ソウルクレイドル まとめ
冬の寒さに凍える前に
秋が終わり、冬が訪れる頃。目的を持たない二人の旅は、まだ続いていた。
町から町への移動は寒さと日没の速さのせいで日に日に厳しくなっていった。まだ雪は降らないが、いつ降ってもおかしくない天気がずっと続いている。人の身ではない二人だが、そろそろ野宿は辛い。特に今日はいつにも増して寒さが厳しい。もしかすると雪が降るかもしれない。
流石にそんな中での野宿は勘弁願いたく思っていると、丁度良くロバに荷車を牽かせた農夫と出会えた。 町まで乗せていって欲しいと頼むと快諾してくれて、二人は今、ごとごとと揺れる荷車の後ろで足をぶらぶらさせながら座っていた。少し尻が痛くなったが、疲れないし歩くよりずっと早いのだから文句は言っていられない。
することもなく、二人は並んで空を見上げていた。
「雪、降るかな」
ぽつりと呟いたのはリベアだった。
少し間をおいてから、
「……冬は嫌いだ」
やはり呟くように、レビンが言った。
だが、いつもよりほんの少し重い、感傷を感じる声音に、リベアはレビンに目を向けた。
何の感情も見えない、虚ろな光を灯す緑の目は雪を降らせる雲よりももっと遠くを見つめているようだった。
「冬は、何もねえ。ただ雪だけが降って、積もって、白いだけだ。何もねえ」
彼が封じられていた森は、きっとそれでも、日々何かしらの変化があったのだろう。冬は、彼の心を慰めていた微々たる変化すらも、その真っ白な雪の下に覆い隠してしまったのだろう。
なんとなく尋ねる雰囲気ではなかったので、リベアはそう考えた。もっとも、尋ねたところで彼が素直に答えるかどうかは非常に怪しかったが。
もしも自分が彼だったらと思うと、リベアの心は重くなる。
自分の隣にはうるさいダネットがいて、ベルビウスが見守ってくれて、厳しくても優しい里のみんながいてくれた。更にはどこをほっつき歩いているのか分からないが(それは自分も同じだが)ギグという相棒もいるし、水棲族の友達もでき、前世では妹だったというレナとも出会った。それらは全て大切で、かけがえのないものだ。
それらが「ない」としたら、なんとつまらない世界だろう。生きていくことに何の希望も見出せず、幸せな人たちを妬み、己の不幸を嘆いて、世界の終わりを願うかもしれない。
兵器として生み出され、破壊と殺戮だけを繰り返し、ついには二百年もの間封印され、ずっと一人だったラスキュランの心を、リベアは理解できない。想像はできるが、それが正しいのかどうか分からない。
それでも、レビンの横顔を見たリベアの体は自然に動いていた。
どうしてもそうしたくて、どうしてもそう言いたかった。
「今は、一人じゃないよ」
伸ばされた両腕は、そっとレビンを抱きしめた。
「私がいるから」
いつもなら照れて全力で逃げ出すレビンだが、今だけは何も言わずにリベアに体を預けた。
防寒のための分厚い布越しでは温もりは感じられなかったが、硬質な金の髪が肌を刺すむず痒い痛みも、わずかに掠める頬の冷たさも、腕の中で息づく鼓動も、ちゃんと感じられた。
二百年という時の前では全てが儚いが、今は確かにここにある。
2008.12.13
初出
秋が終わり、冬が訪れる頃。目的を持たない二人の旅は、まだ続いていた。
町から町への移動は寒さと日没の速さのせいで日に日に厳しくなっていった。まだ雪は降らないが、いつ降ってもおかしくない天気がずっと続いている。人の身ではない二人だが、そろそろ野宿は辛い。特に今日はいつにも増して寒さが厳しい。もしかすると雪が降るかもしれない。
流石にそんな中での野宿は勘弁願いたく思っていると、丁度良くロバに荷車を牽かせた農夫と出会えた。 町まで乗せていって欲しいと頼むと快諾してくれて、二人は今、ごとごとと揺れる荷車の後ろで足をぶらぶらさせながら座っていた。少し尻が痛くなったが、疲れないし歩くよりずっと早いのだから文句は言っていられない。
することもなく、二人は並んで空を見上げていた。
「雪、降るかな」
ぽつりと呟いたのはリベアだった。
少し間をおいてから、
「……冬は嫌いだ」
やはり呟くように、レビンが言った。
だが、いつもよりほんの少し重い、感傷を感じる声音に、リベアはレビンに目を向けた。
何の感情も見えない、虚ろな光を灯す緑の目は雪を降らせる雲よりももっと遠くを見つめているようだった。
「冬は、何もねえ。ただ雪だけが降って、積もって、白いだけだ。何もねえ」
彼が封じられていた森は、きっとそれでも、日々何かしらの変化があったのだろう。冬は、彼の心を慰めていた微々たる変化すらも、その真っ白な雪の下に覆い隠してしまったのだろう。
なんとなく尋ねる雰囲気ではなかったので、リベアはそう考えた。もっとも、尋ねたところで彼が素直に答えるかどうかは非常に怪しかったが。
もしも自分が彼だったらと思うと、リベアの心は重くなる。
自分の隣にはうるさいダネットがいて、ベルビウスが見守ってくれて、厳しくても優しい里のみんながいてくれた。更にはどこをほっつき歩いているのか分からないが(それは自分も同じだが)ギグという相棒もいるし、水棲族の友達もでき、前世では妹だったというレナとも出会った。それらは全て大切で、かけがえのないものだ。
それらが「ない」としたら、なんとつまらない世界だろう。生きていくことに何の希望も見出せず、幸せな人たちを妬み、己の不幸を嘆いて、世界の終わりを願うかもしれない。
兵器として生み出され、破壊と殺戮だけを繰り返し、ついには二百年もの間封印され、ずっと一人だったラスキュランの心を、リベアは理解できない。想像はできるが、それが正しいのかどうか分からない。
それでも、レビンの横顔を見たリベアの体は自然に動いていた。
どうしてもそうしたくて、どうしてもそう言いたかった。
「今は、一人じゃないよ」
伸ばされた両腕は、そっとレビンを抱きしめた。
「私がいるから」
いつもなら照れて全力で逃げ出すレビンだが、今だけは何も言わずにリベアに体を預けた。
防寒のための分厚い布越しでは温もりは感じられなかったが、硬質な金の髪が肌を刺すむず痒い痛みも、わずかに掠める頬の冷たさも、腕の中で息づく鼓動も、ちゃんと感じられた。
二百年という時の前では全てが儚いが、今は確かにここにある。
2008.12.13
初出