漫画、アニメ系

お前は獣にはなれない


「オレもいつか獣になっちまうのかなあ」

 襲い来る妖をその獣の槍を振るって退治する日々。
 今日も今日とて、獣の槍とその伝承者であるうしおを破壊しようとやって来た発生してたかだか三百年そこそこの血気盛んな小妖怪を粉砕し、その返り血と吹き飛んだ肉片を浴びた小僧は血に濡れた手のひらを見ながらそう呟いた。
 妖を殺すために槍の力を使えば使う程その魂を吸われ、魂を吸い尽くされた時は獣になり、これまで自身が屠ってきたモノと同じモノに成り果てる。
 心底、理解できない人間だ。
 そんな厄介なモノ、寺の住職でボンクラを気取ってその力をひた隠している親父にでも預けて、あとは知らん顔でもしていればいい。
 そうすりゃ妖に襲われる事もなくなるし、獣になる恐怖を感じる必要もないし、わしもうしおを喰いやすくなる、とまあ良いことずくめだ。
 だってぇのに、こいつはそんな疫病神みたいな槍を手放す事を良しとしない。
 誰かを助けるためにとせっせと槍を振るい、その魂を喰わせ続ける。(わしから身を守るためだったり、わしに言うことを聞かせるために使うことももちろん多々ある)
 人間はもっと己の保身を考える生き物だというのに、うしおは一切自身を省みない。そんな小僧が珍しく不安を漏らしたのだから、不思議なこともあるものだ。

「獣になりたくなけりゃ、さっさとそんなボロ槍棄てちまえ」
「んなこと出来るワケねぇだろ! それに、オレが言いてぇのはそう言うコトじゃなくてよ」

 わしに向けた睨みつける視線をふいと外して再び己の手のひらをじっと見る。
 この時代のガキは苦労を知らないから、たいていは白くて柔らかな手のひらをしているが、うしおの手はそうじゃない。
 槍を振るい妖を殺す事が日常であり、それを証明するように幾つもの肉刺ができ、潰れて、固い。ついでに妖化した時の回復力でも消えなかった傷跡も無数にある。歯ごたえはありそうだが、あんまり美味そうじゃない。

「いつかよ、妖を殺す事に馴れちまうんじゃねーかな、って」

 こいつが恐れる事は、やはり心底理解できない。
 そうなって何が悪いと言うのか。
 わしにとっては喰いにくくなるだろうから嬉しい事じゃないが、より的確に相手を殺し、殺す事を楽しめるようになれば、妖に襲われ続ける日々もちったぁマシになるんじゃねぇのか。
 そう考えて、そんなうしおを想像してみたら、なんだか変な感じがした。
 ねぇな。
 ぎやまんみてぇに曇りのないでけぇ目で奇麗事を吐かないうしおなんざ気味がわりぃし、つまらねぇ。

「阿呆が。んなくだらねぇ事で湿気たツラしてんじゃねぇ」
「痛っ! あにすんだ!」
「そもそも獣になるってぇ人間は、んなこと考えねぇんだよ。てめぇは人間だ。獣になんざなれやしねぇよ。ただの人間で、ただのガキだ。わしの餌のな」

 呆気に取られてバカ面を晒した後で、何がそんなに嬉しいのか満面の笑みで「そっか」と言った。
 そんなんだから、お前は獣にゃなれねぇってんだよ。



2010.06.18
微修正

2010.06.18
初出 リアタイにて



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