レディアントマイソロジー2 まとめ
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火の玉ガール
抜けるような青い空と白い雲と冷たい風が、この剣呑な雰囲気の場には爽やか過ぎて不似合いだった。それでも、普段は船の周りでみゃあみゃあと鳴いている海鳥がいないだけましと言うものだ。いたら滑稽でしかなかっただろう。
憎い相手と、対峙する。
赤い髪に翡翠の目。己と同じ顔をして、全てを与えられ、愛されて生きてきた、お優しい双子の兄。
同じ血が流れているなど、思うだけで虫唾が走る。視界に入るだけで意味もなく苛立つ。嫌い、なんて言葉ではとても表せる感情ではない。抱く感情は殺意だ。
音を立てて床を蹴り、裂帛の気合と供に放った初撃は後ろに跳んで避けられた。続けて斬撃を間断なく繰り出すが、それらも体を捻って避けるか剣で受けるかされて一向に斬りつけることが出来ない。ならば、と受けられた瞬間に手首を捻って剣を跳ね上げさせると、相手の剣が手からもぎ取られた。くるくると宙を舞って、甲板に突き刺さる。拾いに走るには少し遠い距離だ。緑の目が怯えて、ほんの少し溜飲が下った。
だが、たったそれだけでは胸の内で燃え盛る憎悪の炎の勢いは弱まらない。この世から消さなければ、この身はいずれその炎によって焼き尽くされてしまう。
殺す。それ以外に取るべき行動はなかった。躊躇いも容赦もなく、剣を振り下ろせば、衣服を裂き、肉を切り、血が噴出す。
はずだった。
突然、髪を引っ張られて思わず呻き声を上げた。そうすれば、彼が今にも切り殺そうとしていた実兄は霧散して消えた。それは男が虚空に描いて剣の訓練をしていたものであり(殺意は本物だが)、現実に引き戻されれば消えるのは道理である。
だがしかし、勢い付いた体はそう簡単には止められず、頭が思い切り仰け反って、ぴきと軽い音がした。首が鈍く痛んだ。
「……何してやがる」
こんな事をしでかす輩は、この船でたった一人しか思い当たる人物はいない。否。この世でただ一人だろう。
剣を納めながら痛みをこらえて振り返れば、銀の髪を陽光に眩しく煌かせる少女が、己の長い髪を掴んでしげしげとそれを見ていた。
実年齢は定かではなく、記憶と供に一部の一般常識まで喪失している彼女の中身は子供と同様なのだ。
いや、子供よりも性質が悪いか。普通、抜き身の刃のような鋭い殺気を放って剣を振り回す輩には子供だって近づかない。危ないということを本能的に感じ取るし、親が目を光らせて危険に近づけさせないようにする。だが、彼女は恐れないし、その行動を止める者もいない。好奇心のままに行動する。その結果の一つが、今だ。
訓練の邪魔をしやがって。想像上でとは言え、もう少しでヤツを殺せたのに。首が痛い。そんな怒りを存分に含んで冷たく不機嫌そうな緑の目に睨まれる彼女は萎縮する様子もなく、首を傾げて大きな金色の目を不思議そうにぱちぱちと瞬かせた。
「髪、冷たいんだね」
人間は不測の事態に出くわすと、思考が一時的に停止する。
以前、そう剣の師から教わったことが今身に沁みて分かった。予想できるできない以前の言葉に、間の抜けた声が出そうになるのを飲み込むので精一杯で、胸の内で渦巻いていた炎すら跡形もなく消え去った。あるいは、より大きな炎に飲み込まれたのか。
顔を手で覆いそうになっているアッシュを置いて、ディセは身振り手振りも加えて話を続けた。
「動いてるときの髪の毛がね、こう、ぐわーって炎みたいだったから。熱いのかなって思って」
今度こそ、開いた口が塞がらなかった。
確かに、長時間日に当たっていれば熱を吸収して熱くはなるが、彼女の言い方からしてそういう事を言っているのではないことは明白で、彼女は本気で、炎のように熱いのだと信じていたのだ。
アッシュは何を言うべきか悩みに悩んで、ようやく唸るように絞り出した言葉は、これ以上にないほど簡潔に事実を告げるものだった。
「……お前、バカか?」
「うん。よく言われる」
「他の赤毛の連中も触ったのかよ」
「ううん」
うん、と答えが返ってくるとばかり思っていたために、その返答はとても意外だった。
不本意ながら所属することとなった、このギルドの初期メンバーであるあの男の髪こそ真っ先に炎と連想して触っていそうなものなのに。そうではないと、彼女は言う。
「炎みたいだと思ったのは、アッシュのだけだよ」
彼女は大した意味もなく、思ったままを自然に口にしたのだろう。だが、その一言はひどくアッシュの胸をざわつかせた。何故、と自身でも理由は分からなかったが。
動揺するアッシュを他所に、そっか、火じゃないんだ。それもそうか。髪の毛だもんね。などとディセは残念そうに呟いて、うんうんと納得したように頷き、直後に何かを思い出したのか手をぽんと打った。
「そうそう。装備を新調しようと思って呼びに来たの」
アッシュの返答を待たずに、ディセは彼の手を取った。
格闘家として戦ってきた少女の手は、すっかりたこだらけで硬くなっている。指も節くれ立ち、何度も割れた爪の形はいびつだ。海風に晒されて冷え切っていたアッシュの手には、少女の小さな手が燃えるように熱く感じられた。どっちが炎だ。
「いこ」
「っ、おい!」
抗議の声を上げるも、彼は少女の手を振り解けなかった。
2009.02.22
初出
抜けるような青い空と白い雲と冷たい風が、この剣呑な雰囲気の場には爽やか過ぎて不似合いだった。それでも、普段は船の周りでみゃあみゃあと鳴いている海鳥がいないだけましと言うものだ。いたら滑稽でしかなかっただろう。
憎い相手と、対峙する。
赤い髪に翡翠の目。己と同じ顔をして、全てを与えられ、愛されて生きてきた、お優しい双子の兄。
同じ血が流れているなど、思うだけで虫唾が走る。視界に入るだけで意味もなく苛立つ。嫌い、なんて言葉ではとても表せる感情ではない。抱く感情は殺意だ。
音を立てて床を蹴り、裂帛の気合と供に放った初撃は後ろに跳んで避けられた。続けて斬撃を間断なく繰り出すが、それらも体を捻って避けるか剣で受けるかされて一向に斬りつけることが出来ない。ならば、と受けられた瞬間に手首を捻って剣を跳ね上げさせると、相手の剣が手からもぎ取られた。くるくると宙を舞って、甲板に突き刺さる。拾いに走るには少し遠い距離だ。緑の目が怯えて、ほんの少し溜飲が下った。
だが、たったそれだけでは胸の内で燃え盛る憎悪の炎の勢いは弱まらない。この世から消さなければ、この身はいずれその炎によって焼き尽くされてしまう。
殺す。それ以外に取るべき行動はなかった。躊躇いも容赦もなく、剣を振り下ろせば、衣服を裂き、肉を切り、血が噴出す。
はずだった。
突然、髪を引っ張られて思わず呻き声を上げた。そうすれば、彼が今にも切り殺そうとしていた実兄は霧散して消えた。それは男が虚空に描いて剣の訓練をしていたものであり(殺意は本物だが)、現実に引き戻されれば消えるのは道理である。
だがしかし、勢い付いた体はそう簡単には止められず、頭が思い切り仰け反って、ぴきと軽い音がした。首が鈍く痛んだ。
「……何してやがる」
こんな事をしでかす輩は、この船でたった一人しか思い当たる人物はいない。否。この世でただ一人だろう。
剣を納めながら痛みをこらえて振り返れば、銀の髪を陽光に眩しく煌かせる少女が、己の長い髪を掴んでしげしげとそれを見ていた。
実年齢は定かではなく、記憶と供に一部の一般常識まで喪失している彼女の中身は子供と同様なのだ。
いや、子供よりも性質が悪いか。普通、抜き身の刃のような鋭い殺気を放って剣を振り回す輩には子供だって近づかない。危ないということを本能的に感じ取るし、親が目を光らせて危険に近づけさせないようにする。だが、彼女は恐れないし、その行動を止める者もいない。好奇心のままに行動する。その結果の一つが、今だ。
訓練の邪魔をしやがって。想像上でとは言え、もう少しでヤツを殺せたのに。首が痛い。そんな怒りを存分に含んで冷たく不機嫌そうな緑の目に睨まれる彼女は萎縮する様子もなく、首を傾げて大きな金色の目を不思議そうにぱちぱちと瞬かせた。
「髪、冷たいんだね」
人間は不測の事態に出くわすと、思考が一時的に停止する。
以前、そう剣の師から教わったことが今身に沁みて分かった。予想できるできない以前の言葉に、間の抜けた声が出そうになるのを飲み込むので精一杯で、胸の内で渦巻いていた炎すら跡形もなく消え去った。あるいは、より大きな炎に飲み込まれたのか。
顔を手で覆いそうになっているアッシュを置いて、ディセは身振り手振りも加えて話を続けた。
「動いてるときの髪の毛がね、こう、ぐわーって炎みたいだったから。熱いのかなって思って」
今度こそ、開いた口が塞がらなかった。
確かに、長時間日に当たっていれば熱を吸収して熱くはなるが、彼女の言い方からしてそういう事を言っているのではないことは明白で、彼女は本気で、炎のように熱いのだと信じていたのだ。
アッシュは何を言うべきか悩みに悩んで、ようやく唸るように絞り出した言葉は、これ以上にないほど簡潔に事実を告げるものだった。
「……お前、バカか?」
「うん。よく言われる」
「他の赤毛の連中も触ったのかよ」
「ううん」
うん、と答えが返ってくるとばかり思っていたために、その返答はとても意外だった。
不本意ながら所属することとなった、このギルドの初期メンバーであるあの男の髪こそ真っ先に炎と連想して触っていそうなものなのに。そうではないと、彼女は言う。
「炎みたいだと思ったのは、アッシュのだけだよ」
彼女は大した意味もなく、思ったままを自然に口にしたのだろう。だが、その一言はひどくアッシュの胸をざわつかせた。何故、と自身でも理由は分からなかったが。
動揺するアッシュを他所に、そっか、火じゃないんだ。それもそうか。髪の毛だもんね。などとディセは残念そうに呟いて、うんうんと納得したように頷き、直後に何かを思い出したのか手をぽんと打った。
「そうそう。装備を新調しようと思って呼びに来たの」
アッシュの返答を待たずに、ディセは彼の手を取った。
格闘家として戦ってきた少女の手は、すっかりたこだらけで硬くなっている。指も節くれ立ち、何度も割れた爪の形はいびつだ。海風に晒されて冷え切っていたアッシュの手には、少女の小さな手が燃えるように熱く感じられた。どっちが炎だ。
「いこ」
「っ、おい!」
抗議の声を上げるも、彼は少女の手を振り解けなかった。
2009.02.22
初出