その他いろいろ
失恋記念日
カミルが初めてこの町にやって来た頃でも貿易ステーションは賑わっていたが、今の賑わいはもっと盛大だ。
おかげでステーションの隅の方に小さな露店を出すカミルの花屋にも、大勢の客が訪れてくれる。
隣町から市場を見に来た恋人たちや夫婦はパートナーに日ごろの感謝と愛をこめて花束を。年配の男性は自分でも育ててみたくなったのか季節の鉢植えを。異国から訪れた旅行客はこの地を思い出せるようにと種を。それぞれに思うことがあって商品を手に取り、嬉しそうに笑いながら、時には「ありがとう」と感謝の言葉も乗せて、買っていってくれる。
客商売である以上、営業スマイルは欠かせないが、それを抜いても喜んでくれるのが嬉しくて、つられるようにカミルも笑うのだった。
そんな、穏やかなある日。
「こんにちはー!」
並べた花の手入れをしていると弾んだ声が聞こえてきた。
手を止めてそちらを向けば、大きな包みを抱えたミノリが駆け足でやってくる。
明るく元気な彼女の人柄はヒマワリのようで、カミルの心は明かりが灯るうに暖かくなる。顔も自然と綻んでくる。
「やあ、こんにちは」
「ちょっとアレンジのお願いがあって。いいかな?」
「ダメって言うプロは居ないさ。どんな注文?」
「えへへ、これなんだけど」
新聞紙で簡単に包まれたそれをどさりと作業台の上に載せて広げると、中から幾種もの花がこぼれ出た。
花弁の色の鮮やかさ、しっかりとした太い茎、緑の葉のつややかさ、それら全てが、この花々が一級品であることを示している。
思わず手を伸ばして触れてみれば、ふわふわとした細かな毛がまるでビロードのような手触りで、カミルは目を見張った。
「これは……すごいな」
「でしょう? この日のために一生懸命頑張りましたとも」
えへん、とミノリは胸を張った。
毎日花に触れるカミルでなくとも分かるだろう。
花に限らず、植物の品質を高めることは難しい。長いスパンで品種改良に取り組まなければならない。それをやってのけた彼女の根気強さは感嘆に値する。
更にこの花の種類の豊富さ。
ビニールハウスで育てるにしても、かかった手間と時間は膨大だろう。それも、今日この日に美しく咲くように調整もしているのだろうから、ミノリの絶え間ない努力と深い愛情は計り知れない。
そう、この行動原理は、愛だ。
直接渡すのか、部屋に飾るのか、どちらにしろ彼女の大切な人を喜ばせたいという一心だけで、彼女は手間と時間を惜しむことなくつぎ込んだ。
「で、夕方くらいに取りに来るから、それまでにお願いできるかな」
「……任せて、おいてくれ。最高の花束を作っておくよ」
「ありがとう! さすがカミルだね。お願いして良かったよ。それじゃ、また後でね!」
笑顔で手を振って去っていく彼女に、カミルも笑顔で手を振り返した。
だが、それも彼女の姿が人ごみに紛れて見えなくなるまでの間の事で、その姿が見えなくなると、カミルは片手で顔を覆った。そうでもしなければ倒れてしまいそうだったから。
彼女の左手の薬指に嵌められた銀の輪の眩い輝きが、目と心を焼き尽くしていく。
果たして、自分はちゃんと笑えていただろうか。声は震えていなかっただろうか。心の底からの祝福はできなくとも、彼女の幸せを願える程度には立ち直れたと思っていたのに。
こうしてその事実を再認識してみれば、未だ足元がグラグラと揺れておぼつかない。
だめだ、こんな状態じゃ。
彼女は自分を信頼して依頼をしてくれたのだ。手間と時間をかけて彼女が育て上げた最高品質の花を、その信頼に応えるためにも最高の花束に仕上げなければ。
そう理解していも、この幸せの象徴を踏みにじりたくなる自分の醜さと身勝手さと、花へ対する愛情と情熱がその程度だったのかと、自己嫌悪で吐きそうだった。
一年前の今日は、彼女が結婚した日。
そして彼が、失恋した日。
-----------
火稀こはる様へ
牧物漫画と交換した贈り物。
ネタを思いついて書き始めた時点ではゲーム中でカミル未登場だから、てっきりアレンジとか花の種を売ってくれる花屋をするもんだとばかり思ってたら、登場したら毎日街をフラついてるだけとか、設定ミスもいいとこだわ…
2014.09.01
初出
カミルが初めてこの町にやって来た頃でも貿易ステーションは賑わっていたが、今の賑わいはもっと盛大だ。
おかげでステーションの隅の方に小さな露店を出すカミルの花屋にも、大勢の客が訪れてくれる。
隣町から市場を見に来た恋人たちや夫婦はパートナーに日ごろの感謝と愛をこめて花束を。年配の男性は自分でも育ててみたくなったのか季節の鉢植えを。異国から訪れた旅行客はこの地を思い出せるようにと種を。それぞれに思うことがあって商品を手に取り、嬉しそうに笑いながら、時には「ありがとう」と感謝の言葉も乗せて、買っていってくれる。
客商売である以上、営業スマイルは欠かせないが、それを抜いても喜んでくれるのが嬉しくて、つられるようにカミルも笑うのだった。
そんな、穏やかなある日。
「こんにちはー!」
並べた花の手入れをしていると弾んだ声が聞こえてきた。
手を止めてそちらを向けば、大きな包みを抱えたミノリが駆け足でやってくる。
明るく元気な彼女の人柄はヒマワリのようで、カミルの心は明かりが灯るうに暖かくなる。顔も自然と綻んでくる。
「やあ、こんにちは」
「ちょっとアレンジのお願いがあって。いいかな?」
「ダメって言うプロは居ないさ。どんな注文?」
「えへへ、これなんだけど」
新聞紙で簡単に包まれたそれをどさりと作業台の上に載せて広げると、中から幾種もの花がこぼれ出た。
花弁の色の鮮やかさ、しっかりとした太い茎、緑の葉のつややかさ、それら全てが、この花々が一級品であることを示している。
思わず手を伸ばして触れてみれば、ふわふわとした細かな毛がまるでビロードのような手触りで、カミルは目を見張った。
「これは……すごいな」
「でしょう? この日のために一生懸命頑張りましたとも」
えへん、とミノリは胸を張った。
毎日花に触れるカミルでなくとも分かるだろう。
花に限らず、植物の品質を高めることは難しい。長いスパンで品種改良に取り組まなければならない。それをやってのけた彼女の根気強さは感嘆に値する。
更にこの花の種類の豊富さ。
ビニールハウスで育てるにしても、かかった手間と時間は膨大だろう。それも、今日この日に美しく咲くように調整もしているのだろうから、ミノリの絶え間ない努力と深い愛情は計り知れない。
そう、この行動原理は、愛だ。
直接渡すのか、部屋に飾るのか、どちらにしろ彼女の大切な人を喜ばせたいという一心だけで、彼女は手間と時間を惜しむことなくつぎ込んだ。
「で、夕方くらいに取りに来るから、それまでにお願いできるかな」
「……任せて、おいてくれ。最高の花束を作っておくよ」
「ありがとう! さすがカミルだね。お願いして良かったよ。それじゃ、また後でね!」
笑顔で手を振って去っていく彼女に、カミルも笑顔で手を振り返した。
だが、それも彼女の姿が人ごみに紛れて見えなくなるまでの間の事で、その姿が見えなくなると、カミルは片手で顔を覆った。そうでもしなければ倒れてしまいそうだったから。
彼女の左手の薬指に嵌められた銀の輪の眩い輝きが、目と心を焼き尽くしていく。
果たして、自分はちゃんと笑えていただろうか。声は震えていなかっただろうか。心の底からの祝福はできなくとも、彼女の幸せを願える程度には立ち直れたと思っていたのに。
こうしてその事実を再認識してみれば、未だ足元がグラグラと揺れておぼつかない。
だめだ、こんな状態じゃ。
彼女は自分を信頼して依頼をしてくれたのだ。手間と時間をかけて彼女が育て上げた最高品質の花を、その信頼に応えるためにも最高の花束に仕上げなければ。
そう理解していも、この幸せの象徴を踏みにじりたくなる自分の醜さと身勝手さと、花へ対する愛情と情熱がその程度だったのかと、自己嫌悪で吐きそうだった。
一年前の今日は、彼女が結婚した日。
そして彼が、失恋した日。
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火稀こはる様へ
牧物漫画と交換した贈り物。
ネタを思いついて書き始めた時点ではゲーム中でカミル未登場だから、てっきりアレンジとか花の種を売ってくれる花屋をするもんだとばかり思ってたら、登場したら毎日街をフラついてるだけとか、設定ミスもいいとこだわ…
2014.09.01
初出