TRPG
きょうもほしぞらはうつくしい。
勇者が魔王を討ち滅ぼしたあの日から、さて、一体どれほどの時が流れただろうか。
騒がしく、そして胸踊る冒険の旅の仲間であった三人の少女たちのうち、人間であった二人はあっという間に齢八十を超えて空に瞬く星となった。
二人とも愛する人と出会い、幸せな家庭を築き、それはそれは幸せで満ち足りた生を全うしたのだ。
エルフであった少女も、二百余年を超えたあたりでやはり夜空を飾る星の一つとなった。
勇者の残した子孫たちを見守る事に残りの人生を捧げ、最期はあの地で眠りたいんです、と勇者と共に育った村のはずれ、冒険の始まりの場所に一本の木を墓標にして眠っている。
三人とも、彼はその旅立ちを見送った。
それは彼が再び不老不死の呪い……いや、祝福を得た時に決めた事だった。
世界で一番強かった魔法使いは、勇者の魔王討伐の話が伝説となるほどの時が過ぎても、まだ世界で一番強い魔法使いとして生きている。
永い刻を生きていれば、記憶は風化していく。それは不老不死であっても同じであった。
勇者達の物語は、彼女達が生きている間にぎゃあぎゃあとやり合いながら本にまとめた。
お菊が自分の活躍を盛りに盛ろうとしたり、ハーティヴェルがアイシャの出番を増やそうとしたり、アイシャがみんなの恥ずかしすぎて決して後世に残してほしくない出来事を盛り込もうとしたりと、そのまとめ作業は困難を極めた。
「私達がいなくなった後も思い出せるように、たくさんたくさん残しておかなくちゃでしょ?」
そう笑いながら言ったのは、果たして誰だっただろうか。あるいは、みんなが一度はそう言っていたかもしれない。
彼女達の生い立ち、出会ってからの冒険、魔王と邂逅、起きた奇跡、そして勇者一行のその後。
不老不死であるセシルは、その本を携えて世界中を勇者の物語を語り歩いた。
幾万、幾億と紡いだ物語は誦じられるが、彼女らの姿や声を正しく思い出せるかと言えば、その答えは否である。
腕の立つ画家に描いてもらった四人揃った小さな肖像画は保護の魔法をかけてあるために劣化せず、今も色鮮やかだ。
本と肖像画が色褪せていく記憶をかろうじめ留めてくれていた。
世界を旅して街や村で勇者の物語を語る他、星のような煌めきを感じた若者を弟子にしてみたり、乞われて冒険者のパーティに参加して未踏の遺跡を探検してみたり、数十年に一度くらいは遥か上空に住む師匠の元を訪れたり、そうしてセシルは生きている。
あの冒険の日々ほどに心を満たす事はないが、概ね、今の生き方を気に入っている。
忘れられぬよう勇者達の物語を後世に語り継ぎ続ける、という彼の終わる事なき目的は見事に果たされ続けていた。
時折、どうしようもない寂しさが胸に去来する事もある。
過ぎ去ったものたちは戻ることはなく、取り残された自分はそこには届かない。
だが、見上げることはできるのだ。
セシルは短い腕を空に伸ばし、眩しそうに目を細めた。
ああ、今日も星空は美しい。
2023.07.08
勇者が魔王を討ち滅ぼしたあの日から、さて、一体どれほどの時が流れただろうか。
騒がしく、そして胸踊る冒険の旅の仲間であった三人の少女たちのうち、人間であった二人はあっという間に齢八十を超えて空に瞬く星となった。
二人とも愛する人と出会い、幸せな家庭を築き、それはそれは幸せで満ち足りた生を全うしたのだ。
エルフであった少女も、二百余年を超えたあたりでやはり夜空を飾る星の一つとなった。
勇者の残した子孫たちを見守る事に残りの人生を捧げ、最期はあの地で眠りたいんです、と勇者と共に育った村のはずれ、冒険の始まりの場所に一本の木を墓標にして眠っている。
三人とも、彼はその旅立ちを見送った。
それは彼が再び不老不死の呪い……いや、祝福を得た時に決めた事だった。
世界で一番強かった魔法使いは、勇者の魔王討伐の話が伝説となるほどの時が過ぎても、まだ世界で一番強い魔法使いとして生きている。
永い刻を生きていれば、記憶は風化していく。それは不老不死であっても同じであった。
勇者達の物語は、彼女達が生きている間にぎゃあぎゃあとやり合いながら本にまとめた。
お菊が自分の活躍を盛りに盛ろうとしたり、ハーティヴェルがアイシャの出番を増やそうとしたり、アイシャがみんなの恥ずかしすぎて決して後世に残してほしくない出来事を盛り込もうとしたりと、そのまとめ作業は困難を極めた。
「私達がいなくなった後も思い出せるように、たくさんたくさん残しておかなくちゃでしょ?」
そう笑いながら言ったのは、果たして誰だっただろうか。あるいは、みんなが一度はそう言っていたかもしれない。
彼女達の生い立ち、出会ってからの冒険、魔王と邂逅、起きた奇跡、そして勇者一行のその後。
不老不死であるセシルは、その本を携えて世界中を勇者の物語を語り歩いた。
幾万、幾億と紡いだ物語は誦じられるが、彼女らの姿や声を正しく思い出せるかと言えば、その答えは否である。
腕の立つ画家に描いてもらった四人揃った小さな肖像画は保護の魔法をかけてあるために劣化せず、今も色鮮やかだ。
本と肖像画が色褪せていく記憶をかろうじめ留めてくれていた。
世界を旅して街や村で勇者の物語を語る他、星のような煌めきを感じた若者を弟子にしてみたり、乞われて冒険者のパーティに参加して未踏の遺跡を探検してみたり、数十年に一度くらいは遥か上空に住む師匠の元を訪れたり、そうしてセシルは生きている。
あの冒険の日々ほどに心を満たす事はないが、概ね、今の生き方を気に入っている。
忘れられぬよう勇者達の物語を後世に語り継ぎ続ける、という彼の終わる事なき目的は見事に果たされ続けていた。
時折、どうしようもない寂しさが胸に去来する事もある。
過ぎ去ったものたちは戻ることはなく、取り残された自分はそこには届かない。
だが、見上げることはできるのだ。
セシルは短い腕を空に伸ばし、眩しそうに目を細めた。
ああ、今日も星空は美しい。
2023.07.08