短編・中編
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One spring day
-1.約束- ※夢主視点
――『おおきくなったら、琴音をぼくのおよめさんにします』
白い肌、桃色の頬が何とも可愛らしい少年は、真剣な眼差しを向けて私に告げた。
アクアブルー瞳の中に強い意志を感じて、私は3つも年下の幼馴染みに胸の高鳴りを覚えた。
そして一度だけゆっくりと頷いた。するとテっちゃんはニッコリと微笑んで頷き返した。
その顔がまるで天使みたいで、この子は私が傍にいて守ってあげなくちゃという使命感に駆られる。
信じてるよ。何年経ってもその言葉を信じて待つと、誓うよ。
8歳の時の出来事を夢に見て目を覚ます朝が、毎年春になると一度は訪れた。
夢は意図して見れるものではないから、理由は何故だかわからない。
忘れないでと暗示のような夢…毎年のことなので特に寝起きに驚いたりもしなかった。
窓からカーテン越しに差し込む日差しが眩しくて私は再び目を閉じて微睡む。と、同時に携帯の目覚ましアラームが鳴った。
二度寝したら遅刻しちゃうから、しぶしぶ起きなくては。春眠暁を覚えずという言葉が昔からあるが本当にその通りだ。
春は動くことを辞め、全員で本能のまま惰眠を貪ることを許可する法律があればいいのにと思う。
顔を洗って無理矢理シャキッとしてから、朝ご飯を食べてすぐに制服に着替えなくちゃ。
季節は桜舞う春――、今日から私は高校二年生だ。
去年の今頃は初めて通う高校に緊張もしたが、1年経ってしまえばその生活にあっと言う間に慣れていく。
新しい友達も出来たし、勉強もそれなりに、部活もはじめてそこそこ充実した高校生活を送っている。
今日はクラス替えの発表があるので仲の良い友達と同じクラスになれるかどうか、ちょっと不安だ。
「いってきまーす!」
足早に家を出て向かうは駅――、ではなく、すぐ隣の家の玄関。インターホンを押す前にガチャリとドアが開いて、私が待っていた人物が現れた。
年下の幼馴染みの黒子テツヤくん。通称、テっちゃん。
白いブレザーに水色のシャツ、紺色のネクタイ。いつ見ても高貴な印象を受ける制服だなぁと思った。
この制服だけでどこの学校が分かるほど、テっちゃんが通う帝光中は有名なマンモス校だ。
迎えに来た私の顔を見るなり彼は安堵した表情になった。
明らかに分かるものではないが、昔から一緒にいるのでほんの少しの表情の変化にも気づいてしまうのだ。
「テっちゃん、おはよう。今日から中学二年生だね」
「おはようございます。琴音も高校二年生ですね」
フフッと笑う私にテっちゃんは小首を傾げていた。何がおかしいんだろう?と言いたそうにしていたが彼は黙っていた。
…だって、久々に一緒に並んで歩けるのが嬉しくて!
テっちゃんが小学生までは一緒に並んで登校していたし、私が中学に上がってからもそれは変わらなかった。この町の小学校も中学校も近い場所にあったからだ。
しかし、テっちゃんは中学からは私の通ってた近所の学校とは別のところに進学した。
バスケ部に入部してからは朝練があることがしばしば、私も高校からは電車通学になったので昔みたいに並んで歩いて通学できる日は極端に減ってしまったのだ。
新学期の登校日初日は始業式を体育館で行うので朝練がない…っていう情報は、昨日、彼の部屋に遊びに行った時に聞いていた。
だから、途中駅までだけど一緒に行けると思って楽しみにしていたのだ。
「一緒に通学するのすごく久々だね。テっちゃんの顔を見ながら歩けるの嬉しいなぁ」
素直に気持ちを言葉にすると、ため息で返されてしまった。
「何言ってるんですか。夜になると毎日のように僕の部屋に遊びに来てるじゃないですか」
「それはとこれは別だよ。あ、テっちゃんまた背少し伸びたんじゃない?顔も大人びてきたような…」
「またさもらしいことを言って…。毎日見てるだろうから気づかないと思いますよ」
そりゃもっともだ、と私はまた笑ってしまった。
彼の言う通り、一緒に通学できなくなっても夜になると毎日のようにテっちゃんの部屋に遊びに行くので、ほぼ毎日会っていることになる。
私が3才の時にテっちゃんの家の隣に引っ越してきてからもう13年も経ち、両親共にとても仲の良いご近所付き合いをさせてもらっている。
赤ん坊の頃のテっちゃんを抱かせて貰ったとき、こんなに可愛い生き物がこの世にいるのかと子供ながらに感動した記憶がある。
お互い一人っ子だったので家を行き来したり、よくどこかに遊びに行ったりしていた。
友達は友達で別にいたけど、歳の離れた幼馴染は特別な存在だった。それは今でも変わらない。
昔は私の後ろをちょこちょことついてきたり、まるでひよこみたいに可愛かったのに、今では…。
「たくましくなったね。昔はあんなに小さくてね…かわいくてね…」
「何の話ですか?」
ぶつぶつと小声で独り言ちる私に怪訝そうな視線を向けてテっちゃんは再びため息をついた。
相変わらず大きてキレイなアクアブルーの瞳だが、昔の純粋な眼差しはどこへやら。凛とした表情と共に淡々と返されてしまった。
最近のバスケスタイルで『感情をなるべく表に出さないように』と心がけてるみたいだけど、確かにそれは成功しているのかも。
テっちゃんは以前にも増してクールに見える。改めて観察すると、本当にカッコよくなってきてるなぁと感心してしまう。
何でもないよ、と私が言うとテっちゃんは視線を前に戻した。そして淡々とした口調でとんでもないことを告げてきた。
「そういえば、中二病というのがあると青峰くんが言ってました。それって琴音のことですよね」
「えっ、違うよ!私そんな痛い子じゃないよ!?」
拳を胸の前で握って声を荒げると、テっちゃんは小さく笑っていた。あぁ、からかわれたのかと私は唇を尖らせる。
テっちゃんからは中学での話もよく聞いている。例の“青峰くん”とやらが変な知識をテっちゃんに植え付けてるわけだ。
俺のイチオシだぜ!とグラビアが載ってる青年誌を無理矢理貸し付けてきたと、テっちゃんがその雑誌をバカ正直に持って帰ってきたのを発見したときには驚いたものだ。例の青峰くんともいつか会うことがあるんだろうか。
ムスッとして私はおもむろにテっちゃんの顔に手を伸ばすと、彼は避けもせずそれを受け入れた。
「生意気~!」
白くて柔らかい頬をギュッと指で摘むと、テっちゃんは顔をしかめた。
いひゃいれす、と言葉にならない言葉で抗議するも私は離してあげなかった…と思ったら、彼の手も私の顔に伸びてきて頬をつねられた。
い、いひゃい!と今度は私も言葉にならない言葉を発した。
テっちゃんは私のことをおそらく年上だと思っていない。同い年か年下ぐらいの扱いだろうし、彼の敬語は誰にでもなので、特に年上だと敬って使ってるものじゃない。その証拠に口調は敬語でも私の名前は呼び捨てだった。
ただ、それは幼馴染の私だけの特権だ。
テっちゃんから友達のこと、部活のこと、学校での話を聞けば誰の名前も呼び捨てにしていない。
唯一、私だけ、名前を呼び捨てにしてくれている。私がテっちゃんを特別に思っているように、テっちゃんも私を特別に思ってくれているといいな。
とても照れくさくて本人には伝えられないから今はまだ心の奥に秘めておこう。
そんなこんなで朝から歩きながらジャレあってるうちに、乗る電車が到着する時間が近づいていた。
目前の駅までダッシュするも、さすが毎日走り込みをしているだけあってテっちゃんは速かった。
ぜぇぜぇと息が切れてあと一歩遅れたら距離があいてしまう思った矢先、力強く手を引かれた。テっちゃんが私を引っ張って走ってくれている。
「まだ間に合いますよ」
私の知っている幼さは彼にはもう残っていない。
いつも私の後ろをついて回って、大きな犬がいる家の前を通れば私の服の裾を掴んで後ろに隠れていたあの臆病なテっちゃんが、私を引っ張ってくれていた。
それは、毎日のように顔を合わせている日常の中の、些細な出来事ではあった。
ただ、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
いつの間にか、こんなに男らしくなっていたんだね。
春が訪れる度に、一学年上がっていく度に実感する。
こうして傍にいる大切な人と一緒に成長して大人になっていくのかな。それってとても幸せなことだ。
無事に予定通りの電車に乗ることができて安心した。テっちゃんのおかげだ。
車内が混んでいるので私とテっちゃんは向かい合わせに身を寄せ合う形になった。車内で息を整えていると、次の駅でまた人が沢山乗って来た。
人が押し寄せてきたせいで、お互いの息がかかる距離まで顔が近づいて車内の端に追いやられる。すると突然、私を壁際へ寄せてテっちゃんは人の波から庇ってくれた。
さっきも今も、頼もしい男振りにドキドキてしまう。
「ありがとう。テっちゃん優しくて好き好き、大好き!」
「…琴音。外で言うのやめて下さい。すごく恥ずかしいです」
柄にもなく顔を紅潮させたテっちゃんを見て、私は吹き出した。
今更恥ずかしがることもないだろうに。私の『大好き』なんてことあるごとに告げてきてる言葉なのだから。
赤くなってる彼を見ているとからかいたくなるが、それが妙に大人びた表情だったので、テっちゃんが少年から青年への変化を少しだけ垣間見た気がする。
途中駅で降りていくテっちゃんを車窓越しに見送りながら手を振ると、彼も私の方を見て手を振り返してくれた。
始業式の前にお互い無駄に体力を消耗してしまったけど、楽しい朝の時間を過ごせて癒された。
明日からは早々に通常授業に戻るから、テっちゃんはバスケ部の朝練も開始されるだろう。
部活も遅くまであるから帰りの時間もバラける。まぁ、夜は部屋に遊びに行くからいいんだけど、あまりにもテっちゃんが疲れて帰ってきてる時は遊びに行くのも遠慮するようにはしなくちゃ。…本当は毎日、顔が見たいんだけどなぁ。
――次、またこうして並んで歩いて通学出来る日は、いつになるだろう。
だいぶ先になりそうだなぁと、私は虚空をしばらく見つめてから目を閉じて次の季節へ思いを馳せた。
そして今朝見た夢が映画みたいに脳裏のスクリーンに映し出される。
テっちゃんはあの約束、覚えてる?
例えテっちゃんが覚えていなかったとしても、真に受けて信じて待つのも、待つことを誓うのも私の自由だろう。
信じて待つにも時間が経ちすぎて、私はきっと盲目になってる部分がある。
他の人からすればそんな子供の頃の約束を信じてるなんてバカみたいだと笑われるかもしれない。
固執してると笑われたっていい。他人にどう思われたって少しも気にしたりしない。
ただ、テっちゃんも約束を覚えていた時、その約束を信じて待つ私をどんな風にを思うのか――
ずっと傍に居たいと願う私としては、彼の気持ちがとても気になってしまう。
-1.約束- ※夢主視点
――『おおきくなったら、琴音をぼくのおよめさんにします』
白い肌、桃色の頬が何とも可愛らしい少年は、真剣な眼差しを向けて私に告げた。
アクアブルー瞳の中に強い意志を感じて、私は3つも年下の幼馴染みに胸の高鳴りを覚えた。
そして一度だけゆっくりと頷いた。するとテっちゃんはニッコリと微笑んで頷き返した。
その顔がまるで天使みたいで、この子は私が傍にいて守ってあげなくちゃという使命感に駆られる。
信じてるよ。何年経ってもその言葉を信じて待つと、誓うよ。
8歳の時の出来事を夢に見て目を覚ます朝が、毎年春になると一度は訪れた。
夢は意図して見れるものではないから、理由は何故だかわからない。
忘れないでと暗示のような夢…毎年のことなので特に寝起きに驚いたりもしなかった。
窓からカーテン越しに差し込む日差しが眩しくて私は再び目を閉じて微睡む。と、同時に携帯の目覚ましアラームが鳴った。
二度寝したら遅刻しちゃうから、しぶしぶ起きなくては。春眠暁を覚えずという言葉が昔からあるが本当にその通りだ。
春は動くことを辞め、全員で本能のまま惰眠を貪ることを許可する法律があればいいのにと思う。
顔を洗って無理矢理シャキッとしてから、朝ご飯を食べてすぐに制服に着替えなくちゃ。
季節は桜舞う春――、今日から私は高校二年生だ。
去年の今頃は初めて通う高校に緊張もしたが、1年経ってしまえばその生活にあっと言う間に慣れていく。
新しい友達も出来たし、勉強もそれなりに、部活もはじめてそこそこ充実した高校生活を送っている。
今日はクラス替えの発表があるので仲の良い友達と同じクラスになれるかどうか、ちょっと不安だ。
「いってきまーす!」
足早に家を出て向かうは駅――、ではなく、すぐ隣の家の玄関。インターホンを押す前にガチャリとドアが開いて、私が待っていた人物が現れた。
年下の幼馴染みの黒子テツヤくん。通称、テっちゃん。
白いブレザーに水色のシャツ、紺色のネクタイ。いつ見ても高貴な印象を受ける制服だなぁと思った。
この制服だけでどこの学校が分かるほど、テっちゃんが通う帝光中は有名なマンモス校だ。
迎えに来た私の顔を見るなり彼は安堵した表情になった。
明らかに分かるものではないが、昔から一緒にいるのでほんの少しの表情の変化にも気づいてしまうのだ。
「テっちゃん、おはよう。今日から中学二年生だね」
「おはようございます。琴音も高校二年生ですね」
フフッと笑う私にテっちゃんは小首を傾げていた。何がおかしいんだろう?と言いたそうにしていたが彼は黙っていた。
…だって、久々に一緒に並んで歩けるのが嬉しくて!
テっちゃんが小学生までは一緒に並んで登校していたし、私が中学に上がってからもそれは変わらなかった。この町の小学校も中学校も近い場所にあったからだ。
しかし、テっちゃんは中学からは私の通ってた近所の学校とは別のところに進学した。
バスケ部に入部してからは朝練があることがしばしば、私も高校からは電車通学になったので昔みたいに並んで歩いて通学できる日は極端に減ってしまったのだ。
新学期の登校日初日は始業式を体育館で行うので朝練がない…っていう情報は、昨日、彼の部屋に遊びに行った時に聞いていた。
だから、途中駅までだけど一緒に行けると思って楽しみにしていたのだ。
「一緒に通学するのすごく久々だね。テっちゃんの顔を見ながら歩けるの嬉しいなぁ」
素直に気持ちを言葉にすると、ため息で返されてしまった。
「何言ってるんですか。夜になると毎日のように僕の部屋に遊びに来てるじゃないですか」
「それはとこれは別だよ。あ、テっちゃんまた背少し伸びたんじゃない?顔も大人びてきたような…」
「またさもらしいことを言って…。毎日見てるだろうから気づかないと思いますよ」
そりゃもっともだ、と私はまた笑ってしまった。
彼の言う通り、一緒に通学できなくなっても夜になると毎日のようにテっちゃんの部屋に遊びに行くので、ほぼ毎日会っていることになる。
私が3才の時にテっちゃんの家の隣に引っ越してきてからもう13年も経ち、両親共にとても仲の良いご近所付き合いをさせてもらっている。
赤ん坊の頃のテっちゃんを抱かせて貰ったとき、こんなに可愛い生き物がこの世にいるのかと子供ながらに感動した記憶がある。
お互い一人っ子だったので家を行き来したり、よくどこかに遊びに行ったりしていた。
友達は友達で別にいたけど、歳の離れた幼馴染は特別な存在だった。それは今でも変わらない。
昔は私の後ろをちょこちょことついてきたり、まるでひよこみたいに可愛かったのに、今では…。
「たくましくなったね。昔はあんなに小さくてね…かわいくてね…」
「何の話ですか?」
ぶつぶつと小声で独り言ちる私に怪訝そうな視線を向けてテっちゃんは再びため息をついた。
相変わらず大きてキレイなアクアブルーの瞳だが、昔の純粋な眼差しはどこへやら。凛とした表情と共に淡々と返されてしまった。
最近のバスケスタイルで『感情をなるべく表に出さないように』と心がけてるみたいだけど、確かにそれは成功しているのかも。
テっちゃんは以前にも増してクールに見える。改めて観察すると、本当にカッコよくなってきてるなぁと感心してしまう。
何でもないよ、と私が言うとテっちゃんは視線を前に戻した。そして淡々とした口調でとんでもないことを告げてきた。
「そういえば、中二病というのがあると青峰くんが言ってました。それって琴音のことですよね」
「えっ、違うよ!私そんな痛い子じゃないよ!?」
拳を胸の前で握って声を荒げると、テっちゃんは小さく笑っていた。あぁ、からかわれたのかと私は唇を尖らせる。
テっちゃんからは中学での話もよく聞いている。例の“青峰くん”とやらが変な知識をテっちゃんに植え付けてるわけだ。
俺のイチオシだぜ!とグラビアが載ってる青年誌を無理矢理貸し付けてきたと、テっちゃんがその雑誌をバカ正直に持って帰ってきたのを発見したときには驚いたものだ。例の青峰くんともいつか会うことがあるんだろうか。
ムスッとして私はおもむろにテっちゃんの顔に手を伸ばすと、彼は避けもせずそれを受け入れた。
「生意気~!」
白くて柔らかい頬をギュッと指で摘むと、テっちゃんは顔をしかめた。
いひゃいれす、と言葉にならない言葉で抗議するも私は離してあげなかった…と思ったら、彼の手も私の顔に伸びてきて頬をつねられた。
い、いひゃい!と今度は私も言葉にならない言葉を発した。
テっちゃんは私のことをおそらく年上だと思っていない。同い年か年下ぐらいの扱いだろうし、彼の敬語は誰にでもなので、特に年上だと敬って使ってるものじゃない。その証拠に口調は敬語でも私の名前は呼び捨てだった。
ただ、それは幼馴染の私だけの特権だ。
テっちゃんから友達のこと、部活のこと、学校での話を聞けば誰の名前も呼び捨てにしていない。
唯一、私だけ、名前を呼び捨てにしてくれている。私がテっちゃんを特別に思っているように、テっちゃんも私を特別に思ってくれているといいな。
とても照れくさくて本人には伝えられないから今はまだ心の奥に秘めておこう。
そんなこんなで朝から歩きながらジャレあってるうちに、乗る電車が到着する時間が近づいていた。
目前の駅までダッシュするも、さすが毎日走り込みをしているだけあってテっちゃんは速かった。
ぜぇぜぇと息が切れてあと一歩遅れたら距離があいてしまう思った矢先、力強く手を引かれた。テっちゃんが私を引っ張って走ってくれている。
「まだ間に合いますよ」
私の知っている幼さは彼にはもう残っていない。
いつも私の後ろをついて回って、大きな犬がいる家の前を通れば私の服の裾を掴んで後ろに隠れていたあの臆病なテっちゃんが、私を引っ張ってくれていた。
それは、毎日のように顔を合わせている日常の中の、些細な出来事ではあった。
ただ、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
いつの間にか、こんなに男らしくなっていたんだね。
春が訪れる度に、一学年上がっていく度に実感する。
こうして傍にいる大切な人と一緒に成長して大人になっていくのかな。それってとても幸せなことだ。
無事に予定通りの電車に乗ることができて安心した。テっちゃんのおかげだ。
車内が混んでいるので私とテっちゃんは向かい合わせに身を寄せ合う形になった。車内で息を整えていると、次の駅でまた人が沢山乗って来た。
人が押し寄せてきたせいで、お互いの息がかかる距離まで顔が近づいて車内の端に追いやられる。すると突然、私を壁際へ寄せてテっちゃんは人の波から庇ってくれた。
さっきも今も、頼もしい男振りにドキドキてしまう。
「ありがとう。テっちゃん優しくて好き好き、大好き!」
「…琴音。外で言うのやめて下さい。すごく恥ずかしいです」
柄にもなく顔を紅潮させたテっちゃんを見て、私は吹き出した。
今更恥ずかしがることもないだろうに。私の『大好き』なんてことあるごとに告げてきてる言葉なのだから。
赤くなってる彼を見ているとからかいたくなるが、それが妙に大人びた表情だったので、テっちゃんが少年から青年への変化を少しだけ垣間見た気がする。
途中駅で降りていくテっちゃんを車窓越しに見送りながら手を振ると、彼も私の方を見て手を振り返してくれた。
始業式の前にお互い無駄に体力を消耗してしまったけど、楽しい朝の時間を過ごせて癒された。
明日からは早々に通常授業に戻るから、テっちゃんはバスケ部の朝練も開始されるだろう。
部活も遅くまであるから帰りの時間もバラける。まぁ、夜は部屋に遊びに行くからいいんだけど、あまりにもテっちゃんが疲れて帰ってきてる時は遊びに行くのも遠慮するようにはしなくちゃ。…本当は毎日、顔が見たいんだけどなぁ。
――次、またこうして並んで歩いて通学出来る日は、いつになるだろう。
だいぶ先になりそうだなぁと、私は虚空をしばらく見つめてから目を閉じて次の季節へ思いを馳せた。
そして今朝見た夢が映画みたいに脳裏のスクリーンに映し出される。
テっちゃんはあの約束、覚えてる?
例えテっちゃんが覚えていなかったとしても、真に受けて信じて待つのも、待つことを誓うのも私の自由だろう。
信じて待つにも時間が経ちすぎて、私はきっと盲目になってる部分がある。
他の人からすればそんな子供の頃の約束を信じてるなんてバカみたいだと笑われるかもしれない。
固執してると笑われたっていい。他人にどう思われたって少しも気にしたりしない。
ただ、テっちゃんも約束を覚えていた時、その約束を信じて待つ私をどんな風にを思うのか――
ずっと傍に居たいと願う私としては、彼の気持ちがとても気になってしまう。