短編・中編
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アンバランス
本日快晴。時計の針は、待ち合わせ時間の正午調度を指している。
10m先には待ち合わせしている男の子の姿が見え、私は思わず近くの物陰に隠れた。
改めて遠くから見ても一際輝いて見える黄瀬くんは、さすがモデルだ。
スラリと長い手足、綺麗に脱色した髪、私服姿は一段とカッコいい。
変装もなしに待ち合わせ場所にいるものだから、ファンに声をかけれたり、ナンパされたり、サインを頼まれたりしている。
「人と待ち合わせしているから」と適当にあしらって苦笑いしているのが遠目でも確認できた。
……はぁ。
直視できず、私は下を向いてため息をついた。なぜ、私なのだ。
黄瀬くんが待ち合わせ場所に立っているという事実だけで相当目立つのに、後からやってくる女がこの平々凡々の私だ。
もっと早く家を出て、なんだったら1時間以上前から私がその待ち合わせ場所に立っているべきだった。
彼が後からやって来て、さっさと場所を移動してしまえば最小限の注目で済むというのに。
待ち合わせ時刻ピッタリに到着しようとしたら、すでに黄瀬くんが居て、集めなくてもいい注目をここぞとばかりに集めていた。
周囲からは、こんなカッコイイ人が待ち合わせている人はどんな子なのだろう?と興味津々のご様子だ。
ファンらしき子も、黄瀬くんをナンパして断られてた子も、チラチラと彼の方を見てその場から離れないのだ。確実に待ち合わせ現場を見たくて動かないのだろう。
私が大手を振って「おまたせ!」などと陽気にやって来てみたら、それはもうチクチクとした視線が一気に降り注ぐだろう。
『この彼氏にしてこの彼女?釣り合わなさすぎ』っていう感じの、分かりやすい視線が。
別に彼女たちが悪いわけじゃない。私だってきっと同じような人を見かけたら、そう思ってしまう側の人間だから分かる。
分かるけども、それに耐えられるかどうかは別の話だ。
……申し訳ないけど、帰ろう。
初デートだというのに、こんな理由で待ち合わせ場所に行けないなんて、もっと考えるべきだった。
“モデル”と“一般人”が付き合うということはそういうことだ。そういう引け目も背負っていかなければならないのだ。
誰もが振り向くイケメンに、デートのドタキャンをメールで知らせるなんて、私にはいつか天罰が待っていよう。
「何してんの?」
「げっ!」
不意に上から声がして、私が驚いて顔をあげるとそこにいたのは黄瀬くんだった。
驚いた拍子とはいえ、カエルがつぶれたような声が私の喉から出て黄瀬くんは笑った。
「てゆーか、『げっ!』とは何スか!待ち合わせ時間過ぎてるなーって思ったらこんなところに…」
「いや、まぁ…あはは…」
「…ここで何してたの?」
口ごもって視線をそらすと、黄瀬くんが屈んで顔を覗き込んできた。
けど、その顔も反対にそらすと、私の様子がおかしいことを悟った彼は、両手を掴んできた。
ちょっとやそっと力を入れただけでは解けない程度に強い力で。目が合わせられない。
その瞬間――ああ、勘のいい彼に悟られたなって思って、顔から変な汗が伝った。
目を逸らせないぐらいの近い距離で見つめられて、私はもう嘘はつけないなと観念した。
私から言うまでもなく、黄瀬くんすべてを悟って頷きながら淡々と告げた。
「なるほど、ハイハイ…そーゆーコトね。そんな理由で待ち合わせ場所に来れずに、ここで俺を見てたっスか?」
「う、うん。ごめんなさい。初デートなのに…」
「もぉ、何してんスかぁ…」
ため息をついて、黄瀬くんは眉を八の字にして悲しい表情を見せる。初デート楽しみにしててくれたのだろう。
私がこんな待ち合わせ場所にも行けないような奴で、ガッカリしてる?
解けない手も、逸らせない目も、辛くなってしまった。
これでも、こんなちんちくりんでも黄瀬くんより年上の大学生なんだ。泣きそうだけど、泣かない。それは堪える。泣いたりはしないが、とにかく自分が情けない気持ちでいっぱいになった。
人懐っこくて器用で、カッコイイ年下の男の子に気に入られ、ついには付き合うことになって、どこか有頂天になっていたのだ。
デートに誘われOKして、珍しくめかしこんできたらこのザマだ。『付き合う』、ということをもっと現実的に考えるべきだったんだ。
無理に視線を足元に向けて顔を下げたまま、私は途切れ途切れに話しはじめた。いっそ、こんな私に失望して欲しい。
「やっぱり私が彼女じゃ黄瀬くんに釣り合わないと思うんだ。嫌な思いさせてごめん。やっぱり私じゃ――」
「嫌っスよ。やっと付き合えることになったのに」
私の手を強く握っていたのが解放され、彼のひとまわりも大きな手は私の両頬を包んだ。
下を向いていたのに、無理やり顔を上げられた。途端に、顔が熱くなる。こんな、他の人も居る場所でいったい何を?
目が泳ぐと視界の端にファンらしき人、先程待ち合わせ場所で黄瀬くんに声をかけていた女の子たちが遠巻きにこちらを見ていた。
黄瀬くんが移動して私へ向かっている時から見ていたのだろう。
周りの子が見てるよ?と言っても彼は聞く耳を持たず、お互い息がかかる距離まで顔を近づけている。
身長差があるので、私は上を向きっぱなし、黄瀬くんが下を向きっぱなしだ。この体勢、これじゃまるで――、と考えれば考えるほど顔に血が昇る。
「釣り合うとか釣り合わないとかそんな大事?……全然分かってない」
「き、黄瀬くん…?」
「わかってないならわからせてやる。他の奴らにだって見せ付けてやる」
「ちょ、ちょっと待っ」
「何人に声かけられようと…一人だけッス。俺が待ってたのは―――」
言いかけた言葉ごと、唇に塞がれた。
遠くで女の子たち数名のざわめきが聞こえる。こんな有名な待ち合わせスポットのすぐ近くで、駅構内で、なんたることだ。
私が思っている以上に、彼は私のことを想ってくれていた。しかし、付き合って初デート前にキスだなんて前代未聞だ。
自分が情けなくて悲しい、そんな気持ちごと溶かしてくれるみたい。
長いキスに息が苦しくて胸をドンドン叩いたら、名残惜しそうに唇が離れた。
ぺろりと舌先で下唇を舐められて、私の顔はトマトが爆発したように真っ赤になった。
「…いきなり、ごめん」
謝る黄瀬くんも、私ほどではないが微かに頬が赤らんでいた。
みんな見てるのに。ていうか、こんなの見られて困るのは現役モデルの黄瀬くんの方だろうに。
息を整えてる私を見て黄瀬くんはまた唇が重なりそうなぐらい顔を近づけてきた。
澄んだライトブラウンの瞳の色に、吸い込まれそう。
「ちゃんとわかってくれた?それとも、まだわかんない?俺がどれだけ好きかってこと」
「わ!わ、わかったよもう」
「ほんとに?」
「も、もう釣り合うとか、釣り合わないとか、…言わないから、あの、勘弁してください」
「よしよし、いい子!」
ニコッと、満面の笑みを浮かべて彼は私の頬から手を離した。そしてその手は今度こそ左手を取って歩き出す。
まだ顔の赤みも引いてないし、胸のドキドキも収まっていないのに、もう歩き出すなんて。
「ほらほら、1日なんてあっという間っスよ!ゆっくりなんてしてらんないって!」
波乱の幕開けとなったデートの、はじまりはじまり。繋いだ手は、もう離してはくれないだろう。
本日快晴。時計の針は、待ち合わせ時間の正午調度を指している。
10m先には待ち合わせしている男の子の姿が見え、私は思わず近くの物陰に隠れた。
改めて遠くから見ても一際輝いて見える黄瀬くんは、さすがモデルだ。
スラリと長い手足、綺麗に脱色した髪、私服姿は一段とカッコいい。
変装もなしに待ち合わせ場所にいるものだから、ファンに声をかけれたり、ナンパされたり、サインを頼まれたりしている。
「人と待ち合わせしているから」と適当にあしらって苦笑いしているのが遠目でも確認できた。
……はぁ。
直視できず、私は下を向いてため息をついた。なぜ、私なのだ。
黄瀬くんが待ち合わせ場所に立っているという事実だけで相当目立つのに、後からやってくる女がこの平々凡々の私だ。
もっと早く家を出て、なんだったら1時間以上前から私がその待ち合わせ場所に立っているべきだった。
彼が後からやって来て、さっさと場所を移動してしまえば最小限の注目で済むというのに。
待ち合わせ時刻ピッタリに到着しようとしたら、すでに黄瀬くんが居て、集めなくてもいい注目をここぞとばかりに集めていた。
周囲からは、こんなカッコイイ人が待ち合わせている人はどんな子なのだろう?と興味津々のご様子だ。
ファンらしき子も、黄瀬くんをナンパして断られてた子も、チラチラと彼の方を見てその場から離れないのだ。確実に待ち合わせ現場を見たくて動かないのだろう。
私が大手を振って「おまたせ!」などと陽気にやって来てみたら、それはもうチクチクとした視線が一気に降り注ぐだろう。
『この彼氏にしてこの彼女?釣り合わなさすぎ』っていう感じの、分かりやすい視線が。
別に彼女たちが悪いわけじゃない。私だってきっと同じような人を見かけたら、そう思ってしまう側の人間だから分かる。
分かるけども、それに耐えられるかどうかは別の話だ。
……申し訳ないけど、帰ろう。
初デートだというのに、こんな理由で待ち合わせ場所に行けないなんて、もっと考えるべきだった。
“モデル”と“一般人”が付き合うということはそういうことだ。そういう引け目も背負っていかなければならないのだ。
誰もが振り向くイケメンに、デートのドタキャンをメールで知らせるなんて、私にはいつか天罰が待っていよう。
「何してんの?」
「げっ!」
不意に上から声がして、私が驚いて顔をあげるとそこにいたのは黄瀬くんだった。
驚いた拍子とはいえ、カエルがつぶれたような声が私の喉から出て黄瀬くんは笑った。
「てゆーか、『げっ!』とは何スか!待ち合わせ時間過ぎてるなーって思ったらこんなところに…」
「いや、まぁ…あはは…」
「…ここで何してたの?」
口ごもって視線をそらすと、黄瀬くんが屈んで顔を覗き込んできた。
けど、その顔も反対にそらすと、私の様子がおかしいことを悟った彼は、両手を掴んできた。
ちょっとやそっと力を入れただけでは解けない程度に強い力で。目が合わせられない。
その瞬間――ああ、勘のいい彼に悟られたなって思って、顔から変な汗が伝った。
目を逸らせないぐらいの近い距離で見つめられて、私はもう嘘はつけないなと観念した。
私から言うまでもなく、黄瀬くんすべてを悟って頷きながら淡々と告げた。
「なるほど、ハイハイ…そーゆーコトね。そんな理由で待ち合わせ場所に来れずに、ここで俺を見てたっスか?」
「う、うん。ごめんなさい。初デートなのに…」
「もぉ、何してんスかぁ…」
ため息をついて、黄瀬くんは眉を八の字にして悲しい表情を見せる。初デート楽しみにしててくれたのだろう。
私がこんな待ち合わせ場所にも行けないような奴で、ガッカリしてる?
解けない手も、逸らせない目も、辛くなってしまった。
これでも、こんなちんちくりんでも黄瀬くんより年上の大学生なんだ。泣きそうだけど、泣かない。それは堪える。泣いたりはしないが、とにかく自分が情けない気持ちでいっぱいになった。
人懐っこくて器用で、カッコイイ年下の男の子に気に入られ、ついには付き合うことになって、どこか有頂天になっていたのだ。
デートに誘われOKして、珍しくめかしこんできたらこのザマだ。『付き合う』、ということをもっと現実的に考えるべきだったんだ。
無理に視線を足元に向けて顔を下げたまま、私は途切れ途切れに話しはじめた。いっそ、こんな私に失望して欲しい。
「やっぱり私が彼女じゃ黄瀬くんに釣り合わないと思うんだ。嫌な思いさせてごめん。やっぱり私じゃ――」
「嫌っスよ。やっと付き合えることになったのに」
私の手を強く握っていたのが解放され、彼のひとまわりも大きな手は私の両頬を包んだ。
下を向いていたのに、無理やり顔を上げられた。途端に、顔が熱くなる。こんな、他の人も居る場所でいったい何を?
目が泳ぐと視界の端にファンらしき人、先程待ち合わせ場所で黄瀬くんに声をかけていた女の子たちが遠巻きにこちらを見ていた。
黄瀬くんが移動して私へ向かっている時から見ていたのだろう。
周りの子が見てるよ?と言っても彼は聞く耳を持たず、お互い息がかかる距離まで顔を近づけている。
身長差があるので、私は上を向きっぱなし、黄瀬くんが下を向きっぱなしだ。この体勢、これじゃまるで――、と考えれば考えるほど顔に血が昇る。
「釣り合うとか釣り合わないとかそんな大事?……全然分かってない」
「き、黄瀬くん…?」
「わかってないならわからせてやる。他の奴らにだって見せ付けてやる」
「ちょ、ちょっと待っ」
「何人に声かけられようと…一人だけッス。俺が待ってたのは―――」
言いかけた言葉ごと、唇に塞がれた。
遠くで女の子たち数名のざわめきが聞こえる。こんな有名な待ち合わせスポットのすぐ近くで、駅構内で、なんたることだ。
私が思っている以上に、彼は私のことを想ってくれていた。しかし、付き合って初デート前にキスだなんて前代未聞だ。
自分が情けなくて悲しい、そんな気持ちごと溶かしてくれるみたい。
長いキスに息が苦しくて胸をドンドン叩いたら、名残惜しそうに唇が離れた。
ぺろりと舌先で下唇を舐められて、私の顔はトマトが爆発したように真っ赤になった。
「…いきなり、ごめん」
謝る黄瀬くんも、私ほどではないが微かに頬が赤らんでいた。
みんな見てるのに。ていうか、こんなの見られて困るのは現役モデルの黄瀬くんの方だろうに。
息を整えてる私を見て黄瀬くんはまた唇が重なりそうなぐらい顔を近づけてきた。
澄んだライトブラウンの瞳の色に、吸い込まれそう。
「ちゃんとわかってくれた?それとも、まだわかんない?俺がどれだけ好きかってこと」
「わ!わ、わかったよもう」
「ほんとに?」
「も、もう釣り合うとか、釣り合わないとか、…言わないから、あの、勘弁してください」
「よしよし、いい子!」
ニコッと、満面の笑みを浮かべて彼は私の頬から手を離した。そしてその手は今度こそ左手を取って歩き出す。
まだ顔の赤みも引いてないし、胸のドキドキも収まっていないのに、もう歩き出すなんて。
「ほらほら、1日なんてあっという間っスよ!ゆっくりなんてしてらんないって!」
波乱の幕開けとなったデートの、はじまりはじまり。繋いだ手は、もう離してはくれないだろう。