黄金主とだれか。
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きょうだい
東の山から太陽が昇り、朝日を受けた麦畑が金色に輝く。
レティシアとチャカは、その様子を並んで見ていた。
秋の風が麦穂を揺らして、まるでさざ波のように見える。
「本当に大丈夫なの?」
乱れる髪を押さえながら、レティシアは口を開いた。
もう何度目になるのか分からないその言葉に、チャカは盛大な溜め息をついた。
「あのさあ姉ちゃん、もう少しオレを信用してくれよ」
「何言ってるのよ。アンタだから心配なんじゃない」
腕を組んでうんうんと頷く姉に呆れ、同時に自分を思ってくれる事が嬉しかった。
口は悪くても、姉が自分を大切にしてくれることをよく知っている。
そして姉の優しさにずっと守られてきた事も知っていて、このままじゃ駄目なのだということもまた、知っていた。
自分は、この人に甘えてしまう。
姉がいなければ、何も出来ない人間になってしまう。
それは、余りにも情けない。
「……やっぱり、姉ちゃんもノーブルに残ろうか? アンタ一人で畑やるのも大変でしょ。生活だって、一人だったらいろいろ不都合があるだろうし」
「あのさぁ、姉ちゃん。そういうこと言ってると、レムオンが怒るよ」
苦笑いしながら言うと、レティシアはうっと小さく唸った。
先に村の入り口で待たせている男の怒る姿でも想像したのだろう。
「オレなら大丈夫だからさ。姉ちゃんいなくたって、一人で生きてける……一人で生きてくって、決めたんだ」
「チャカ……」
「それにもう姉ちゃんの面倒見るのも疲れたし。やー、姉ちゃんが行かず後家にならないで良かったよ」
「なっ、誰が誰の世話にいつなったって言うのよ! て言うか、何バカ言ってんのよアンタ!」
顔を真っ赤にして、レティシアは拳を振り上げた。
本気になれば岩をも砕く一撃を、チャカはひょいと避ける。
避けられたレティシアは目を丸くした。
今まで外したことなんて一度もなかったのに、と空を切った拳をまじまじと見た。
「へへっ、いつまでも食らうオレじゃないぜ」
「……甘いっ!」
「いてっ!」
二撃目は、完全に不意打ちだった。
なんとも小気味のよい音を立てて、レティシアの平手はチャカの頭をはたいていた。
チャカは余りの衝撃に頭を抱え、レティシアはすこし赤くなった手をひらひらさせながら勝ち誇ってにやにや笑うが、それもほんの少しの事で、彼女は表情を消した。
「……でも、そうね。私もいい加減、アンタの面倒見るのも疲れたわ」
レティシアは微笑み、そっとチャカに腕を伸ばす。
チャカは関節技をかけられるのかと体をこわばらせたが、それが抱擁であることに気付いて自分も姉の背中に腕を回した。
こんな風に抱き合うのは、いつぶりだろう。
小さい頃は、泣いたとき、嵐の夜のとき、意味もなくただ不安なとき、いつでもこうしていた。
それだけで不安は消え去って、なんの心配もいらないと思えた。
だか、姉の腕は、もう自分だけを守る腕ではない。
他にもできた、大切な人を守る腕だ。
こんなところをレムオンに見られたら、きっと殺されるなと苦笑が漏れた。
「しっかりやんなさいよ。畑を荒れ放題にしたら、ただじゃおかないんだから」
「分かってるって」
「体には気を付けるのよ。アンタ、すぐにお腹こわすんだから」
「それいつの話だよ。もう子供じゃないって」
「……そうね」
寂しそうに呟いて、レティシアはチャカから体を離した。
「それじゃあ、元気で」
「姉ちゃんも。レムオンと仲良くな。喧嘩とかすんなよ」
最後の言葉に姉の顔がぴくりと引きつるのを見て、余計な事を言ったかとチャカは身構えるが、彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
「言われなくても」
金色の海とも称される麦畑の細い畦道を歩いていく姉の姿が見えなくなるまで、チャカはその後ろ姿をずっと見つめていた。
瞬きをすれば涙がこぼれるかと思っていたが、そんなことはなかった。
寂しさや不安は、もちろんある。
今生の別れになる可能性だって、否定できない。
それでも、この空は繋がっている。
遠く離れても、別の大陸へ行ってしまっても、この空の下にいるのなら距離なんて関係ないと信じられた。
姉の見る空と、自分の見る空は、同じなのだ。
「よっしゃー! やるぞーッ!」
自分が姉を誇りに思うように、姉も自分を誇りに思えるような男になってみせる。
そう決意した少年の顔は、ほんの少し大人に近付いていた。
2008.03.23
修正
2006.xx.xx
初出
東の山から太陽が昇り、朝日を受けた麦畑が金色に輝く。
レティシアとチャカは、その様子を並んで見ていた。
秋の風が麦穂を揺らして、まるでさざ波のように見える。
「本当に大丈夫なの?」
乱れる髪を押さえながら、レティシアは口を開いた。
もう何度目になるのか分からないその言葉に、チャカは盛大な溜め息をついた。
「あのさあ姉ちゃん、もう少しオレを信用してくれよ」
「何言ってるのよ。アンタだから心配なんじゃない」
腕を組んでうんうんと頷く姉に呆れ、同時に自分を思ってくれる事が嬉しかった。
口は悪くても、姉が自分を大切にしてくれることをよく知っている。
そして姉の優しさにずっと守られてきた事も知っていて、このままじゃ駄目なのだということもまた、知っていた。
自分は、この人に甘えてしまう。
姉がいなければ、何も出来ない人間になってしまう。
それは、余りにも情けない。
「……やっぱり、姉ちゃんもノーブルに残ろうか? アンタ一人で畑やるのも大変でしょ。生活だって、一人だったらいろいろ不都合があるだろうし」
「あのさぁ、姉ちゃん。そういうこと言ってると、レムオンが怒るよ」
苦笑いしながら言うと、レティシアはうっと小さく唸った。
先に村の入り口で待たせている男の怒る姿でも想像したのだろう。
「オレなら大丈夫だからさ。姉ちゃんいなくたって、一人で生きてける……一人で生きてくって、決めたんだ」
「チャカ……」
「それにもう姉ちゃんの面倒見るのも疲れたし。やー、姉ちゃんが行かず後家にならないで良かったよ」
「なっ、誰が誰の世話にいつなったって言うのよ! て言うか、何バカ言ってんのよアンタ!」
顔を真っ赤にして、レティシアは拳を振り上げた。
本気になれば岩をも砕く一撃を、チャカはひょいと避ける。
避けられたレティシアは目を丸くした。
今まで外したことなんて一度もなかったのに、と空を切った拳をまじまじと見た。
「へへっ、いつまでも食らうオレじゃないぜ」
「……甘いっ!」
「いてっ!」
二撃目は、完全に不意打ちだった。
なんとも小気味のよい音を立てて、レティシアの平手はチャカの頭をはたいていた。
チャカは余りの衝撃に頭を抱え、レティシアはすこし赤くなった手をひらひらさせながら勝ち誇ってにやにや笑うが、それもほんの少しの事で、彼女は表情を消した。
「……でも、そうね。私もいい加減、アンタの面倒見るのも疲れたわ」
レティシアは微笑み、そっとチャカに腕を伸ばす。
チャカは関節技をかけられるのかと体をこわばらせたが、それが抱擁であることに気付いて自分も姉の背中に腕を回した。
こんな風に抱き合うのは、いつぶりだろう。
小さい頃は、泣いたとき、嵐の夜のとき、意味もなくただ不安なとき、いつでもこうしていた。
それだけで不安は消え去って、なんの心配もいらないと思えた。
だか、姉の腕は、もう自分だけを守る腕ではない。
他にもできた、大切な人を守る腕だ。
こんなところをレムオンに見られたら、きっと殺されるなと苦笑が漏れた。
「しっかりやんなさいよ。畑を荒れ放題にしたら、ただじゃおかないんだから」
「分かってるって」
「体には気を付けるのよ。アンタ、すぐにお腹こわすんだから」
「それいつの話だよ。もう子供じゃないって」
「……そうね」
寂しそうに呟いて、レティシアはチャカから体を離した。
「それじゃあ、元気で」
「姉ちゃんも。レムオンと仲良くな。喧嘩とかすんなよ」
最後の言葉に姉の顔がぴくりと引きつるのを見て、余計な事を言ったかとチャカは身構えるが、彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
「言われなくても」
金色の海とも称される麦畑の細い畦道を歩いていく姉の姿が見えなくなるまで、チャカはその後ろ姿をずっと見つめていた。
瞬きをすれば涙がこぼれるかと思っていたが、そんなことはなかった。
寂しさや不安は、もちろんある。
今生の別れになる可能性だって、否定できない。
それでも、この空は繋がっている。
遠く離れても、別の大陸へ行ってしまっても、この空の下にいるのなら距離なんて関係ないと信じられた。
姉の見る空と、自分の見る空は、同じなのだ。
「よっしゃー! やるぞーッ!」
自分が姉を誇りに思うように、姉も自分を誇りに思えるような男になってみせる。
そう決意した少年の顔は、ほんの少し大人に近付いていた。
2008.03.23
修正
2006.xx.xx
初出
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