漫画、アニメ系

Starry Night


 満天、という言葉がある。
 辞書を引けば、空いっぱい、あるいは空に満ちる、といった意味が記されており、しおはその言葉の意味を17年間の長くもない人生の中で初めて正しく理解した。
 生まれ故郷はネオン眩い日本の都心部で、キラキラと星が埋め尽くす夜空なんてついぞお目にかかったことなどなかった。
 いや、山間部に育ったとしても、これほどの星空を目にできたかどうかも怪しい。なにせここは、あの島国とは緯度も経度も違う異郷の地なのだから。
 この星空に押しつぶされそうだな、とぼんやりと思いながら煌めく星々を眺めていれば、じんわりと天球が回って行く。本来ならこんな見ながら知覚できるようなものではないのだから、錯覚なのだと言うことは分かっていた。
 ああ、でもそう言えばさっき盛大に鼻血を吹いたんだっけ。そのせいで目が回っているのは、あるかもしれない。
 そうして、あれ、と思い至る。
 なんで私、鼻血なんて噴いたんだっけ。
 なんで私、仰向けに寝転んでるんだっけ。
 頭の中は靄がかったようにはっきりとしないが、何かとんでもないことがあったはずだ。
 止血のために鼻を抑えていたハンカチが邪魔になってきたので取り去ったところで、それに気づいてギクリと体を強張らせた。
 背中や尻、投げ出した腕や足に感じる硬質で冷たい感触は病院の屋上の床の石材だ。
 ならば、この、頭の下にしている、布越しの、暖かくて、妙に柔らかいような固いような感触の、これは一体全体何なのか。

「おう、大丈夫か、しお」

 頭上から降ってくる意地の悪い響き方をする声は男のもので、ひょいと星空を塞いで現れたのも声の主である男だ。

「ジャッ、ク、さ……!!」

 そうしてフラッシュバックするのは先程のキス。
 一瞬だけだったけど、ニュートンにされたような濃厚なものではなく触れるだけの軽いものだったけど、あれは確かに、キスだった。
 俄かに顔に血流が集中するのが分かった。特に頬と耳が熱い。思考が停滞する。

「ったく、あんなキス一つで鼻血なんて噴いてんじゃねーよ」

 先が思いやられるなぁ? と笑いながら体を支えていた片方の手をしおの頬に伸ばしてくる。
 常ならば、伸びてくるその手をはたき落として乙女に何て事するんだとか先って何だ先ってとかそもそもそれはどういう意味でしたんだとか噛み付いてささやかな抵抗もできただろうが、如何せん停止した思考回路では何が起こっているのか理解できないまま呆然と見ているしかない。
 頬に暖かくて柔らかいものが触れて、漸くしおは何が起こっているのかを正しく理解した。

「それとオレのことはアダム、ってオイ!」

 甦る唇に触れた柔らかな感触と、満天の星空をバックに意地悪くなく微笑む男の顔と、優しく撫でてくる指先の心地よさと、己の頭の下にあるものの正体が男の太腿でそれってつまり膝枕じゃない! と言う事実に、ジャパニーズオタクで恋愛偏差値最底辺の少女の興奮は最高潮になり、止まっていた鼻血を再び噴出させた。



2014.03.21
初出



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