黄金主とだれか。
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ここより永遠に
魔法で作られた光が部屋を柔らかく照らす。とは言え蝋燭よりはまし程度の光量しかなく、昼間のように明るくするには程遠かった。
それでも小さな卓を挟んで向かい合って酒を飲む二人にとっては、その程度でも充分だった。
用意された上等なワインを飲むレムオンは優雅で、レティシアはグラスに注がれた液体を顔を顰めながらちびちびと舐めるように飲んでいた。
「うぅ……やっぱりお酒の美味しさは私には分かりません」
「味覚は年と共に変わっていく。もう五年もすれば分かる様になるだろう」
「うーん。それって年を取って成長していくって話ですよね」
「慣れもあるだろうがな」
ニヤリと笑ってグラスを口につけたところで、レムオンは動きを止めた。レティシアの言葉に、僅かな違和感を覚えたのだ。
アルコールのせいで常よりも働きの鈍った頭で、その違和感を探る。怪訝そうな視線を向けると、彼女は困ったように笑った。
「私は年を取るってことはもう、ね」
「何?」
聞き返したレムオンの頭に、ふと一つの事象が思い浮かぶ。
それは古来より、いかなる時代においても権力者達が莫大な資金を掛けて探し求め、魔道士達があらゆるものを犠牲にして実現させようとした奇跡。レムオンの直感だが、間違いなく、彼女はそれを体現させた。恐らくは自身に宿した神に願って。
自然とレムオンの声は低くなった。
「レティシア」
「はい」
「俺の問いを察して、答えてみろ」
真っ直ぐにレムオンの目を見て、レティシアは言い切った。
胸さえ張って、その決意は誇りだと言わんばかりである。
「兄上と同じ時を生きたいと思った。同じものを見たいと思った。ずっと一緒にいたいと思った。だから、望んだ」
予想していたとは言え、本人の口から聞くのは大変な破壊力だった。
迷いなく放たれた言葉にレムオンは何も言い返す事が出来ず、椅子からずり落ちそうになるのを堪えるので精一杯だった。世界がひっくり返る様な衝撃で酔いは一瞬にして覚めたが、代わりに胸が締め付けられるような息苦しさが襲ってくる。
つまるところ。
齢二十を少し越えたばかりのこの女は、恋だの愛だのという不確かでうつろいやすく、夢幻のように儚い一時の感情の昂りに任せて、人であることを捨てたと言うのだ。
破壊神を宿した時点で人という規格から外れはしたが、それでもまだ彼女は限りある生を持つ人間だった。輪廻の輪に組み込まれ、死ねば次の生を与えられる、そういう存在だったのだ。
それを彼女は拒絶し、永遠を選んだ。人間から見れば、それは化け物に他ならない。
人を殺せると揶揄される男の絶対零度の視線を受けて、女は再び困ったように笑った。
「……この大馬鹿者が」
「私は何一つ後悔していませんよ。あ、いや、兄上を困らせてしまったことだけは後悔っていうか残念ですけど」
「今だけだ、そう言い切れるのは。すぐに己の選択が間違いだった事に気づき、後悔する。分かっているのか。お前はこれから先ずっと化け物と嫌悪され刃を向けられ続ける。そして全てから取り残され、置いていかれるのだぞ」
「分かってるつもりです。異種族への迫害は見てきました。知り合いが年を取って死んでいくのを見るのは辛いだろうし、人としての幸せだってもう手に入れられない。だけど、兄上がいれば、それでいいんです」
達観したかのような言い方に、男は小さく舌打ちをした。
「勘違いしていないか。ダルケニスは長寿だが不老でも不死でもない。二百年もすれば、死ぬ生き物だ。俺も、いずれ死ぬ」
「知ってますよ、そのくらい。兄上がいなくなった後の事だって、ちゃあんと考えてます」
「言ってみろ」
「生まれ変わった兄上を探して、また恋に落ちて、一緒に生きて、死んでいくのを見届けて、っていうのを何度も繰り返すんです。私がウルグに飲まれて闇落ちするか、世界が滅ぶその時まで、ずっとね」
「そう上手く行くか」
「大丈夫ですよ。なんとかなります、きっと。ねえ、兄上」
魔法の光を反射させ、レティシアの目が強く光った。
「私の選択に、何か問題でも?」
大ありだ。
だが、レムオンはそう言わずに小さなため息と苦い笑いで応えた。言ったところで、問題は何一つ解決しないことを悟ったからだ。
肩の力を抜いて、体を長椅子の背もたれに預けた。
「これから先が思いやられるな」
「あっはは。二人なら楽しくやれますよ」
どう考えても面倒事の方が多そうな未来だが、今は悩む時ではないらしい。
言葉ではなく、やはり苦く笑ってレムオンは応えた。
2008.04.10
初出
魔法で作られた光が部屋を柔らかく照らす。とは言え蝋燭よりはまし程度の光量しかなく、昼間のように明るくするには程遠かった。
それでも小さな卓を挟んで向かい合って酒を飲む二人にとっては、その程度でも充分だった。
用意された上等なワインを飲むレムオンは優雅で、レティシアはグラスに注がれた液体を顔を顰めながらちびちびと舐めるように飲んでいた。
「うぅ……やっぱりお酒の美味しさは私には分かりません」
「味覚は年と共に変わっていく。もう五年もすれば分かる様になるだろう」
「うーん。それって年を取って成長していくって話ですよね」
「慣れもあるだろうがな」
ニヤリと笑ってグラスを口につけたところで、レムオンは動きを止めた。レティシアの言葉に、僅かな違和感を覚えたのだ。
アルコールのせいで常よりも働きの鈍った頭で、その違和感を探る。怪訝そうな視線を向けると、彼女は困ったように笑った。
「私は年を取るってことはもう、ね」
「何?」
聞き返したレムオンの頭に、ふと一つの事象が思い浮かぶ。
それは古来より、いかなる時代においても権力者達が莫大な資金を掛けて探し求め、魔道士達があらゆるものを犠牲にして実現させようとした奇跡。レムオンの直感だが、間違いなく、彼女はそれを体現させた。恐らくは自身に宿した神に願って。
自然とレムオンの声は低くなった。
「レティシア」
「はい」
「俺の問いを察して、答えてみろ」
真っ直ぐにレムオンの目を見て、レティシアは言い切った。
胸さえ張って、その決意は誇りだと言わんばかりである。
「兄上と同じ時を生きたいと思った。同じものを見たいと思った。ずっと一緒にいたいと思った。だから、望んだ」
予想していたとは言え、本人の口から聞くのは大変な破壊力だった。
迷いなく放たれた言葉にレムオンは何も言い返す事が出来ず、椅子からずり落ちそうになるのを堪えるので精一杯だった。世界がひっくり返る様な衝撃で酔いは一瞬にして覚めたが、代わりに胸が締め付けられるような息苦しさが襲ってくる。
つまるところ。
齢二十を少し越えたばかりのこの女は、恋だの愛だのという不確かでうつろいやすく、夢幻のように儚い一時の感情の昂りに任せて、人であることを捨てたと言うのだ。
破壊神を宿した時点で人という規格から外れはしたが、それでもまだ彼女は限りある生を持つ人間だった。輪廻の輪に組み込まれ、死ねば次の生を与えられる、そういう存在だったのだ。
それを彼女は拒絶し、永遠を選んだ。人間から見れば、それは化け物に他ならない。
人を殺せると揶揄される男の絶対零度の視線を受けて、女は再び困ったように笑った。
「……この大馬鹿者が」
「私は何一つ後悔していませんよ。あ、いや、兄上を困らせてしまったことだけは後悔っていうか残念ですけど」
「今だけだ、そう言い切れるのは。すぐに己の選択が間違いだった事に気づき、後悔する。分かっているのか。お前はこれから先ずっと化け物と嫌悪され刃を向けられ続ける。そして全てから取り残され、置いていかれるのだぞ」
「分かってるつもりです。異種族への迫害は見てきました。知り合いが年を取って死んでいくのを見るのは辛いだろうし、人としての幸せだってもう手に入れられない。だけど、兄上がいれば、それでいいんです」
達観したかのような言い方に、男は小さく舌打ちをした。
「勘違いしていないか。ダルケニスは長寿だが不老でも不死でもない。二百年もすれば、死ぬ生き物だ。俺も、いずれ死ぬ」
「知ってますよ、そのくらい。兄上がいなくなった後の事だって、ちゃあんと考えてます」
「言ってみろ」
「生まれ変わった兄上を探して、また恋に落ちて、一緒に生きて、死んでいくのを見届けて、っていうのを何度も繰り返すんです。私がウルグに飲まれて闇落ちするか、世界が滅ぶその時まで、ずっとね」
「そう上手く行くか」
「大丈夫ですよ。なんとかなります、きっと。ねえ、兄上」
魔法の光を反射させ、レティシアの目が強く光った。
「私の選択に、何か問題でも?」
大ありだ。
だが、レムオンはそう言わずに小さなため息と苦い笑いで応えた。言ったところで、問題は何一つ解決しないことを悟ったからだ。
肩の力を抜いて、体を長椅子の背もたれに預けた。
「これから先が思いやられるな」
「あっはは。二人なら楽しくやれますよ」
どう考えても面倒事の方が多そうな未来だが、今は悩む時ではないらしい。
言葉ではなく、やはり苦く笑ってレムオンは応えた。
2008.04.10
初出