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黄金主

07 とりあえず、見なかったことにしておこう



「み・つ・け・た・わ・よ!!」

 船に乗り込もうとしていたセラの前に立ち塞がったフェティの甲高い声がエンシャントの港に響き渡った。
 男の眉間に深い皺が刻まれる。

「アタクシを置いて行くだなんて、どういう了見よ!?」
「お前とパーティを組んだ覚えはない」
「このアタクシが着いていってあげるって言ってるのよ!」

 精一杯の忍耐で堪えていた盛大なため息がセラの口から漏れた。

「いらん。邪魔だ」
「なんですってえぇぇぇ!?」

 甲高いを通り越して金切り声になったフェティの声が再び港に響き渡った。

「珍しい組み合わせだな」

 荷を運ぶ船員たちも海から帰ってきた漁師たちも二人の言い争いに興味を示さずにそれぞれの仕事をこなしていたが、黒ずくめの男が一人、そんな二人に声をかけながら近づいてきた。
 二人が目を向ければ、そこにいたのは短い期間だったが十年前の旅の仲間でこの国の宰相の地位にある男だった。

「そっちこそ、こんな場所に出向くとは珍しい。宰相殿自ら抜き打ちの税関検査か」
「いいや、珍しい生き物が上がったと連絡を受けてな。それを受け取りに来たのだ」
「珍しい生き物ぉ?」
「アレだ」

 ベルゼーヴァが顔を向けた方向を二人も目で追った。
 それまで港の活気に溢れた喧騒で気付かなかったが、認識してしまえば「助けてー!」だの「出してー!」だの「ごめんなさいー!」だのと叫ぶ女の声が耳に飛び込んでくる。

「沖で漁師の網にかかったそうだ。話によると、リベルダムで海に飛び込んで、ここまで泳いできたらしい」
「……リベルダムから?」
「……泳いできた?」

 リベルダムとエンシャント間は風向き次第でいくらか変わりはするが、船で数日かかる。それを泳いでとなるとどれだけの日数がかかるのか。
 さらに竜王の島の近くは未だに凶暴な魔物が出現し、危険海域に指定されている。その海を無事に泳ぎ切った。

「つくづく人間離れしているな」
「いくらウルグを宿しているからってねぇ……」

 非常識にも程がある。
 フェティがベルゼーヴァに視線を向ける。

「アンタ達、よくアレを皇帝に据えようなんて考たわね」
「……言うな」

 どうやら忘れてしまいたい過去となっているらしく、知的な光を湛えている瞳に暗い影が落ちる。
 一人の兵士が駆け寄ってきた。

「ベルゼーヴァ様。準備ができました」
「では城へ向かおう。それでは失礼する」

 ベルゼーヴァと兵士たちが去り、馬に引かれた檻がゆっくりと動き出した。
 その様子を何とも言えない表情で見ていたセラとフェティだが、囚われの身となったレティシアと視線がかち合った。

「あっフェティ様、セラ! お願いたすけてえええええ」

 高速でその視線をそらすと、「ひどいー!」だの「薄情者ー!」だの「化けて出てやるー!」だのと叫ぶ声が聞こえたが、ドップラー効果を効かせて遠ざかっていく。
 一行が見えなくなり、レティシアの声が聞こえなくなったころに深い溜息が二つ重なった。
 怒りを凌駕するほどの呆れがあることを、二人は初めて知った。





「アタクシ、アレが戻ってきたら言いたいことが沢山あったのに、なんか、どうでもよくなったわ」
「お前と気が合うなど不本意だが、俺もだ」



2011.05.02
初出



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