黄金主とだれか。
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チェックメイト
対局を開始してから時計の秒針が六周目に突入した時点で、レティシアの負けは決まった。
レムオンの最速勝利記録の更新である。
「…………」
「…………はあ」
「だっ、だって!」
「いい。何も言うな」
盤面をと男の顔を交互に見比べるレティシアは涙目になっている。頭を抱えて重い溜め息をついたレムオンも泣き出したい心境だった。
手加減どころか、少しでも対戦相手に勝利の道筋を見出させるべく駒を動かしたと言うのに、その努力はまったくの徒労であった。
幼馴染の男も「たとえゲームでも兵達を駒扱いできねぇよ」と言ってチェスが苦手だったが、彼女はそれに輪をかけて酷い。これがロストールの守護を担う双翼かと思うと、溜め息しか出てこない。
もっとも、件の幼馴染はいざ実戦になれば即座に奇を衒った戦略を思いつくことのできるとんだ策士で、その点が体を動かすことにのみ特化した彼女との大きな違いだ。
重たい空気をそのままに、レムオンは黒の駒を並べ直す。レティシアも白の駒を並べ直し始めるが、その手は実にぎこちない。まだ駒の配置場所すらあやふやなのが伺えた。
その体たらくにレムオンの目が細まり、レティシアは部屋の温度が少し下がったような錯覚に襲われて身震いした。正直に言って、怖すぎる。
「ほっ、ほら! 私はポーンだから、指揮官に上手く使われてなんぼだし!」
「……お前がポーンなら、戦局はこうだな」
並べられた真ん中の白いポーンを取り、それを自分の陣の正面に置くと、せっかく並べなおしたばかりの駒を惜しげもなく全て倒した。
一騎当千。それが彼女の戦いぶりだ。戦神の現身とさえ噂された時期もあるのだし、現に竜王すら倒してのけた実績も持つのだから、あながち間違いではない。と、言うよりも、彼女がその気になれば、バイアシオン大陸そのものが消えてもおかしくなかったりする。
「……そういう特殊ルール、作りません?」
「作らん」
「けち」
「けちで結構だ」
「じゃあせめてご褒美制に!」
「ご褒美?」
「私が勝てたら、ご褒美ください」
レムオンは逡巡する。あまり良い予感がしない。
だからと言ってこのままではレティシアは間違いなくチェスというものを理解しないだろう。
そう、要は彼女のやる気を保ったまま、負けなければ良いのだ。
「良かろう」
「二言はないですね?」
「ああ。お前の望むものを与えよう」
「ぃよおっし! やる気出ました!」
少しばかり気合が入りすぎなような気もしないでもないが、これではチェスというものを理解してくれれば言うことはない。
その意気込みの通り攻めてくるレティシアの手が変わり、そこに勝とうという意思がはっきりと現れている。
この分なら成長が期待できそうだと青年は薄く微笑んで、猛攻を仕掛けてくる彼女を容赦なく返り討ちにするのだった。
結局、彼女がチェックメイトを宣言し、
「ご褒美はちゅーがいいな」
などとねだって青年を大いに困らせるのは、それから半年も先の話である。
2009.03.15
初出
対局を開始してから時計の秒針が六周目に突入した時点で、レティシアの負けは決まった。
レムオンの最速勝利記録の更新である。
「…………」
「…………はあ」
「だっ、だって!」
「いい。何も言うな」
盤面をと男の顔を交互に見比べるレティシアは涙目になっている。頭を抱えて重い溜め息をついたレムオンも泣き出したい心境だった。
手加減どころか、少しでも対戦相手に勝利の道筋を見出させるべく駒を動かしたと言うのに、その努力はまったくの徒労であった。
幼馴染の男も「たとえゲームでも兵達を駒扱いできねぇよ」と言ってチェスが苦手だったが、彼女はそれに輪をかけて酷い。これがロストールの守護を担う双翼かと思うと、溜め息しか出てこない。
もっとも、件の幼馴染はいざ実戦になれば即座に奇を衒った戦略を思いつくことのできるとんだ策士で、その点が体を動かすことにのみ特化した彼女との大きな違いだ。
重たい空気をそのままに、レムオンは黒の駒を並べ直す。レティシアも白の駒を並べ直し始めるが、その手は実にぎこちない。まだ駒の配置場所すらあやふやなのが伺えた。
その体たらくにレムオンの目が細まり、レティシアは部屋の温度が少し下がったような錯覚に襲われて身震いした。正直に言って、怖すぎる。
「ほっ、ほら! 私はポーンだから、指揮官に上手く使われてなんぼだし!」
「……お前がポーンなら、戦局はこうだな」
並べられた真ん中の白いポーンを取り、それを自分の陣の正面に置くと、せっかく並べなおしたばかりの駒を惜しげもなく全て倒した。
一騎当千。それが彼女の戦いぶりだ。戦神の現身とさえ噂された時期もあるのだし、現に竜王すら倒してのけた実績も持つのだから、あながち間違いではない。と、言うよりも、彼女がその気になれば、バイアシオン大陸そのものが消えてもおかしくなかったりする。
「……そういう特殊ルール、作りません?」
「作らん」
「けち」
「けちで結構だ」
「じゃあせめてご褒美制に!」
「ご褒美?」
「私が勝てたら、ご褒美ください」
レムオンは逡巡する。あまり良い予感がしない。
だからと言ってこのままではレティシアは間違いなくチェスというものを理解しないだろう。
そう、要は彼女のやる気を保ったまま、負けなければ良いのだ。
「良かろう」
「二言はないですね?」
「ああ。お前の望むものを与えよう」
「ぃよおっし! やる気出ました!」
少しばかり気合が入りすぎなような気もしないでもないが、これではチェスというものを理解してくれれば言うことはない。
その意気込みの通り攻めてくるレティシアの手が変わり、そこに勝とうという意思がはっきりと現れている。
この分なら成長が期待できそうだと青年は薄く微笑んで、猛攻を仕掛けてくる彼女を容赦なく返り討ちにするのだった。
結局、彼女がチェックメイトを宣言し、
「ご褒美はちゅーがいいな」
などとねだって青年を大いに困らせるのは、それから半年も先の話である。
2009.03.15
初出