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08 うんとは言えない
青い空を雲が行く。
その下に広がる緑の野を風が渡り、名前もないような小さな花を揺らす。
いや、名前はあるのだろうが俺が知らないだけなんだろう。そう言や、叔母貴は花に詳しかったか。次に会った時にでも聞いてみようか。
牧歌的と言うか、実にのどかな昼下がりだ。馬車を止めてその辺の草の上で昼寝でもしたい気分になる。
のをぶち壊すように、檻の中の女が調子外れに歌を歌う。
ちゃんと歌えていたとしても、どのみちこの穏やかな雰囲気には相応しくない歌詞で、先ほどからすれ違う旅人たちが怪訝そうな顔でこちらを見ていく。歌がどうのと言うよりも、檻に入れられて護送されていく女の姿が珍しいだけかもしれないが。
苦笑いをしながら売られていく家畜の歌を歌うレティシアを振り返ると、彼女は名工と才女が苦心の末に作り上げた魔法金属に抵抗するのをすっかり諦めて格子に背をもたれさせていた。
「……歌うなとは言わないが、もうちょい選曲をどうにかしないか?」
「冒険者になる前に何度か市場に牛を売りに行ったことがあるんだけど、売られていったあの子らはこんな気分だったのかなって感傷に浸っているのにひどい言い方だわ」
「お前さんのは自業自得な上に、たぶんと言うか確実に違っていると思うぜ」
「そうね。刑場に連れて行かれる囚人の気分の方が合ってると自分でも思うわ」
「頼むからそんな歌は歌わないでくれよ」
「大丈夫。知らないから」
知ってたら歌うのか。
思うだけに留めて、視線を前に戻して手綱を握りなおした。
レティシアは中断していた歌を再開させる。
……この調子なら、本当に囚人の歌を知っていたら歌うんだろうな。
やりたいと思ったことは躊躇うことなく実行するのが彼女だ。妙な歌でも歌いたいと思えば歌うし、他の大陸を見てみたいと思えば未知の大海へとくり出していく。
破壊神をを宿そうが十年経とうが、彼女の本質は何も変わっちゃいなかった。
おかげでこっちもあの頃に戻ったような気がして妙にそわそわとして落ち着かない。もう帰ってきたこいつに会った連中も、こんな気分を味わったんだろうか。
そんな風にぼんやりと考えていると、地平線の向こう側から高い城壁と、それよりも高い白亜の城が陽光を受けて輝いているのが目に飛び込んできた。
「お、見えてきたぜ」
ロストールだ。
今頃は町も城も英雄の帰還の報せを受けて祭りの準備でも行われているだろうか。
賑やかな祭りに心を躍らせていると、ああああと絶望のどん底に突き落とされたような唸り声が背後から聞こえた。
振り返ってみれば、レティシアは頭を抱えている。
これから会わなければならない連中の事を考えて頭を悩ませているのだろう。怒った姫さん達とレムオンは、そりゃあ怖いからな。
「せいぜい思いっきり引っ叩かれてやるこったな」
「……素直にうんって言えないよ」
恨みがましい目を向けられても困るんだよ。
俺にあの三人を止めるなんて、そんなおっかないことは出来るわけないだろう。
「骨は拾ってやるから安心しとけ」
2011.05.13
初出
青い空を雲が行く。
その下に広がる緑の野を風が渡り、名前もないような小さな花を揺らす。
いや、名前はあるのだろうが俺が知らないだけなんだろう。そう言や、叔母貴は花に詳しかったか。次に会った時にでも聞いてみようか。
牧歌的と言うか、実にのどかな昼下がりだ。馬車を止めてその辺の草の上で昼寝でもしたい気分になる。
のをぶち壊すように、檻の中の女が調子外れに歌を歌う。
ちゃんと歌えていたとしても、どのみちこの穏やかな雰囲気には相応しくない歌詞で、先ほどからすれ違う旅人たちが怪訝そうな顔でこちらを見ていく。歌がどうのと言うよりも、檻に入れられて護送されていく女の姿が珍しいだけかもしれないが。
苦笑いをしながら売られていく家畜の歌を歌うレティシアを振り返ると、彼女は名工と才女が苦心の末に作り上げた魔法金属に抵抗するのをすっかり諦めて格子に背をもたれさせていた。
「……歌うなとは言わないが、もうちょい選曲をどうにかしないか?」
「冒険者になる前に何度か市場に牛を売りに行ったことがあるんだけど、売られていったあの子らはこんな気分だったのかなって感傷に浸っているのにひどい言い方だわ」
「お前さんのは自業自得な上に、たぶんと言うか確実に違っていると思うぜ」
「そうね。刑場に連れて行かれる囚人の気分の方が合ってると自分でも思うわ」
「頼むからそんな歌は歌わないでくれよ」
「大丈夫。知らないから」
知ってたら歌うのか。
思うだけに留めて、視線を前に戻して手綱を握りなおした。
レティシアは中断していた歌を再開させる。
……この調子なら、本当に囚人の歌を知っていたら歌うんだろうな。
やりたいと思ったことは躊躇うことなく実行するのが彼女だ。妙な歌でも歌いたいと思えば歌うし、他の大陸を見てみたいと思えば未知の大海へとくり出していく。
破壊神をを宿そうが十年経とうが、彼女の本質は何も変わっちゃいなかった。
おかげでこっちもあの頃に戻ったような気がして妙にそわそわとして落ち着かない。もう帰ってきたこいつに会った連中も、こんな気分を味わったんだろうか。
そんな風にぼんやりと考えていると、地平線の向こう側から高い城壁と、それよりも高い白亜の城が陽光を受けて輝いているのが目に飛び込んできた。
「お、見えてきたぜ」
ロストールだ。
今頃は町も城も英雄の帰還の報せを受けて祭りの準備でも行われているだろうか。
賑やかな祭りに心を躍らせていると、ああああと絶望のどん底に突き落とされたような唸り声が背後から聞こえた。
振り返ってみれば、レティシアは頭を抱えている。
これから会わなければならない連中の事を考えて頭を悩ませているのだろう。怒った姫さん達とレムオンは、そりゃあ怖いからな。
「せいぜい思いっきり引っ叩かれてやるこったな」
「……素直にうんって言えないよ」
恨みがましい目を向けられても困るんだよ。
俺にあの三人を止めるなんて、そんなおっかないことは出来るわけないだろう。
「骨は拾ってやるから安心しとけ」
2011.05.13
初出