ソウルクレイドル まとめ
だって、ああもう、ああ!
鬱蒼と茂る森の中を、背中に人の持ち得ぬ黒い影を羽のように生やした一人の男が飛んでいた。
既に鳥よりも早く飛んでいるにも関わらず、心はもっと早く早くと急いている。
男は逃げていた。
距離を取っていると分かっていても、振り向けばそこにそれがいるのではないかと気が気ではなかった。
とにかく、一刻も早くオステカの街へ辿り着かなければならない。
人の大勢いる街にさえつければ、追っ手を撒くこともできる。
あと少しで森を抜けると言うところで、背後で膨らむ殺気を感じた。
前にばかり気を取られていて、それに反応しきれない。
「しまっ」
た、とまで言えなかった。
直撃は避けたものの、ギグは追っ手の放つ広範囲かつ高威力の技を食らい、飛行不能となって墜落した。
受身を取って地面に転がり、体を確認する。
五体は満足だったが、消耗が激しい。
それでもなんとかして逃げようと試みるが、無理だとすぐに悟った。
ぎり、と奥歯を強くかみ締めた。
振り返れば、そこには悠然と歩いてくる赤い髪と目の女。
「やっと追いついたよ。ギグ」
「てめぇ……大邪巌斬なんざ卑怯ってもんだろ……」
「だって、ギグ本気で飛ぶんだもの。このくらいしないと追いつけなかったから」
ごめんね、と申し訳なさそうに言う、ギグの相棒。
その手には死を統べる彼でさえ恐怖する、料理という名の最終兵器。
これから起こるであろう事を想像すると、自然と顔が引きつった。
それを見てか、リベアの顔が曇る。
「……ね。そんなにイヤ?」
過去の惨劇が頭をよぎる。
あの時は、たっぷり五日間は寝たきりだった。用を足す以外に寝台から出た記憶がない。
チョコレートを溶かして型に流し込んで冷やすだけ、という簡単な工程であっても、リベアのことだ。まず間違いなくチョコレートと呼べる代物ではないだろう。
そして口にすれば、あの時の二の舞を演じる事になるのは火を見るより明らかだ。
そうだ。天秤にかけるまでもない。
答えは既に決まっている。
筈だった。
泣きそうな顔をしてるのに、拒めるわけがなかった。
ギグは天を仰いで、小さく世界を統べる者への呪いの言葉を呟いた。
他の誰に、このやり場のない怒りとも悲しみともつかない複雑な感情をぶつければいいと言うのか。
「だああああちくしょう寄越せ!!」
「あっ」
ヤケクソ気味に包装を破いて、チョコレートらしき茶色い塊を掴むと口の中に押し込んだ。
思い切り歯を立てればゴキリと顎の関節から嫌な音が響き、直後に鈍い痛みが襲い掛かってくる。まるで岩石のような硬さだ。
唾液と熱でもなかなか溶けないが、味だけで言えば、不味くはない。
心配そうに見つめてくるリベアから顔を背け、なんとか噛み砕いた口の中身を飲み込んだ。
「……食えねえ程、まずかねえよ」
照れているのか耳まで赤くなったギグの顔を見て、リベアは満面の笑みを浮かべた。
その後三日間、ギグは強烈な腹痛に見舞われる事になる。
その間は甲斐甲斐しくリベアに看病されたとか。
2008.03.24
修正
2008.02.15
初出 ブログにて
鬱蒼と茂る森の中を、背中に人の持ち得ぬ黒い影を羽のように生やした一人の男が飛んでいた。
既に鳥よりも早く飛んでいるにも関わらず、心はもっと早く早くと急いている。
男は逃げていた。
距離を取っていると分かっていても、振り向けばそこにそれがいるのではないかと気が気ではなかった。
とにかく、一刻も早くオステカの街へ辿り着かなければならない。
人の大勢いる街にさえつければ、追っ手を撒くこともできる。
あと少しで森を抜けると言うところで、背後で膨らむ殺気を感じた。
前にばかり気を取られていて、それに反応しきれない。
「しまっ」
た、とまで言えなかった。
直撃は避けたものの、ギグは追っ手の放つ広範囲かつ高威力の技を食らい、飛行不能となって墜落した。
受身を取って地面に転がり、体を確認する。
五体は満足だったが、消耗が激しい。
それでもなんとかして逃げようと試みるが、無理だとすぐに悟った。
ぎり、と奥歯を強くかみ締めた。
振り返れば、そこには悠然と歩いてくる赤い髪と目の女。
「やっと追いついたよ。ギグ」
「てめぇ……大邪巌斬なんざ卑怯ってもんだろ……」
「だって、ギグ本気で飛ぶんだもの。このくらいしないと追いつけなかったから」
ごめんね、と申し訳なさそうに言う、ギグの相棒。
その手には死を統べる彼でさえ恐怖する、料理という名の最終兵器。
これから起こるであろう事を想像すると、自然と顔が引きつった。
それを見てか、リベアの顔が曇る。
「……ね。そんなにイヤ?」
過去の惨劇が頭をよぎる。
あの時は、たっぷり五日間は寝たきりだった。用を足す以外に寝台から出た記憶がない。
チョコレートを溶かして型に流し込んで冷やすだけ、という簡単な工程であっても、リベアのことだ。まず間違いなくチョコレートと呼べる代物ではないだろう。
そして口にすれば、あの時の二の舞を演じる事になるのは火を見るより明らかだ。
そうだ。天秤にかけるまでもない。
答えは既に決まっている。
筈だった。
泣きそうな顔をしてるのに、拒めるわけがなかった。
ギグは天を仰いで、小さく世界を統べる者への呪いの言葉を呟いた。
他の誰に、このやり場のない怒りとも悲しみともつかない複雑な感情をぶつければいいと言うのか。
「だああああちくしょう寄越せ!!」
「あっ」
ヤケクソ気味に包装を破いて、チョコレートらしき茶色い塊を掴むと口の中に押し込んだ。
思い切り歯を立てればゴキリと顎の関節から嫌な音が響き、直後に鈍い痛みが襲い掛かってくる。まるで岩石のような硬さだ。
唾液と熱でもなかなか溶けないが、味だけで言えば、不味くはない。
心配そうに見つめてくるリベアから顔を背け、なんとか噛み砕いた口の中身を飲み込んだ。
「……食えねえ程、まずかねえよ」
照れているのか耳まで赤くなったギグの顔を見て、リベアは満面の笑みを浮かべた。
その後三日間、ギグは強烈な腹痛に見舞われる事になる。
その間は甲斐甲斐しくリベアに看病されたとか。
2008.03.24
修正
2008.02.15
初出 ブログにて