黄金主とだれか。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Happy Birthday To You ?
普段は静かなリューガの屋敷が騒がしくなるのは、必ずかの娘が帰ってきたときである。
ばたんと盛大な音を立てて扉を閉め、どたどたと派手なな足音と共に廊下を走るのはこの家では彼女しかおらず、それこそが彼女の帰宅を告げる合図に他ならない。
あまりの分かりやすさに、その場にいた全員が笑みを浮かべた。
常に無表情に近い屋敷の主までも顔を綻ばせるのだから、彼女という存在がどういうものなのか想像するのは難しくないだろう。
どんどん近づいてくる足音は部屋の前で止まり、ほんの少しの間を置いてから、ノックされるよりも先に蝶番ごとふっ飛ばしかねない勢いで扉が開け放たれた。
「兄上ただいまっ!! って、珍しい顔ぶれですね。久しぶり、ゼネテス。エスト兄様にセバスチャンも元気そうで嬉しいです」
そこに立つのは、大き目の白い箱を脇に抱え、くたびれた濃緑の旅装束と胸当てという軽装に二振りの剣を腰に佩いた冒険者の出で立ちをした二十歳そこそこの娘であった。
「よう、邪魔してるぜ」
ゼネテスは長椅子にどっかりと腰を下ろしたまま片手を上げ、
「お帰り。君こそ元気そうだね」
エストは嬉しさのあまり立ち上がり、
「お帰りなさいませ、お嬢様」
セバスチャンは執事としての態度を崩すことなく深々と頭を下げ、
「お前が帰ってくることの方が余程珍しい。何ヶ月ぶりだ?」
レムオンは表情を和らげながらも相変わらず素っ気無い態度で、
「八ヶ月と三週間にございます」
「屋敷の者たち、みんながお嬢様のお帰りをお待ちしてました!」
控えていた二人のメイドが屋敷に勤める者たちの代表のような形で、彼女の無事の帰還を喜んでくれた。
全員が向けてくれる笑顔で、レティシアは胸の内がほわりと暖かくなるのを感じて頬をほんのりと染めた。
「それにしたってお前さん、そんなにどこをほっつき歩いてんだ?」
「ああ、今回はアルノートゥン……と言うか、アハブの方へ。本当は兄上の誕生日に帰ってくるつもりだったんですけど、ちょっと予定が狂ってしまって」
「じゃあその抱えている荷物はお土産かな?」
「ええと、お土産と言うか」
もじもじと常の彼女らしからぬ態度であったが、意を決したように抱えていた箱を差し出した。
よくよく見れば綺麗な青いリボンがかけられていて、誰かに対する贈り物であることが分かった。
その「誰か」というのは、つまるところ。
「遅くなりましたけど、お誕生日おめでとうございます、兄上!」
「……俺に?」
「はいっ! ほ、本当は誕生日の日に渡したかったんですけど、なかなか手に入らなくって」
「レティシア……」
「兄上……」
「はいはい、そういう二人だけの世界ムード出すのは二人っきりのときにしてくれよな。夏だからあちーんだわ、こっちは」
「そそそそそうだ開けてみてくださいよ!」
「う、うむ」
「みんなも見て見て! 滅多にお目にかかれない代物だから」
「私たちも宜しいのですか?」
「うん。多分屋敷のどこかに飾ることになると思うし」
「それにしても、中身はなんなの? 置物みたいな言い方だったけど」
「うふふ。リッチの頭です」
もっと早くにそう言っていれば、その悲劇は避けられたはずであった。
彼女の言葉は、少しばかり遅かった。動き出した彼の手は、そう簡単にとまりはしない。
ぱかと軽い音を立てて蓋は開けられ、覗き込む形になっていたレムオンとゼネテスとエストとセバスチャンと二人のメイドは、上を見上げる濁った片眼と眼を合わせてしまった。
空洞になったもう片方の眼窩からは、てらりとした光沢を放つ緑色の蛇が真っ赤な舌をちろちろと覗かせている。
肉を失い、がさがさに乾燥して頭蓋骨にぴったりと張り付いた皮膚はところどころ破れ、風雨に晒されて艶を無くした木片のように
変色した骨が露出していて、あまりにもおぞましい。だが、虫が沸いていないだけマシだろう。
室内の時が止まった。
ただ一人、これを贈り物に選んだ娘だけは、にこにこと満面の笑みを浮かべて得意そうにしている。
「最近じゃ好事家の間で大人気なんですよ。強いリッチの頭を持っていることがステイタスになるし、魔よけに最適だし、嫌いな相手の家の門の下にでも埋めておけば呪いもかけられるし。苦労したんですよ? 兄上に差し上げるものだから、一番強い奴にしようと思って。探してたらアハブに三ヶ月も篭っちゃいましたへへ。でもその甲斐あって、本当に強いのを倒せたんですよ。いやあまさか十ターンも激闘を繰り広げることになるとは思いもよりませんでしたね。仲間のありがたみがよく分かりましたよ。あ、今回は極めて私的なことだったわけなんで、一人でアハブに篭ってたんですけど。うっかり地形を変えちゃいましたよあはは。私、結構強いと思ってたんですけど、世の中にはあんなに強いのがまだいるんですねえ。って、みんなどうかした?」
二人のメイドは声にならない悲鳴を上げると気を失ってふらりと倒れ、エストとセバスチャンはそれをすんでのところで抱きとめて長椅子に横たえさせた。
冷静沈着で切れ者として知られるレムオンは箱の蓋を閉めて無言で両手を箱にかけ、小さく何事かを呟いた。近くにいたゼネテスにははっきりと聞こえたそれは、太陽を縮小させたかのような火の玉を降らせるための呪文だ。複合精霊魔法の中でも、否、全ての攻勢魔法の中でも一、二を争う威力の魔法である。
肝を冷やしながらも可笑しそうに笑う男は、こめかみに青筋を浮かべる青年を羽交い絞めにしてその凶行を止めにかかった。
「待て待て待て待て! 気持ちは分かるが、そんな魔法を使ったらこの屋敷が吹っ飛ぶぞ。少し落ち着け」
「お前はコレを贈られていないからそう言えるのだ!」
「いや、ほら、な? これだってレティシアがお前のことを想って用意したものだし……ぷっ」
「笑うなっ!」
「だってなあっはっはっは」
「ならば貴様がコレを持って帰るか!?」
「遠慮しておくぜ。んなもん持って帰ったら、ウチの連中に何を言われるかっはは。いやあ愛されてるねえっくくくく」
ここまでの騒動をぽかんとして見ていたレティシアだが、どう好意的に見てもレムオンお得意の照れ隠しのようには思えないその態度が、本気で嫌がっているのだとようやく気づき、血相を変えて戸惑いの声を上げた。
「えっ、えっ、なんで、そんな酷い!」
「酷いのは貴様の感性だ! いや、この際だ。頭の中身だと言っても構うまい!」
「今回ばっかりは、僕もフォローできないよ。と言うか、アハブの地形を変えた、って言ったよね? あそこにどれだけの歴史的価値があるか、分かってる?」
「私もこの屋敷を取り仕切るものとして、少しばかり思うところがございますので、今回ばかりは言わせていただきます」
「メイドの子も気が付いたら言いたいことがあるだろうしな。ご愁傷さん」
「あ、あの。みんな目が怖いんですけど……ぜ、ゼネテス助けて!」
「そこに座れ!」
「うわあ、はいっ!」
その後。
レムオンからは厳しくネチネチと。
エストからは考古学的見地、歴史的見地から遺跡の重要性を。
セバスチャンからはやんわりと。
気が付いたメイド達からは涙ながらに。
日が沈むまで、お説教をされたのだった。
ちなみに、リッチの頭は、厳重に封印を施されてリューガ家の宝物庫の奥深くに安置されたとかされないとか。
2008.07.06
初出
普段は静かなリューガの屋敷が騒がしくなるのは、必ずかの娘が帰ってきたときである。
ばたんと盛大な音を立てて扉を閉め、どたどたと派手なな足音と共に廊下を走るのはこの家では彼女しかおらず、それこそが彼女の帰宅を告げる合図に他ならない。
あまりの分かりやすさに、その場にいた全員が笑みを浮かべた。
常に無表情に近い屋敷の主までも顔を綻ばせるのだから、彼女という存在がどういうものなのか想像するのは難しくないだろう。
どんどん近づいてくる足音は部屋の前で止まり、ほんの少しの間を置いてから、ノックされるよりも先に蝶番ごとふっ飛ばしかねない勢いで扉が開け放たれた。
「兄上ただいまっ!! って、珍しい顔ぶれですね。久しぶり、ゼネテス。エスト兄様にセバスチャンも元気そうで嬉しいです」
そこに立つのは、大き目の白い箱を脇に抱え、くたびれた濃緑の旅装束と胸当てという軽装に二振りの剣を腰に佩いた冒険者の出で立ちをした二十歳そこそこの娘であった。
「よう、邪魔してるぜ」
ゼネテスは長椅子にどっかりと腰を下ろしたまま片手を上げ、
「お帰り。君こそ元気そうだね」
エストは嬉しさのあまり立ち上がり、
「お帰りなさいませ、お嬢様」
セバスチャンは執事としての態度を崩すことなく深々と頭を下げ、
「お前が帰ってくることの方が余程珍しい。何ヶ月ぶりだ?」
レムオンは表情を和らげながらも相変わらず素っ気無い態度で、
「八ヶ月と三週間にございます」
「屋敷の者たち、みんながお嬢様のお帰りをお待ちしてました!」
控えていた二人のメイドが屋敷に勤める者たちの代表のような形で、彼女の無事の帰還を喜んでくれた。
全員が向けてくれる笑顔で、レティシアは胸の内がほわりと暖かくなるのを感じて頬をほんのりと染めた。
「それにしたってお前さん、そんなにどこをほっつき歩いてんだ?」
「ああ、今回はアルノートゥン……と言うか、アハブの方へ。本当は兄上の誕生日に帰ってくるつもりだったんですけど、ちょっと予定が狂ってしまって」
「じゃあその抱えている荷物はお土産かな?」
「ええと、お土産と言うか」
もじもじと常の彼女らしからぬ態度であったが、意を決したように抱えていた箱を差し出した。
よくよく見れば綺麗な青いリボンがかけられていて、誰かに対する贈り物であることが分かった。
その「誰か」というのは、つまるところ。
「遅くなりましたけど、お誕生日おめでとうございます、兄上!」
「……俺に?」
「はいっ! ほ、本当は誕生日の日に渡したかったんですけど、なかなか手に入らなくって」
「レティシア……」
「兄上……」
「はいはい、そういう二人だけの世界ムード出すのは二人っきりのときにしてくれよな。夏だからあちーんだわ、こっちは」
「そそそそそうだ開けてみてくださいよ!」
「う、うむ」
「みんなも見て見て! 滅多にお目にかかれない代物だから」
「私たちも宜しいのですか?」
「うん。多分屋敷のどこかに飾ることになると思うし」
「それにしても、中身はなんなの? 置物みたいな言い方だったけど」
「うふふ。リッチの頭です」
もっと早くにそう言っていれば、その悲劇は避けられたはずであった。
彼女の言葉は、少しばかり遅かった。動き出した彼の手は、そう簡単にとまりはしない。
ぱかと軽い音を立てて蓋は開けられ、覗き込む形になっていたレムオンとゼネテスとエストとセバスチャンと二人のメイドは、上を見上げる濁った片眼と眼を合わせてしまった。
空洞になったもう片方の眼窩からは、てらりとした光沢を放つ緑色の蛇が真っ赤な舌をちろちろと覗かせている。
肉を失い、がさがさに乾燥して頭蓋骨にぴったりと張り付いた皮膚はところどころ破れ、風雨に晒されて艶を無くした木片のように
変色した骨が露出していて、あまりにもおぞましい。だが、虫が沸いていないだけマシだろう。
室内の時が止まった。
ただ一人、これを贈り物に選んだ娘だけは、にこにこと満面の笑みを浮かべて得意そうにしている。
「最近じゃ好事家の間で大人気なんですよ。強いリッチの頭を持っていることがステイタスになるし、魔よけに最適だし、嫌いな相手の家の門の下にでも埋めておけば呪いもかけられるし。苦労したんですよ? 兄上に差し上げるものだから、一番強い奴にしようと思って。探してたらアハブに三ヶ月も篭っちゃいましたへへ。でもその甲斐あって、本当に強いのを倒せたんですよ。いやあまさか十ターンも激闘を繰り広げることになるとは思いもよりませんでしたね。仲間のありがたみがよく分かりましたよ。あ、今回は極めて私的なことだったわけなんで、一人でアハブに篭ってたんですけど。うっかり地形を変えちゃいましたよあはは。私、結構強いと思ってたんですけど、世の中にはあんなに強いのがまだいるんですねえ。って、みんなどうかした?」
二人のメイドは声にならない悲鳴を上げると気を失ってふらりと倒れ、エストとセバスチャンはそれをすんでのところで抱きとめて長椅子に横たえさせた。
冷静沈着で切れ者として知られるレムオンは箱の蓋を閉めて無言で両手を箱にかけ、小さく何事かを呟いた。近くにいたゼネテスにははっきりと聞こえたそれは、太陽を縮小させたかのような火の玉を降らせるための呪文だ。複合精霊魔法の中でも、否、全ての攻勢魔法の中でも一、二を争う威力の魔法である。
肝を冷やしながらも可笑しそうに笑う男は、こめかみに青筋を浮かべる青年を羽交い絞めにしてその凶行を止めにかかった。
「待て待て待て待て! 気持ちは分かるが、そんな魔法を使ったらこの屋敷が吹っ飛ぶぞ。少し落ち着け」
「お前はコレを贈られていないからそう言えるのだ!」
「いや、ほら、な? これだってレティシアがお前のことを想って用意したものだし……ぷっ」
「笑うなっ!」
「だってなあっはっはっは」
「ならば貴様がコレを持って帰るか!?」
「遠慮しておくぜ。んなもん持って帰ったら、ウチの連中に何を言われるかっはは。いやあ愛されてるねえっくくくく」
ここまでの騒動をぽかんとして見ていたレティシアだが、どう好意的に見てもレムオンお得意の照れ隠しのようには思えないその態度が、本気で嫌がっているのだとようやく気づき、血相を変えて戸惑いの声を上げた。
「えっ、えっ、なんで、そんな酷い!」
「酷いのは貴様の感性だ! いや、この際だ。頭の中身だと言っても構うまい!」
「今回ばっかりは、僕もフォローできないよ。と言うか、アハブの地形を変えた、って言ったよね? あそこにどれだけの歴史的価値があるか、分かってる?」
「私もこの屋敷を取り仕切るものとして、少しばかり思うところがございますので、今回ばかりは言わせていただきます」
「メイドの子も気が付いたら言いたいことがあるだろうしな。ご愁傷さん」
「あ、あの。みんな目が怖いんですけど……ぜ、ゼネテス助けて!」
「そこに座れ!」
「うわあ、はいっ!」
その後。
レムオンからは厳しくネチネチと。
エストからは考古学的見地、歴史的見地から遺跡の重要性を。
セバスチャンからはやんわりと。
気が付いたメイド達からは涙ながらに。
日が沈むまで、お説教をされたのだった。
ちなみに、リッチの頭は、厳重に封印を施されてリューガ家の宝物庫の奥深くに安置されたとかされないとか。
2008.07.06
初出