ソウルクレイドル まとめ
私はまた貴方に恋をする
彼が私の中から消えた、あの瞬間。
いくつかのものが、終わりを告げた。
その中に彼への恋心なんてものがあったことに気付いたのは、それからしばらく経ってからだった。
その店はちょっとした広さがあり、所狭しと並べられた卓はすべて埋まっている。椅子の後ろを通るためには声を掛けて引いてもらわなければならないほどだ。
濃紺色のメイド服のスカートを翻し両の手にトレイを持って、赤い髪の少女は卓と椅子の狭い隙間を縫うようにして食堂中を駆け回っていた。その姿は、店主のホタポタ料理とメイド姿と並んでこの店の名物となっている。
メイド姿の少女の名はリベア。
世に知られてはいないが、一年前の戦いでその身に破壊神を宿して世界の敵を滅ぼした救世主であるが、今はあまりの忙しさに目を回しそうになっているウェイトレスでしかなかった。
暇なのよりはずっとマシね、と機動力確保のために本日三回目になるラストモーションをこっそりと発動させながらリベアはそう思った。
忙しいのはありがたい。考える時間を与えてくれないから。暇になると、自分の考えに浸ってしまう。そしてやり場のない悲しみ押しつぶされそうになるのだ。
先の戦いで失った、大切な相棒。
「あ、ヤバイ」
不意に悲しみに落ちそうになるのを、寸でのところでとどまる。
まだ仕事中だ。変な顔をお客さんに見せてはならない。そんなことをすれば、リタリーから給料を引かれてしまう。
リベアは一つだけ深呼吸をして気分を変えた。
丁度その時、からんと来客を告げる鐘が鳴った。
「うお、すげーなあおい」
「あ、いらっしゃいま」
新たに入ってきた客に決まり文句を言おうとしたが、それは最後まで言えなかった。
振り返った先の男の姿を目にした瞬間、リベアの時が止まる。
「よう、相棒」
ずっと想い描いた人。
周りの色彩が総てどこかに飛んでしまって、片手を上げる男だけが鮮やかだ。
ずっと、焦がれていた色。優しくないけれど優しい、夕闇の色。
「なんだぁ? カワイイカッコしてんじゃねえか」
皮肉っぽい喋り方も、くつくつとした笑い方も、相棒と呼ぶ声も、全部、あの時と同じ。
顔も、目の色も、髪型も、服も、記憶の中のそれと同じで、違うのは肩のあたりにあった羽になったり鎌になったりと自由に形を変えた不可思議なものがついていないくらいだ。
耳がどうにかなったのだろうか。
働きすぎて目が駄目になったのだろうか。
いや、おかしいのは頭か。
だって、彼がこんなところにいるはずがない。
彼に体はなかったし、彼の体になるはずだったのは、この体だ。
「おいこら、てめえオレの話聴いてんのか?」
ぺちぺちと頬を叩かれる感触。
初めて感じる、男の手の温もり。
顔が近い。
視界が彼で埋め尽くされる。
鼻の奥がツンと痛む。
頭がグラグラする。
そうだ、名前。
一瞬だって忘れたことのない、大事な名前。
男の名前を呼ぼうとするが、声が喉に張り付いて上手く出てこない。
なんとか絞り出した声は、かすれるし震えるしで酷く情けないものだった。
「ギ、グ?」
「おう。っておい!」
涙が溢れそうになったリベアは、反射的にギグに抱きついていた。
ここが食堂で、今が昼時で、周りに大勢の目があることなんてすっかり意識の外で、リベアの中はギグで一杯だった。
突然のことにギグは反応しきれず、飛びついてきたリベアの勢いに負けて後ろに倒れてしまった。
客の間からから盛大な歓声があがり、ギグは顔を赤くしながらうるせえ!と叫んだが、それも飛び交う野次にかき消されて無意味に終わったのだった。
終わった恋だと思った。
失くした恋だと諦めた。
だけど。
私はまた、貴方に恋をする。
2008.03.23
修正
2007.03.02
初出 ブログにて
彼が私の中から消えた、あの瞬間。
いくつかのものが、終わりを告げた。
その中に彼への恋心なんてものがあったことに気付いたのは、それからしばらく経ってからだった。
その店はちょっとした広さがあり、所狭しと並べられた卓はすべて埋まっている。椅子の後ろを通るためには声を掛けて引いてもらわなければならないほどだ。
濃紺色のメイド服のスカートを翻し両の手にトレイを持って、赤い髪の少女は卓と椅子の狭い隙間を縫うようにして食堂中を駆け回っていた。その姿は、店主のホタポタ料理とメイド姿と並んでこの店の名物となっている。
メイド姿の少女の名はリベア。
世に知られてはいないが、一年前の戦いでその身に破壊神を宿して世界の敵を滅ぼした救世主であるが、今はあまりの忙しさに目を回しそうになっているウェイトレスでしかなかった。
暇なのよりはずっとマシね、と機動力確保のために本日三回目になるラストモーションをこっそりと発動させながらリベアはそう思った。
忙しいのはありがたい。考える時間を与えてくれないから。暇になると、自分の考えに浸ってしまう。そしてやり場のない悲しみ押しつぶされそうになるのだ。
先の戦いで失った、大切な相棒。
「あ、ヤバイ」
不意に悲しみに落ちそうになるのを、寸でのところでとどまる。
まだ仕事中だ。変な顔をお客さんに見せてはならない。そんなことをすれば、リタリーから給料を引かれてしまう。
リベアは一つだけ深呼吸をして気分を変えた。
丁度その時、からんと来客を告げる鐘が鳴った。
「うお、すげーなあおい」
「あ、いらっしゃいま」
新たに入ってきた客に決まり文句を言おうとしたが、それは最後まで言えなかった。
振り返った先の男の姿を目にした瞬間、リベアの時が止まる。
「よう、相棒」
ずっと想い描いた人。
周りの色彩が総てどこかに飛んでしまって、片手を上げる男だけが鮮やかだ。
ずっと、焦がれていた色。優しくないけれど優しい、夕闇の色。
「なんだぁ? カワイイカッコしてんじゃねえか」
皮肉っぽい喋り方も、くつくつとした笑い方も、相棒と呼ぶ声も、全部、あの時と同じ。
顔も、目の色も、髪型も、服も、記憶の中のそれと同じで、違うのは肩のあたりにあった羽になったり鎌になったりと自由に形を変えた不可思議なものがついていないくらいだ。
耳がどうにかなったのだろうか。
働きすぎて目が駄目になったのだろうか。
いや、おかしいのは頭か。
だって、彼がこんなところにいるはずがない。
彼に体はなかったし、彼の体になるはずだったのは、この体だ。
「おいこら、てめえオレの話聴いてんのか?」
ぺちぺちと頬を叩かれる感触。
初めて感じる、男の手の温もり。
顔が近い。
視界が彼で埋め尽くされる。
鼻の奥がツンと痛む。
頭がグラグラする。
そうだ、名前。
一瞬だって忘れたことのない、大事な名前。
男の名前を呼ぼうとするが、声が喉に張り付いて上手く出てこない。
なんとか絞り出した声は、かすれるし震えるしで酷く情けないものだった。
「ギ、グ?」
「おう。っておい!」
涙が溢れそうになったリベアは、反射的にギグに抱きついていた。
ここが食堂で、今が昼時で、周りに大勢の目があることなんてすっかり意識の外で、リベアの中はギグで一杯だった。
突然のことにギグは反応しきれず、飛びついてきたリベアの勢いに負けて後ろに倒れてしまった。
客の間からから盛大な歓声があがり、ギグは顔を赤くしながらうるせえ!と叫んだが、それも飛び交う野次にかき消されて無意味に終わったのだった。
終わった恋だと思った。
失くした恋だと諦めた。
だけど。
私はまた、貴方に恋をする。
2008.03.23
修正
2007.03.02
初出 ブログにて