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その他いろいろ

山のような酷い話があって



 月がとても美しくて、なかなか寝付けない夜でした。
 一人部屋の窓から空を見上げていると、蝙蝠の群れがどこからともなく現れて、それがひと塊りになったかと思うと銀髪と青白い顔をした男の人になったのです。
 驚いて叫び声を上げそうになる私に、人差し指でしぃ、と合図をくれるので両手で口を押さえて悲鳴を飲み込みました。
 男の人は窓縁に足をかけてするりと部屋に入り込み、いい子だ、と頭を撫でてくれました。その手はとてもひんやりとしていました。
 こんな辺境の戦士の村には似つかわしくない、とてもとても優雅で見惚れるほど美しくて静かな威圧感のある、こんな満月の夜の様な男の人でした。
「これほど月の美しい夜に眠るなどもったいない。お前はなかなか見どころがあるぞ。ふむ。様子を見にきただけのつもりだったんだが。お前は彼女にだいぶ似てはいるが、子孫とは思えないほど良い趣味だ。何せあいつは、身の危険を感じなければどんな天候でも夜は驚くほどしっかり眠っていたからな」
 薄い毛布を捲って寝台に入る様に促されて、私はそれに従いました。
「だが、子供は眠った方がいい。大きくなれないからな。寝物語に、お前の祖先の話をしてやろう」
 そう言って美しい男の人は寝台の横に不思議な力で椅子を寄せて座りました。ウィザードなのでしょうか。変身と魔導士の手は、私の魔術の師匠も使います。
 美しい男の人は大袈裟な身振り手振りの芝居がかった動作で、私のご先祖様である女の人の話をたくさんたくさん聞かせてくれました。
 美しい男の人のお話は、この村に生まれた人なら誰でも知っているお話でした。けれど、美しい男の人の語るお話は、それよりももっと詳しくて臨場感があって、そして村には伝わっていないお話もあったのです。面白くて、私はちっとも眠くなりませんでした。
 どうしてそんなにたくさんの物語を事細かに話せるのかとたずねると、男の人はご先祖様の旅の仲間で一緒に戦っていたのだと教えてくれました。
 何十年も昔の人の仲間だというこの人離れした美しい人は、きっとその美しさのままに人ではないのでしょう。
 一番最初の出会いの話。ドルイド達を救った話。ゴブリン達を皆殺しにした話。影の呪いに侵された土地の呪いを解いた話。死の神に選ばれた者達との戦いの話。大きな大きな脳みその化け物と戦い、世界を救った話。そしてその後の冒険譚。
「あいつは本当にひどい奴だったんだ。何せこの俺をいつでもいい様に使って、最後には捨てたんだからな。次に来る時は、あいつの酷い話をしてやろう。山の様にあるんだ」
 そう言って締めくくられた長い長いお話は、朝日が山の端に現れる頃に終わり、美しい男の人はぱっと大きな蝙蝠になって朝の光の中を飛び去りました。
 私は窓を閉めて、毛布にくるまり直して、目を閉じて、最後に見た美しい男の人の表情を思い出します。
 ひどい奴と言いながらもちっとも嫌そうではなく、懐かしさと嬉しさと、少しばかりの悲しみが、そにはあった様な気がしました。




2024.05.24
くるっぷにて


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