短編・中編
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enigmatic feeling
インターハイは洛山高校が難なく連覇し、それでも慢心することなくバスケ部はいつもと変わらない練習をこなしていた。夏休みも終わり二学期が始まってあっという間に秋が過ぎ――冬の訪れを感じるぐらいの肌寒さになった頃、部活後の寄り道チャンスは唐突に訪れる。
体育館の空調機器が調子が悪くなったとのことで、業者の点検が入るため部活がいつもより早く終わったのだ。
授業が終われば空が暗くなるまで部活の毎日で、寄り道する事はほとんど出来ないものの、たまにその機会が訪れれば不謹慎ながらも心が躍った。
制服に着替えて、そそくさと女子更衣室を出たところで私を呼び止めたのは赤司くんだった。
「琴音、楽しそうだね」
その声は凛とした中にも柔らかさがあるようで、名前を呼ばれる度にくすぐったい気持ちになる。残暑の夕方の空は橙色も見えず昼のような明るさで、彼の端正な顔立ちもよく見えた。燃えるような赤い髪が綺麗で、意図せず視線を奪われる。
「これからフードコートに寄り道しようと思って」
楽しみで待ちきれない!という気持ちが顔にも出てしまっていたんだろうなぁ。なにせ寄り道なんて久々だから。お昼休みに食べたお弁当など既に消化しきっている。
フードコートに思いを馳せていた為にお腹がぐう、とフライング気味に鳴った。
その音に導かれたワケではないが、赤司くんの後方から玲央くんと葉山もやって来て、私は何となく三人に囲まれてしまう形になった。
「僕も行こう」
「え、ホントに!?」
赤司くんの意外すぎる言葉に私は目を丸くした。『フードコート』…おそらく赤司くんレベルの人は行ったことないような庶民派のお食事処だ。未知の世界の開拓がてらだろうか。
既に彼も制服姿に鞄を持っていたので、その姿は部活や生徒会のお仕事を終えて今に至るることを意味していた。
あらあら何の話?と玲央くんに聞かれたので説明すると、彼がリアクションする前に葉山が「俺も行く!」と先に声を上げた。前のめりな葉山を横目に玲央くんはため息をついてから、右手をひらりと挙げて参加の意を示していた。しかし一つ懸念している事がある。
「でも、みんなは寮の夕飯があるのに大丈夫?赤司くんだってお家のおごはんが…」
私以外の三人はもともと都内出身。玲央くんと葉山は学生寮から、赤司くんは京都の別宅から通っているらしい。寮の食堂では朝・晩と食事が提供されているはずだし、赤司くんもきっと専属料理人がバランスの良い食事を用意しているだろう。
「問題ない。飲み物だけ頼むようにするよ」
「私も大丈夫よ。たまには気分転換もしたいし。それに、寮の夕飯もあらかじめ要らないって連絡しておけば問題ないのよ」
「ま、俺は何食べても寮に帰るころにはまたお腹空いてるからいいけどさー」
それならよかったと安堵し、四人で行くことがあっさりと決定した。
私も葉山同様、すぐ空腹になる。燃費が悪い車のように。永吉くんほど大食いではないが、私もよく食べる方だから。
自覚はしているが、普通の女子よりも多く食べてしまう。お昼ご飯はお弁当ひとつで我慢しているが、一人分じゃまず足りないのだ。
平々凡々な私でも、唯一この持って生まれた“たくさん食べても太りにくい体質”だけは自慢だった。
「…って、二人きりじゃなくていいの?征ちゃん」
「ああ、構わないよ。僕は琴音の事を今より知る事が出来れば、それでいい」
赤司くんは声色も変えずに照れもせずサラリと告げるものだから、私だけ赤面するはめになった。知りたかったのはフードコートではなかったらしい。
玲央くんと葉山には、数か月前に赤司くんが私のことを『貰う』と宣言した場面を目撃されているので、私と彼がどういった関係なのか察している。
物珍しさから赤司くんに気に入られ、それでも私たちが恋人にならないのはまだお互いを深く知らないからだ。
才色兼備の赤司くんは一年にしてバスケ部の主将を務め、部活以外の学校行事でも生徒会に所属し表立って活躍している。趣味や習い事も多く、学業以外の勉強もしてるみたいでとにかく忙しい人なのだ。二人だけで出かける機会もほとんどなく、私から誘う勇気もなく、時間だけが過ぎて秋の終わりが到来した。だから、時々こうやって日常の中でお互いを知っていくしかなかった。
『僕はもっと君を知りたい』だって。
――知ったらガッカリされるかも。
そして、知ってもらって見定めて欲しいと願ってる。ガッカリされるならそれはそれでいい。距離を置かれてしまうよりは、よっぽどマシだ。
・・・
・・・・・
・・・・・・
学校近くのショッピングモール内のフードコートに到着すると、そこそこに混雑していた。平日の夕方だから学生の姿も多い。
はぁ…、久々に来た気がする…!
うっとり周りを見渡せば美味しそうな店舗が並び、円を描くような配置でぐるりと自分を囲んでいる。
高揚する気持ちを抑えてまずは赤司くんを連れて見て回ると、やはり彼は初めて来たみたいで、珍しいものを見たかのように眺めていた。
「こういう形態のレストランがあるのか…」
赤司くんがフードコートに居ることやリアクションが新鮮過ぎて、その様子が可愛く見えて小さく笑ったら頬を優しくつねられてしまった。
「面白いかい?」
「はひ、いや、新鮮だなぁと…」
柔らかさを確かめるように指が動く。瞬きするとすぐに指は離れていったので怒ってはないようだったけど、不意に触れられて心拍数が上がっていく。彼の美しい眼に見つめられ、一瞬、射すくめられたように動けなくなってしまった。
一通りのお店を見て、四人掛けのテーブル席に座り、各々順番で好きなものを買ってくることになった。赤司くんと玲央くんはフードコート中央にあるカフェに寄り、飲み物だけ買ってくるそうだ。葉山はハンバーガーかラーメンのジャンクな二択で迷っているようだった。
私はというと――、全員がテーブルに揃って腰かけたところで買ってきたものをテーブルにドサッと置くと、案の定驚かれた。
今日どうしても寄り道して食べたかったのはたこ焼き。ただ1パックではない。合計5パックをテーブルに並べたところで玲央くんは呆れ声を上げた。
ノーマルのマヨソース、明太マヨ、ねぎのせポン酢、テリたま、明石焼き風…という、お店にある全ての味を1パックずつ頼んで買ってきたのだ。その内、大好きなノーマルとテリたま味だけたくさん入ってるファミリーパックにした。
「もともとこれぐらいの量は一人で食べれるから、買いすぎたわけじゃないよ?」
誰かにツッコまれる前に弁解せねばと先に告げるも、向かいの席に座っている玲央くんと葉山にはジト目を向けられる。表情からウワァ…という冷ややかな声が今にも聞こえてきそうだった。
ただ一人、隣にいる赤司くんだけは不思議そうにたこ焼きを見つめていた。
さすがに初めて見たわけではないだろうけど、彼は食べたことがあるのだろうか。興味本位で聞いてみればやはり「ない」とのことだったので、せっかくだからまずはノーマル味から食べてもらうおうと私は爪楊枝を差し出した。
「征ちゃん無理しないで…!」
「不味かったら飲み込まくていいからな…!」
二人の心配をよそに赤司くんは迷わずたこ焼きを一つ、楊枝で刺した。
「赤司くん、ふーふーしてから食べないと!」
「ふーふー?」
「中が熱々トロトロだから、少し冷ましてねってことだよ」
頷きながら注意を促すと、なるほど、と言ってたこ焼きを息で冷まし始める。ふーふーしてる姿もかっこいい。たこ焼きになりたい。
高貴なお方が庶民の食べ物をはじめて食べる光景たるや。たこ焼きを食べてるだけなのに、色気を感じてしまう。貴重なシーンを見てる事は間違いないと、彼以外の三人の意思が疎通したかのように私たちは無言で赤司くんを見つめた。
「…美味しい。絶妙に癖になる味だ」
「よかった…!」
感想を聞いて何故だか玲央くんと葉山とハイタッチしてしまった。赤司くんに喜んでもらえて純粋に嬉しい気持ちと、貴重なものを見届けた謎の達成感で胸がいっぱいだった。『フードコートは割高だから』と誘ってもあまり来てくれない永吉くんも、今日は誘えばよかったなぁと後悔した。
自分が美味しいと思っているものを、彼にも美味しいと言ってもらって感激してしまう。すごく単純な事なのに何でこんなに気持ちが高ぶるのか、答えはわかっていた。好きという芽生えは既に心の奥底にあったんだ。
よかったら皆もつまんでね、とすすめても三人とも2個つずつくらいしか食べず、残りのたこ焼きはすべて自分で食べることになった。葉山も自分で買ったハンバーガーとポテトを平らげつつなので、さすがにたこ焼きは少しだけでギブアップしていた。
しかし本当にその量を食べられるのか?と二人から訝しげな視線を受けてる間も、赤司くんは真っ直ぐ私を見つめていたので妙に緊張した。
もともと一人で5パック全部食べるつもりだったからこれぐらいわけなかった。当然のようにペロリと完食し、見守っていた玲央くんと葉山を驚かせた。正しくはドン引きさせた。
誰に驚かれても赤司くんに嫌われてなければ別に気にならなかったし、胸もいっぱい、お腹もいっぱいで大満足だ。
「みんなで食べると美味しいね!」
「ほとんどフードファイターの独壇場だったけどな?」
「あんたって子は……、一人でここへ来てドカ食いするつもりだったのね」
コーヒーを飲みながらやはり呆れ口調で玲央くんはため息をついた。
寄り道できるチャンスなんてなかなかないから、たまにたくさん食べたくなる時だってあるじゃないか。部活が忙しくてお小遣いも使いきれずキャリーオーバーしてたから、今日は思う存分食べれて幸せだった。
正直にそう話すと「好物を食べるのはいいけど、問題は量よ!」とツッコまれて、自分の論点がズレていることに気がついた。
やはり大食いは隠した方が生きやすいのか…と、眉間に皺を寄せて思考を巡らせた矢先、すぐにそれはストップしてしまう。
突然の赤司くんの行動によって、思考回路が遮断した。
食べ終えた私の唇の端に付いていたソースを、赤司くんは鞄からティッシュを取り出して拭ってくれたのだ。
「可愛い人だな」
「っ!」
忘れていたわけではないが、後で拭えばいい程度に放っておいたら拭われた。それより、ティッシュ越しに彼の指が私の唇に触った事で、以前にフェイスラインをなぞられて最後に唇を触った仕草を鮮明に思い出した。
急速に、自分の頬が朱に染まっていく。自分の耳が赤くなる音が聴こえるようだった。それ程に体が早く反応したのだ。
「やはり僕の目に狂いはなかった。琴音、キミの事が好きだ」
「えっ」
「正式に僕と付き合って欲しい」
「…あ、は…?」
「僕の命令は絶対だ。いいな?」
「は、はい…私でよければ…」
――いま、ですか?ここで、ですか?
何がキッカケで?口についたソースですか?
半ば混乱したまま、赤司くんの強い意思を感じるハッキリとした声が耳に届いた。
聞き返しようもないほどにストレートな『告白』に、これは現実なのか理解が追い付かずと頭がぼうっとしてしまう。惹かれていた相手からの告白なんて、付き合って欲しいだなんて…どう考えても喜んでいい場面で、ロクに感情を表現できないままたどたどしく返事をするのが精一杯だった。
「ちょっ…今なの!?何が響いたのかわからないけど、早まらないで征ちゃん!」
「早まってなどいないよ。慌て過ぎだ」
「あ、赤司っ、やっぱなーし!ならまだ間に合うぞ!?」
「僕が一度でも間違った事があったか?」
慌てた二人が乱暴に立ち上がり椅子が倒れた音で私はハッとしたが、気づいたらいつの間にか赤司くんに手を握られていた。伝わってくる体温に、再び現実かどうかわからないほどに気持ちがふわふわとどこかへ飛んでいきそうだった。
誰がこんな日になると予想できた?しかも、フードコートでなんて?
告げたくなったから告げる。それがいついかなる時でも、どんな場所だとしても。赤司くんにしてみたら関係ないのだろう。真剣に想いを伝えること以上に大事なことなんて、ないのかも知れない。
「お前たちも理解しただろう、琴音の魅力を。僕が選んだのは彼女だ。撤回など有り得ない」
……理解されたのは私が大食いってことだけです。
「玲央、小太郎。二人には証人になってもらう。交際していることを部内に広めてくれて構わない。琴音に悪い虫がつかないように」
……周囲から見たら私こそが悪い虫です。
どれほど前世で徳を積めば、好きな人からこれだけの幸せな過大評価を受けられるのだろう。玲央くんも葉山もしばらく開いた口が塞がらないといった様子だったけど、私自身も先ほどから口が半開きだ。三人でお揃いの面をしている。
赤司くんだけが美しい顔立ちを保ったままに薄く微笑んでいる。薔薇のような赤い髪は、変わらず綺麗に艶めいていた。
インターハイは洛山高校が難なく連覇し、それでも慢心することなくバスケ部はいつもと変わらない練習をこなしていた。夏休みも終わり二学期が始まってあっという間に秋が過ぎ――冬の訪れを感じるぐらいの肌寒さになった頃、部活後の寄り道チャンスは唐突に訪れる。
体育館の空調機器が調子が悪くなったとのことで、業者の点検が入るため部活がいつもより早く終わったのだ。
授業が終われば空が暗くなるまで部活の毎日で、寄り道する事はほとんど出来ないものの、たまにその機会が訪れれば不謹慎ながらも心が躍った。
制服に着替えて、そそくさと女子更衣室を出たところで私を呼び止めたのは赤司くんだった。
「琴音、楽しそうだね」
その声は凛とした中にも柔らかさがあるようで、名前を呼ばれる度にくすぐったい気持ちになる。残暑の夕方の空は橙色も見えず昼のような明るさで、彼の端正な顔立ちもよく見えた。燃えるような赤い髪が綺麗で、意図せず視線を奪われる。
「これからフードコートに寄り道しようと思って」
楽しみで待ちきれない!という気持ちが顔にも出てしまっていたんだろうなぁ。なにせ寄り道なんて久々だから。お昼休みに食べたお弁当など既に消化しきっている。
フードコートに思いを馳せていた為にお腹がぐう、とフライング気味に鳴った。
その音に導かれたワケではないが、赤司くんの後方から玲央くんと葉山もやって来て、私は何となく三人に囲まれてしまう形になった。
「僕も行こう」
「え、ホントに!?」
赤司くんの意外すぎる言葉に私は目を丸くした。『フードコート』…おそらく赤司くんレベルの人は行ったことないような庶民派のお食事処だ。未知の世界の開拓がてらだろうか。
既に彼も制服姿に鞄を持っていたので、その姿は部活や生徒会のお仕事を終えて今に至るることを意味していた。
あらあら何の話?と玲央くんに聞かれたので説明すると、彼がリアクションする前に葉山が「俺も行く!」と先に声を上げた。前のめりな葉山を横目に玲央くんはため息をついてから、右手をひらりと挙げて参加の意を示していた。しかし一つ懸念している事がある。
「でも、みんなは寮の夕飯があるのに大丈夫?赤司くんだってお家のおごはんが…」
私以外の三人はもともと都内出身。玲央くんと葉山は学生寮から、赤司くんは京都の別宅から通っているらしい。寮の食堂では朝・晩と食事が提供されているはずだし、赤司くんもきっと専属料理人がバランスの良い食事を用意しているだろう。
「問題ない。飲み物だけ頼むようにするよ」
「私も大丈夫よ。たまには気分転換もしたいし。それに、寮の夕飯もあらかじめ要らないって連絡しておけば問題ないのよ」
「ま、俺は何食べても寮に帰るころにはまたお腹空いてるからいいけどさー」
それならよかったと安堵し、四人で行くことがあっさりと決定した。
私も葉山同様、すぐ空腹になる。燃費が悪い車のように。永吉くんほど大食いではないが、私もよく食べる方だから。
自覚はしているが、普通の女子よりも多く食べてしまう。お昼ご飯はお弁当ひとつで我慢しているが、一人分じゃまず足りないのだ。
平々凡々な私でも、唯一この持って生まれた“たくさん食べても太りにくい体質”だけは自慢だった。
「…って、二人きりじゃなくていいの?征ちゃん」
「ああ、構わないよ。僕は琴音の事を今より知る事が出来れば、それでいい」
赤司くんは声色も変えずに照れもせずサラリと告げるものだから、私だけ赤面するはめになった。知りたかったのはフードコートではなかったらしい。
玲央くんと葉山には、数か月前に赤司くんが私のことを『貰う』と宣言した場面を目撃されているので、私と彼がどういった関係なのか察している。
物珍しさから赤司くんに気に入られ、それでも私たちが恋人にならないのはまだお互いを深く知らないからだ。
才色兼備の赤司くんは一年にしてバスケ部の主将を務め、部活以外の学校行事でも生徒会に所属し表立って活躍している。趣味や習い事も多く、学業以外の勉強もしてるみたいでとにかく忙しい人なのだ。二人だけで出かける機会もほとんどなく、私から誘う勇気もなく、時間だけが過ぎて秋の終わりが到来した。だから、時々こうやって日常の中でお互いを知っていくしかなかった。
『僕はもっと君を知りたい』だって。
――知ったらガッカリされるかも。
そして、知ってもらって見定めて欲しいと願ってる。ガッカリされるならそれはそれでいい。距離を置かれてしまうよりは、よっぽどマシだ。
・・・
・・・・・
・・・・・・
学校近くのショッピングモール内のフードコートに到着すると、そこそこに混雑していた。平日の夕方だから学生の姿も多い。
はぁ…、久々に来た気がする…!
うっとり周りを見渡せば美味しそうな店舗が並び、円を描くような配置でぐるりと自分を囲んでいる。
高揚する気持ちを抑えてまずは赤司くんを連れて見て回ると、やはり彼は初めて来たみたいで、珍しいものを見たかのように眺めていた。
「こういう形態のレストランがあるのか…」
赤司くんがフードコートに居ることやリアクションが新鮮過ぎて、その様子が可愛く見えて小さく笑ったら頬を優しくつねられてしまった。
「面白いかい?」
「はひ、いや、新鮮だなぁと…」
柔らかさを確かめるように指が動く。瞬きするとすぐに指は離れていったので怒ってはないようだったけど、不意に触れられて心拍数が上がっていく。彼の美しい眼に見つめられ、一瞬、射すくめられたように動けなくなってしまった。
一通りのお店を見て、四人掛けのテーブル席に座り、各々順番で好きなものを買ってくることになった。赤司くんと玲央くんはフードコート中央にあるカフェに寄り、飲み物だけ買ってくるそうだ。葉山はハンバーガーかラーメンのジャンクな二択で迷っているようだった。
私はというと――、全員がテーブルに揃って腰かけたところで買ってきたものをテーブルにドサッと置くと、案の定驚かれた。
今日どうしても寄り道して食べたかったのはたこ焼き。ただ1パックではない。合計5パックをテーブルに並べたところで玲央くんは呆れ声を上げた。
ノーマルのマヨソース、明太マヨ、ねぎのせポン酢、テリたま、明石焼き風…という、お店にある全ての味を1パックずつ頼んで買ってきたのだ。その内、大好きなノーマルとテリたま味だけたくさん入ってるファミリーパックにした。
「もともとこれぐらいの量は一人で食べれるから、買いすぎたわけじゃないよ?」
誰かにツッコまれる前に弁解せねばと先に告げるも、向かいの席に座っている玲央くんと葉山にはジト目を向けられる。表情からウワァ…という冷ややかな声が今にも聞こえてきそうだった。
ただ一人、隣にいる赤司くんだけは不思議そうにたこ焼きを見つめていた。
さすがに初めて見たわけではないだろうけど、彼は食べたことがあるのだろうか。興味本位で聞いてみればやはり「ない」とのことだったので、せっかくだからまずはノーマル味から食べてもらうおうと私は爪楊枝を差し出した。
「征ちゃん無理しないで…!」
「不味かったら飲み込まくていいからな…!」
二人の心配をよそに赤司くんは迷わずたこ焼きを一つ、楊枝で刺した。
「赤司くん、ふーふーしてから食べないと!」
「ふーふー?」
「中が熱々トロトロだから、少し冷ましてねってことだよ」
頷きながら注意を促すと、なるほど、と言ってたこ焼きを息で冷まし始める。ふーふーしてる姿もかっこいい。たこ焼きになりたい。
高貴なお方が庶民の食べ物をはじめて食べる光景たるや。たこ焼きを食べてるだけなのに、色気を感じてしまう。貴重なシーンを見てる事は間違いないと、彼以外の三人の意思が疎通したかのように私たちは無言で赤司くんを見つめた。
「…美味しい。絶妙に癖になる味だ」
「よかった…!」
感想を聞いて何故だか玲央くんと葉山とハイタッチしてしまった。赤司くんに喜んでもらえて純粋に嬉しい気持ちと、貴重なものを見届けた謎の達成感で胸がいっぱいだった。『フードコートは割高だから』と誘ってもあまり来てくれない永吉くんも、今日は誘えばよかったなぁと後悔した。
自分が美味しいと思っているものを、彼にも美味しいと言ってもらって感激してしまう。すごく単純な事なのに何でこんなに気持ちが高ぶるのか、答えはわかっていた。好きという芽生えは既に心の奥底にあったんだ。
よかったら皆もつまんでね、とすすめても三人とも2個つずつくらいしか食べず、残りのたこ焼きはすべて自分で食べることになった。葉山も自分で買ったハンバーガーとポテトを平らげつつなので、さすがにたこ焼きは少しだけでギブアップしていた。
しかし本当にその量を食べられるのか?と二人から訝しげな視線を受けてる間も、赤司くんは真っ直ぐ私を見つめていたので妙に緊張した。
もともと一人で5パック全部食べるつもりだったからこれぐらいわけなかった。当然のようにペロリと完食し、見守っていた玲央くんと葉山を驚かせた。正しくはドン引きさせた。
誰に驚かれても赤司くんに嫌われてなければ別に気にならなかったし、胸もいっぱい、お腹もいっぱいで大満足だ。
「みんなで食べると美味しいね!」
「ほとんどフードファイターの独壇場だったけどな?」
「あんたって子は……、一人でここへ来てドカ食いするつもりだったのね」
コーヒーを飲みながらやはり呆れ口調で玲央くんはため息をついた。
寄り道できるチャンスなんてなかなかないから、たまにたくさん食べたくなる時だってあるじゃないか。部活が忙しくてお小遣いも使いきれずキャリーオーバーしてたから、今日は思う存分食べれて幸せだった。
正直にそう話すと「好物を食べるのはいいけど、問題は量よ!」とツッコまれて、自分の論点がズレていることに気がついた。
やはり大食いは隠した方が生きやすいのか…と、眉間に皺を寄せて思考を巡らせた矢先、すぐにそれはストップしてしまう。
突然の赤司くんの行動によって、思考回路が遮断した。
食べ終えた私の唇の端に付いていたソースを、赤司くんは鞄からティッシュを取り出して拭ってくれたのだ。
「可愛い人だな」
「っ!」
忘れていたわけではないが、後で拭えばいい程度に放っておいたら拭われた。それより、ティッシュ越しに彼の指が私の唇に触った事で、以前にフェイスラインをなぞられて最後に唇を触った仕草を鮮明に思い出した。
急速に、自分の頬が朱に染まっていく。自分の耳が赤くなる音が聴こえるようだった。それ程に体が早く反応したのだ。
「やはり僕の目に狂いはなかった。琴音、キミの事が好きだ」
「えっ」
「正式に僕と付き合って欲しい」
「…あ、は…?」
「僕の命令は絶対だ。いいな?」
「は、はい…私でよければ…」
――いま、ですか?ここで、ですか?
何がキッカケで?口についたソースですか?
半ば混乱したまま、赤司くんの強い意思を感じるハッキリとした声が耳に届いた。
聞き返しようもないほどにストレートな『告白』に、これは現実なのか理解が追い付かずと頭がぼうっとしてしまう。惹かれていた相手からの告白なんて、付き合って欲しいだなんて…どう考えても喜んでいい場面で、ロクに感情を表現できないままたどたどしく返事をするのが精一杯だった。
「ちょっ…今なの!?何が響いたのかわからないけど、早まらないで征ちゃん!」
「早まってなどいないよ。慌て過ぎだ」
「あ、赤司っ、やっぱなーし!ならまだ間に合うぞ!?」
「僕が一度でも間違った事があったか?」
慌てた二人が乱暴に立ち上がり椅子が倒れた音で私はハッとしたが、気づいたらいつの間にか赤司くんに手を握られていた。伝わってくる体温に、再び現実かどうかわからないほどに気持ちがふわふわとどこかへ飛んでいきそうだった。
誰がこんな日になると予想できた?しかも、フードコートでなんて?
告げたくなったから告げる。それがいついかなる時でも、どんな場所だとしても。赤司くんにしてみたら関係ないのだろう。真剣に想いを伝えること以上に大事なことなんて、ないのかも知れない。
「お前たちも理解しただろう、琴音の魅力を。僕が選んだのは彼女だ。撤回など有り得ない」
……理解されたのは私が大食いってことだけです。
「玲央、小太郎。二人には証人になってもらう。交際していることを部内に広めてくれて構わない。琴音に悪い虫がつかないように」
……周囲から見たら私こそが悪い虫です。
どれほど前世で徳を積めば、好きな人からこれだけの幸せな過大評価を受けられるのだろう。玲央くんも葉山もしばらく開いた口が塞がらないといった様子だったけど、私自身も先ほどから口が半開きだ。三人でお揃いの面をしている。
赤司くんだけが美しい顔立ちを保ったままに薄く微笑んでいる。薔薇のような赤い髪は、変わらず綺麗に艶めいていた。