その他いろいろ
その感情の行き着く先
ふぅ、と男はため息をたつきながら桟橋に腰を下ろした。
季節は春。新緑が眩く輝き、硬く閉じていた蕾は綻んで鮮やかな花を咲かせる。小鳥が歌い、蝶や蜂が花から花へと忙しなく飛び回る。
柔らかい太陽の光を浴び、冬の厳しい寒さに耐えていた命が芽吹く、絢爛の季節。
そんな煌めく光の中、男の冴えない顔は不似合いたった。
握りしめたいた手を開いて視線を落とせば、そこには陽光を反射させて輝く指輪があった。
少しいびつな銀のリングと、台座に嵌められた淡い色の小さな蛍石。
既製品ではない。この町の恋人達の風習を聞いて、ベロニカに頼んで設備を貸してもらって彼が作ったものだ。
慣れない作業に苦労したが、良いものが作れた、と彼は思う。ベロニカにも検分してもらって、完璧だと太鼓判をもらった。
「貴方の心が詰まった、とても良い指輪です。この指輪を貰える方は幸せですね。貴方にこんなに想われていて」
そんなコメントももらった事も思い出して、気恥ずかしさに顔に熱が集まりそうになる。
だが、ならば何故、男は消沈しているのか。
その答えは、手の中の指輪が、まだここにあるからに他ならない。
そう、渡せていないのだ。
彼女は、人気者だ。明るくて真っ直ぐなその性格に、好意を抱く人間が他にもいることを知っている。ぼやぼやしていれば他の誰かが彼女に告白をして、恋人の位置を得るだろう。
彼女が、己ではない誰かの隣で幸せそうに笑っている姿など、想像するだけで胸が痛む。
ならばさっさと告白して指輪を渡してしまえばいいのだが、そこでどうしても躊躇してしまう。
気持ちと指輪を受け取ってもらえれば、いい。けれど、指輪を拒否されたら、この関係が壊れてしまう。
想像するれば腹の底が重たくなる。体が震える。
嫌だ。怖い。
その感情が邪魔をして、告白に踏み切れない。
諦めることもできず、一歩を踏み出すこともできない。
いっそのこと、この指輪を捨ててしまえば。
そうすればすっぱりと諦めがつくかもしれない。
ぐっと指輪を握り込み、投げ捨てようと振りかぶる。
が、結局振り抜く事は出来ずにため息と共に降ろされた。
もう何度、こんな事を繰り返しただろうか。
憂鬱な気分は晴れないまま、ナディが立ち上がろうとした時、背後から声がした。
「ナディー、こんちわ!」
「ミノ」
「とうっ!」
掛け声とダンッと強く板を踏み切る音から一拍おいて、どっぽーんと盛大な音と共に水飛沫が上がった。
何が起こったのか、ナディはすぐには理解が出来なかった。
背後から、己を悩ませている張本人の声が聞こえてきて、振り返ろうとしたら横を猛スピードで通り過ぎて行き、桟橋の淵で、さながら若い鹿のように力強く踏み切る少女の姿があった。
ぶわりとスカートを翻して、ちらっとこちらを見て、未だ冷たい川に飛び込んで行った。
呆然としていると、ぶはっと息継ぎのために少女は水面に顔を出し、桟橋の方へ寄ってきた。
「ごめん、ちょっとこれ預かってて」
「なんでダ。と言うか、何しテ」
「夕飯のおかず探し。今カバンがいっぱいで持てないからさ。すぐ戻るから、よろしく!」
「おイ、待テ!」
ナディにびちびちと活きのいい魚(1メートル超え)を押し付けて軽く手を振って応えると、ミノリはすぅ、と大きく息を吸って水中に消えて行った。
どうしてあんなのを好きになったンダ、とナディは己の趣味におおいに疑問を持って頭を抱えたくなった。
それでも、脳裏には彼女の生命力に満ち溢れた綺麗すぎる目が焼き付いて離れない。
魚を抱えながらきつく手を握りしめると、造園作業で硬くなった皮膚に指輪が食い込む。
やっぱり、ダメだ。
だって、あんなめちゃくちゃで女らしさとは無縁だけれど、彼女がいい。彼女でなければ、嫌だ。
ミノリが川から上がってきたらこの魚を返して、彼女に指輪を渡そうと決めた。
-----------
火稀こはる様へ
牧物漫画と交換した贈り物。
私が書くとこんなどうしようもないナディミノにしかならない悲劇。
萌えってなに。
2014.09.01
初出
ふぅ、と男はため息をたつきながら桟橋に腰を下ろした。
季節は春。新緑が眩く輝き、硬く閉じていた蕾は綻んで鮮やかな花を咲かせる。小鳥が歌い、蝶や蜂が花から花へと忙しなく飛び回る。
柔らかい太陽の光を浴び、冬の厳しい寒さに耐えていた命が芽吹く、絢爛の季節。
そんな煌めく光の中、男の冴えない顔は不似合いたった。
握りしめたいた手を開いて視線を落とせば、そこには陽光を反射させて輝く指輪があった。
少しいびつな銀のリングと、台座に嵌められた淡い色の小さな蛍石。
既製品ではない。この町の恋人達の風習を聞いて、ベロニカに頼んで設備を貸してもらって彼が作ったものだ。
慣れない作業に苦労したが、良いものが作れた、と彼は思う。ベロニカにも検分してもらって、完璧だと太鼓判をもらった。
「貴方の心が詰まった、とても良い指輪です。この指輪を貰える方は幸せですね。貴方にこんなに想われていて」
そんなコメントももらった事も思い出して、気恥ずかしさに顔に熱が集まりそうになる。
だが、ならば何故、男は消沈しているのか。
その答えは、手の中の指輪が、まだここにあるからに他ならない。
そう、渡せていないのだ。
彼女は、人気者だ。明るくて真っ直ぐなその性格に、好意を抱く人間が他にもいることを知っている。ぼやぼやしていれば他の誰かが彼女に告白をして、恋人の位置を得るだろう。
彼女が、己ではない誰かの隣で幸せそうに笑っている姿など、想像するだけで胸が痛む。
ならばさっさと告白して指輪を渡してしまえばいいのだが、そこでどうしても躊躇してしまう。
気持ちと指輪を受け取ってもらえれば、いい。けれど、指輪を拒否されたら、この関係が壊れてしまう。
想像するれば腹の底が重たくなる。体が震える。
嫌だ。怖い。
その感情が邪魔をして、告白に踏み切れない。
諦めることもできず、一歩を踏み出すこともできない。
いっそのこと、この指輪を捨ててしまえば。
そうすればすっぱりと諦めがつくかもしれない。
ぐっと指輪を握り込み、投げ捨てようと振りかぶる。
が、結局振り抜く事は出来ずにため息と共に降ろされた。
もう何度、こんな事を繰り返しただろうか。
憂鬱な気分は晴れないまま、ナディが立ち上がろうとした時、背後から声がした。
「ナディー、こんちわ!」
「ミノ」
「とうっ!」
掛け声とダンッと強く板を踏み切る音から一拍おいて、どっぽーんと盛大な音と共に水飛沫が上がった。
何が起こったのか、ナディはすぐには理解が出来なかった。
背後から、己を悩ませている張本人の声が聞こえてきて、振り返ろうとしたら横を猛スピードで通り過ぎて行き、桟橋の淵で、さながら若い鹿のように力強く踏み切る少女の姿があった。
ぶわりとスカートを翻して、ちらっとこちらを見て、未だ冷たい川に飛び込んで行った。
呆然としていると、ぶはっと息継ぎのために少女は水面に顔を出し、桟橋の方へ寄ってきた。
「ごめん、ちょっとこれ預かってて」
「なんでダ。と言うか、何しテ」
「夕飯のおかず探し。今カバンがいっぱいで持てないからさ。すぐ戻るから、よろしく!」
「おイ、待テ!」
ナディにびちびちと活きのいい魚(1メートル超え)を押し付けて軽く手を振って応えると、ミノリはすぅ、と大きく息を吸って水中に消えて行った。
どうしてあんなのを好きになったンダ、とナディは己の趣味におおいに疑問を持って頭を抱えたくなった。
それでも、脳裏には彼女の生命力に満ち溢れた綺麗すぎる目が焼き付いて離れない。
魚を抱えながらきつく手を握りしめると、造園作業で硬くなった皮膚に指輪が食い込む。
やっぱり、ダメだ。
だって、あんなめちゃくちゃで女らしさとは無縁だけれど、彼女がいい。彼女でなければ、嫌だ。
ミノリが川から上がってきたらこの魚を返して、彼女に指輪を渡そうと決めた。
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火稀こはる様へ
牧物漫画と交換した贈り物。
私が書くとこんなどうしようもないナディミノにしかならない悲劇。
萌えってなに。
2014.09.01
初出