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その他いろいろ

いつかどこかの冬の日



 シロウのお使いで池袋バーサーカーズへ行った帰り道。年末も迫り出した季節となった街はイルミネーションに彩られてどこもかしこもらきらきらと輝いていた。
 コートとマフラーで防寒対策をしていても風は身を斬るような冷たさで、少女はぶるりと身を震わせた。特に短いスカートでは覆えないむき身の足へのダメージは大きい。
 早く帰りたい気持ちで手をコートのポケットに突っ込んで交差点で信号待ちをしていて、おや、と少女は思う。常よりも種族を問わずに二人組の数が多い、気がする。
 イルミネーションや店の明かりの暖かな色味に染められた幸せそうな笑顔が、そこここに見られる。

「……ああ、もうすぐクリスマスだもんねぇ」

 みんなで集まって大騒ぎをするばかりの毎日では、特別なただ一人と過ごす、という感覚は非常に希薄だ。
 今年のクリスマスもサンタスクールの出発式に参加の予定があるし、やはり大勢で大騒ぎ、となるだろう。そもそも、二人きりで過ごすような特別な誰か、という存在自体がまだないのだが。
 信号が青になり、ひとの群れが一斉に動き出す。少女も、駅へと向かって歩き出した。
 早く帰ろうという気持ちは、どこかへ飛んで行ってしまっていた。



 駅ビルに入っている雑貨を取り扱うテナントに入る。親しい友人らへのクリスマスの贈り物に何かないかと物色するためだ。
 女の子達へは入浴剤とかどうだろう。いろんな香りの楽しめる詰め合わせセットは包装も可愛らしい。この季節なら乾燥対策の効能がある物も好まれるだろう。
 ならば男連中はどうするべきか。顔を思い浮かべてみるが、ピンと来るものがない。それぞれに個性が強すぎるのが原因である。いっそ肉や缶詰の詰め合わせのようなものの方が喜ばれるのではないだろうか。それを人はお歳暮と呼ぶ。
 他には、と視線を彷徨わせると手のひらサイズのぬいぐるみが陳列された棚が目に飛び込んできた。
 犬、猫、兎、熊、と様々な動物達がつぶらな瞳に照明の輝きを反射させて過ぎゆくひとびとを見つめている。
 そうしてふと思い出すのはふわもこファンシーなぬいぐるみの体をした、自分をきょうだいと呼ぶ男の事だった。
 あの体は、良い。
 ふわふわの手触りの黒い毛、もこもこの綿。たまに洗うのかいい匂いもする。柔らかい上に優しい温もりはこの寒い季節にひどく恋しい。
 些か大きすぎるきらいのある声も、ボリュームとテンションを落としてもらえれば深くて耳に心地よい。
 そうだ、会いに行ってみよう。いつも奇襲をかけられるのだ。たまにはこちらから行ってもいいだろう。突然の面会にタネトモやヤスヨリは渋い顔をするかもしれないけど。
 だって行かなければ、きっとこの寒さに凍えて死んでしまうから。あのふわふわでもこもこであたたかい体で、温めてもらおう。
 寮の門限よりも、今はそちらの方が大事だった。

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 運営によって定められたギルドバトルの時間はとうに過ぎ、諸々の書類仕事、部下からの報告と指示、同盟者達との今後の方針会議などの本日中に行うべき業務の粗方を片付けた頃には夜もいい時間になっていた。
 残りのいくつかの雑務を今日中に済ませてしまうか明日に回すかを考えていれば突然ガチャン!と派手な音を立てて執務室のドアが開け放たれた。
 急な来客の連絡は来ていない。学園内に張り巡らせた鏡のネットワークにも反応はなかった。
 侵入の手際は褒めるべきだが、単独だろうが複数だろうが、隠密行動を捨てるメリットのない状況で姿を現すなど愚の骨頂だ。
だが、その正面からぶつかるスタイルは嫌いではない。
卑怯を好まない戦士の矜持に敬意を表して迎え撃ってやろうと獰猛な笑みを浮かべて飛びかかろうとした、その先に立っていたのは。

「やあ今晩は、だ! テスカトリポカ!」
「……きょうだい?」

短いスカートと冬用コートとマフラーの出立ちをした少女であった。
目を丸くして耳をピンと立てたテスカトリポカに満足そうに笑い、机の上の書類や判子などを目にして、あちゃと小さく呻いた。

「まだ仕事中だった? ごめんね、入口のところでヤスヨリにそろそろ今日の仕事は終わるはずって聞いて。邪魔しちゃった?」

部屋の主人に断りもなく、少女はドアを閉めるとずかずかと部屋に踏み込む。
こちらの様子を伺いはするものの、遠慮をする気はないらしい。
成程、遊びに来たという事か。であれば、この急襲騒ぎも納得できてしまった。いつもの意趣返しと言ったところか。
テスカトリポカは完全に戦意を削がれてくつくつと笑い、柔らかな応接用のソファに身を沈めるきょうだいの隣に腰を下ろした。

「いや、今日の分は既に片付いている。明日の分を少しやっておくか考えていたところだ」
「そうなんだ。じゃあ良かった。うー、それにしても寒かったぁ。ほら、こんなに冷えちゃった」

 クラフターズ特製の義体の性能は非常に良い。
 滑らかな関節の稼働。思い通りに動く人工の筋肉。クリアな視覚、鋭敏な聴覚。ふさふさで触り心地の良い艶やかな黒い毛皮。なくてもいいはずなのに体温を生む、作り物の体。
 剣を握り、数え切れない戦いを繰り広げ、戦い抜いてきた少女の冷たい手が、そんなテスカトリポカの手を取った。
 熱を得ようと白い手は黒い毛の上をわさわさと動き回る。

「ああ、つめたい、な」

 テスカトリポカの有する過去のループの記憶でも、こんな穏やかな時間の記録は本当に少ない。
 きょうだいには会えない事の方が多かった。会えたとしても敵対し殺し合う関係がほとんどであった。
 今回のループのように幾度かは同じ陣営だったりギルド同士で協力関係を結んだりして行動を共にもしたが、それでもやはり結果は大して変わらなかった。テスカトリポカが彼女を殺すか、他の誰かに彼女が殺されるか、だ。
 求めるものは最低最悪の戦争と闘争であり、こんな穏やかで優しい時間ではないのだという結論は既に出ている。
 それでも、大切な大切なきょうだいであり友がそう望むのならば、その期待に応えてやらねばなるまい。

「はぁ、あったかい……もふもふ超気持ちいい……今日はもう帰りたくない……」

 その小さな呟きを拾った耳はピクリと跳ねた。犬獣人程ではないが、落ち着きなく尻尾が揺れる。
 さて、客人用の部屋は空いていただろうか。今から準備をとなると、些か時間がかかりそうだ。で、あれば、普段からあまり使うことのない自分の部屋に招待するのが早いだろう、とテスカトリポカは手だけではなく全身をもふもふされたまま考える。
 残りの雑務は明日に回す事が決定された。
 優しい記憶があるのも、いいだろう。いつかくる最低最悪の戦争の時に今日のことをふと思い出してその救いの無さに歓喜するはずだ。
 それに、こんなに冷える夜なのだ。温もりを求められ、求め返し、そうして寄り添いあって眠る自由と権利は、幾許かはあるはずだから。



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