漫画、アニメ系

prayer




 自分には恐怖という感情がないのだと思うほど、それとは無縁に生きてきた。
 始めての実戦の時には心が踊ったのを覚えている。 敵を切り裂く瞬間は楽しかった。絶体絶命としか思えない戦闘であればあるほど血が滾ったし、生死の境を彷徨った時でさえこんなもんかとすんなりと諦めがついた。
 なのに、地面に倒れる少女に進化侵略体が飛びかかるのを目にした瞬間、初めて身体が冷たくなる程の恐怖を感じた。
 これが常の戦闘であれば、そうではなかっただろう。ひやひやさせんじゃねーよ、とは思っただろうが、AUウェポンで敵を撃ち抜くのだと信頼できた。
 だが、今の彼女は、違う。
 腹から血を流し、力が入らないのか迎撃の態勢を取らないでいる。いや、取れないと言った方が正しいだろう。
 羽根で強く空を打って速度を上げ、ナイフを握る手を限界まで伸ばした。少しでも早く、彼女に襲いかかろうとしているあの進化侵略体を仕留めなければ。でなければ、彼女は。
 最悪のシーンが脳裏を掠めて、アダムはぞっとした。
 放たれた矢の様に飛び、進化侵略体の鋭い爪が少女に届くよりも早くアダムのナイフがそれの腹に突き刺さった。
 勢いのまま墜落するように地面に着地してナイフを引き抜くと、アダムはおびただしい体液を流す進化侵略体には目もくれず、しおに向かって走った。
 血溜まりの中に倒れる少女は意識を朦朧とさせて、AUウェポンを維持することも出来ずに解除されていた。手にはしっかりとボールが握られていて、そこ執念を感じずにはいられない。進化侵略体を根絶させようという、執念。
 ヘルメットに備え付けられている無線を起動させて、アダムは叫ぶように指示と報告を飛ばした。

「ノブナガン確保だ。腹……じゃねぇな、背中に穴空けてやがる。出血がひでぇ。帰投ポイントをC2に変更だ。あ? そこじゃ時間かかるから変更しろっつってんだ! その辺一帯なら殲滅完了してる。医療班スタンバイさせとけ。いいな!!」

 通信を終えるよりも早く、もう何度目になるのか分からないがしおを抱き上げた。飛翔のために地面を蹴れば、衝撃が傷に響いたようで小さく呻きを上げた。
彼の背中の羽が大きく空気を打つと、ぶわりと二人の体が浮き上がる。もう数度打ち付けると、更に高度と速度を増した。

「死ぬなよ、しお」

 ぐっと少女を抱く腕に力を込めれば、抵抗どころか僅かな反応すら返ってこない。
 元よりそんなものを期待はしていなかったが、視線を少女に移せばヘルメットの向こうの血の気の失せた真っ白い顔色が目に飛び込んだ。目は閉じられ、薄く開いた口からは浅い呼吸が繰り返される。
 心臓が握りつぶされる思いがして、ぎりとアダムは奥歯を強く噛み締めた。
 出撃の度に傷が増えていき、止めたいと思うのはアダムだけではなかったが、誰もその術を知らなかった。
 たった一人で敵と相対し、たった一人で戦い、己の命を削っていく彼女の姿など、見たくないというのに。
 こんな瀕死の重症を負っていても、意識を取り戻せば傷の完治など待たずに医療スタッフの言うことも命令も全て無視して次の敵地に向かうだろう。
 そしてやはり、それは誰にも止められないのだ。アダムを含めて。

「頼むぜナイチンゲール。教えてくれよ」

 大切なこいつの救い方を。
 けれど、男の声はあまりにも小さく、びょうびょうと鳴る風の音に掻き消されて誰にも届かなかった。



2014.04.29
初出


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