短編・中編
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女子力基準値未満
夏休み明け、始業式が終えて下校時刻になった頃、廊下ですれ違った私の姿を見た玲央くんは「ギャ!」と叫んだ後、哀れみの視線を向けて絶句した。そしてグッと至近距離まで近づいてきてマジマジと見つめられた。
相変わらず玲央くんの整った顔立ちはモデルのようで、長い睫が今日も美しい。瞬き1つしない視線が私に突き刺さる。
その澄んだ瞳には映ってはいけない私の姿は、如何せん見るに耐えない。
来なければいいのに来なければいいのにと願っていたがやってきてしまった二学期のスタート…9月1日――の、私の姿を説明しよう。
中途半端に日焼けした手足は日焼け止めなど塗ることもしなかった報いであり、カサついた肌は冷房による乾燥のせいとは分かりつつも乳液を塗るとかいう対策などはまったくしなかった。
目の下に作ったクマは部活がある日以外はゲームで夜更かしが続いたために出来て、それが連日ともなるとコンシーラーでも隠れないのでそのまま。
そもそもコンシーラーなど持っていない。
「ひっどい顔。アンタ…鏡見た?」
「見たけど…、見ただけ」
薄ら笑いを浮かべて右手で自分の髪を触るも、ケアなどまったくしていないパサパサ状態なので毛が指に引っかかる。
口元を引きつらせて玲央くんはしばらく呆然とした後に、大きな溜息をついた。
“甲斐がない”…とでも言いたげだ。いや、いっそ言ってくれた方がいいのに。いやいや、何だったらアレだ、口に出さなくても分かる。
胸中お察し致します、とでも私から告げたものなら、きっとデコピンが待っているだろうからとりあえず黙ることしかできなかった。
玲央くんと仲良くなったのは一年生の秋だ。
女子力も学力も低い私の唯一の取り柄といえば雑用ぐらいなもんで、しかしそれがマネージャーという役職を経由すればわりと立派に見えるのらしい。
慣れてくれば部活の仕事をテキパキとこなし、気が付けば自分の意志とは関係なく同学年のマネージャーの中でもわりと中心に立つ人物になってしまった。
頼まれようが押しつけられようが理不尽だろうが、それが仕事ならばと淡々とこなしていたら意図せず評価されていたのだと思う。
“仕事出来る子は好きよ”、と、好意を隠さずに気さくに話しかけてくれたのは玲央くんだった。
同学年で、マネージャーの中でも中心人物になっていた…というかスーパー雑用マンだった私を一目置いてくれていたらしい。
私は、玲央くんが中学時代“無冠の五将”と呼ばれている凄腕プレイヤーだということも、“夜叉”という呼び名がある事も知っていた。
有名人だもの。バスケの強豪校の洛山じゃ、名選手の情報は流れてくるのが早いから、自分から調達しにいかなくたって耳に入ってしまうものだ。
彼から私に接触してこなければ、きっと仲良くなることはなかっただろう。私の方からじゃとても、そんな有名人と仲良くなるようなキッカケ、作れなかったから。
『女子力』がもともと基準値を下回る私を見兼ねて、玲央くんは仲良くなってから色々世話を焼いてくれた。
ファッション雑誌も流行もチェックしないので彼から教えてもらう商品が新鮮だったし、実際に試してみてと実物を持ってきてくれたり、その親切をありがたく受けた。
玲央くんは趣味がお菓子作りだというので、私がクッキー作りに失敗して相談した時にもいいアドバイスをくれた。
そんなこんなで彼のおかげで少しはマシになってきたと思われた私の女子力とやらも、この夏休みでスタートラインまで逆戻りしてしまった。
…申し訳なくも、彼が世話を焼いてくれた甲斐がなくなってしまったのだ。
「玲央くんごめん。夏休みで気が緩んじゃって…」
「アンタそれ緩んだってもんじゃないわよ。どーりでここ最近の部活中、顔をちゃんと合わせてくれなかったワケね」
「こんな状態見られたら、怒られたりガッカリされるかなぁと思って…」
「正直、そんなの通り越して呆れてるわよ」
「色々レクチャーしてもらったのに申し訳ないです…」
「まったく!」
唇を尖らせてムスッとした表情になると、玲央くんは私の腕を掴んで足早に歩き出した。
どこへ連れて行かれるのか、…って、何となく予想はついた。この方向は部室の方だ。
部活は明日からだけど、自主練は禁止されてないから顧問が部室の鍵は開けておいてくれているはずだ。
しかしそこへ、何をしに行くのか――…実のところそれも予想はついている。
だから、怒られてガッカリされて呆れられてるのに、前を向いている玲央くんが私の表情を確認出来ないのをいいことに口元はニンマリしてしまうのだ。
「日焼け止めと乳液と目元パック。ついでにコラーゲンドリンクもつけてあげる」
早歩きで私の手を強く引っ張って歩く玲央くんは私を一瞥して一言。ジトリと睨まれるも、やはりその目は美しい。
それらが部室のロッカーに置いてあるから、今から私を部室へ連れて行こうとしているんだろう。
勉強も出来るし部活もこなし努力も怠らない玲央くんは、美意識が高い驚くべきパーフェクト男子。
例えどんなに疲れている時でもそれが顔に出ないのはしっかりとケアをしているからだ。
女子よりも女子力が高い男子で、私と玲央くんは性別を逆転させた方がしっくり来るのかも知れない。
「仕方ないから応急処置してあげるわよ。ほんっと手のかかる子!」
その声色は不思議と優しさを含んでいるように感じてしまうのは、私がそう望んでいるからだろうか。
恋だと自覚したのはわりと最近の事…夏休み前から、玲央くんが隣にいると心臓がドキドキと高鳴ってしまうことに気が付いた。
優しくされて思い上がった結果がコレである。
自分の単純さに私もほとほと呆れてしまうが、好きになってしまったのならば仕方ない。
いくら女子力が高くたって、玲央くんは男の子なんだ。強くて、美しくて、面倒見がよくて、こんな私を気に掛けてくれる優しい人だもの。
憧れてしまうのも無理はないんだ。
これまで色々な事を教えてもらった。勧められたものを自分で買って自分でも試してみたり、ケアだってちゃんと続けてれば成果はそれなりに出るもので、『女子力がアップした!』って実感する瞬間は多々あった。
でも、私が女子力高い女子になってしまったら、もう玲央くんに気に掛けてもらえないんじゃないかって気づいたんだ。
「玲央くん、いつもありがとね」
お世話をしてもらい申し訳なく情けない気持ちもあるが、やはり心配されて嬉しい気持ちが断然上回っちゃう。
私はお礼を告げながらも表情はどっちつかずのヘラヘラとした力無い笑顔になった。
「やだもう、変な顔して笑わないの」
「もともとこーゆー顔なんだけど…」
玲央くんは一拍置いて吹き出して声を立てて笑い始めた。
私の返しが可笑しかったのか、私の面が笑えるほど滑稽なのか、そんなのはどちらでもいい、些細なことだ。
自分のことで笑っている彼を見ると、私は勝手に許された気持ちになるんだ。
残念ながら私の女子力は玲央くんの合格基準までアップすることはないと思う。
髪がボサボサの方が気に掛けてもらえるから。
肌がカサカサの方が心配してもらえるから。
彼の気を引く方法なんていくつも知らないけど、いつまでも手のかかる子でいた方が気にかけてもらえるってことだけは、知ってる。
夏休み明け、始業式が終えて下校時刻になった頃、廊下ですれ違った私の姿を見た玲央くんは「ギャ!」と叫んだ後、哀れみの視線を向けて絶句した。そしてグッと至近距離まで近づいてきてマジマジと見つめられた。
相変わらず玲央くんの整った顔立ちはモデルのようで、長い睫が今日も美しい。瞬き1つしない視線が私に突き刺さる。
その澄んだ瞳には映ってはいけない私の姿は、如何せん見るに耐えない。
来なければいいのに来なければいいのにと願っていたがやってきてしまった二学期のスタート…9月1日――の、私の姿を説明しよう。
中途半端に日焼けした手足は日焼け止めなど塗ることもしなかった報いであり、カサついた肌は冷房による乾燥のせいとは分かりつつも乳液を塗るとかいう対策などはまったくしなかった。
目の下に作ったクマは部活がある日以外はゲームで夜更かしが続いたために出来て、それが連日ともなるとコンシーラーでも隠れないのでそのまま。
そもそもコンシーラーなど持っていない。
「ひっどい顔。アンタ…鏡見た?」
「見たけど…、見ただけ」
薄ら笑いを浮かべて右手で自分の髪を触るも、ケアなどまったくしていないパサパサ状態なので毛が指に引っかかる。
口元を引きつらせて玲央くんはしばらく呆然とした後に、大きな溜息をついた。
“甲斐がない”…とでも言いたげだ。いや、いっそ言ってくれた方がいいのに。いやいや、何だったらアレだ、口に出さなくても分かる。
胸中お察し致します、とでも私から告げたものなら、きっとデコピンが待っているだろうからとりあえず黙ることしかできなかった。
玲央くんと仲良くなったのは一年生の秋だ。
女子力も学力も低い私の唯一の取り柄といえば雑用ぐらいなもんで、しかしそれがマネージャーという役職を経由すればわりと立派に見えるのらしい。
慣れてくれば部活の仕事をテキパキとこなし、気が付けば自分の意志とは関係なく同学年のマネージャーの中でもわりと中心に立つ人物になってしまった。
頼まれようが押しつけられようが理不尽だろうが、それが仕事ならばと淡々とこなしていたら意図せず評価されていたのだと思う。
“仕事出来る子は好きよ”、と、好意を隠さずに気さくに話しかけてくれたのは玲央くんだった。
同学年で、マネージャーの中でも中心人物になっていた…というかスーパー雑用マンだった私を一目置いてくれていたらしい。
私は、玲央くんが中学時代“無冠の五将”と呼ばれている凄腕プレイヤーだということも、“夜叉”という呼び名がある事も知っていた。
有名人だもの。バスケの強豪校の洛山じゃ、名選手の情報は流れてくるのが早いから、自分から調達しにいかなくたって耳に入ってしまうものだ。
彼から私に接触してこなければ、きっと仲良くなることはなかっただろう。私の方からじゃとても、そんな有名人と仲良くなるようなキッカケ、作れなかったから。
『女子力』がもともと基準値を下回る私を見兼ねて、玲央くんは仲良くなってから色々世話を焼いてくれた。
ファッション雑誌も流行もチェックしないので彼から教えてもらう商品が新鮮だったし、実際に試してみてと実物を持ってきてくれたり、その親切をありがたく受けた。
玲央くんは趣味がお菓子作りだというので、私がクッキー作りに失敗して相談した時にもいいアドバイスをくれた。
そんなこんなで彼のおかげで少しはマシになってきたと思われた私の女子力とやらも、この夏休みでスタートラインまで逆戻りしてしまった。
…申し訳なくも、彼が世話を焼いてくれた甲斐がなくなってしまったのだ。
「玲央くんごめん。夏休みで気が緩んじゃって…」
「アンタそれ緩んだってもんじゃないわよ。どーりでここ最近の部活中、顔をちゃんと合わせてくれなかったワケね」
「こんな状態見られたら、怒られたりガッカリされるかなぁと思って…」
「正直、そんなの通り越して呆れてるわよ」
「色々レクチャーしてもらったのに申し訳ないです…」
「まったく!」
唇を尖らせてムスッとした表情になると、玲央くんは私の腕を掴んで足早に歩き出した。
どこへ連れて行かれるのか、…って、何となく予想はついた。この方向は部室の方だ。
部活は明日からだけど、自主練は禁止されてないから顧問が部室の鍵は開けておいてくれているはずだ。
しかしそこへ、何をしに行くのか――…実のところそれも予想はついている。
だから、怒られてガッカリされて呆れられてるのに、前を向いている玲央くんが私の表情を確認出来ないのをいいことに口元はニンマリしてしまうのだ。
「日焼け止めと乳液と目元パック。ついでにコラーゲンドリンクもつけてあげる」
早歩きで私の手を強く引っ張って歩く玲央くんは私を一瞥して一言。ジトリと睨まれるも、やはりその目は美しい。
それらが部室のロッカーに置いてあるから、今から私を部室へ連れて行こうとしているんだろう。
勉強も出来るし部活もこなし努力も怠らない玲央くんは、美意識が高い驚くべきパーフェクト男子。
例えどんなに疲れている時でもそれが顔に出ないのはしっかりとケアをしているからだ。
女子よりも女子力が高い男子で、私と玲央くんは性別を逆転させた方がしっくり来るのかも知れない。
「仕方ないから応急処置してあげるわよ。ほんっと手のかかる子!」
その声色は不思議と優しさを含んでいるように感じてしまうのは、私がそう望んでいるからだろうか。
恋だと自覚したのはわりと最近の事…夏休み前から、玲央くんが隣にいると心臓がドキドキと高鳴ってしまうことに気が付いた。
優しくされて思い上がった結果がコレである。
自分の単純さに私もほとほと呆れてしまうが、好きになってしまったのならば仕方ない。
いくら女子力が高くたって、玲央くんは男の子なんだ。強くて、美しくて、面倒見がよくて、こんな私を気に掛けてくれる優しい人だもの。
憧れてしまうのも無理はないんだ。
これまで色々な事を教えてもらった。勧められたものを自分で買って自分でも試してみたり、ケアだってちゃんと続けてれば成果はそれなりに出るもので、『女子力がアップした!』って実感する瞬間は多々あった。
でも、私が女子力高い女子になってしまったら、もう玲央くんに気に掛けてもらえないんじゃないかって気づいたんだ。
「玲央くん、いつもありがとね」
お世話をしてもらい申し訳なく情けない気持ちもあるが、やはり心配されて嬉しい気持ちが断然上回っちゃう。
私はお礼を告げながらも表情はどっちつかずのヘラヘラとした力無い笑顔になった。
「やだもう、変な顔して笑わないの」
「もともとこーゆー顔なんだけど…」
玲央くんは一拍置いて吹き出して声を立てて笑い始めた。
私の返しが可笑しかったのか、私の面が笑えるほど滑稽なのか、そんなのはどちらでもいい、些細なことだ。
自分のことで笑っている彼を見ると、私は勝手に許された気持ちになるんだ。
残念ながら私の女子力は玲央くんの合格基準までアップすることはないと思う。
髪がボサボサの方が気に掛けてもらえるから。
肌がカサカサの方が心配してもらえるから。
彼の気を引く方法なんていくつも知らないけど、いつまでも手のかかる子でいた方が気にかけてもらえるってことだけは、知ってる。