レディアントマイソロジー2 まとめ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
光
始めの頃はしばらく寝たきりで体力の低下したアッシュのリハビリのための簡単な手合わせだった。
それが彼が本来の体力と戦闘の勘を取り戻した後もどういうわけか続き、今や二人の手合わせは日課と化している。
ただ、いくら日課と言えど、今日のように雨だったり海が時化ているときはさすがに行えなかった。
アッシュは船内には戻らずに出入り口の軒下で壁に寄りかかって雨を見ていた。普段から甲板にいるカノンノはパニールの手伝いで食堂へ。セルシウスは精霊の生態が知りたいとハロルドに実験室へ呼ばれており、他に人はいない。雨と風と波の音しかしない。
一人きりになるのは久しぶりだ。いくら広い船でもギルドのメンバーは多く、おまけにおせっかいな性格の持ち主が大多数を占めているせいで、一人の時間というものがなかなか取れないのだ。
その最たる者が。
「あ、いた」
ドアを開けると同時に声を上げた少女だ。
まさか雨の日に甲板へやってくるとは夢にも思っておらず、男が呆気に取られているうちに、ディセは彼の隣に同じように立って雨を眺めだした。
用があって探されていたのかと思ったが、彼女の態度からしてそうではないらしい。怪訝そうな顔をしたが、それもすぐに消えた。彼女が思いつきで行動するのはいつもの事だ。
「雨、残念だね」
「やりたかったのか」
「うん。毎日の楽しみなの」
「……楽しみ、なのか? あれが?」
「うん」
日課になる程なのだから嫌々ではないだろうと思ってはいたが、楽しみにされていたことが意外で、男は返答に窮した。少なくとも、年頃の少女が楽しみにするような内容の手合わせではないとアッシュには断言できた。
そうして言葉が途切れて、しばらくの間お互い無言で雨を眺めていた。微妙な空気ではあったが、二人ともそれを気にするような性格ではないようである。
徐々に雨足が弱まり、海も穏やかさを取り戻し始めた頃、ずっと黙っていた少女が口を開いた。
「私、空から降ってきたんだって」
バンエルティア号に乗っている者なら誰だって知っている話だ。
世界に危機が訪れたある晴れた日、ディセンダーは空から降ってきてバンエルティア号という船の甲板に叩きつけられました。
次に語り継がれるディセンダーの物語は、きっとこういう形で始まる。なんとも情けない。もっとこう、神秘性や威厳を秘めた登場の仕方をしてもらいたいものだ。それでも、後世になればいろいろと脚色されて素晴らしい英雄譚になるのだろうが。
「私、雨になりそこねたのかなあ」
「超自然現象や魔術的介入や化学の粋を集めた技術があったとしても、雨は人にはならん」
「人は、雨になれる?」
「なれねぇよ」
少なくとも、このとんちんかんな言動は修正が求められる。それも可及的速やかに。
リフィルかジェイドにこいつに勉強を教えるように言ってやろうかと思い、止めた。言いに行けば、ついでとばかりに己までその勉強に付き合わせられかねない。そんな面倒は御免だ。だからと言って、アッシュ自身が自然界の現象を事細かに説明してやる気も無い。自分は彼女の師でも親でもないのだから。
ちらとディセの方を見れば、彼女はアッシュを見上げていた。何か話してほしそうに金色の目を輝かせている。
この真っ直ぐな目は苦手だ。己の内側を見透かされそうで、落ち着かない。ふいと視線を前に戻して、それに気がついた。
「雨以外にも、空から降ってくるもんはあるだろうが」
分からない、とでも言いたげに少女は首を傾げて目を瞬かせた。
あれだ、と男は無言で顎でしゃくり、少女はその先に目を向ける。
「わぁ……!」
弱くなったとは言え雨はまだ降り続いていたが、濡れるのも構わずにディセは船べりへと駆け出した。思いきり身を乗り出して、それに見入る。
黒い雲の切れ間から幾筋もの光が降っていた。厳かさと神秘性を併せ持つ光景だ。
形を、色を、時と場所に合わせて変えていく光は、彼女とよく似ている。厳かさや神秘性といったものは皆無だったが。
ディセンダーは、必要に応じて姿を変える。時には戦士として魔物と戦い、時には僧侶として傷ついた人々を癒し、時には魔術師となって人に知を与える。その本質は何も変わらないのに、様々な形で人を助け、世界を救う。
彼女が何かから生じたというのなら、それは間違いなく光だ。
力強い太陽の、優しい月の、導く星の、暖かい火の、夢を宿す瞳の、絶望の闇を切り裂く剣の煌きの、揺るがない想いの、そんなものが凝って生まれたものに違いない。
そして、人々はそれに名前をつけた。希望、と。
「ねえ、私、光?」
そんなこと、口が裂けたって言えないが。
「知るか」
雨は、もうすぐ止むだろう。
2009.02.24
初出
始めの頃はしばらく寝たきりで体力の低下したアッシュのリハビリのための簡単な手合わせだった。
それが彼が本来の体力と戦闘の勘を取り戻した後もどういうわけか続き、今や二人の手合わせは日課と化している。
ただ、いくら日課と言えど、今日のように雨だったり海が時化ているときはさすがに行えなかった。
アッシュは船内には戻らずに出入り口の軒下で壁に寄りかかって雨を見ていた。普段から甲板にいるカノンノはパニールの手伝いで食堂へ。セルシウスは精霊の生態が知りたいとハロルドに実験室へ呼ばれており、他に人はいない。雨と風と波の音しかしない。
一人きりになるのは久しぶりだ。いくら広い船でもギルドのメンバーは多く、おまけにおせっかいな性格の持ち主が大多数を占めているせいで、一人の時間というものがなかなか取れないのだ。
その最たる者が。
「あ、いた」
ドアを開けると同時に声を上げた少女だ。
まさか雨の日に甲板へやってくるとは夢にも思っておらず、男が呆気に取られているうちに、ディセは彼の隣に同じように立って雨を眺めだした。
用があって探されていたのかと思ったが、彼女の態度からしてそうではないらしい。怪訝そうな顔をしたが、それもすぐに消えた。彼女が思いつきで行動するのはいつもの事だ。
「雨、残念だね」
「やりたかったのか」
「うん。毎日の楽しみなの」
「……楽しみ、なのか? あれが?」
「うん」
日課になる程なのだから嫌々ではないだろうと思ってはいたが、楽しみにされていたことが意外で、男は返答に窮した。少なくとも、年頃の少女が楽しみにするような内容の手合わせではないとアッシュには断言できた。
そうして言葉が途切れて、しばらくの間お互い無言で雨を眺めていた。微妙な空気ではあったが、二人ともそれを気にするような性格ではないようである。
徐々に雨足が弱まり、海も穏やかさを取り戻し始めた頃、ずっと黙っていた少女が口を開いた。
「私、空から降ってきたんだって」
バンエルティア号に乗っている者なら誰だって知っている話だ。
世界に危機が訪れたある晴れた日、ディセンダーは空から降ってきてバンエルティア号という船の甲板に叩きつけられました。
次に語り継がれるディセンダーの物語は、きっとこういう形で始まる。なんとも情けない。もっとこう、神秘性や威厳を秘めた登場の仕方をしてもらいたいものだ。それでも、後世になればいろいろと脚色されて素晴らしい英雄譚になるのだろうが。
「私、雨になりそこねたのかなあ」
「超自然現象や魔術的介入や化学の粋を集めた技術があったとしても、雨は人にはならん」
「人は、雨になれる?」
「なれねぇよ」
少なくとも、このとんちんかんな言動は修正が求められる。それも可及的速やかに。
リフィルかジェイドにこいつに勉強を教えるように言ってやろうかと思い、止めた。言いに行けば、ついでとばかりに己までその勉強に付き合わせられかねない。そんな面倒は御免だ。だからと言って、アッシュ自身が自然界の現象を事細かに説明してやる気も無い。自分は彼女の師でも親でもないのだから。
ちらとディセの方を見れば、彼女はアッシュを見上げていた。何か話してほしそうに金色の目を輝かせている。
この真っ直ぐな目は苦手だ。己の内側を見透かされそうで、落ち着かない。ふいと視線を前に戻して、それに気がついた。
「雨以外にも、空から降ってくるもんはあるだろうが」
分からない、とでも言いたげに少女は首を傾げて目を瞬かせた。
あれだ、と男は無言で顎でしゃくり、少女はその先に目を向ける。
「わぁ……!」
弱くなったとは言え雨はまだ降り続いていたが、濡れるのも構わずにディセは船べりへと駆け出した。思いきり身を乗り出して、それに見入る。
黒い雲の切れ間から幾筋もの光が降っていた。厳かさと神秘性を併せ持つ光景だ。
形を、色を、時と場所に合わせて変えていく光は、彼女とよく似ている。厳かさや神秘性といったものは皆無だったが。
ディセンダーは、必要に応じて姿を変える。時には戦士として魔物と戦い、時には僧侶として傷ついた人々を癒し、時には魔術師となって人に知を与える。その本質は何も変わらないのに、様々な形で人を助け、世界を救う。
彼女が何かから生じたというのなら、それは間違いなく光だ。
力強い太陽の、優しい月の、導く星の、暖かい火の、夢を宿す瞳の、絶望の闇を切り裂く剣の煌きの、揺るがない想いの、そんなものが凝って生まれたものに違いない。
そして、人々はそれに名前をつけた。希望、と。
「ねえ、私、光?」
そんなこと、口が裂けたって言えないが。
「知るか」
雨は、もうすぐ止むだろう。
2009.02.24
初出