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Blumen und Schokolade

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ハウルの動く城
主人公の少女の名前

 
 
 コトコトと小さなミルクパンをカルシファーの火にかけながら、シェリーは粉雪の舞う窓の外へと視線を向けた。冬の時期、夕暮れは橙の光に彩られることはなく、ただ、鈍色の雲が重さと暗さを増していく。鋭いほどに冷たい風が吹き、今日も随分と寒そうだった。ハウルの帰りは、こんな時間帯が多い。

 最近はいつも、雪と凍った空気の匂いを伴って、冷たい身体で帰ってくるものだから。その時間に合わせて、温かい飲み物を用意しておくのが、すっかりシェリーの習慣になってしまっていた。

 大抵は紅茶を一杯。ジャムを溶かしてみたり、ブランデーを落としてみたり。ロイヤルミルクティーにしてみたり、シンプルにレモンティーにしてみたり。何を出しても、ハウルは「美味しい」と言って飲んでくれるから、どこまでバリエーションを増やせるか、試してみたりもしている。

 ぼんやりと思い起こしていると、ミルクパンの下からカルシファーがくぐもった声で呼び掛けた。

シェリー、そろそろ沸騰するよ」
「えっ、あ、ごめんねっ!ありがとう!」

 慌てて小鍋を持ち上げると、カルシファーは火花交じりの息を吐いて薪の上に寝そべった。シェリーは火から外したミルクパンを一旦テーブルの上へと移し、ほのかに甘い湯気を立ち上らせる白い液体を確認する。やわらかな香りのホットミルクが出来上がり、シェリーは満足そうに笑顔をほころばせた。

「今日はホットミルクかい?」

 言葉を掛けるカルシファーに、シェリーは振り返って首を振った。

「うんん、まだこれから。ごめんなさいねカルシファー、今日はもぅ少し手伝ってもらうわ」

 やれやれ、と溜息をつくカルシファーに微笑んで、シェリーは表面の冷めたホットミルクから、丁寧に膜を取り除いた。そしてそこに、刻んでおいたチョコレートを加えていく。

「何を作ってるんだい?」
「ホットチョコレートよ」

 興味深そうに覗き込もうとするカルシファーに、シェリーは木べらでゆっくりとかき混ぜながら答えを返した。部屋中に、甘い香りが広がり始める。

「さ、今度はこれを温めるの!弱火でお願いね!」

 再びミルクパンを掲げて暖炉へと振り返ると、カルシファーは炎を小さくして小鍋を受け止めた。再びコトコトと、甘く可愛らしい音が響き始める。このままなめらかになるまで混ぜ続けて、細かい泡ができるまで温めれば出来上がり。

 その時、階上から小さな足音が聞こえ、顔を上げるとマルクルが駆け下りてくるのが見えた。

「うわぁ、甘い匂いがする!」

 嬉しそうに駆け寄ってきたマルクルに、シェリーはかき混ぜる手を止めずに笑顔を傾ける。

「もぅ少しで出来上がるから、少し待ってね」
「うん!」

 元気の良い返事を上げると、マルクルは手近にあった椅子へと腰を降ろした。そして、思いついたようにシェリーへと問い掛ける。

「あ、そうだ。シェリー、今日って何の日か知ってる?」
「えぇっ!?し、知らないっ!!!」

 思わぬ質問に小鍋をひっくり返しそうになりながら、シェリーは自分でも驚くほどの大声で言葉を返していた。いくらなんでも知らないと言うのは怪しかっただろうか、あまりにも挙動不審に返事をしてしまったし。そんな心配に固まっていると、しかしマルクルは特に気にしなかったようで、得意げに話を続けてくれた。

シェリーの国では、そういう風習なかった?今日は、バレンチヌスの祭って言うんだ。男の人が、好きな女の人に花を贈る日だよ。昔、結婚を許されなかった恋人たちを、バレンチヌスっていう人が花に誓いを立てさせて、結婚させてあげたんだって!そこから始まったお祭なんだ」
「へぇ…」

 この国での今日が、そういう日だとは知らなかったために、シェリーは素直に感心した。それにしても、この寒い時期に花だなんて。その疑問を先取ったように、マルクルは話に続きを付け加えた。

「この時期、花は高くてあんまり売れないから。売れるように、そういうお祭を作っただけだろうって、ハウルさんは言ってたけどね」
「なるほどね」

 苦笑しながら、シェリーはミルクパンへと視線を戻す。

「ハウルさん、シェリーにどんな花を買ってくるのかな!?」
「ええぇ!?」

 楽しそうに問い掛ける言葉に再び小鍋を取り落としそうになり、カルシファーが慌てて抗議の悲鳴を上げた。ホットチョコレートとは言え、液体をひっくり返されては冗談にならないらしい。

「ちょ、マルクル…何の話?」

 我ながら挙動不審だと再び自覚しながらも、シェリーは上擦った声を上げた。マルクルはきょとんとした様子で、当たり前だとばかりに言葉を返す。

「だから、バレンチヌスの祭!ハウルさん、きっと買ってくるよ。ハウルさんのことだから、バラの花束とかかな?」
「どうかなぁ。でも、バラはシェリーには派手すぎて似合わないぜ」
「ええぇ…?」

 勝手に会話を進めるマルクルとカルシファーに、頬が赤くなるのを感じながら声を落とした時。入口の扉の円盤が、小気味いい音を立ててクルリと回った。

「あ…!ハウルさんが」
「ただいまシェリー!!」

 帰ってきた、とマルクルが言い終わらないうちに勢いよく入口の扉が開き、上機嫌なハウルの声が飛び込んできた。そしてハウルよりも先に、花束どころではない量の花々が室内に踏み込んでくる。

「うわ…!」

 驚いたような、呆れたようなマルクルの声を耳にしながら、シェリーもまた、ぽかんとそれを見つめていた。ピンクに黄色が散りばめられた、華やかな、それでいて可愛らしい色彩。その花を揺らしながら歩いてくるのはハウルなのだろうが、上半身が花に埋もれてほとんど見えていない。

シェリー、こっち来て!早く!!」

 ぱらぱらと花を取り落としながら慌てて歩いてくるハウルに呼ばれ、シェリーは我に返って小鍋を火から外すと、テーブルの上へと置いた。

「早く、早く!!」

 ハウルの両腕から花が雪崩を起こし始め、シェリーは慌ててハウルの元へと駆け寄った。すると見えているのかどうか、シェリーが正面に来た瞬間に、ハウルは楽しそうに声を上げて、大量の花々を放るようにシェリーへと差し出した。

「受け取って、プレゼントだ!!」
「えぇっ!?きゃあぁ!!」

 手渡された花は思った以上の量と重さがあって、シェリーは悲鳴をあげながら花の洪水に飲み込まれ、その場に座り込んだ。マルクルが慌てて名前を呼んだ気がしたけれど、目の前は季節外れな春色に溢れかえって何も見えない。

 花々が床に散らばり、ようやく視界が確保できた時には、目の前には花畑のような大量の花々と、楽しそうに覗き込むハウルの笑顔があった。どうにか受け止めたひとかたまりの花を両腕に抱えて、呆然と座り込むシェリーに向かい、ハウルは嬉しそうに目を輝かせて弾んだ声を上げる。

「どうかな、喜んでもらえた?」
「は、ハウル、ちょっと待って…どうしたの、この花…?」

 状況がつかめないシェリーの声に、ハウルは目を瞬いてシェリーを覗き込んだ。

「バレンチヌスの祭の花さ!知らなかった?」

 いや、知っていると言うかさっき知ったけれど。

「そうじゃなくて、どうしたの、この量…?」

 見上げると、無邪気な声で胸を張るハウルの笑顔。

「買い集めたのさ!」

 そうじゃなくって!量の説明を求めているのだけれど。そんなシェリーの視線に気付いたのか、ハウルは満足そうに花を眺めて言葉を続ける。

「こんな寒さじゃ、シェリーを花畑に誘ってあげられないからね。せめてこの場所だけでも、花畑にしてプレゼントしようと思って…どうかな?」

 ハウルの言葉に、シェリーは驚いて目を見開いた。

─── 冬の間は、花畑も眠ってしまうから、春まで見れないものね。残念。

 そんなことを、確かに以前言ったけれど…。改めて座り込んだ自分の周りを見渡すと、美事な小さな花畑。こんなことを実行してしまうハウルが、あまりにも彼らしくて、笑みがこぼれてくる。答えを待つハウルの視線に、シェリーは顔を上げると満面の笑顔を見せた。

「…ありがとう、ハウル。すごく嬉しい!」
「良かった!」

 笑顔で差し伸べられたハウルの手を取って、シェリーは小さな花畑の中に立ち上がった。そして手に抱えた花束と、大量の花々を見て思いつく。

「でも、このままじゃ勿体ないわね。ね、少しずつ花束にして、花瓶に入れて城中に飾ろうかしら」

 そう提案して、しかし現実に思い当たって声を落とした。

「あ…でも、このお城に、そんなにたくさん花瓶なんてないわよね…」

 困ったようなシェリーの言葉に、マルクルが椅子から飛び降りる。

「僕、花瓶になりそうなもの探してくるよ!」
「あ、ありがとう!私も何か、台所を探してみるわ」

 駆け出したマルクルを見送って、シェリーは取り敢えず床に咲き乱れる花々を掻き集めた。ハウルもそれを手伝って、二人でテーブルの上へと花を並べる。そこで置きっぱなしのミルクパンに気が付いて、シェリーは先ほど差し出されたハウルの手の冷たさを思い出した。

「あ…!ハウル、ちょっと座って!今、温かい飲み物を…」

 手早くカップへと移した液体に、数滴のリキュールを落とす。それをハウルの前に差し出すと、ハウルはカップを受け取って微笑んだ。

「ホットチョコレートだね」

 ありがとう、とカップに口をつけたハウルを見て、シェリーは満足げに笑みを浮かべて花を分け始めた。この日の風習が、この国では違っていてくれて良かった。これは、自己満足の秘密の贈り物だから。

 手際良く花を束にしていくシェリーの作業を見ながら、ハウルはしばらく無言でホットチョコレートを口にしていた。それからふと、顔を上げてシェリーに問い掛ける。

「…ねぇ、シェリー。君の国では、今日は確か、女性が男性にチョコレートを贈る日だったかな」
「ええぇ!?」

 思わずバサバサと花を取り落とし、シェリーは赤面してハウルを振り返った。

「し…知ってたの!?」

 言葉につかえるシェリーに、ハウルは嬉しそうにカップを掲げる。

「うん、実は少し期待してたんだ。ありがとう」

 嬉しそうな笑顔を向けられて、シェリーは赤く染まった頬を隠すように背を向けた。そして、落としてしまった花を拾い集めながら言葉を呟く。

「…私の住んでいた所では、また少し習慣が違うのだけれど」

 ハウルがこちらを窺う気配に、シェリーは冷静を努めて声を続ける。

「男性に限らず、家族や友人やお世話になった人、皆にホットチョコレートを振る舞うの」
「…そうなんだ?」
「そうよ」

 返ってきたハウルの声に、シェリーは振り返って、ハウルの前に琥珀色の小瓶を置いた。それから、自分を落ち着けるための一呼吸。

「…そして、好きなの人のカップにだけ、リキュールを落とすの」

 一瞬目を瞬いたハウルと視線を合わせると、再び頬が火照るのが分かる。けれど、視線を逸らすよりも先に、極上の笑顔で微笑まれて。シェリーもまた、つられてはにかんだ笑顔を見せた。

 再び花を束ねるシェリーの手元から、ハウルが一輪の淡紅色のユーストマを拾い上げた。視線を移すと、花とともに笑顔を向けられ、言葉が綴られる。

「ちなみに、僕の贈った花達の持つ意味は、ね」

『優美で可憐な君を、永遠に愛しています』


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