【第1話】二千年後のあなたへ
深夢人
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845年
ピチチチ…
『ん…。』
窓の外から響く雀の声で、イヴは目を覚ました。
『ん~~。』
声を出しながら伸びをする。
そのまま上体を起こすと、イヴはベットから起き上がり、身支度を整えた。
玉子とトーストで朝食を済ませると、勢いよく家から出る。
カチャッ
『おはよう。ノアール。』
玄関の施錠を済ませると、家の近くの馬小屋に近づいた。
ブルルルッ
イヴが近付くと、馬にしては大きい、真っ黒な毛並みの美しい馬が首を縦に振った。
イヴはその馬の首元を愛おしそうに撫でると、手綱を引き小屋を出る。
「あら?イヴちゃん?何処かお出掛け?」
声を掛けてきたのは、向かいに住む、シンシアだった。
『はい。シガンシナ区に買い物に。あれ?キールさんは?』
いつもなら、愛しき妻の腰に手を回し、やぁっと声を掛けてくる人がいなかった。
「夫なら、今日から2日間、壁の上よ。」
そう言うシンシアの表情は、何処となく寂しそうである。
『そうですか…駐屯兵も大変ですね。』
イヴはそれに対して、微笑を返すことしか出来ない。
シンシアの夫、キールは駐屯兵団に所属していた。
兵団は他にも調査兵団と憲兵団があるらしい。
12歳以上になった者は、訓練兵に志願できる。
そして訓練兵は成績を競い合い、上位10名に入った者だけが、憲兵団に入れるとの話だ。
憲兵団は内地での生活を約束されていると聞く。
ウォール・マリア、ウォール・ローゼに比べ、ウォール・シータ…つまり内地での生活は快適だという噂だ。
(まぁ、あくまで噂…だけどね。)
イヴはそこまで考えを巡らせると、表情を曇らせた。
ブルルルッ
それを感じたのか、ノアールはイヴの肩を甘噛みする。
その行動に、イヴは感謝の気持ちを込めて、ノアールを撫でた。
「イヴちゃん。お願いがあるんだけど…。」
ノアールを撫でていた、手が止まる。
『はい。何でしょう?』
「シガンシナ区に行くのよね?」
『えぇ。』
「悪いんだけど、イェーガー先生のところに行って、夫の常備薬を貰ってきてくれないかしら?」
『常備薬って、例の偏頭痛のですか?』
「えぇ。ダメかしら?」
『いえ。かまいませんよ。』
イヴはニッコリと微笑んだ。
その微笑みを見て、シンシアも嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ちょっと待っててね。」
シンシアはそう言い残すと、自身の家に姿を消した。
そして、慌てた様子で戻ってくる。
「はい。これはイェーガー先生に渡してね。」
シンシアはそう言いながら、メモ書きをイヴに渡す。
「それと、お金ね。」
シンシアの渡してきたお金を見て、イヴは少し驚く。
(偏頭痛のお薬って高いんだな。)
そんなことを考えていると
「それで、何か好きなものでも買ってきてね。」
と、満面の笑みでシンシアが言った。
……………………………………。
『え?』
「だから、好きなものでも買ってきてね。」
そこでイヴはようやく気が付いた。
薬のお金だけではないことを。
『いやっ!良いです。そんなっ!』
手と首を横に振り、イヴは拒否する。
「だめよっ!お使い頼んだんだから、これくらい貰ってちょうだい。」
返そうとするイヴの手をシンシアは押し返した。
「本当は私が行かなくちゃいけないところを頼んでいるんだからっ!」
『シンシアさんは、お腹に赤ちゃんいるんですから、これぐらい言ってもらわないとっ!』
イヴも必死に返すが、シンシアの方が力強く、押し返せなかった。
「じゃあっ!私も後ろに乗って行くわっ!」
『えぇっ!?ん~~~………、分かりました。お金頂いていきます。』
妊婦を馬に乗せるわけにはいかないと、イヴは諦めるしかなかった。
「それで良いのよ。それで。」
押しに勝ったシンシアは、何故か嬉しそうだ。
『…………クスッ。じゃあ、行ってきます。』
イヴは笑みを浮かべながら、馬の背中に飛び乗った。
「あっ!!」
馬の腹を蹴ろうとした瞬間、シンシアが声を上げる。
『どうかしました?』
「イェーガー先生の家までの地図書くの忘れていたわ。」
シンシアがそう言って、慌てて家に戻ろうとするのをイヴは止めた。
『大丈夫です。知ってます。』
「そうなの?」
『はい。以前、お世話になっていますし、今も時々会ってますので。』
イヴはそこまで言うと、馬の腹を蹴った。
『では、行ってきます。』
「あっ、行ってらっしゃい。」
手を振るシンシアに向かって、イヴは笑顔を返すと、走り出した。
シガンシナ区へ繋がる門を見ながら、イヴは一人呟く。
『あの子達、元気にしてるかな。』