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1. Februar

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ハウルの動く城
主人公の少女の名前

 
 
「オーブンが欲しい!!」

 引越しでもしようか、とハウルが気紛れに呟いた時、それがシェリーの第一声だった。暖炉脇のテーブルで紅茶を飲みかけていたハウル、焼き菓子に手を伸ばしていたマルクル、薪の上で伸びをしていたカルシファー、全員が、思わずシェリーに注目する。

「…どうして?」

 瞳を瞬きながら問い掛けたハウルに、シェリーは身体ごと振り返る。

「だ、だって…!そうしたら、鍋やフライパン以外の料理だって作れるじゃない!」

 あまりにも必死に訴えるシェリーに、ハウルは紅茶を口に含んで頷いた。

「僕は別に構わないけれど、この城の火周りは全部カルシファーだから ─── 」
「お願いカルシファー!!」

 ハウルが言い終わらないうちに、シェリーは椅子から立ち上がってカルシファーに詰め寄った。暖炉に身を乗り出し、それが命にでも関わるような勢いで懇願する。火傷させるのではないかと、カルシファーは思わず薪の上で後ずさった。

「いいよ、それくらい…」
「ありがとう!!」

 満面の笑みでそう言ったシェリーは、今にも両手を広げてカルシファーに抱きつきかねない感激ぶりで。マルクルが、慌ててシェリーの服の裾を掴んで引き戻す。すっかり上機嫌でテーブルに戻ったシェリーを見ながら、三人は目を見合わせ、ハウルは肩を竦めて苦笑した。



 冬の荒野に、白い雪がちらついている。風は弱く、雪は羽毛が降るように、やわらかく大地に舞い降りていた。明るさを帯びた灰白色の空の下で、大地はゆっくりと、白く染まっていく。

 雪降る景色を見渡しながら、ハウルの城は丘の上を進んで行く。その城の中は、暖かい空気と、甘い匂いに満たされていた。小麦粉、砂糖、卵、バター、ミルク ─── キッチンやテーブルには、様々な使いかけの材料が並び、粉と香りが舞い上がっている。オーブンの中で膨らんでいく、小麦色のスポンジを眺めながら、シェリーは満足そうに微笑んでいた。

「このためのオーブンだったんだね!」

 しゃがみ込んでオーブンを覗くシェリーの隣に、同じようにマルクルがしゃがみ込んで笑顔を向けた。オーブンの炎の灯りに照らされながら、シェリーは頷いて言葉を返す。

「そう。折角のハウルの誕生日だもの、自分で焼きたかったの」

 もう一度オーブンを覗くと、シェリーは立ち上がって暖炉を振り返った。

「ありがとう、カルシファー!あなたのおかげよ」

 照れたように、まあね、と返したカルシファーに微笑んで、シェリーは粉のついたエプロンを払って身体を返した。

「さ、焼き上がるまでに、クリームを作ってフルーツを切って…他の料理も仕上げなきゃ」

 忙しそうにキッチンを往復するシェリーを、邪魔にならないようソファーへと移動したマルクルが、楽しそうに眺めて声を上げる。

「ハウルさん、きっと喜ぶと思うよ。毎年、誕生日には良い事がないって嘆いてたもん」

 ね、とカルシファーに話題を振ると、カルシファーもまた、炎を揺らめかせて頷いた。

「今日は王宮に行って、夕方には戻るって言っていたから…間に合いそうね」

 午後を回った時計を見やって、シェリーは楽しそうに作業へと戻った。



 窓の外は夜を迎え、降り積もった雪は、蒼白く月光を反射している。凍りついた外の空気は、音もなく深閑として張り詰めていた。そして、暖かな空気の揺れる部屋の中もまた、不安な沈黙に静まり返っている。椅子に座っていたシェリーは、落ち着かない様子で変化のない窓の外を見やった。

「…ハウルさん、遅いね」

 テーブルに肘をついて座っていたマルクルが、ぽつりと呟きを落とす。そして眠そうに目をこすった。

 テーブルの上に用意された食事は、とうに冷え切ってしまっている。何度目になるのかも分からない古い時計を見上げれば、時刻は23時を回っていた。

 ハウルは、まだ戻らない。

 夕陽が厚い雲の向こうに沈む頃は、まだ大して気にもならなかった。夕飯時になっても戻らないと、冗談交じりに不平不満が皆の口を出た。しかし、月が支配するこんな夜中まで戻らないとなると、心配が募って良からぬことばかり考える。

 早いのか遅いのか、時間の過ぎる感覚も分からない中で、時計の針は軋んだ音を立てて23時半を過ぎた。祈るような気持ちでうつむいていた時、カシャン、と小さな音が部屋に響いた。弾かれたように顔を上げると、扉の円盤が示す色は、黒。

「ハウルさんだ!!」

 半分眠りかかっていたマルクルが、声を上げて飛び起きた。シェリーも思わず立ち上がって扉へと駆け寄ると、重く開いた扉から、ハウルが冬の冷気をともなって足を踏み入れる。

「ハウル…!?」

 しかし、その姿に、シェリーは悲鳴に近い声を上げた。身体を引きずるように入ってきたハウルは、全身が泥や埃で汚れ、服もあちこちが裂けている。光が流れるような美しい金髪も、酷く煤けた色に汚れていた。

「ハウル、どうしたの!?」

 慌てて駆け寄ると、ハウルは右の手の平を向けてシェリーを制止する。

「近付かない方がいいよ、汚れるから」

 普段は涼やかなその声も、今は疲労と怒りが入り混じっていた。

「何かあったんですか?」

 マルクルが問い掛けると、ハウルは深く長いため息の後で、うんざりとしたように語り出した。

「同業者に襲われたよ。彼曰く、星の巡りと僕の生まれた日を計算すると、今日の僕の心臓を奪えば、僕の魔力がそのまま手に入るらしい」

 そしてその続きを、疲れきった声で口にする。

「彼の言う計算とやらを解いてみると、答えは今日じゃなく、去年の僕の誕生日になるんだけどね」

 再度ため息を吐くと、ハウルはシェリーの脇を通り過ぎた。

「全く、これだからロクなことがない…カルシファー!風呂にお湯を送ってくれ!」

 そう言い残すと、ハウルは苛立った様子で階段を上がって行く。階上で、浴室の扉が閉まる音が響いた。少しの沈黙の後、マルクルが残念そうに言葉を零す。

「誕生日、間に合わないね…あと10分くらいしかないのに、ハウルさんのお風呂は2時間くらい出てこないよ」

 その言葉に、シェリーは落ち着かない様子で振り返る。

「そんなこと、どうでもいいの!」

 階段下まで駆け寄ると、シェリーは半ば涙声で、マルクルとカルシファーを振り向いた。

「ねぇ、あの汚れは泥だけだった?服が裂けていたわ、血じゃなかった!?何か…どこか、怪我をしたんじゃ…!」

 マルクルとカルシファーは目を見合わせ、それからカルシファーが薪を引き寄せながら呟いた。

「大丈夫だろ、自分で歩いて行ったんだし」
「確かめようにも、ハウルさんは入浴中に声を掛けると不機嫌になるよ」

 困ったように続けたマルクルに、シェリーは押し黙ってうつむいた。それからテーブルと階段を何度か行き来し、ピタリと足を止めて階段を見上げる。

「…私、確かめてくる!」

「え!?待ってよ、シェリー!」
「やめとけよ、怒られるぜー!」

 二人が止める声も聞かず、シェリーは階段を駆け上がって行った。足音は瞬時に二階へと遠ざかり、残されたマルクルとカルシファーは、不安げに顔を見合わせた。



 浴室の扉の前で、シェリーはやや躊躇って立ち止まっていた。それでも、一度眼を閉じ深呼吸をすると、右手を持ち上げて浴室をノックする。しかし、再び静寂が廊下を満たし、中からの返事はない。不安が募り、シェリーは扉越しに声を掛けた。

「ハウル…?大丈夫?怪我をしたの?」

 すると、間を置かずに声が返った。

シェリー?…いいよ、どうぞ」

 戻ってきた声に、ホッとする。遠慮がちに浴室の扉を開けると、室内には早々に湯気が立ち込めていた。入口を入ってすぐの床には、脱ぎ捨てた汚れた服が重なっている。ハウルは口元までバスタブに沈み込んで、ぶくぶくと息を吐き出していた。シェリーは慌てて小走りに近付くと、バスタブの脇にしゃがみ込んだ。

「ハウル、大丈夫?どこか怪我は!?」

 視界が涙で霞む。胸を圧迫する不安に、声が詰まった。その様子に、ハウルは苦笑してシェリーに視線を返す。

「大丈夫。汚れただけで、怪我はしてないよ」

 そう言うと、ハウルは水音を立てて、バスタブの中に座ったままで上体を起こした。

「ほらね」

 そして、シェリーの目の前に腕を持ち上げた。細くしなやかで、均整のとれた腕。その腕も肩も、傷ひとつなく、白く美しいまま。

「ホントに…怪我してないのね?」
「本当に」

 念を押すシェリーに、ハウルは頷いて微笑みを見せる。ハウルの無事と笑顔を確認すると、シェリーは大きく息を吐いて、脱力して座り込んだ。

「もぅ…良かった…!」

 安堵感に、シェリーはハウルの首に腕を回して抱きついた。

シェリー…濡れるよ?」

 そう言いながら、ハウルもまた片腕で抱きしめた。小さく震える吐息に、シェリーが泣いているのだと分かる。

「…ごめん、心配かけて。折角いろいろ作ってくれたのに、間に合わなくなっちゃったね」

 その言葉に、涙目のままシェリーが顔を上げた。

「…気付いてたの?」

 間近に瞳を合わせると、ハウルは憤然として声を上げる。

「当然さ!それが分かっていたのに、遅れて帰って、しかも泥だらけなんて…格好悪いじゃないか」

 それが最も重要だとでも言うように嘆くハウルに、シェリーは笑って首を振った。

「ハウルが無事なら、それでいいの」

 お互いに視線を合わせ、穏やかに微笑みを交わす。そしてもう一度、シェリーはハウルの濡れた髪を抱きしめた。

「…お誕生日おめでとう、ハウル」
「ありがとう」

 温かな抱擁と、暖かい静寂。

「…そうだ!」

 しかし唐突に、ハウルが声を上げて体を離した。

「どうしたの?」

 驚いてシェリーが目を瞬くと、ハウルの澄んだ空色の瞳は、何かいいことを思いついた子どものように輝いている。その笑顔のままに、ハウルはシェリーの瞳を見つめて言葉を紡いだ。

「ねぇシェリー。誕生日が終わらないうちに、先にプレゼントだけ、もらっていいかな?」
「?…なあに?」

 問い返すと、ハウルはそっとシェリーの耳元に口を寄せてささやいた。

「キスして。シェリーから」

 シェリーは一瞬目を見開いて、再びハウルと視線を合わせた。しばらくそのままで黙りこんだ後、お互いに微笑んでクスクスと笑い出す。

 そして、静かに、そっと唇を寄せた。



 Happy birthday, my dear.
 貴方がこの世に生まれた奇跡に、感謝を込めて 

  

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