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03 年月を経て、変わらぬもの
農閑期になると、時おり青年は農具ではなく槍を携える。
狩りが目的ではない。もちろん、麦の収穫が芳しくなければ冬を越すために狩りをするが、今年は豊作で越冬のための蓄えは十分なほど余裕がある。
ならば何故かと言えば、近隣の村に害を出す獣やモンスター、時には盗賊を退治するためである。
村には若者たちが組織する自警団があるが、弱いモンスターや群れからはぐれた獣ならばなんとか相手はできても、それ以外の、それこそ徒党を組む盗賊には歯が立たない。冒険者ギルドで討伐依頼を出すこともあるが、丁度よく手の空いている冒険者がいるとも限らない。そんな時に青年に話が回るのだ。
数年間ほど冒険者として旅をしてきた彼の腕は確かで、一度は大陸でも屈指の冒険者から「また冒険者にでもなったらどうだ。まだまだ現役で活躍できるぞ」と言われたほどだ。
ただ、彼には冒険者に戻るつもりはこれっぽっちもなかった。まだ見ぬものに思いを馳せて胸を熱くさせることはあっても、そのために犠牲にするものがあまりにも大きかったからだ。
今の彼にとって大切なのは、父母が残し、姉に託された麦畑だ。討伐の依頼を受けるのも、結局はその畑を守ることに繋がるからに他ならない。
そして今日、先日から頼まれていたモンスターをようやく討つことができた。幾度か青年の畑もそいつに荒らされたことがあり、これで害が減るかと思うと荷が降りた思いがする。
村長にモンスターを討ち取ったことを報告し、家路に着く。
既に夕暮れを通り越して夜とも取れるような時間だ。家々の窓には明かりが灯り、夕餉の匂いがあちこちから漂ってくる。
次の種蒔きの季節が終われば、青年は所帯を持つことが決まっていた。こうして夜道を帰る自分を待っていてくれる妻というものを想像すると幸せで、それでいてむず痒いような気分になる。
それと同時に、少しだけ寂しさも覚える。
大切な人の立ち位置に、他の人が立つ。
時が経てばそれが普通になるのだろう。けれど、それは大切な人の居場所を奪うことのようで、青年の中で上手く割り切れない部分なのだ。
式までには整理をつけないと。でなければ二人の行く末は幸せには辿りつけない。
せめて彼女がここにいてくれれば。ちゃんと結婚するということを報告して、おめでとうと笑顔で祝福されたら、こんなもやもやとした罪悪感めいたものを感じないで済むのに。
考えても仕方が無い、と青年は頭をぶんぶんと振った。
これは自分の問題だ。ちゃんと、自分でケリをつける。そうでなければ、情けない! とあの人に怒られてしまう。
青年は苦笑をこぼした。会えなくなって十年経つ今でも自分はあの人に頭が上がらないのか、と。
ふと、彼は足を止めた。
家の窓に、明かりが灯っている。
そんなまさか。
明かりを消し忘れたはずはない。森へ向かったのは昼間で、そもそも明かりをつける必要がない。
ならば泥棒か。戸締りを怠ったとしたら自分の迂闊さに嫌気がさすが、きちんと扉に鍵を掛けていった覚えがある。
青年は愛用の槍をしっかりと握り、そっと足音を殺して家に近づく。
窓からそっと中を覗くが、泥棒らしき人物の姿は見当たらない。目に付く範囲で荒らされた形跡も無い。
侵入者の目的が分からないが、自分の大切な家に誰かがいるというのは気分が悪い。余程の相手でなければなんとかなるだろうと、青年は扉の前に立つ。
深呼吸をして勢いよく扉を開ける。
「てめぇ、人ん家で何やってやがる!」
一人の女が、台所に立っていた。
かまどには火が入り、大きな鍋でスープを作っているのか良い匂いが室内に充満している。
懐かしい匂いだ。あの人の得意料理だったな、と風化していた青年の記憶が鮮やかに蘇る。
金色の頭が振り返るのを、チャカは呆然と見つめていた。
「あ、お帰り」
十年前に、戻ったような気がした。
「……そりゃ、俺の台詞だよ。姉ちゃん」
2009.12.06
初出
農閑期になると、時おり青年は農具ではなく槍を携える。
狩りが目的ではない。もちろん、麦の収穫が芳しくなければ冬を越すために狩りをするが、今年は豊作で越冬のための蓄えは十分なほど余裕がある。
ならば何故かと言えば、近隣の村に害を出す獣やモンスター、時には盗賊を退治するためである。
村には若者たちが組織する自警団があるが、弱いモンスターや群れからはぐれた獣ならばなんとか相手はできても、それ以外の、それこそ徒党を組む盗賊には歯が立たない。冒険者ギルドで討伐依頼を出すこともあるが、丁度よく手の空いている冒険者がいるとも限らない。そんな時に青年に話が回るのだ。
数年間ほど冒険者として旅をしてきた彼の腕は確かで、一度は大陸でも屈指の冒険者から「また冒険者にでもなったらどうだ。まだまだ現役で活躍できるぞ」と言われたほどだ。
ただ、彼には冒険者に戻るつもりはこれっぽっちもなかった。まだ見ぬものに思いを馳せて胸を熱くさせることはあっても、そのために犠牲にするものがあまりにも大きかったからだ。
今の彼にとって大切なのは、父母が残し、姉に託された麦畑だ。討伐の依頼を受けるのも、結局はその畑を守ることに繋がるからに他ならない。
そして今日、先日から頼まれていたモンスターをようやく討つことができた。幾度か青年の畑もそいつに荒らされたことがあり、これで害が減るかと思うと荷が降りた思いがする。
村長にモンスターを討ち取ったことを報告し、家路に着く。
既に夕暮れを通り越して夜とも取れるような時間だ。家々の窓には明かりが灯り、夕餉の匂いがあちこちから漂ってくる。
次の種蒔きの季節が終われば、青年は所帯を持つことが決まっていた。こうして夜道を帰る自分を待っていてくれる妻というものを想像すると幸せで、それでいてむず痒いような気分になる。
それと同時に、少しだけ寂しさも覚える。
大切な人の立ち位置に、他の人が立つ。
時が経てばそれが普通になるのだろう。けれど、それは大切な人の居場所を奪うことのようで、青年の中で上手く割り切れない部分なのだ。
式までには整理をつけないと。でなければ二人の行く末は幸せには辿りつけない。
せめて彼女がここにいてくれれば。ちゃんと結婚するということを報告して、おめでとうと笑顔で祝福されたら、こんなもやもやとした罪悪感めいたものを感じないで済むのに。
考えても仕方が無い、と青年は頭をぶんぶんと振った。
これは自分の問題だ。ちゃんと、自分でケリをつける。そうでなければ、情けない! とあの人に怒られてしまう。
青年は苦笑をこぼした。会えなくなって十年経つ今でも自分はあの人に頭が上がらないのか、と。
ふと、彼は足を止めた。
家の窓に、明かりが灯っている。
そんなまさか。
明かりを消し忘れたはずはない。森へ向かったのは昼間で、そもそも明かりをつける必要がない。
ならば泥棒か。戸締りを怠ったとしたら自分の迂闊さに嫌気がさすが、きちんと扉に鍵を掛けていった覚えがある。
青年は愛用の槍をしっかりと握り、そっと足音を殺して家に近づく。
窓からそっと中を覗くが、泥棒らしき人物の姿は見当たらない。目に付く範囲で荒らされた形跡も無い。
侵入者の目的が分からないが、自分の大切な家に誰かがいるというのは気分が悪い。余程の相手でなければなんとかなるだろうと、青年は扉の前に立つ。
深呼吸をして勢いよく扉を開ける。
「てめぇ、人ん家で何やってやがる!」
一人の女が、台所に立っていた。
かまどには火が入り、大きな鍋でスープを作っているのか良い匂いが室内に充満している。
懐かしい匂いだ。あの人の得意料理だったな、と風化していた青年の記憶が鮮やかに蘇る。
金色の頭が振り返るのを、チャカは呆然と見つめていた。
「あ、お帰り」
十年前に、戻ったような気がした。
「……そりゃ、俺の台詞だよ。姉ちゃん」
2009.12.06
初出