P3P まとめ
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半分にしたら増えた幸せ
生徒会による抜き打ちの遅刻者チェックのために、当番である公子はいつもより早く寮を出た。
いつも一緒にいるアイギスは定期メンテナンスで昨晩から桐条のラボへ行っていて今日は休みだ。ゆかりと明彦は部活の朝練のためにもっと早くに寮を出ており、美鶴と風花はいつもの登校時間に出るだろうし、順平はたぶん遅刻ギリギリに寮を飛び出すだろう。そんなわけで、一人きりの登校というのは実に久しぶりだった。
時間が早いために月光館学園行きのモノレール内に人の姿はまばらで、座席にゆったりと腰掛けることができた。
太陽を背にして座り、背後の窓から差し込む日差しの暖かさを感じながらイヤホンを耳にあて、愛用の携帯音楽プレイヤーをかちかちと操作する。液晶画面に現れる曲名の中から選んだのはジャズだ。破裂する楽器の音と軽快に飛び跳ねるピアノの音に溺れたい気分で、音量を少し大きめに設定する。しゃかしゃかと音が漏れているかもしれないが、人も多くない今なら迷惑にもならないだろう。
そうやって俯き気味で音楽を聴いていると、視界に二本の足が入り込んできた。
人はいないし広いのになぜそこに立つのかと訝しく思って顔を上げると、そこに立っていたのはクラスメイトの綾時だった。いつもの人当たりのいい笑顔を浮かべている。
公子は慌ててイヤホンを外し、音楽を止めた。
「おはよう」
「おはよ」
「今日は早いんだね。アイギスさんは?」
「生徒会の遅刻者チェックの日なの。アイギスは用事でお休み」
「そうなんだ」
「アイギスに何か用があったの?」
「いいや。いつも一緒にいるから、珍しいなって思って」
「あはは。そうだね。そのせいで隣が寂しいよ」
「じゃあ、僕でその寂しさを埋めてあげる。隣いい?」
恥ずかしい台詞を臆面もなく言えることに少しばかり感心して、少女は頷いた。
少年が隣に座ると、柔らかな座席がその重みで沈む。
「どんな音楽聞いてるの?」
「今日はジャズ」
「今日は?」
「気分によっていろいろ変えるの。映画のサントラとか、J-POPとか」
「へぇ。僕にもちょっと聞かせて?」
「いいよ」
右側のイヤホンを渡して、音楽プレイヤーを操作する。音量を落として、途中で止めていた曲を頭から再生させるとすぐに音が始まった。
隣の少年はいつになく神妙な顔をして音楽に集中している。話しかけて邪魔するのも悪いし、と少女も左の耳にイヤホンをはめて音楽を聞く。
片方しかイヤホンをつけていないことと、音量を下げたことで幾分か曲の迫力が落ちてしまっているのが残念だった。彼にイヤホンを両方渡してできるだけ良い状態で聞かせてあげれば良かったなと後悔した。
その間に、一曲が終わる。
「こっちのイヤホンも渡せば良かったね。ごめん」
「いいよ、気にしないで。それよりこの曲いいね」
「でしょう。良ければ貸すよ、CD」
「ホント? ぜひお願いしたいな」
「ん。じゃあ明日持ってくる」
半分に分けたイヤホンは結局そのままに、二人は流れる音楽に耳を傾け続けた。
ときどきぽつぽつと言葉を交わしたが、あまり多くを語らないのはこの少年にしては珍しい。相手が男であれ女であれ、彼は立て板に水のようによく喋るのが常だ。会話とそこから起こる交流を心から楽しんでいるのが見ているだけでもよく分かる。
それだけに会話が少ないのが寂しかったが、彼とこうしてゆっくりと穏やかな時間を過ごせるのは嬉しかった。一緒にいるだけで、なんだか満たされるような気分になる。カーブの度に揺れて肩が触れると心臓が早鐘を打つのは誰にも教えていない、秘密のことだ。
ふいに少年が「あ」と声を上げ、少女が疑問符を浮かべた顔を向けた。
「いや、こうやってイヤホンを半分にして聞くのって、初めてだなって思って」
「そうなの? てっきりいろんな女の子とやってるのかと思ってた」
「まあ、ちょっとだけ聞くくらいはいっぱいしてきたけど。でも、こうやって通学中にずっと、っていうのは初めてなんだよ。本当に。信じて」
まっすぐに見つめられては信じる他なかった。そもそも、彼はそういう嘘や駆け引きのできるタイプではない。いつだって真っすぐで、真摯だ。時々その真っすぐさに加減ができなくて大変なことを口走ることもあったが。
「私もこうやってイヤホンを半分にして聞くの、初めてなんだよね」
「じゃあ、一緒だね」
少年がとても嬉しそうに笑うから、少女もつられて笑った。
海面が陽光を反射させて煌めいて、とても綺麗な朝だった。
2009.11.22
初出
生徒会による抜き打ちの遅刻者チェックのために、当番である公子はいつもより早く寮を出た。
いつも一緒にいるアイギスは定期メンテナンスで昨晩から桐条のラボへ行っていて今日は休みだ。ゆかりと明彦は部活の朝練のためにもっと早くに寮を出ており、美鶴と風花はいつもの登校時間に出るだろうし、順平はたぶん遅刻ギリギリに寮を飛び出すだろう。そんなわけで、一人きりの登校というのは実に久しぶりだった。
時間が早いために月光館学園行きのモノレール内に人の姿はまばらで、座席にゆったりと腰掛けることができた。
太陽を背にして座り、背後の窓から差し込む日差しの暖かさを感じながらイヤホンを耳にあて、愛用の携帯音楽プレイヤーをかちかちと操作する。液晶画面に現れる曲名の中から選んだのはジャズだ。破裂する楽器の音と軽快に飛び跳ねるピアノの音に溺れたい気分で、音量を少し大きめに設定する。しゃかしゃかと音が漏れているかもしれないが、人も多くない今なら迷惑にもならないだろう。
そうやって俯き気味で音楽を聴いていると、視界に二本の足が入り込んできた。
人はいないし広いのになぜそこに立つのかと訝しく思って顔を上げると、そこに立っていたのはクラスメイトの綾時だった。いつもの人当たりのいい笑顔を浮かべている。
公子は慌ててイヤホンを外し、音楽を止めた。
「おはよう」
「おはよ」
「今日は早いんだね。アイギスさんは?」
「生徒会の遅刻者チェックの日なの。アイギスは用事でお休み」
「そうなんだ」
「アイギスに何か用があったの?」
「いいや。いつも一緒にいるから、珍しいなって思って」
「あはは。そうだね。そのせいで隣が寂しいよ」
「じゃあ、僕でその寂しさを埋めてあげる。隣いい?」
恥ずかしい台詞を臆面もなく言えることに少しばかり感心して、少女は頷いた。
少年が隣に座ると、柔らかな座席がその重みで沈む。
「どんな音楽聞いてるの?」
「今日はジャズ」
「今日は?」
「気分によっていろいろ変えるの。映画のサントラとか、J-POPとか」
「へぇ。僕にもちょっと聞かせて?」
「いいよ」
右側のイヤホンを渡して、音楽プレイヤーを操作する。音量を落として、途中で止めていた曲を頭から再生させるとすぐに音が始まった。
隣の少年はいつになく神妙な顔をして音楽に集中している。話しかけて邪魔するのも悪いし、と少女も左の耳にイヤホンをはめて音楽を聞く。
片方しかイヤホンをつけていないことと、音量を下げたことで幾分か曲の迫力が落ちてしまっているのが残念だった。彼にイヤホンを両方渡してできるだけ良い状態で聞かせてあげれば良かったなと後悔した。
その間に、一曲が終わる。
「こっちのイヤホンも渡せば良かったね。ごめん」
「いいよ、気にしないで。それよりこの曲いいね」
「でしょう。良ければ貸すよ、CD」
「ホント? ぜひお願いしたいな」
「ん。じゃあ明日持ってくる」
半分に分けたイヤホンは結局そのままに、二人は流れる音楽に耳を傾け続けた。
ときどきぽつぽつと言葉を交わしたが、あまり多くを語らないのはこの少年にしては珍しい。相手が男であれ女であれ、彼は立て板に水のようによく喋るのが常だ。会話とそこから起こる交流を心から楽しんでいるのが見ているだけでもよく分かる。
それだけに会話が少ないのが寂しかったが、彼とこうしてゆっくりと穏やかな時間を過ごせるのは嬉しかった。一緒にいるだけで、なんだか満たされるような気分になる。カーブの度に揺れて肩が触れると心臓が早鐘を打つのは誰にも教えていない、秘密のことだ。
ふいに少年が「あ」と声を上げ、少女が疑問符を浮かべた顔を向けた。
「いや、こうやってイヤホンを半分にして聞くのって、初めてだなって思って」
「そうなの? てっきりいろんな女の子とやってるのかと思ってた」
「まあ、ちょっとだけ聞くくらいはいっぱいしてきたけど。でも、こうやって通学中にずっと、っていうのは初めてなんだよ。本当に。信じて」
まっすぐに見つめられては信じる他なかった。そもそも、彼はそういう嘘や駆け引きのできるタイプではない。いつだって真っすぐで、真摯だ。時々その真っすぐさに加減ができなくて大変なことを口走ることもあったが。
「私もこうやってイヤホンを半分にして聞くの、初めてなんだよね」
「じゃあ、一緒だね」
少年がとても嬉しそうに笑うから、少女もつられて笑った。
海面が陽光を反射させて煌めいて、とても綺麗な朝だった。
2009.11.22
初出