短編・中編
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Lover's new year
「じゃあ大晦日俺らと初詣行きます?湯島天神って決まっちゃってるけど」
さすが年の瀬、大晦日の予定が話題になり、高尾くんからのお誘いに私は嬉々とした表情で彼を見上げた。
いいの?と言わんばかりの視線を察してか、高尾くんは苦笑しながら「もちろん!」と答えてくれて、緑間くんも後に続くようにコクリと頷いた。
どうやら緑間くんの初詣は毎年、湯島天神と決まっているみたいだ。
大晦日の夜遅くに家を出て、年が明ける少し前に並び始めお参りをするのが恒例行事らしい。
これから1年、学問の神様に御利益を貰えるようにと参拝をするのだそうだ。
「…と言っても御利益は御利益でしかない。最後は自分の努力が全ての結果に繋がるのだよ」
淡々とした口調で告げる緑間くんは相変わらずだ。日々、人事を尽くしている彼が言うからこそ説得力がある。
――今日はWCを無事終えた翌日の12月30日。
スタメンだけでささやかだけれどお疲れ会が行われた。ありがたいことに私もそれに呼ばれたのだ。
せっかくスタメンだけで語らいたい事もあるだろうから遠慮すべきだったのかもしれないけど、これから受験勉強で忙しくなるしなかなか集まる機会もないなと思って、せっかくだから参加させてもらったのだ。
思い出話に花を咲かせつつ、学校近くのお好み焼き屋さんに行って、お腹いっぱい食べてきた。変わり種もんじゃも美味しかったなぁ。
何故、私だけ呼ばれたのか…、確かに、三年になってからはマネージャーの中でも中心となって動いていたのは私だ…というのも、三年のマネージャーが私しかいなかったからだろうけど。
秀徳バスケ部も部員数が多い。そのためマネージャーも複数人いたのだが、レベルの高い大学を目指すため途中で部活を辞めていくマネージャーも少なくなかった。そうでなければ、ドジな私がマネージャーの中での中心になんて選ばれるわけないからだ。
しかし、そう思っていたのは私だけだったようで、みんなからは「頼りにしていた」とか「いつも助けてもらって感謝してる」とか、私には勿体ない言葉をもらえたので思わず泣きそうになった。助けられたのは私の方だ。
特に、二年の冬、大坪くんが主将になって、それから彼には何度も助けられたなぁ。
主将とマネージャーが連携して部の仕事を担うこともあったし、部費を増やして貰うために生徒会に交渉しに行った時には大坪くんの発言力にとても感心した。大坪くんは、普段は温厚だけどもバスケが関わるとスイッチが入ったようにいつも以上に凛々しく、強気になるとても頼もしい主将だ。
…私にとって幸せな3年間だった。
3年間、一生懸命やっていたらみんなが働きを認めてくれて、特にスタメンのみんなとも仲良くなって、…そして、その中に私の彼氏の宮くんもいる。1一年の冬から気になりはじめて、二年の間はずっと片思いをし、三年の夏、私から告白する前に彼の方から好きだと告げてきてくれた。
あの時は口から心臓が飛び出しそうになるぐらい驚いたものだ。同じ気持ちだったなんて、想像していない展開だったから。
お好み焼き屋さんを出て駅まで向かう帰り道、広い通りをぞろぞろと並んで歩くとたった6人だけでもすごい迫力だ。
何せ6人中4人が180センチを越える長身。他の人からどう見えるんだろう。
3人の大男に脅されてるカップル…なーんて。想像の中だけでも高尾くんが私の相手にされたら可哀想か。
WCの余韻に浸ってる間もなく、三年に待っているのは受験勉強。受験が落ち着くまでみんなで集まってこうしてご飯を食べることもなかなか難しくなるかもしれない。
ちょっと寂しいなぁ。今日だってすごく楽しい会だった…――のに、私の彼氏は眉間に皺を寄せておもしろくないって顔してる。
それに気づいた高尾くんが、私が声をかけるより先に宮くんに話しかけた。
「宮地さん、俺と真ちゃんと琴音さんが初詣行くのおもしろくねぇって顔に書いてありますよ」
「………うるせぇ」
意味深な間をおいて返す宮くん。それって、高尾くんが言ってること肯定してるって事になっちゃうけど?
いつもなら怒り混じりに声を張って言い返すのに今日はちょっとヘンだ。
「そっか、お前ら付き合ってんだっけか」
「それっぽい空気もねぇからつい忘れる時あるよなぁ」
ハハハ、と笑いながら大坪くんも木村くんも好き勝手言うけど、仕方ないじゃないか。
夏から付き合ってるけどほとんどインハイやWCに向けて部活漬けの日々だったし。
それに、カップルらしいことなんて数える程度しかしていない。
…しかし、何故、宮くんが不貞腐れるのだ。
私が誰と初詣に行こうがいいじゃないか。
そもそも大晦日に既に決まった予定が入ってるのは宮くんの方なのに。
「だって宮くんカウントダウンライブでしょ?毎年、ファンクラブ会員限定でその中でも当選した人しか行けないっていうあのレアなライブ…」
「確かに俺はそのライブに行くが、汐見がこいつらと初詣に行くのが気に食わねぇ」
「私が初詣に行きたかったなって言ったら誘ってくれただけだよ。宮くん、そーゆー子供みたいなヤキモチみっとみないよ?」
私と宮くんの後ろでブフォッと高尾くんが吹き出して笑った。ホントはみんなの前でこんな言い合いしたくないのに、いい後輩たちを“こいつら”なんて邪魔者みたいに言うから、ちょっと頭にきた。
ギリギリまで部活に打ち込んできた分、ここから受験に必死に向かっていくわけで…だから、学問の神様がいる湯島天神に参拝して元旦を迎えたいし、後輩二人について行ったっていいじゃないか。誘ってくれてるわけだし、宮くんもよく知っている二人だろう。
それに、宮くんが大晦日にライブに行かないんだったら、ちゃんと私から初詣に誘っているところだ。
でもライブは、毎年、宮くんが楽しみにしてるものだから。
倍率高いんだよなぁって申込の秋にボヤいて、チケット当落の日は部活中もそわそわしてるほどレアなライブなんだって知ってるから、だから引き留めるなんて出来ないよ!…って、全部、私の口から言わないと分からないほど宮くん、察しが悪い人じゃないはず。
しかし口喧嘩とは、火蓋を切ってしまえばそんな内心での察し合いは関係ないものだ。
売り言葉に買い言葉で、宮くんが私に詰め寄ってきた。
「別に妬いてねぇよ誰が妬くか!ただ俺の前で他の奴とそーゆー約束すんな!」
「他の奴って…いい後輩たちのことどうしてそんな邪険に扱うの!?それに宮くんのいないところで約束したらそれはそれで文句言うでしょ!」
私のことはともかく、好意で誘ってくれた高尾くんたちのことまで悪く言われた気がしてさすがに私もカチンときた。
普段、あまり怒ることはないけれど、私だって怒るときは怒る。
「…言わねぇ」
「言う」
「言わねぇ!」
「絶対言う!妬く!」
「妬かねぇよ自惚れんな!」
「別に自惚れてない!」
思ったより声を荒げてしまい自分でもビックリしているけど、今日は引けない。
ギッとにらみ合っている私たち二人の間を高尾くんは何ともタイミングをよく割って入ってきた。
「はいは~い、先輩らストッップ!」
「そうだぞ。お前ら年の瀬にケンカするな。ケンカしてると福が逃げるぞ」
「大坪、お前またオカンキャラ出てるぞ。…ま、俺ら彼女なし面子の前じゃケンカすら羨ましいけどなぁ」
「…別に俺は羨ましくないのだよ」
「真ちゃん、それ琴音さんに失礼じゃね?」
「ちが、…そ、そういう意味ではないのだよ」
高尾くんを皮切りに次々とみんながワイワイとしゃべりだし宥めてくれたので、何とか私と宮くんの口論は収まった。
ほんと、みんな優しいよなぁと、しみじみいいチームだと痛感した。
この中なら誰に惚れててもおかしくないってほど、みんな素敵な男の子。
でも、私の彼氏はその中でも群を抜いて素直じゃなくて不器用。きっと大坪くんを好きになったらケンカもなく大事にしてもらえるんだろうなって思ったことがあるのに、私が好きなのは宮くんなのだ。
些細なことで口論しては、どうして宮くんなんだろうって自分でも不思議に思う。
彼と付き合う以前、緑間くんに私との相性を占ってもらったことがある。
『相性が悪いのに惹かれ合うごく稀な縁がある』と教えてもらい、まさにそれだと今、実感している。
その日は駅にたどり着いて解散となった。
宮くんとは方向が逆なので結局一言も交わさず、夜になっても私の携帯は鳴ることはなかった。
静かな携帯電話を枕元に置いて、しばらく眠りにつけなかったけれど、諦めて眠りについたのは午前3時。
素直になれなくて自分からも連絡できず、ため息が漏れた。
そして、心にわだかまりを残したまま迎えた大晦日。
□ □ □
大晦日、JR線は終日運行。夜の11時半に最寄り駅で待ち合わせてから湯島天神へ向かった。
駅を出て坂をあがると、ぞろぞろと神社へ向かう大勢の人が歩いていた。受験前なだけあって私たちと同じ学生も多いようだ。
境内に入ったところで露店で賑わっているのがすぐに目に入った。甘酒のいい香りがするなぁ。
まだ時間もあるし、並ぶ前に甘酒でも飲んであったまろうかということになった。
「オレ買ってくるから二人はここで待ってて」
高尾くんは私たちにそう告げると足早に混み合っている露店エリアへ向かって行った。
ホントに気が利く子だな~と感心しつつ、緑間くんとぽつりぽつりと話して待っていたのだが、なかなか高尾くんは戻ってこない。
吐く息も白い程、寒い冬の夜、甘酒の露店に行列でも出来ているのだろう。
もうすぐ0時…境内はかなり混みはじめてきた。私たちもそろそろ並び始めないと。
「…高尾の奴、何をしている。そろそろ並び始めないと年明けすぐの参拝に間に合わないのだよ」
しびれを切らした緑間くんが、ちょっと見てきます、と、急ぎ足で高尾くんを探しに向かった。
甘酒の露店はここには1つしかないはずだけど、もしかして混んでるから境内の外の大通りまで行ったのかな?
3人とも携帯を持っているとはいえ、私がここを動いたら二人に探させてしまうことになるだろうから動かない方が正解だろう。
しかし間もなく、どんどん並ぶ人も増えてきて混雑で押され私は少しずつ境内の入り口の鳥居まで押し戻されてしまった。
慌てながらも素早く携帯を取り出して、高尾くんと緑間くんに『人で押し戻されてちゃったので鳥居付近で待ってます』と伝え、私は出来るだけ参拝者の邪魔にならない場所で待つことにした。
鳥居に背を向け夜空を見上げれば、冬の空は澄んでいて星が綺麗。
今年が終わっちゃうんだなぁ。しみじみと心の中で思い出を振り返る。
記憶に新しい、つい先日の激動のWC。胸を熱くさせた熱戦、勝てなかった悔しさ、チームメイトの涙。
様々な記憶が脳裏に映っていく。その中で最も強く思うことと言えば――…みんなに勝たせてあげたかったなぁ。
これに尽きる。誰よりも側で見てきたから、終わってしまったことなのに願わずにはいられなかった。
私たちは、三年はこれで引退だ。
冬休み明けの部活初日で、部員達の前で挨拶をして、それで本当にもう――。
らしくもなくジンと目頭が熱くなってきた。つい一昨日、散々、涙が枯れるほど泣いたというのに。
待ちぼうけしている間に、0時まであと1分を切った。腕時計の秒針が今年最後の一周をはじめる。
念のため携帯を見ても高尾くんからも緑間くんからもメールは届いていない。
0時前後ってメールが届かなかったり電話が繋がらなかったりするんだったっけ。
最近じゃ年賀状でなく年賀メールの方で済ませちゃう人も多いせいか。
新年を迎える瞬間、今年は一人かぁって思った。
そんな時に、夏に宮くんから告白された日の事を思い出す。
――『黙って俺に攫われてろ』…、だって。何だ、何だそれ。
そんな分かり難い「好き」なんて聞いたことがない。私はずっと宮くんに想いを寄せてきたからすぐにそれが告白の類のものだと気づいたけれど、そうじゃなかったらまったく意味もわからず迷宮入りしてしまうところだ。
心の中で繰り返しては、こそばゆくなって、笑ってしまいそうになって、あったかくなる宮くんらしい言葉だったと思う。
どこかのお寺でゴォンと除夜の鐘を打つ音が遠くで聞こえた――と同時に突然、後ろから勢いよく抱きしめられた。
苦しいぐらい強く、一体何が起きたのか分からず呆気にとられてしまったが、振り向く前にその人物の声ですぐに誰だか分かった。
「…ケンカしたまま年越せるかよ」
抱きしめる腕に力を込めて、私の肩口に顔を寄せくぐもった声で宮くんは呟いた。
な、な、な…なんで!?どうして!?宮くんがここに!?
状況が飲み込めないながらも抱きしめられて心臓は正直にドキドキしている。
「み、宮くん、ライブは――」
今にも裏返りそうな声で私が驚いていると、彼は大きなため息をついてさらに顔を近づけてきた。
全力で走ってきたみたいで、ゼェゼェと肩で息をしているのが分かる。背中越しに感じる宮くんの体温が熱い。
「途中で切り上げてきた。…つーか驚きすぎだろ。まぁ、俺だって自分でも驚いてるけどな」
「だって、だってせっかく当選した貴重なライブなのに!大好きなみゆみゆとカウントダウンだよ?」
徐々に息を整えながらも私を後ろから抱きしめる腕は解く気はないらしく、宮くんはそのまま喋り続けた。
「そーだな。みゆ担にあるまじき背徳行為だ。俺だって何で今ここにるのか、何で汐見抱きしめながら年越しちまったのかわかんねぇ。気がついたらライブ会場飛び出しここに向かってたんだ、…くそ、お前のせいだ」
ドキドキしているのは私だけじゃないって、背中から伝わってくる宮くんの鼓動で分かる。
顔も、耳も、全身が熱くなる。境内で抱きしめられてバカップル全開に見えるだろう。
でもそんなことは気にならない。いつもなら気になるのに。
混んでいる神社で人の声も、雑音は何もかもシャットアウトされてしまったかのように、私にはもう宮くんの声しか聞こえていない。
ぶっきらぼうで、怒りっぽくて、不器用な彼だけど、ちゃんと私を大事にしたいって気持ちは真っ直ぐに伝わってくるから、後ろから回された腕を振り解けるはずもない。包み込まれるように抱きしめられてとても心地いい。寒さなんて忘れてしまうほどに。
「私のせいって…」
「それ以上は聞くな」
口下手な宮くんにこれ以上の質問は野暮なことだ。でも、もう大丈夫。わかってる。言葉以上に行動で示してくれたから。
宮くんの方に顔を傾けて頬を寄せるてぴたりとお互いの肌がくっつくと、あったかい。宮くんの心臓のリズムが速まったのを感じて私は小さく笑った。
「宮くん来てくれてありがとう。来年も…あ、もう今年だね、今年もよろしくね」
おう、と返事をして宮くんも私に頬を寄せてから、肩口に顔を埋めて抱きしめる腕に力を込めた。そんなに、強く抱きしめなくても逃げたりしないのに。時々、子供みたいな彼がとてもかわいいと思う時がある。今年もずっと一緒にいられたらいい。
ケンカもすると思うけれど、またこうして、その都度仲直りすればいいんだから。
「…あのー、お二人さん。俺らのこと忘れてません?」
無事仲直りをして年を越した私たち二人のやりとりをひとしきり見ていた後輩たちに、このあと絶妙なタイミングで声をかけられ――慌てて宮くんと私が離れたのは、…決まりきったオチである。ニヤニヤした高尾くんと、見てはいけないものを見てしまったとやや赤面している緑間くん。
空気を読んでの登場とは、まったくもって、いい後輩たちだ。
しかしその後の私と宮くんと言えば、しばらくの間、恥ずかしさのあまり目を合わせることも出来なかったのだった。
「じゃあ大晦日俺らと初詣行きます?湯島天神って決まっちゃってるけど」
さすが年の瀬、大晦日の予定が話題になり、高尾くんからのお誘いに私は嬉々とした表情で彼を見上げた。
いいの?と言わんばかりの視線を察してか、高尾くんは苦笑しながら「もちろん!」と答えてくれて、緑間くんも後に続くようにコクリと頷いた。
どうやら緑間くんの初詣は毎年、湯島天神と決まっているみたいだ。
大晦日の夜遅くに家を出て、年が明ける少し前に並び始めお参りをするのが恒例行事らしい。
これから1年、学問の神様に御利益を貰えるようにと参拝をするのだそうだ。
「…と言っても御利益は御利益でしかない。最後は自分の努力が全ての結果に繋がるのだよ」
淡々とした口調で告げる緑間くんは相変わらずだ。日々、人事を尽くしている彼が言うからこそ説得力がある。
――今日はWCを無事終えた翌日の12月30日。
スタメンだけでささやかだけれどお疲れ会が行われた。ありがたいことに私もそれに呼ばれたのだ。
せっかくスタメンだけで語らいたい事もあるだろうから遠慮すべきだったのかもしれないけど、これから受験勉強で忙しくなるしなかなか集まる機会もないなと思って、せっかくだから参加させてもらったのだ。
思い出話に花を咲かせつつ、学校近くのお好み焼き屋さんに行って、お腹いっぱい食べてきた。変わり種もんじゃも美味しかったなぁ。
何故、私だけ呼ばれたのか…、確かに、三年になってからはマネージャーの中でも中心となって動いていたのは私だ…というのも、三年のマネージャーが私しかいなかったからだろうけど。
秀徳バスケ部も部員数が多い。そのためマネージャーも複数人いたのだが、レベルの高い大学を目指すため途中で部活を辞めていくマネージャーも少なくなかった。そうでなければ、ドジな私がマネージャーの中での中心になんて選ばれるわけないからだ。
しかし、そう思っていたのは私だけだったようで、みんなからは「頼りにしていた」とか「いつも助けてもらって感謝してる」とか、私には勿体ない言葉をもらえたので思わず泣きそうになった。助けられたのは私の方だ。
特に、二年の冬、大坪くんが主将になって、それから彼には何度も助けられたなぁ。
主将とマネージャーが連携して部の仕事を担うこともあったし、部費を増やして貰うために生徒会に交渉しに行った時には大坪くんの発言力にとても感心した。大坪くんは、普段は温厚だけどもバスケが関わるとスイッチが入ったようにいつも以上に凛々しく、強気になるとても頼もしい主将だ。
…私にとって幸せな3年間だった。
3年間、一生懸命やっていたらみんなが働きを認めてくれて、特にスタメンのみんなとも仲良くなって、…そして、その中に私の彼氏の宮くんもいる。1一年の冬から気になりはじめて、二年の間はずっと片思いをし、三年の夏、私から告白する前に彼の方から好きだと告げてきてくれた。
あの時は口から心臓が飛び出しそうになるぐらい驚いたものだ。同じ気持ちだったなんて、想像していない展開だったから。
お好み焼き屋さんを出て駅まで向かう帰り道、広い通りをぞろぞろと並んで歩くとたった6人だけでもすごい迫力だ。
何せ6人中4人が180センチを越える長身。他の人からどう見えるんだろう。
3人の大男に脅されてるカップル…なーんて。想像の中だけでも高尾くんが私の相手にされたら可哀想か。
WCの余韻に浸ってる間もなく、三年に待っているのは受験勉強。受験が落ち着くまでみんなで集まってこうしてご飯を食べることもなかなか難しくなるかもしれない。
ちょっと寂しいなぁ。今日だってすごく楽しい会だった…――のに、私の彼氏は眉間に皺を寄せておもしろくないって顔してる。
それに気づいた高尾くんが、私が声をかけるより先に宮くんに話しかけた。
「宮地さん、俺と真ちゃんと琴音さんが初詣行くのおもしろくねぇって顔に書いてありますよ」
「………うるせぇ」
意味深な間をおいて返す宮くん。それって、高尾くんが言ってること肯定してるって事になっちゃうけど?
いつもなら怒り混じりに声を張って言い返すのに今日はちょっとヘンだ。
「そっか、お前ら付き合ってんだっけか」
「それっぽい空気もねぇからつい忘れる時あるよなぁ」
ハハハ、と笑いながら大坪くんも木村くんも好き勝手言うけど、仕方ないじゃないか。
夏から付き合ってるけどほとんどインハイやWCに向けて部活漬けの日々だったし。
それに、カップルらしいことなんて数える程度しかしていない。
…しかし、何故、宮くんが不貞腐れるのだ。
私が誰と初詣に行こうがいいじゃないか。
そもそも大晦日に既に決まった予定が入ってるのは宮くんの方なのに。
「だって宮くんカウントダウンライブでしょ?毎年、ファンクラブ会員限定でその中でも当選した人しか行けないっていうあのレアなライブ…」
「確かに俺はそのライブに行くが、汐見がこいつらと初詣に行くのが気に食わねぇ」
「私が初詣に行きたかったなって言ったら誘ってくれただけだよ。宮くん、そーゆー子供みたいなヤキモチみっとみないよ?」
私と宮くんの後ろでブフォッと高尾くんが吹き出して笑った。ホントはみんなの前でこんな言い合いしたくないのに、いい後輩たちを“こいつら”なんて邪魔者みたいに言うから、ちょっと頭にきた。
ギリギリまで部活に打ち込んできた分、ここから受験に必死に向かっていくわけで…だから、学問の神様がいる湯島天神に参拝して元旦を迎えたいし、後輩二人について行ったっていいじゃないか。誘ってくれてるわけだし、宮くんもよく知っている二人だろう。
それに、宮くんが大晦日にライブに行かないんだったら、ちゃんと私から初詣に誘っているところだ。
でもライブは、毎年、宮くんが楽しみにしてるものだから。
倍率高いんだよなぁって申込の秋にボヤいて、チケット当落の日は部活中もそわそわしてるほどレアなライブなんだって知ってるから、だから引き留めるなんて出来ないよ!…って、全部、私の口から言わないと分からないほど宮くん、察しが悪い人じゃないはず。
しかし口喧嘩とは、火蓋を切ってしまえばそんな内心での察し合いは関係ないものだ。
売り言葉に買い言葉で、宮くんが私に詰め寄ってきた。
「別に妬いてねぇよ誰が妬くか!ただ俺の前で他の奴とそーゆー約束すんな!」
「他の奴って…いい後輩たちのことどうしてそんな邪険に扱うの!?それに宮くんのいないところで約束したらそれはそれで文句言うでしょ!」
私のことはともかく、好意で誘ってくれた高尾くんたちのことまで悪く言われた気がしてさすがに私もカチンときた。
普段、あまり怒ることはないけれど、私だって怒るときは怒る。
「…言わねぇ」
「言う」
「言わねぇ!」
「絶対言う!妬く!」
「妬かねぇよ自惚れんな!」
「別に自惚れてない!」
思ったより声を荒げてしまい自分でもビックリしているけど、今日は引けない。
ギッとにらみ合っている私たち二人の間を高尾くんは何ともタイミングをよく割って入ってきた。
「はいは~い、先輩らストッップ!」
「そうだぞ。お前ら年の瀬にケンカするな。ケンカしてると福が逃げるぞ」
「大坪、お前またオカンキャラ出てるぞ。…ま、俺ら彼女なし面子の前じゃケンカすら羨ましいけどなぁ」
「…別に俺は羨ましくないのだよ」
「真ちゃん、それ琴音さんに失礼じゃね?」
「ちが、…そ、そういう意味ではないのだよ」
高尾くんを皮切りに次々とみんながワイワイとしゃべりだし宥めてくれたので、何とか私と宮くんの口論は収まった。
ほんと、みんな優しいよなぁと、しみじみいいチームだと痛感した。
この中なら誰に惚れててもおかしくないってほど、みんな素敵な男の子。
でも、私の彼氏はその中でも群を抜いて素直じゃなくて不器用。きっと大坪くんを好きになったらケンカもなく大事にしてもらえるんだろうなって思ったことがあるのに、私が好きなのは宮くんなのだ。
些細なことで口論しては、どうして宮くんなんだろうって自分でも不思議に思う。
彼と付き合う以前、緑間くんに私との相性を占ってもらったことがある。
『相性が悪いのに惹かれ合うごく稀な縁がある』と教えてもらい、まさにそれだと今、実感している。
その日は駅にたどり着いて解散となった。
宮くんとは方向が逆なので結局一言も交わさず、夜になっても私の携帯は鳴ることはなかった。
静かな携帯電話を枕元に置いて、しばらく眠りにつけなかったけれど、諦めて眠りについたのは午前3時。
素直になれなくて自分からも連絡できず、ため息が漏れた。
そして、心にわだかまりを残したまま迎えた大晦日。
□ □ □
大晦日、JR線は終日運行。夜の11時半に最寄り駅で待ち合わせてから湯島天神へ向かった。
駅を出て坂をあがると、ぞろぞろと神社へ向かう大勢の人が歩いていた。受験前なだけあって私たちと同じ学生も多いようだ。
境内に入ったところで露店で賑わっているのがすぐに目に入った。甘酒のいい香りがするなぁ。
まだ時間もあるし、並ぶ前に甘酒でも飲んであったまろうかということになった。
「オレ買ってくるから二人はここで待ってて」
高尾くんは私たちにそう告げると足早に混み合っている露店エリアへ向かって行った。
ホントに気が利く子だな~と感心しつつ、緑間くんとぽつりぽつりと話して待っていたのだが、なかなか高尾くんは戻ってこない。
吐く息も白い程、寒い冬の夜、甘酒の露店に行列でも出来ているのだろう。
もうすぐ0時…境内はかなり混みはじめてきた。私たちもそろそろ並び始めないと。
「…高尾の奴、何をしている。そろそろ並び始めないと年明けすぐの参拝に間に合わないのだよ」
しびれを切らした緑間くんが、ちょっと見てきます、と、急ぎ足で高尾くんを探しに向かった。
甘酒の露店はここには1つしかないはずだけど、もしかして混んでるから境内の外の大通りまで行ったのかな?
3人とも携帯を持っているとはいえ、私がここを動いたら二人に探させてしまうことになるだろうから動かない方が正解だろう。
しかし間もなく、どんどん並ぶ人も増えてきて混雑で押され私は少しずつ境内の入り口の鳥居まで押し戻されてしまった。
慌てながらも素早く携帯を取り出して、高尾くんと緑間くんに『人で押し戻されてちゃったので鳥居付近で待ってます』と伝え、私は出来るだけ参拝者の邪魔にならない場所で待つことにした。
鳥居に背を向け夜空を見上げれば、冬の空は澄んでいて星が綺麗。
今年が終わっちゃうんだなぁ。しみじみと心の中で思い出を振り返る。
記憶に新しい、つい先日の激動のWC。胸を熱くさせた熱戦、勝てなかった悔しさ、チームメイトの涙。
様々な記憶が脳裏に映っていく。その中で最も強く思うことと言えば――…みんなに勝たせてあげたかったなぁ。
これに尽きる。誰よりも側で見てきたから、終わってしまったことなのに願わずにはいられなかった。
私たちは、三年はこれで引退だ。
冬休み明けの部活初日で、部員達の前で挨拶をして、それで本当にもう――。
らしくもなくジンと目頭が熱くなってきた。つい一昨日、散々、涙が枯れるほど泣いたというのに。
待ちぼうけしている間に、0時まであと1分を切った。腕時計の秒針が今年最後の一周をはじめる。
念のため携帯を見ても高尾くんからも緑間くんからもメールは届いていない。
0時前後ってメールが届かなかったり電話が繋がらなかったりするんだったっけ。
最近じゃ年賀状でなく年賀メールの方で済ませちゃう人も多いせいか。
新年を迎える瞬間、今年は一人かぁって思った。
そんな時に、夏に宮くんから告白された日の事を思い出す。
――『黙って俺に攫われてろ』…、だって。何だ、何だそれ。
そんな分かり難い「好き」なんて聞いたことがない。私はずっと宮くんに想いを寄せてきたからすぐにそれが告白の類のものだと気づいたけれど、そうじゃなかったらまったく意味もわからず迷宮入りしてしまうところだ。
心の中で繰り返しては、こそばゆくなって、笑ってしまいそうになって、あったかくなる宮くんらしい言葉だったと思う。
どこかのお寺でゴォンと除夜の鐘を打つ音が遠くで聞こえた――と同時に突然、後ろから勢いよく抱きしめられた。
苦しいぐらい強く、一体何が起きたのか分からず呆気にとられてしまったが、振り向く前にその人物の声ですぐに誰だか分かった。
「…ケンカしたまま年越せるかよ」
抱きしめる腕に力を込めて、私の肩口に顔を寄せくぐもった声で宮くんは呟いた。
な、な、な…なんで!?どうして!?宮くんがここに!?
状況が飲み込めないながらも抱きしめられて心臓は正直にドキドキしている。
「み、宮くん、ライブは――」
今にも裏返りそうな声で私が驚いていると、彼は大きなため息をついてさらに顔を近づけてきた。
全力で走ってきたみたいで、ゼェゼェと肩で息をしているのが分かる。背中越しに感じる宮くんの体温が熱い。
「途中で切り上げてきた。…つーか驚きすぎだろ。まぁ、俺だって自分でも驚いてるけどな」
「だって、だってせっかく当選した貴重なライブなのに!大好きなみゆみゆとカウントダウンだよ?」
徐々に息を整えながらも私を後ろから抱きしめる腕は解く気はないらしく、宮くんはそのまま喋り続けた。
「そーだな。みゆ担にあるまじき背徳行為だ。俺だって何で今ここにるのか、何で汐見抱きしめながら年越しちまったのかわかんねぇ。気がついたらライブ会場飛び出しここに向かってたんだ、…くそ、お前のせいだ」
ドキドキしているのは私だけじゃないって、背中から伝わってくる宮くんの鼓動で分かる。
顔も、耳も、全身が熱くなる。境内で抱きしめられてバカップル全開に見えるだろう。
でもそんなことは気にならない。いつもなら気になるのに。
混んでいる神社で人の声も、雑音は何もかもシャットアウトされてしまったかのように、私にはもう宮くんの声しか聞こえていない。
ぶっきらぼうで、怒りっぽくて、不器用な彼だけど、ちゃんと私を大事にしたいって気持ちは真っ直ぐに伝わってくるから、後ろから回された腕を振り解けるはずもない。包み込まれるように抱きしめられてとても心地いい。寒さなんて忘れてしまうほどに。
「私のせいって…」
「それ以上は聞くな」
口下手な宮くんにこれ以上の質問は野暮なことだ。でも、もう大丈夫。わかってる。言葉以上に行動で示してくれたから。
宮くんの方に顔を傾けて頬を寄せるてぴたりとお互いの肌がくっつくと、あったかい。宮くんの心臓のリズムが速まったのを感じて私は小さく笑った。
「宮くん来てくれてありがとう。来年も…あ、もう今年だね、今年もよろしくね」
おう、と返事をして宮くんも私に頬を寄せてから、肩口に顔を埋めて抱きしめる腕に力を込めた。そんなに、強く抱きしめなくても逃げたりしないのに。時々、子供みたいな彼がとてもかわいいと思う時がある。今年もずっと一緒にいられたらいい。
ケンカもすると思うけれど、またこうして、その都度仲直りすればいいんだから。
「…あのー、お二人さん。俺らのこと忘れてません?」
無事仲直りをして年を越した私たち二人のやりとりをひとしきり見ていた後輩たちに、このあと絶妙なタイミングで声をかけられ――慌てて宮くんと私が離れたのは、…決まりきったオチである。ニヤニヤした高尾くんと、見てはいけないものを見てしまったとやや赤面している緑間くん。
空気を読んでの登場とは、まったくもって、いい後輩たちだ。
しかしその後の私と宮くんと言えば、しばらくの間、恥ずかしさのあまり目を合わせることも出来なかったのだった。