黄金主とだれか。
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鳥と止まり木
どこかから吹いてくる風の冷たさに、眠っていた意識が僅かに覚醒した。
身震いして傍らで眠る女を抱きしめて温もりを得ようと腕を伸ばしたが、その腕は何も掴めず一気に目が覚めた。
「……レティシア……!?」
また黙って勝手に次の旅に出てしまったのか! と慌てて飛び起きる勢いで上半身を起こすと、男の目にそれが飛び込んできた。
一日の最初の光を受けて世界が眩いばかりの金に染められ、徐々に光の中から鮮やかな色彩が現れていく中。薄く透ける夜着のまま両腕を大きく広げてバルコニーの細い手すりの上に立つその輪郭が、光に縁取られて淡い金に輝く。
美しかった。
賞賛するための美辞や比喩が何の意味もないものがあることを、彼は初めて知った。どんな言葉もその様子を表現するには足りなさすぎる。かと言って、言葉を重ねれば重ねるほど薄くなっていく。ただひたすらに、その美しさに圧倒されるしかなかった。
男が名を呼ぼうとした声に反応して、彼女は柔らかく上半身を捻って、レムオンを振り向いた。
「起こしちゃいました?」
逆光で顔はわずかにかげるが表情が判別できない程ではなく、少し恥ずかしそうに笑うのが分かった。
「何を、している」
「鳥になれないかなあって」
「鳥?」
「そう。例えば私が鳥だったら、あの山の向こうにいたってすぐにここまでひとっ飛びじゃないですか。でも」
レティシアはくるりと室内側に体の向きを変えた。体をバネのように縮めることで全身に力を込めると、両腕を大きく振って跳躍する。綺麗な放物線を描き、寝台まで三歩の距離を残して彼女は重さを感じさせずに着地した。身に纏っているふわりとした白い薄絹のせいか、舞い落ちる羽を連想させる。
桟を気にせずもう少し高く飛び上がっていれば、寝台まで届いただろう。助走もなしに、純粋に脚力のみで大人の歩幅にして約七歩分の距離を跳んだ事にレムオンは目を見張ったが、当の本人は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「私には、たったこれだけの距離も飛べない」
すっと立ち上がると残りの距離を歩いて寝台に入ると、すぐさま男の腕が伸びてきて彼女の体をしっかりと捕まえた。
普段の彼がしなさそうな行動にレティシアは驚き、その冷え切った体にレムオンは眉根を寄せた。
「俺はお前に羽がなくて良かったと、今、心の底から思ったぞ」
「え?」
「ただでさえどこへでも自由に飛んで行くのに、羽なんぞはやされたらそれこそ海の向こうにまで行くだろう。残される方の身にもなれ」
「……心配?」
「お前の身など、案じるだけ無駄だ」
「ヒドイ。あ、じゃあ会えなくて寂しい?」
「…………」
「そっかーうふふ。なら鳥籠に閉じ込めておいたらどうです?」
「破壊して出て行くくせに、何を言うか」
「少なくとも、この腕が鳥籠だったら壊せませんよ」
にこりと笑う女に、男はくらりと眩暈を覚えた。
どこにも行けないように閉じ込めてしまえたら。
いつでも自分の目の届くところに置いておけたら。
手を伸ばせば触れることができ、その目に映るのが己だけであればと、何度考えたかしれない。
やろうと思えばできる。けれど、それは決して実行には移さない。
何故ならば。
「……止めておこう。お前は籠の中でさえずっているよりも、大空を舞っている方が似合う。お前の翼は、力強い」
見惚れ、心奪われたのは、自由であるがままの彼女だ。鳥篭の中の小鳥ではない。
それでも、レティシアはどこか釈然としない顔をしてぼやいた。
「なんだか猛禽類みたいな言われ方をした気がします」
「気のせいだろう。……まあ、小鳥ではないのは確かだな」
「もうっ!」
からかうような口調に少しばかり唇を尖らせて、レティシアは手近なところにあった小さなクッションを掴んでレムオンの顔に叩きつけてやった。
当然ながら力は全く込められてないので男はそれを笑いながら受ければ、彼女も楽しそうに笑ってもう数回、彼にじゃれつくようにクッションで叩いた。
レティシアの腕がクッションを離すのを見届けてから、レムオンは再び彼女を抱きしめる。レティシアはくすぐったそうに体をよじりながら、甘えたように男の首元に顔を寄せる。
先ほどまでひんやりとしていた彼女の肌はもうすっかり温まっていて、その温もりが心地よかった。
「お前が鳥なら……そうだな。俺は止まり木がいい」
「止まり木?」
「鳥も、飛び続けてはいられんだろう」
「……ああ、うん。だから、私が羽を休める場所はここなんです」
二人は顔を見合わせて幸せそうに微笑むと、ついばむように口づけた。
2009.01.07
初出
どこかから吹いてくる風の冷たさに、眠っていた意識が僅かに覚醒した。
身震いして傍らで眠る女を抱きしめて温もりを得ようと腕を伸ばしたが、その腕は何も掴めず一気に目が覚めた。
「……レティシア……!?」
また黙って勝手に次の旅に出てしまったのか! と慌てて飛び起きる勢いで上半身を起こすと、男の目にそれが飛び込んできた。
一日の最初の光を受けて世界が眩いばかりの金に染められ、徐々に光の中から鮮やかな色彩が現れていく中。薄く透ける夜着のまま両腕を大きく広げてバルコニーの細い手すりの上に立つその輪郭が、光に縁取られて淡い金に輝く。
美しかった。
賞賛するための美辞や比喩が何の意味もないものがあることを、彼は初めて知った。どんな言葉もその様子を表現するには足りなさすぎる。かと言って、言葉を重ねれば重ねるほど薄くなっていく。ただひたすらに、その美しさに圧倒されるしかなかった。
男が名を呼ぼうとした声に反応して、彼女は柔らかく上半身を捻って、レムオンを振り向いた。
「起こしちゃいました?」
逆光で顔はわずかにかげるが表情が判別できない程ではなく、少し恥ずかしそうに笑うのが分かった。
「何を、している」
「鳥になれないかなあって」
「鳥?」
「そう。例えば私が鳥だったら、あの山の向こうにいたってすぐにここまでひとっ飛びじゃないですか。でも」
レティシアはくるりと室内側に体の向きを変えた。体をバネのように縮めることで全身に力を込めると、両腕を大きく振って跳躍する。綺麗な放物線を描き、寝台まで三歩の距離を残して彼女は重さを感じさせずに着地した。身に纏っているふわりとした白い薄絹のせいか、舞い落ちる羽を連想させる。
桟を気にせずもう少し高く飛び上がっていれば、寝台まで届いただろう。助走もなしに、純粋に脚力のみで大人の歩幅にして約七歩分の距離を跳んだ事にレムオンは目を見張ったが、当の本人は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「私には、たったこれだけの距離も飛べない」
すっと立ち上がると残りの距離を歩いて寝台に入ると、すぐさま男の腕が伸びてきて彼女の体をしっかりと捕まえた。
普段の彼がしなさそうな行動にレティシアは驚き、その冷え切った体にレムオンは眉根を寄せた。
「俺はお前に羽がなくて良かったと、今、心の底から思ったぞ」
「え?」
「ただでさえどこへでも自由に飛んで行くのに、羽なんぞはやされたらそれこそ海の向こうにまで行くだろう。残される方の身にもなれ」
「……心配?」
「お前の身など、案じるだけ無駄だ」
「ヒドイ。あ、じゃあ会えなくて寂しい?」
「…………」
「そっかーうふふ。なら鳥籠に閉じ込めておいたらどうです?」
「破壊して出て行くくせに、何を言うか」
「少なくとも、この腕が鳥籠だったら壊せませんよ」
にこりと笑う女に、男はくらりと眩暈を覚えた。
どこにも行けないように閉じ込めてしまえたら。
いつでも自分の目の届くところに置いておけたら。
手を伸ばせば触れることができ、その目に映るのが己だけであればと、何度考えたかしれない。
やろうと思えばできる。けれど、それは決して実行には移さない。
何故ならば。
「……止めておこう。お前は籠の中でさえずっているよりも、大空を舞っている方が似合う。お前の翼は、力強い」
見惚れ、心奪われたのは、自由であるがままの彼女だ。鳥篭の中の小鳥ではない。
それでも、レティシアはどこか釈然としない顔をしてぼやいた。
「なんだか猛禽類みたいな言われ方をした気がします」
「気のせいだろう。……まあ、小鳥ではないのは確かだな」
「もうっ!」
からかうような口調に少しばかり唇を尖らせて、レティシアは手近なところにあった小さなクッションを掴んでレムオンの顔に叩きつけてやった。
当然ながら力は全く込められてないので男はそれを笑いながら受ければ、彼女も楽しそうに笑ってもう数回、彼にじゃれつくようにクッションで叩いた。
レティシアの腕がクッションを離すのを見届けてから、レムオンは再び彼女を抱きしめる。レティシアはくすぐったそうに体をよじりながら、甘えたように男の首元に顔を寄せる。
先ほどまでひんやりとしていた彼女の肌はもうすっかり温まっていて、その温もりが心地よかった。
「お前が鳥なら……そうだな。俺は止まり木がいい」
「止まり木?」
「鳥も、飛び続けてはいられんだろう」
「……ああ、うん。だから、私が羽を休める場所はここなんです」
二人は顔を見合わせて幸せそうに微笑むと、ついばむように口づけた。
2009.01.07
初出