短編・中編
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知らないカノジョ
「黄瀬、すまん」
今日の練習が終わり、ロッカールームで制服に着替えてる最中に森山先輩が唐突に告げてきた。
その出だしから始まるのだからいい知らせではない事だけは瞬時に悟り、俺は声のする方に訝しげな目線を向けた。
これから琴音さんと放課後デートなのに、不穏な事言うのやめて欲しいッス…と、胸中で願うもそれは届かない。
「夏休みに俺たちが合コンしたことが琴音さんにバレた」
「……え」
シャツのボタンをかける手が止まり、喉から低い声が漏れた。森山先輩は“仕方なかったんだ”と告げ、淡々と説明をはじめた。
俺が練習の後に監督から呼び出されている間、琴音さんはスタメンみんなにも挨拶をしようと体育館の入口付近にやって来た。
それに気づかずに森山先輩たちがつい先週の――夏休みの最終日の合コンの話をしていて、それが彼女の耳に入り、問い詰められ、仕方なく事のあらましを話してしまったとのことだ。
「琴音さん、怒ってたッスか…!?」
「怒ってはなかったと思うが…、あれは静かにキレてたな」
「言い方変えてるだけでそれ怒ってるじゃないスか!」
安堵したのは束の間のこと、自分の血の気が引いていく音を聞いた気がした。
合コンに行ってしまった事実は消えない。森山先輩も琴音さんに聞かれたくてわざと話したわけではないだろう。
『合コンセッティングを頼んだのは自分。黄瀬は俺たちに付き合わされただけ』と弁明してくれたみたいで、そこだけはグッジョブ森山先輩。
…とは言え、向かう足取りはやや重い。俺はファンの目を避けて、琴音さんと待ち合わせている校舎裏に向かった。
正門でファンの子が待ち伏せしてたら面倒な事になりそうだし、大学生で私服姿の彼女を待たせてしまうと目立つだろうから、決まって人気のない場所で落ち合った。
夏の夕暮れの空はまだ明るい。橙色の夕日を背にして、校舎裏で待っていた琴音さんは俺を見つけて笑顔で手を振った。
あれ?怒ってない?
油断したわけではないが、あまりにもいつも通りだったから。
「お待たせっス!」
「涼太くん、お疲れ様」
この夏からやっと“涼太くん”呼びになったことを、彼女の声が耳に届くたびにまだ慣れなくていちいち感動してしまう。
俺もまた、“琴音先輩”から“琴音さん”と呼び方を変えた。この方がカノジョって感じがする。
そもそも先輩呼びしていたのは琴音さんが俺の行きたい大学の生徒だったからで、なんとなくそう呼んだほうがいいかと思ったのがキッカケだ。でも今はもう、先輩とか後輩とか関係なく俺の大事な恋人だから。
さりげなく手を繋いで歩き出そうとすると、琴音さんは俺の手をぐいっと引っ張り動きを止めた。つんのめりそうになるのを堪えて俺が振り返ると、彼女の口元は微笑み……?
よく見ると、微笑みが張り付いた表情。
「森山くんから聞いたよ。合コン行ったの?私と付き合ってるのに?」
いつもの穏やかな柔らかい声で的確に問い詰める言葉が心臓に刺さった。
森山先輩からの弁明だけでは彼女を鎮める事は不可能だったか。一見笑ってるようで違う。聞いていた通り、静かにキレてる。
ちゃんと自分の口から説明しようかとは思っていたが、ひとまず校内から出た後かなと考えていたので、突然の彼女の言動に意表を突かれた。
俺はセッティングをお願いされて流れでやむを得ず行ったことを改めて説明すると、琴音さんは一度だけ頷いた。
「…そっか、頼まれたなら仕方ないよね。私もちょうど人数合わせで参加してって友達に頼まれてるんだ」
「えっ、ちょ…行くつもりスか!?」
“俺が居るのに!?”って、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今それを言ったら火に油だ。どの口が言う?と問いただされそうだ。
琴音さんは優しくて穏やかで性格だから、今までこんなに怒ってる彼女を一度も見たことがなかった。
俺が積極的に触れたりすると困ったように照れ、やりすぎると怒ったりすることはあるが、それはそれは可愛いもので。
本気で怒るとこうなるのか…とじっくり観察したくなる興味が沸くが、誠心誠意謝るのが先決だろう。
俺は彼女に向き直って、小さな手を離さないようにギュッと両手で包み込んだ。
「俺が悪かったッス。ごめん。…琴音さん、行かないで欲しい」
しっかりと目を合わせて気持ちが伝わるように告げると、少し間をおいてから作り笑いは解け、彼女は今度は困ったような顔をして俺を覗き込んでくる。
反省の言葉とは裏腹に、自然と上目遣いになる琴音さんにキスしたいなぁと頭に過り、本当に俺って奴は…と余計に申し訳なくなった。
合コンなんて行かないで。行って欲しくない。俺以外の男にもし触れられたらと思うと気が狂いそうだ。連絡先を交換されるのだって嫌だ。他の男がちょっかい出して、些細なキッカケで何かがはじまってしまう可能性だってゼロじゃないのだから。
心配になって、どこに居ようが探し出して連れ帰りそうになる想像しか出来ない。
――今の俺が感じてる不安と同じぐらい、琴音さんに嫌な気持ちにさせてしまったんだ。傷つけてしまってから気づくなんてもう遅いけれど、それでもこの手を離したくなかった。
しばらくの沈黙の後、琴音さんは一度手を解いて今度は俺の手を上から包み返した。温かい体温が指から伝わってくる。
「…冗談だよ。私は行かないよ。今後は涼太くんも行かないでね?」
「もちろん、もう二度と行かない!」
「セッティングまでは協力してあげてもいいけど、行っちゃダメ」
「うん、うん、絶対行かないっス!」
「本当に?」
「もう二度と、……誓います」
慈悲深い彼女に見限られないように、信頼してもらえるように、俺は真摯な眼差しで訴えた。
そもそも考えてみたら、合コンのセッティングは断れなくても俺自身は参加しなくてもよかったんじゃないか。琴音さんの言う通りだ。
森山先輩も、俺と琴音さんが付き合ってるの知ってるはずなのに、なんでそのあたりは気が回らなかったのか。女子との出会いに必死過ぎて、気を回す余裕もなかったんだろう。そして、知られて怒られることも想像できずホイホイと合コンの場に連れ立って行ってしまった自分にも呆れてしまう。
「…わかりました。これからの涼太くんを信じるよ」
「琴音さん…っ!」
「けど、隠されてたことはまだ怒ってるけどね」
信じて貰えたことが嬉しくて前のめりな姿勢で詰め寄った途端、琴音さんは右手で俺の制服のネクタイをグイッと引っ張った。
「ちょっ…!?」
傍からみたら俺が下から首を締めあげられているような状態に見えるだろう。実際は首は苦しくないのだが、慌てて声を上げてしまった。女の子にこんな掴まれ方したのは生まれて初めての経験だ。
先ほどの可愛らしい表情はどこへやら、すぐ目の前には冷ややかな目をした彼女。怒っているというか軽蔑するような視線に似てる。
……だれ?
一瞬の豹変っぷりに呆気にとられて言葉が出てこない。怒りの圧を感じる。そしてその矛先は俺しかいない。今回の件はたまたま森山先輩の会話でバレたのがキッカケで、それがなかったら隠されていたという気持ちになるのだろうから、感情がぶり返しても仕方ないだろう。
迫力ある眼光に射すくめられたように、数秒、息が止まり固まってしまう。
「次は許さないから」
鼻先が触れたと思ったらそのままさらにネクタイを強く引かれ啄むように唇を塞がれた。強引なキスに心臓が跳ねる。目も閉じず、お互いにしっかり目を合わせてる状態でこんな……って、ここ校内だし!頭の片隅のわずかな理性が叫ぶも、琴音さんは止める様子がない。
琴音さんの知らない一面が垣間見え、俺は感じたことのない昂ぶりを覚えた。付き合ってから初めて彼女の方からされたキスは、興奮で肌が粟立ち、混乱と戦慄が体を突き抜ける。
……やばい。
すぐに離れた唇に、俺だけ顔を紅潮させながら背中のゾクゾクが止まらない。否応無しに身体が反応しかけた。
なんだ、なんだろう今のは。
頭の中も心の中もざわめきが止まらない。
知らない、こんな彼女は知らない。
だが、これが罰なら何て甘美な罰だ。何度でも受けたい。怒らせる事でこんな一面が見れるならまた怒らせてもいいのかもと不純なことを思った。
ネクタイからあっさりと手を放して先に歩き出す彼女は、大きく息をついてから「カフェでも寄ってかない?」と何事もなかったかのようにしれっとしている。瞬時の切り替えにまた混乱しそうだ。
「期間限定スイーツ、食べたいな」
「……俺にご馳走させて」
「いいの?」
いいに決まってる。せめてご機嫌取りをさせて欲しい。屈託のない笑みを見せて喜ぶ彼女は本物か?さっきの知らない彼女も本物か?
琴音さんの魅力は底知れないなと実感すると同時に、とある懸念が心の中を渦巻く。
――ホントに勘弁してほしいっス…。
幸か不幸か、何かに目覚めてしまうそうだった。
「黄瀬、すまん」
今日の練習が終わり、ロッカールームで制服に着替えてる最中に森山先輩が唐突に告げてきた。
その出だしから始まるのだからいい知らせではない事だけは瞬時に悟り、俺は声のする方に訝しげな目線を向けた。
これから琴音さんと放課後デートなのに、不穏な事言うのやめて欲しいッス…と、胸中で願うもそれは届かない。
「夏休みに俺たちが合コンしたことが琴音さんにバレた」
「……え」
シャツのボタンをかける手が止まり、喉から低い声が漏れた。森山先輩は“仕方なかったんだ”と告げ、淡々と説明をはじめた。
俺が練習の後に監督から呼び出されている間、琴音さんはスタメンみんなにも挨拶をしようと体育館の入口付近にやって来た。
それに気づかずに森山先輩たちがつい先週の――夏休みの最終日の合コンの話をしていて、それが彼女の耳に入り、問い詰められ、仕方なく事のあらましを話してしまったとのことだ。
「琴音さん、怒ってたッスか…!?」
「怒ってはなかったと思うが…、あれは静かにキレてたな」
「言い方変えてるだけでそれ怒ってるじゃないスか!」
安堵したのは束の間のこと、自分の血の気が引いていく音を聞いた気がした。
合コンに行ってしまった事実は消えない。森山先輩も琴音さんに聞かれたくてわざと話したわけではないだろう。
『合コンセッティングを頼んだのは自分。黄瀬は俺たちに付き合わされただけ』と弁明してくれたみたいで、そこだけはグッジョブ森山先輩。
…とは言え、向かう足取りはやや重い。俺はファンの目を避けて、琴音さんと待ち合わせている校舎裏に向かった。
正門でファンの子が待ち伏せしてたら面倒な事になりそうだし、大学生で私服姿の彼女を待たせてしまうと目立つだろうから、決まって人気のない場所で落ち合った。
夏の夕暮れの空はまだ明るい。橙色の夕日を背にして、校舎裏で待っていた琴音さんは俺を見つけて笑顔で手を振った。
あれ?怒ってない?
油断したわけではないが、あまりにもいつも通りだったから。
「お待たせっス!」
「涼太くん、お疲れ様」
この夏からやっと“涼太くん”呼びになったことを、彼女の声が耳に届くたびにまだ慣れなくていちいち感動してしまう。
俺もまた、“琴音先輩”から“琴音さん”と呼び方を変えた。この方がカノジョって感じがする。
そもそも先輩呼びしていたのは琴音さんが俺の行きたい大学の生徒だったからで、なんとなくそう呼んだほうがいいかと思ったのがキッカケだ。でも今はもう、先輩とか後輩とか関係なく俺の大事な恋人だから。
さりげなく手を繋いで歩き出そうとすると、琴音さんは俺の手をぐいっと引っ張り動きを止めた。つんのめりそうになるのを堪えて俺が振り返ると、彼女の口元は微笑み……?
よく見ると、微笑みが張り付いた表情。
「森山くんから聞いたよ。合コン行ったの?私と付き合ってるのに?」
いつもの穏やかな柔らかい声で的確に問い詰める言葉が心臓に刺さった。
森山先輩からの弁明だけでは彼女を鎮める事は不可能だったか。一見笑ってるようで違う。聞いていた通り、静かにキレてる。
ちゃんと自分の口から説明しようかとは思っていたが、ひとまず校内から出た後かなと考えていたので、突然の彼女の言動に意表を突かれた。
俺はセッティングをお願いされて流れでやむを得ず行ったことを改めて説明すると、琴音さんは一度だけ頷いた。
「…そっか、頼まれたなら仕方ないよね。私もちょうど人数合わせで参加してって友達に頼まれてるんだ」
「えっ、ちょ…行くつもりスか!?」
“俺が居るのに!?”って、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今それを言ったら火に油だ。どの口が言う?と問いただされそうだ。
琴音さんは優しくて穏やかで性格だから、今までこんなに怒ってる彼女を一度も見たことがなかった。
俺が積極的に触れたりすると困ったように照れ、やりすぎると怒ったりすることはあるが、それはそれは可愛いもので。
本気で怒るとこうなるのか…とじっくり観察したくなる興味が沸くが、誠心誠意謝るのが先決だろう。
俺は彼女に向き直って、小さな手を離さないようにギュッと両手で包み込んだ。
「俺が悪かったッス。ごめん。…琴音さん、行かないで欲しい」
しっかりと目を合わせて気持ちが伝わるように告げると、少し間をおいてから作り笑いは解け、彼女は今度は困ったような顔をして俺を覗き込んでくる。
反省の言葉とは裏腹に、自然と上目遣いになる琴音さんにキスしたいなぁと頭に過り、本当に俺って奴は…と余計に申し訳なくなった。
合コンなんて行かないで。行って欲しくない。俺以外の男にもし触れられたらと思うと気が狂いそうだ。連絡先を交換されるのだって嫌だ。他の男がちょっかい出して、些細なキッカケで何かがはじまってしまう可能性だってゼロじゃないのだから。
心配になって、どこに居ようが探し出して連れ帰りそうになる想像しか出来ない。
――今の俺が感じてる不安と同じぐらい、琴音さんに嫌な気持ちにさせてしまったんだ。傷つけてしまってから気づくなんてもう遅いけれど、それでもこの手を離したくなかった。
しばらくの沈黙の後、琴音さんは一度手を解いて今度は俺の手を上から包み返した。温かい体温が指から伝わってくる。
「…冗談だよ。私は行かないよ。今後は涼太くんも行かないでね?」
「もちろん、もう二度と行かない!」
「セッティングまでは協力してあげてもいいけど、行っちゃダメ」
「うん、うん、絶対行かないっス!」
「本当に?」
「もう二度と、……誓います」
慈悲深い彼女に見限られないように、信頼してもらえるように、俺は真摯な眼差しで訴えた。
そもそも考えてみたら、合コンのセッティングは断れなくても俺自身は参加しなくてもよかったんじゃないか。琴音さんの言う通りだ。
森山先輩も、俺と琴音さんが付き合ってるの知ってるはずなのに、なんでそのあたりは気が回らなかったのか。女子との出会いに必死過ぎて、気を回す余裕もなかったんだろう。そして、知られて怒られることも想像できずホイホイと合コンの場に連れ立って行ってしまった自分にも呆れてしまう。
「…わかりました。これからの涼太くんを信じるよ」
「琴音さん…っ!」
「けど、隠されてたことはまだ怒ってるけどね」
信じて貰えたことが嬉しくて前のめりな姿勢で詰め寄った途端、琴音さんは右手で俺の制服のネクタイをグイッと引っ張った。
「ちょっ…!?」
傍からみたら俺が下から首を締めあげられているような状態に見えるだろう。実際は首は苦しくないのだが、慌てて声を上げてしまった。女の子にこんな掴まれ方したのは生まれて初めての経験だ。
先ほどの可愛らしい表情はどこへやら、すぐ目の前には冷ややかな目をした彼女。怒っているというか軽蔑するような視線に似てる。
……だれ?
一瞬の豹変っぷりに呆気にとられて言葉が出てこない。怒りの圧を感じる。そしてその矛先は俺しかいない。今回の件はたまたま森山先輩の会話でバレたのがキッカケで、それがなかったら隠されていたという気持ちになるのだろうから、感情がぶり返しても仕方ないだろう。
迫力ある眼光に射すくめられたように、数秒、息が止まり固まってしまう。
「次は許さないから」
鼻先が触れたと思ったらそのままさらにネクタイを強く引かれ啄むように唇を塞がれた。強引なキスに心臓が跳ねる。目も閉じず、お互いにしっかり目を合わせてる状態でこんな……って、ここ校内だし!頭の片隅のわずかな理性が叫ぶも、琴音さんは止める様子がない。
琴音さんの知らない一面が垣間見え、俺は感じたことのない昂ぶりを覚えた。付き合ってから初めて彼女の方からされたキスは、興奮で肌が粟立ち、混乱と戦慄が体を突き抜ける。
……やばい。
すぐに離れた唇に、俺だけ顔を紅潮させながら背中のゾクゾクが止まらない。否応無しに身体が反応しかけた。
なんだ、なんだろう今のは。
頭の中も心の中もざわめきが止まらない。
知らない、こんな彼女は知らない。
だが、これが罰なら何て甘美な罰だ。何度でも受けたい。怒らせる事でこんな一面が見れるならまた怒らせてもいいのかもと不純なことを思った。
ネクタイからあっさりと手を放して先に歩き出す彼女は、大きく息をついてから「カフェでも寄ってかない?」と何事もなかったかのようにしれっとしている。瞬時の切り替えにまた混乱しそうだ。
「期間限定スイーツ、食べたいな」
「……俺にご馳走させて」
「いいの?」
いいに決まってる。せめてご機嫌取りをさせて欲しい。屈託のない笑みを見せて喜ぶ彼女は本物か?さっきの知らない彼女も本物か?
琴音さんの魅力は底知れないなと実感すると同時に、とある懸念が心の中を渦巻く。
――ホントに勘弁してほしいっス…。
幸か不幸か、何かに目覚めてしまうそうだった。