黄金主とだれか。
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melt
愛用している双剣の片方が刃こぼれを起こした。
同じ双剣使いである義兄にしこたま怒られて鍛冶屋に修理に出したのが昨日。
春らしい暖かな風と柔らかな陽光が爽やかな今日、レティシアは一人で鍛冶屋に預けた剣を引き取りにきた。
こぼれた刃はすっかり元通りだったし、白刃に曇りもない。
鍛冶師の腕に満足して少し多めに代金を渡して店を出ると、つい先程まで晴天だった空はいつの間にか黒い雲が重く垂れ込めていた。吹く風からは春めいた暖かさが消え、湿気を孕んで冷たい。
一雨くるだろうかと思えば、次の瞬間には大粒の水滴が空から落ちてきた。
通りを歩く人々は急な雨に驚いて一斉に走り出し、雨を避けれる幕のない露天商たちは大慌てで店仕舞いにかかる。
あっという間に大通りから人気はなくなり、程なくして雨は滝となって宿へ帰ろうとしていたレティシアを足止めさせた。
「あー……」
いくらなんでも、この雨の中を宿まで走って行くのは躊躇われた。
ずぶ濡れになった姿を見た仲間(主にレムオンだが)に目くじらを立てて小言を言われるのが容易に想像できる。ついつい苦笑が零れた。
雨が弱くなるまで待とうと考えてしばらく軒下を借りていたが、一向に弱くなる気配はない。それどころか強くなる一方だ。
仕方なく鍛冶屋の主に傘を貸してもらえるように頼もうと決めたところで、こちらに走ってくる人影を認めた。
その人影が想像すらつかなかった人物で、レティシアはぽかんと口を開けてしまった。
「なんだ。その顔は」
「だって走って来たから。いえ、それ以前に、何でここに」
「見てわからんのか」
男の姿を、さした傘のてっぺんから雨に濡れた爪先までを凝視する。
右手には黒い大きな傘。荷物の中には雨合羽はあるが、傘はなかったはずだ。おそらく、宿の主に借りたものだろう。
旅をするようになってからは下ろされていた長い髪は、珍しく以前の様に一つに束ねられている。そう言えば雨の度に髪が広がって鬱陶しそうにしていたっけ、と思い出す。
走ったせいなのか、呼吸に若干の乱れが見られた。
腰にいつもはいている双剣が見当たらず、慌てて出て来たのかと思い、すぐに「いやまさかそんな馬鹿な」とその考えを打ち消した。
確かにここ最近は少し角がとれて丸くなったような気がするし、なんだか命のやり取りをしていた最中に愛の告白めいたものを受けたような気もするが、それでもレティシアの考えるような事は天地がひっくり返りでもしなければ起こりそうにない。彼がそんなことをするような人間にはとても思えないのだ。
それでも他の理由が思いつかなかったし、レティシア自身がそうであってほしいと願っていたので恐る恐る尋ねてみた。
「……自惚れかもしれませんが、迎えにきてくれたんですか」
「余計だったか」
「いいえ! すごく嬉しいですよ! まさか来てくれるとは思ってなかったし」
「ならばかえ……む」
「兄上?」
男は不自然に動きと言葉を止めた。
顔をほんの少し俯けると、己の左手を愕然と凝視する。
持っている筈だった傘が、ない。忘れたのだ。
にわかにレムオンの顔が赤くなり、恥ずかしそうに明後日の方向を向いた。
「……傘を取りに戻る。少し待っていろ」
「ああ待って待って!」
レティシアは、レムオンの差す傘の中に飛び込んだ。
それに驚いて男は反射的に体を退いた。傘だけはレティシアが濡れないようにとしたのか、彼女の頭上にあった。
「ダメですよ。離れると、どっちかが濡れちゃう」
レムオンが体を退けないように腕を絡めた。自然と胸を押し付ける形になる。
やっておきながら己の行動が大胆だったことに気付いて、顔が熱くなった。なんだか気恥ずかしくて、彼の顔を直視できない。
それでも気になってちらりと覗き見れば、頬に赤みがさして目がきょろきょろとせわしなく泳いでいる。
くっついた体は緊張しているのかこわばっている。
普段は感情を表に出さない彼がうろたえているのが良く分かった。
きっと自分も同じようになっているだろうなと思い、レティシアはそっと微笑んだ。
「寒いし。こっちのがいいです」
「……そう、か。行くぞ」
がちがちに固まったままぎこちなく、二人は歩き出した。
雨が降って寒いはずのに、心も体も溶けてしまいそうに熱かった。
2008.03.29
修正
2008.03.21
初出 ブログにて
愛用している双剣の片方が刃こぼれを起こした。
同じ双剣使いである義兄にしこたま怒られて鍛冶屋に修理に出したのが昨日。
春らしい暖かな風と柔らかな陽光が爽やかな今日、レティシアは一人で鍛冶屋に預けた剣を引き取りにきた。
こぼれた刃はすっかり元通りだったし、白刃に曇りもない。
鍛冶師の腕に満足して少し多めに代金を渡して店を出ると、つい先程まで晴天だった空はいつの間にか黒い雲が重く垂れ込めていた。吹く風からは春めいた暖かさが消え、湿気を孕んで冷たい。
一雨くるだろうかと思えば、次の瞬間には大粒の水滴が空から落ちてきた。
通りを歩く人々は急な雨に驚いて一斉に走り出し、雨を避けれる幕のない露天商たちは大慌てで店仕舞いにかかる。
あっという間に大通りから人気はなくなり、程なくして雨は滝となって宿へ帰ろうとしていたレティシアを足止めさせた。
「あー……」
いくらなんでも、この雨の中を宿まで走って行くのは躊躇われた。
ずぶ濡れになった姿を見た仲間(主にレムオンだが)に目くじらを立てて小言を言われるのが容易に想像できる。ついつい苦笑が零れた。
雨が弱くなるまで待とうと考えてしばらく軒下を借りていたが、一向に弱くなる気配はない。それどころか強くなる一方だ。
仕方なく鍛冶屋の主に傘を貸してもらえるように頼もうと決めたところで、こちらに走ってくる人影を認めた。
その人影が想像すらつかなかった人物で、レティシアはぽかんと口を開けてしまった。
「なんだ。その顔は」
「だって走って来たから。いえ、それ以前に、何でここに」
「見てわからんのか」
男の姿を、さした傘のてっぺんから雨に濡れた爪先までを凝視する。
右手には黒い大きな傘。荷物の中には雨合羽はあるが、傘はなかったはずだ。おそらく、宿の主に借りたものだろう。
旅をするようになってからは下ろされていた長い髪は、珍しく以前の様に一つに束ねられている。そう言えば雨の度に髪が広がって鬱陶しそうにしていたっけ、と思い出す。
走ったせいなのか、呼吸に若干の乱れが見られた。
腰にいつもはいている双剣が見当たらず、慌てて出て来たのかと思い、すぐに「いやまさかそんな馬鹿な」とその考えを打ち消した。
確かにここ最近は少し角がとれて丸くなったような気がするし、なんだか命のやり取りをしていた最中に愛の告白めいたものを受けたような気もするが、それでもレティシアの考えるような事は天地がひっくり返りでもしなければ起こりそうにない。彼がそんなことをするような人間にはとても思えないのだ。
それでも他の理由が思いつかなかったし、レティシア自身がそうであってほしいと願っていたので恐る恐る尋ねてみた。
「……自惚れかもしれませんが、迎えにきてくれたんですか」
「余計だったか」
「いいえ! すごく嬉しいですよ! まさか来てくれるとは思ってなかったし」
「ならばかえ……む」
「兄上?」
男は不自然に動きと言葉を止めた。
顔をほんの少し俯けると、己の左手を愕然と凝視する。
持っている筈だった傘が、ない。忘れたのだ。
にわかにレムオンの顔が赤くなり、恥ずかしそうに明後日の方向を向いた。
「……傘を取りに戻る。少し待っていろ」
「ああ待って待って!」
レティシアは、レムオンの差す傘の中に飛び込んだ。
それに驚いて男は反射的に体を退いた。傘だけはレティシアが濡れないようにとしたのか、彼女の頭上にあった。
「ダメですよ。離れると、どっちかが濡れちゃう」
レムオンが体を退けないように腕を絡めた。自然と胸を押し付ける形になる。
やっておきながら己の行動が大胆だったことに気付いて、顔が熱くなった。なんだか気恥ずかしくて、彼の顔を直視できない。
それでも気になってちらりと覗き見れば、頬に赤みがさして目がきょろきょろとせわしなく泳いでいる。
くっついた体は緊張しているのかこわばっている。
普段は感情を表に出さない彼がうろたえているのが良く分かった。
きっと自分も同じようになっているだろうなと思い、レティシアはそっと微笑んだ。
「寒いし。こっちのがいいです」
「……そう、か。行くぞ」
がちがちに固まったままぎこちなく、二人は歩き出した。
雨が降って寒いはずのに、心も体も溶けてしまいそうに熱かった。
2008.03.29
修正
2008.03.21
初出 ブログにて