ませて、まるで声が聞けて、話ができて、嬉しくてしょうがないみたいに。
 電話が長引きそうな気配に、セフンはようやくこちらを振り向いて、申し訳なさそうにごめんと、手でジェスチャーしました。玄関先で立ち尽くしたままだった私は、キッチンに足を向けました。
 今夜セフンは、スケジュールの関係で泊まることはできません。会える時間は限られていました。それでもセフンは、なかなか電話を切り上げようとはしません。
 私は、キッチンでひとり虚しい気持ちで胸が塞がれていくようでした。——今、彼のためにコーヒーを淹れたところで、温かいうちに飲んでもらえるのかな?セフンは私を気にかけてくれるのかな?———刻々と時間が経ち、やっぱり沸かしたお湯も冷めてしまったころ、頭上から声が聞こえました。
 「ごめん……あ、コーヒー淹れてくれるの?」
 セフンは、うしろからまわりこんで私の顔をのぞき込みました。そのメイクを落とした彼の顔に、はっきりと隈が見えました。
 彼はどんなに仕事で疲れていても、私に会いにきてくれるのです。それだけの気持ちはある。だったら、このまま見て見ぬふりすればいいじゃない———そう頭では思うのに、胸底から湧いてくる強い衝動に逆らえなかったのです。
 「電話、ジュンミョンさんからだったの?」
 「ん?うん」
 「そっか……仕事のこと?」
 「うん、そうだよ」
 うしろから私を抱きしめようと肩に伸びてきた彼の腕をかわして、私は静かに部屋に向かいました。セフンは怪訝な顔をしたけれど、なにも言わずに私の後をついてきました。
 私は、電球の白々とした昼白色が苦手なので、夜の部屋は間接照明だけのぼんやりとした暖色に包まれていました。その部屋の中央で立ち止まった私は、背中越しにセフンに尋ねました。
 「……私ってさ、ジュンミョンさんに似てる?」
 「えっ……」 
 私は振り返ってセフンを見据えました。凍りついたように動かないセフンは、その顔に、はっきりと戸惑いを浮かべていました。
 私はほんとうに馬鹿なのです。昔から、他人にもたくさん言われてきました。『お人好しで馬鹿』だと。自分がお人好しかどうかはわかりませんが、自分で墓穴を掘って、むざむざ大事な人を手放そうとしているのだから、馬鹿に違いありません。なにも気づかないふりをしていれば、セフンはずっと私のそばにいてくれるというのに、黙っていられないのです。
 「顔は……あんなにキレイじゃないと思うけど……性格とか雰囲気とか、そういうの。似てたりする?」
 やっぱりセフンはどこまでも正直な人でした。隠し事がバレた子供みたいに目を丸くして、そうしてみるみる相貌を崩し、泣きそうな顔になりました。
 それがそのまま答えでした。それっきりセフンは項垂れてなにも言いません。
 核心をつくようなことは聞きませんでした。ただ似てるの?と聞いただけ。セフンはジュンミョンさんが好きで、だから彼に似た私を選んだの?とまでは言っていません。けれどセフンは全てを悟ったのです。
 それでも……いくらでも適当に誤魔化せる余地はありました。でもセフンにはそれができないのです。うしろめたさを上手に隠すことなどできないのです。なにより彼のジュンミョンさんへの気持ちを覆い隠すことが、できないのです。
 なんて不器用で、純粋で、残酷な人なのだろう……だけど私は、彼のそういうところが、どうしようもなく好きなのです。好きになってしまったのです。
 「そっか……やっぱり似てるんだね……。セフンはさ、ジュンミョンさんのこと好き?」
 自分の言葉に胸が抉られるようでした。
 傷つくとわかっていて、どうしてこんなことを聞いてしまうのでしょう?私は、迫り上がってくる涙をこらえるため、ことさら笑顔を顔に貼りつけていたのに、声まではどうにもなりませんでした。言葉尻は涙で滲み、みっともなく震えてしまいました。
 私は、仕切り直しとばかりに、ひとつ大きく空気を吸い込んでから、もう一度口を開きました。
 「私は、ジュンミョンさんの代わりにはなれないy…」
 「ごめん」
 私の言葉に被せるよう言って顔を上げたセフンは、続けて小さく、ごめん…と言うと、また項垂れてしまいました。
 私はとうとう涙を堪えきれず、頬の上を幾粒の滴が流れていくのを感じました。
 彼の態度で、ジュンミョンさんへの気持ちを改めて確信させられたからではありません。私がジュンミョンさんの代わりだったと思い知らされたからでもありません。それよりも、彼の姿があまりに悲愴で、痛ましくて、見ているのが辛かったのです。
 やっぱり私は、『お人好しで馬鹿』なのかもしれません。でもきっと、私をこんな風にさせるのは、セフンなのです。私は彼を心底愛してしまったのです。
 私は、俯いたきりのセフンに歩み寄り、そっと腰に手をまわしました。セフンのあたたかさと優しいにおいが全身に広がると、どうしようもなく涙がこぼれてきました。しまいには、子供みたいに泣きじゃくりながら、彼に問いかけていました。
 「ねぇ、私のこと少しでも好きだった?」
 もらえない返事。触れた体からも、彼が困っているのが伝わってきます。彼は、ほんとうに正直な人なのです。困らせるようなことをするつもりはなかったのに、結局はこの様です。私は苦笑をこぼして、彼の胸から顔を離しました。
 「なぁーんてね…っ、」
 「きみは、素敵な人だと思う」
 私は顔を上げました。彼はとても真摯で、真剣な顔で、その目には涙が滲んでいました。
 「ほんとに…ほんとうにそう思う。それだけは嘘じゃないから……」
 私はそれを聞いて、みっともなく泣き崩れました。彼は私を抱きとめると、何度もごめんと、謝り続けました。
 もっとスマートに、カッコ良く、彼を送り出したかったのに、私は、そんな高等で大人な女性にはなれませんでした。彼の前ではいつだって私は、恋をおぼえたての少女のようになってしまうのだと痛感させられました。
 セフンもそうなのかもしれません。だって私が幾度も見てきた映像の中で、ジュンミョンさんを前にした彼は、少年のように、ほんとうに子供のように笑って幸せそうだったから。
 私は彼が、男だからという理由で、恋をあきらめてほしくないのです。女と男の恋愛でもフラれるときはフラれるのです。今の私のように。
 そのことを伝えると、セフンは苦しそうに、でも笑って頷いてくれました。
 もうあれから幾年か時間が経ちましたが、今ではすっかり彼は私の推しになっています。
 あんなにカッコイイ人が私の恋人だったなんて、その立場を自分から手放してしまうなんて、ほんとうに私は馬鹿なのでしょう。
 だけど私では彼を幸せにできないのです。
 たとえ叶わなくとも、あの人に、ジュンミョンさんに、好きだと伝えてほしい。自分を苦しめないで幸せになってほしい。
 お人好しで馬鹿な私は、今でも彼の幸せを心から願っているのです。
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