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ソウルクレイドル まとめ

名前を教えて



 数年前に渡ったときは荒地だったその場所を訪れたのは、まったくの偶然だった。
 今では見える範囲一面が緑に覆われていて、不毛の地だった頃の面影はほとんどない。
 飛び跳ねそうな勢いでリベアは喜び、少し休憩して行こうとレビンの返事を待たずに緑の地面に腰を下ろした。呆れながらもレビンもその横に腰を落ち着け、そのうちにごろりと横になった。
 見上げる真っ青な空の高いところを、一羽の鳥が飛んでいく。とんびか鷹か、常人より遥かに良い視力をしている男の目でも判別できなかった。
 あまりにものどかすぎて大きな欠伸が出て、目の端に涙が溜まる。
 寝転がる彼の隣から小さくふふと笑う声が聞こえた。頭を少しずらして声の主を見れば、口元には笑みを浮かべてせっせと花冠を編んでいる。

「なに笑ってんだよ」
「かわいいなあって思って」
「男にかわいいとか言うな」

 頭を元の位置に戻して、レビンは再び真っ青な空を見上げた。何処かへ行ってしまったようで、既に鳥の影は見えない。
 隣のリベアは花冠を編みながら鼻歌を歌っている。よく歌う、あの子守唄だ。
 少し強めの風が吹いて、花びらと種を付けた綿毛がふわりと飛んでいった。次の命はどこで芽吹くのだろうかとふと考えたが、それを確かめる術はない。
 静かで、平和で、のどかで、美しくて、そして何より優しい世界だ。
 そう思ったら寝転んでいるというのにぐるりと目が回って、自分が存在して良い世界ではないなと自嘲した。
 組んで枕代わりにしていた腕の片方を、空に向かって突き出した。
 日の光は暖かく、手の内を透けさせる。その透けて見える赤が、己が奪ってきた命を連想させた。
 手は血に濡れ、断末魔の悲鳴が耳の奥に甦り、する筈のない血臭が鼻腔をつく。戦いの中にしか居場所などないはずなのに、どうして自分はここにいるのだろう。
 もう何度繰り返したか分からないその問いの答えを、長い旅の中でも未だに彼は見つけない出せないでいる。

「怖い顔」

 空から降ってきた声に、レビンはびくりとした。
 凝視していた己の手から視線を少しずらせば、リベアがこちらを覗きこんでいた。逆光で翳っているが、その表情はいたずらっ子のような笑顔で、むにとレビンの頬を軽くつねって、すぐにその手を離した。

「またロクでもないこと考えてたでしょ」
「別に、そんなこたぁ」
「ないなんて言わせないよ。目、こんなんなってたもん」

 リベアは自分の両目を指で吊り上げて見せ、レビンはばつが悪そうに視線を逸らした。
 苦笑をしながらほら、とリベアはそれまで作っていた花冠をレビンに投げた。狙いがずれたのか、はたまたわざとなのか、花冠は彼の顔面を直撃した。
 痛くはなかったが、むっとした濃い緑の匂いがする。凝縮された、命の匂いだ。

「レビンの手は、命を紡ぐよ」
「……は?」
「何年か前は荒地だったここがこんな野原になったのは、レビンが種を蒔いたからじゃない」

 彼女の言葉は、いつも優しい。捜し求める答えがこうであったらいいなとさえ思う。
 がばっと勢いよくレビンは起き上がった。体についていた草がはらはらと舞う。

「なあ!」
「うん?」
「お前、花に詳しいか?」
「そんなに詳しくないけど、とりあえず一般常識の範囲でなら、なんとか。食べられる野草とかの方が詳しいよ」
「オレ、花の名前って知らねえんだ。てめぇで蒔いた種がどんな花なのか分かんねぇのもアレだからよ。……その、教えてくれねえか」

 ぶっきらぼうに、レビンは花冠をリベアに差し出した。照れているのか頬は赤かったが、青い目は真っ直ぐに彼女をを見つめていた。

「うん」

 笑顔で花冠を受け取って、リベアはレビンに一つ一つ、草花の名前を教え始めた。
 空には鳥が舞い戻り、一声だけ、高く鳴いた。



2008.07.21
初出



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