漫画、アニメ系

プリーズ キス ミー


 目の前にはいつもの不機嫌そうな顔ではなく、ニヤニヤと意地悪く笑う端正な顔がある。
 ああくそう、口を開けば嫌味と皮肉ばっかりなのに、やっぱりこの人はかっこいい。
 緑の目に見つめられれば絡め取られたらように動けなくなるし、耳元に唇を寄せられてただでさえ良い声なのにしお、と低く甘く名前を呼ばれれば全身から力が抜けていく。

「で、どうすんだ?」

 何が、なんて馬鹿馬鹿しくて問い返せなかなった。
 今のこの状況を、男は楽しんでいる。だからこそ、このニヤニヤ笑いなのだ。

『キスもできねぇお子様が』
『できるわよ!』
『じゃあやってみろ』
『いいわよ! やってやろうじゃない!』

 そんな安い売り言葉に買い言葉で応じた自分の浅はかさが恨めしい。
 アダムをベッドに座らせて、その太腿に跨って膝立ちになれば男の顔が自分の視線より幾分か下にあって、その常と違う光景にこれから己がしようとしていることをはっきりと意識させられて目の前がぐらぐらと揺れた。
 やっぱり無理だ、と音を上げることは緑の目と美声が許してはくれなかった。

「め、目ぇ閉じてて!」
「仰せのままに」

 瞼が閉じられて、少女の動きを止めていた緑の目が隠れてくれたおかげで、彼女はようやく詰めていた息を大きく吐き出すことが来た。
 こんな時ばかり、この男は素直に言うことを聞く。普段ならお願いします、とまで言わなければ聞いてくれないのに。
 胸の前で組んでいた手を解き、男の両肩についた。
 細く、薄く見えるが、触れて分かる意外とがっしりとした体格に心臓が一際大きく脈打った。
 少しだけ、顔を近づける。
 ここが羞恥の限界点だ。これ以上は近づけない。
 ごく、と生唾を飲み込んで、しおは意を決した。

「い、いくよ!」
「早くしろ。待ちくたびれちまう」

 男の唇の位置と距離を確認すると、少女はぎゅっと目を閉じた。
 相手の顔が見えなければ、まだどうとでもなる。
 後は勢いだ。相手の唇に迷いも躊躇いもなく到達できる勢い。
 せーの、と心の内で勢いをつければ。

「ぶぶっ!?」
「いってぇ!?」

 始めての少女からキスは、ほとんど頭突き状態で幕を閉じたのだった。



2014.05.11
初出



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