レディアントマイソロジー2 まとめ
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星空は近かった
バンエルティア号の三階、展望室には本格的なバーカウンターがあり、棚には各地の名酒が並んでいるが、ほとんどが高価な調度品と化していた。
酒よりも食い物。酒よりも剣の稽古。酒よりも女。酒よりも遺跡。概ねギルドに属するのはそんな感じの人間たちだ。中にはうわばみのような酒豪もいるが、場の雰囲気を考えてか控えめで、夕飯の後に軽く一杯だとか、ナイトキャップにほんの少しだけ嗜む者が数人いる程度だ。
深夜の展望室で一人琥珀色の液体を口に運ぶウッドロウは、そんな数少ない成人男性であった。
マナ消費節約のために空調と電気の落とされた部屋は寒かったが、幾分かアルコールが回って火照る体には冷たい空気が心地よく、灯りが使えずとも大きな窓から入る青白い月光のおかげで明かりには不自由しない。むしろ、月の光で黒く伸びる影に風情があった。
窓の外を見れば、先ほどまで降っていた綿埃のような雪もいつの間にか止み、甲板を見下ろせばだいぶ積もっているのが見えた。
明日の朝一番の仕事は雪かきのようだ。あれはなかなかの重労働で、日々魔物との激しい戦闘を繰り広げている歴戦の戦士達でも嫌がるほどだ。面倒で疲れる。
それでもやらなければならない。放置しておけば船の運航、飛翔に大きな問題が発生する。何より、船長が黙ってはいないだろう。
となれば、早めに起きなければならないな、とそろそろ寝ようと席を立とうとした頃に、一つの小さな影が甲板に現れた。
こんな夜更けに一体誰が、といぶかしんで見ていると、月明かりに照らし出されたのはディセだった。 甲板に出るだけなら、いい。さっきまで雪が降ってはいたが、今は止んで月と星が美しいし、その月光を受けて青く発光するかのような雪も神秘的で心が揺さぶられるのだから、それらに惹かれて出てくるのは理解できる。
だが、少女の格好は理解できない。
「せめて長袖の上着くらい羽織りたまえ……!」
冬の夜は凍れる世界だ。それをどうして、常と変わらずに肩と足がむき出しの夏向けの戦闘用衣装で出歩くのか。
甲板に直行する前に、一度部屋へ立ち寄って外套を掴んだ。いくら北国生まれの北国育ちで、アルコールでいくらか体温が上昇しているとは言え、夜の気候は厳しいのだ。
ホールのドアをくぐって甲板に出れば、薄青い光の中に少女が立っていた。
細く白い首を反らせて空を見上げていたが、ドアの開いた音に驚いたのか、びくりと体を震わせて振り返った。
そこに立つのが厳しくも優しい青年であることを認めると安堵したように微笑んだ。
「寒くないのかい?」
「少し。でも大丈夫です。もうちょっとしたら戻りま……っくしゅん!」
どこが大丈夫なのか説明してもらいたい。
溜め息交じりの苦笑をこぼして青年が少女を手招くと、素直にそれに従ってさくさくと足音を立てて近寄ってくる。それでもやはり空が気になるらしく、目線は常に上を見ていた。
ディセの邪魔にならないようにその肩を掴んでくるりと向きを変えさせて背後に立つ形になると、ふわりとコートを広げて少女を内側に包み込んだ。
「わ!」
「こうすれば、少しは暖かいだろう」
「ありがとうございます」
いつも身に着けている青の胴鎧は外されて簡素なシャツとズボンという格好は、ディセの体温を直に伝える。いくらか体温は低くなっているが、それでも少女の体は暖かかった。
「お酒の匂いがする」
「ああ、少し飲んでいたからね。……そんなに匂うかな?」
「ほわんって程度です。大人の匂いって感じウッドロウさんにあってますよ」
「そうか。君に嫌われなくて良かったよ。空を見に出てきたのかい?」
「はい。すっごくきれいだったから。私、冬の空って好きです」
「私も冬の……いや、この国の夜空が好きだから、君にそう言ってもらえるととても嬉しいね」
笑い合って、二人で空を見上げた。
空を見上げるディセの体が首から下も反りはじめ、ウッドロウに寄りかかる形になる。少女は小柄で、いくら寄りかかられたところで青年はびくともしない。安心したのかさらに青年に体を預けるように傾いていき、ふとディセの目が空ではないところを見つめて止まった。
「あ」
じっと青年の顔を見つめる目は空を見上げていたそれとはまた異なった輝きを宿している。彼女に見つめられるのは嬉しいが、こうも真っ直ぐに見つめられると少々面映い。
「私の顔に何か?」
「ウッドロウさんの目も、星空みたいだなって」
コートの隙間から手を伸ばして、ウッドロウの頬に触れた。指先でそっと、ではなく、両の手のひらで包み込むようにしてほんの少し自分の方へ引き寄せ、さらに少女自身も背伸びをして青年の顔に己の顔を近づける。
ディセの白い息が、鼻先に触れた。
「きらきらしててきれい。ウッドロウさんの目も、好きですよ」
こっちの気も知らないで、くもりのない笑顔でそんなことを言うなんて
「あわ、ちょっ、ウッドロウさん苦しいですって!」
アルコールのせいにしてしまおう。本当は酔ってなどいなかったが、純粋であることの恐ろしさを知らないのが子供の特権ならば、己を騙すずるさは大人の特権だ。
少女の抗議の声を聴いてなお、青年は抱きしめる腕から力を抜けなかった。
2009.03.07
初出
バンエルティア号の三階、展望室には本格的なバーカウンターがあり、棚には各地の名酒が並んでいるが、ほとんどが高価な調度品と化していた。
酒よりも食い物。酒よりも剣の稽古。酒よりも女。酒よりも遺跡。概ねギルドに属するのはそんな感じの人間たちだ。中にはうわばみのような酒豪もいるが、場の雰囲気を考えてか控えめで、夕飯の後に軽く一杯だとか、ナイトキャップにほんの少しだけ嗜む者が数人いる程度だ。
深夜の展望室で一人琥珀色の液体を口に運ぶウッドロウは、そんな数少ない成人男性であった。
マナ消費節約のために空調と電気の落とされた部屋は寒かったが、幾分かアルコールが回って火照る体には冷たい空気が心地よく、灯りが使えずとも大きな窓から入る青白い月光のおかげで明かりには不自由しない。むしろ、月の光で黒く伸びる影に風情があった。
窓の外を見れば、先ほどまで降っていた綿埃のような雪もいつの間にか止み、甲板を見下ろせばだいぶ積もっているのが見えた。
明日の朝一番の仕事は雪かきのようだ。あれはなかなかの重労働で、日々魔物との激しい戦闘を繰り広げている歴戦の戦士達でも嫌がるほどだ。面倒で疲れる。
それでもやらなければならない。放置しておけば船の運航、飛翔に大きな問題が発生する。何より、船長が黙ってはいないだろう。
となれば、早めに起きなければならないな、とそろそろ寝ようと席を立とうとした頃に、一つの小さな影が甲板に現れた。
こんな夜更けに一体誰が、といぶかしんで見ていると、月明かりに照らし出されたのはディセだった。 甲板に出るだけなら、いい。さっきまで雪が降ってはいたが、今は止んで月と星が美しいし、その月光を受けて青く発光するかのような雪も神秘的で心が揺さぶられるのだから、それらに惹かれて出てくるのは理解できる。
だが、少女の格好は理解できない。
「せめて長袖の上着くらい羽織りたまえ……!」
冬の夜は凍れる世界だ。それをどうして、常と変わらずに肩と足がむき出しの夏向けの戦闘用衣装で出歩くのか。
甲板に直行する前に、一度部屋へ立ち寄って外套を掴んだ。いくら北国生まれの北国育ちで、アルコールでいくらか体温が上昇しているとは言え、夜の気候は厳しいのだ。
ホールのドアをくぐって甲板に出れば、薄青い光の中に少女が立っていた。
細く白い首を反らせて空を見上げていたが、ドアの開いた音に驚いたのか、びくりと体を震わせて振り返った。
そこに立つのが厳しくも優しい青年であることを認めると安堵したように微笑んだ。
「寒くないのかい?」
「少し。でも大丈夫です。もうちょっとしたら戻りま……っくしゅん!」
どこが大丈夫なのか説明してもらいたい。
溜め息交じりの苦笑をこぼして青年が少女を手招くと、素直にそれに従ってさくさくと足音を立てて近寄ってくる。それでもやはり空が気になるらしく、目線は常に上を見ていた。
ディセの邪魔にならないようにその肩を掴んでくるりと向きを変えさせて背後に立つ形になると、ふわりとコートを広げて少女を内側に包み込んだ。
「わ!」
「こうすれば、少しは暖かいだろう」
「ありがとうございます」
いつも身に着けている青の胴鎧は外されて簡素なシャツとズボンという格好は、ディセの体温を直に伝える。いくらか体温は低くなっているが、それでも少女の体は暖かかった。
「お酒の匂いがする」
「ああ、少し飲んでいたからね。……そんなに匂うかな?」
「ほわんって程度です。大人の匂いって感じウッドロウさんにあってますよ」
「そうか。君に嫌われなくて良かったよ。空を見に出てきたのかい?」
「はい。すっごくきれいだったから。私、冬の空って好きです」
「私も冬の……いや、この国の夜空が好きだから、君にそう言ってもらえるととても嬉しいね」
笑い合って、二人で空を見上げた。
空を見上げるディセの体が首から下も反りはじめ、ウッドロウに寄りかかる形になる。少女は小柄で、いくら寄りかかられたところで青年はびくともしない。安心したのかさらに青年に体を預けるように傾いていき、ふとディセの目が空ではないところを見つめて止まった。
「あ」
じっと青年の顔を見つめる目は空を見上げていたそれとはまた異なった輝きを宿している。彼女に見つめられるのは嬉しいが、こうも真っ直ぐに見つめられると少々面映い。
「私の顔に何か?」
「ウッドロウさんの目も、星空みたいだなって」
コートの隙間から手を伸ばして、ウッドロウの頬に触れた。指先でそっと、ではなく、両の手のひらで包み込むようにしてほんの少し自分の方へ引き寄せ、さらに少女自身も背伸びをして青年の顔に己の顔を近づける。
ディセの白い息が、鼻先に触れた。
「きらきらしててきれい。ウッドロウさんの目も、好きですよ」
こっちの気も知らないで、くもりのない笑顔でそんなことを言うなんて
「あわ、ちょっ、ウッドロウさん苦しいですって!」
アルコールのせいにしてしまおう。本当は酔ってなどいなかったが、純粋であることの恐ろしさを知らないのが子供の特権ならば、己を騙すずるさは大人の特権だ。
少女の抗議の声を聴いてなお、青年は抱きしめる腕から力を抜けなかった。
2009.03.07
初出