ソウルクレイドル まとめ
貴方は私を少しも知らない
「また来たんですか? 貴方に食べさせるホタポタはないと何度言えば理解するのですか、ギク?」
「いいじゃねーか。オレとリタリーの仲だろ?」
ちくり。
「そいじゃ、約束通りホタポタ三箱頂いてくぜヨードのおっさん!」
「おのれギグめっ! 今日こそ成敗してくれるわっ!」
ちくり。
ちくり。
「仕方ないですねえ。コレをやるから少しおとなしくしているのですよギグ」
「わあってるって、ダネット! うひょ~うっまそ~!」
ちくり。
ちくり。
ちくり。
「ねえ、ギグ」
「あんだぁ? 相棒」
ぐさり。
と刺されるような胸の痛みに、顔をしかめそうになるのを堪えて、平静を装うのは難儀だ。
他のみんなは名前で呼ぶのに、未だ私のことは相棒としか呼ばない。
相棒の方が特別な感じでいいじゃないか、なんて前世の妹は言うけれど、それでもやっぱり彼の声で名前を呼ばれたいと思う。きっとそれだけで私は自分の名前がもっと好きになるだろうし、世界だってもっと綺麗に見えるだろう。名前を呼んでほしいと思うのは、私の我が儘だろうか。
「みんなの事、ちゃんと名前で呼ぶようになったんだね」
「まあな。ダネットに『外に出たお前は私より人名前を覚えられないんですね』なんて言われたら名前で呼ぶしかねーだろ」
「じゃあさ、私の事も名前で呼んでよ」
口に運ぼうとしていた匙は、なんとも中途半端な位置で宙にとどまった。
行くか戻るか暫く上下に動いていたが、結局口に運んでから皿に戻した。
「……相棒じゃ不服だってのかよ」
「そうじゃないけど。名前で呼んでほしいなぁって。ギグ、私を名前で呼んだことないし」
「相棒は相棒だろ? どっちだっていいじゃねーか、呼び方なんかよ」
「良くないよ。ちゃんとリベアって名前があるもの」
「……なんでそんなに名前を言わせたがるんだよ」
「ギグこそ、なんでそんなに名前を言いたくなさそうなの」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………はぁ。もういい」
見つめ合う……と言うより睨み合うと表現する方が正確な沈黙を破ったのは、私の重い溜め息だった。
もういい。疲れた。
「もういいよ。相棒でいい。それでいい。忘れて。今の会話」
「おい」
「ごめんね。無理強いして。もうしないから」
「待てって」
「ギグは私の事なんて何も分かってないってことが、よく分かったわ」
一方的に話を打ち切って、私は踵を返した。
後ろでギグが何かを言っていたが、その声は私の耳には届かなかった。
「りっ……相棒!」
肩を落として歩いて行く男の相棒は、足を止める事も振り向くこともしなかった。
追い掛ければ良かったのだろうが、そうしたところで相棒の望む事をしてやれる自信はなかった。
いつまでも腰を浮かせた情けない格好でいる訳にもいかず、どかりと乱暴に腰を降ろして背もたれに体を預け、病的なまでに白い咽を反らして空を仰いだ。
「何が『私のことなんて分からない』だよ。てめーだってオレの事なんざ理解してねーくせによ……」
呼びたいと思わない訳がなかった。それは大切な名前で、思うだけでも心がなんだか暖かくなる。
呼ばないのではなく、呼べないというのが正しいのだ。
少女の名を唇に乗せようとすれば緊張して舌が上手く動かないし、声は裏返ってしまう。
そんな無様な姿を、大切な相棒に見られたくなかった。
「こっちの心情だって、ちったぁ考えやがれ。ったく」
とりあえず今は、損ねてしまった相棒の機嫌をどうやって取るかが、ギグの最大の課題だった。
2008.03.23
修正
2007.03.21
初出 ブログにて
「また来たんですか? 貴方に食べさせるホタポタはないと何度言えば理解するのですか、ギク?」
「いいじゃねーか。オレとリタリーの仲だろ?」
ちくり。
「そいじゃ、約束通りホタポタ三箱頂いてくぜヨードのおっさん!」
「おのれギグめっ! 今日こそ成敗してくれるわっ!」
ちくり。
ちくり。
「仕方ないですねえ。コレをやるから少しおとなしくしているのですよギグ」
「わあってるって、ダネット! うひょ~うっまそ~!」
ちくり。
ちくり。
ちくり。
「ねえ、ギグ」
「あんだぁ? 相棒」
ぐさり。
と刺されるような胸の痛みに、顔をしかめそうになるのを堪えて、平静を装うのは難儀だ。
他のみんなは名前で呼ぶのに、未だ私のことは相棒としか呼ばない。
相棒の方が特別な感じでいいじゃないか、なんて前世の妹は言うけれど、それでもやっぱり彼の声で名前を呼ばれたいと思う。きっとそれだけで私は自分の名前がもっと好きになるだろうし、世界だってもっと綺麗に見えるだろう。名前を呼んでほしいと思うのは、私の我が儘だろうか。
「みんなの事、ちゃんと名前で呼ぶようになったんだね」
「まあな。ダネットに『外に出たお前は私より人名前を覚えられないんですね』なんて言われたら名前で呼ぶしかねーだろ」
「じゃあさ、私の事も名前で呼んでよ」
口に運ぼうとしていた匙は、なんとも中途半端な位置で宙にとどまった。
行くか戻るか暫く上下に動いていたが、結局口に運んでから皿に戻した。
「……相棒じゃ不服だってのかよ」
「そうじゃないけど。名前で呼んでほしいなぁって。ギグ、私を名前で呼んだことないし」
「相棒は相棒だろ? どっちだっていいじゃねーか、呼び方なんかよ」
「良くないよ。ちゃんとリベアって名前があるもの」
「……なんでそんなに名前を言わせたがるんだよ」
「ギグこそ、なんでそんなに名前を言いたくなさそうなの」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………はぁ。もういい」
見つめ合う……と言うより睨み合うと表現する方が正確な沈黙を破ったのは、私の重い溜め息だった。
もういい。疲れた。
「もういいよ。相棒でいい。それでいい。忘れて。今の会話」
「おい」
「ごめんね。無理強いして。もうしないから」
「待てって」
「ギグは私の事なんて何も分かってないってことが、よく分かったわ」
一方的に話を打ち切って、私は踵を返した。
後ろでギグが何かを言っていたが、その声は私の耳には届かなかった。
「りっ……相棒!」
肩を落として歩いて行く男の相棒は、足を止める事も振り向くこともしなかった。
追い掛ければ良かったのだろうが、そうしたところで相棒の望む事をしてやれる自信はなかった。
いつまでも腰を浮かせた情けない格好でいる訳にもいかず、どかりと乱暴に腰を降ろして背もたれに体を預け、病的なまでに白い咽を反らして空を仰いだ。
「何が『私のことなんて分からない』だよ。てめーだってオレの事なんざ理解してねーくせによ……」
呼びたいと思わない訳がなかった。それは大切な名前で、思うだけでも心がなんだか暖かくなる。
呼ばないのではなく、呼べないというのが正しいのだ。
少女の名を唇に乗せようとすれば緊張して舌が上手く動かないし、声は裏返ってしまう。
そんな無様な姿を、大切な相棒に見られたくなかった。
「こっちの心情だって、ちったぁ考えやがれ。ったく」
とりあえず今は、損ねてしまった相棒の機嫌をどうやって取るかが、ギグの最大の課題だった。
2008.03.23
修正
2007.03.21
初出 ブログにて