短編・中編
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恋のファンブル
橙から群青へ移り変わる空。
部活が終わる頃には、秋の夜空には星が瞬いていた。
ちょうど帰るタイミングが合った一年生コンビと一緒に帰ることに。途中緑間くんは寄るところがあると言って岐路で別れた。
口数の少ない緑間くんとは対照的に、高尾くんはおしゃべりだ。
二人きりになっても話題は尽きない。私は話上手ではないのだけれど、高尾くんが気を利かせて話題を引き出してくれるからとても助かる。緑間くんがいなくなったのをいいことに、必然的に話題は緑間くんになった。
「この前、真ちゃんが超ありねーことしてさぁ」
どうやら、時々目の当たりにする緑間くん不思議な行動や発言は高尾くんの笑いのツボらしく、私に教えようとして話すもオチまで持たずに決まって思い出し笑いをしていた。それが可笑しくてつられて私も声を立てて笑う。
以前からこんな日があったりして、私は高尾くんと話すのが楽しみになっていた。ひとしきり笑った後、お互いに呼吸を整えるも、また思いだし笑いをしてしまいそうで落ち着かず、そこからも話題は尽きない。
この前、宮地くんが好きなアイドルのコンサートチケットの抽選申し込み手伝ってあげたら偶然当選し、すごく感謝されたという話をしたら高尾くんはまた笑っていた。
「宮地さんとアイドルって全然結びつかないわぁ」
「そうかな?昔から好きだったみたいだよ」
「そーいや先輩は好きなアーティストとかいんの?」
「うーん、特にいないかなあ」
頭の中で考えてみるともやはりこれといった人は出てこない。ある程度ヒットチャートをチェックして気に入った曲があればダウンロードして聴く程度だ。何か答えてあげられたらよかったんだけど…、と苦笑して横を見ると、高尾くんは何か考え込んでいるようだった。その顔はやけにいつもより凛々しく見えた。
「――じゃあ好きな人は?」
私は瞬きを忘れて数秒固まった。まさかそんな質問が飛んでこようとは思ってもいなかったからだ。咄嗟に頷いて「いるよ」と答えると、高尾くんは口角をあげて少し意地悪そうに微笑んだ。
「そっか。俺、全力で応援するわ」
「うん、よろしくね」
好きな人からまさか恋路を応援されるとは。
私は胸がつかえるような苦しさをぐっとこらえて、笑った。
そんな質問されると思わなかったから、不意打ちすぎて嘘を答えてしまった。臆病ゆえに、今このタイミングで伝えるべきではないと頭の中で警鐘が鳴った。その場から逃げたくなったけど、勘のいい彼に悟られないために足が動き出すのを堪えた。
何故言えなかったんだろう。
私の好きな人は高尾くんです、と。
□ □ □
それからというもの、高尾くんと二人で話す機会が増えた。
部活の帰り道に、ファーストフード、部室で二人きりになったタイミングで、などなど。いつもの雑談に加えて私の恋の相談だ。
話がしやすいように、私の好きな人を『一年の時同じクラスだった人』っていう、これまた嘘がバレにくい位置の人に設定しておいた。
高尾くんは、応援するからにはそいつのことを教えてくれないと、と私に根掘り葉掘り聞いてきた。
その話した半分くらいは捏造だけれど、好きなところを答えるときは心の中で高尾くんを想像して話した。
「先輩の好きな奴って、俺と似てる?」
するとすかさずツッコミが入った。
さすが勘のいい彼だ。私はギクリとして冷や汗をかいたが表情には出ないように気をつけたおかげで悟られずに済んだ。
「…似てるところもあるかもね」
ていうか、高尾くんご本人ですけどね。
内心で呟くも虚しさが込みあげてきた。とても複雑な気分だ。
高尾くんが私の恋を全力で応援してくれてるというのは事実だった。話題のネタにする的なからかいは全くなく、高尾くんは真剣に話を聞いてくれるし真剣にアドバイスをくれる。
男心のポイントもご教授頂いた。自分事のように親身になってくれるのは嬉しい。少なくとも私は嫌われてはないのだろう。
むしろ、『先輩』や『マネージャー』としてなら好かれている証拠だ。それは純粋に嬉しい。
ただ同時に、私の恋を応援するということは、既に高尾くんの中で私は“恋愛対象外”だということを意味していた。
好きな奴とくっついてハッピーになってくれと、俺が応援してるから大丈夫、うまくいくと、言われる度に虚しくなってくる。
心もズキズキと痛む。これは、私が嘘をついた代償だろうか。
『一年の時同じクラスだった好きな人』なんて存在しないのに。
ズキズキと心が痛む鈍い音だけ、私の鼓膜に絶え間なく響き続けた。
□ □ □
――数日後。
明日、体育館で行われる行事の都合で、本日の使用時間は夕方六時までとなっていた。バスケ部も例外でなく六時完全撤収を命じられたので、皆十五分前には忙しなく片付けをはじめていた。
今日はマネージャーの仕事がたくさんあってバタバタと行ったり来たり。ようやく終わって部室に戻ったら、これから帰る部員たちとゾロゾロとすれ違った。
部室の中に入るとバスケットボールを指の上で器用に回している高尾くんが一人。…もしかして、待っていてくれたんだろうか?
「おつかれさまーっス」
相変わらずの陽気な声はすっかり聴き慣れて耳に馴染んでいた。
チャラっぽい喋り方も、
笑いのツボが不思議でよく笑うところも、
信用した相手には甘えるところも、
本当は誠実で優しいところも、
誰よりも――
「先輩どーした?」
気がついたら高尾くんを見つめて物思いに耽ってしまっていたようだった。話しかけられて途端に恥ずかしくなり、私は顔を真っ赤にして下を向いた。今ので完全に様子がおかしいことに気付かれた、かも。
彼に応援してもらうのも、辛すぎるしもう終わりにしなくちゃいけない。私は目を閉じて深呼吸をしてから高尾くんに背を向ける。視線は部室のドア。ここを開ければすぐに外だ。
「…実はね、今日、例の彼と待ち合わせしてて今から告白しようかと思ってるんだ。高尾くん、成功することを祈っててね」
静まり返った二人だけの空間に、私の声が響く。
咄嗟についた嘘にしてはスラスラと言葉にできたので、私にしては上出来だった。
これ以上、架空の恋を応援してもらうのも心苦しい。
応援されればされるほど、高尾くんが私を恋愛対象として見ていないとわかるのも、悲しい。だからここでピリオドを打たなければいけない。明日会ったら、へらへら笑って『振られちゃったぁ』って報告すればいい。今日が終われば、またいつもの日常に戻るはずだ。高尾くんと二人でどこか寄り道したりアドバイスをもらったりすることも、もうないかもしれない。苦しいな、苦しい。でも今よりきっとマシだ。
『がんばれよ、先輩!』とでも言ってくれるのかと思っていたが、私の後ろにいる高尾くんは黙っていた。
彼の相槌を待たずに外へ出ようとドアの方へ一歩踏み出すと、同時にバスケットボールが床に落ちる音。
ゆっくり転がったそれは私の足のかかとあたりにぶつかった。
足は、一歩目しか踏み出せなかった。
私の右手は、後ろから高尾くんに強く引かれていたからだ。前に進むことができない。かといって振り返ることもできない。
高尾くんはどんな表情をしているのだろう。捕まれた手から手へ熱が移動してくるみたいに、私の手も急に温かくなっていく。
「……こんなはずじゃなかったっつーの」
いつものように軽い口調だが、高尾くんの触れた手が汗ばんでいるのが分かった。指先から、緊張しているのが伝わってくる。
「嘘ばっかついてきたけど今日は無理」
自嘲気味に高尾くんは言った。手を引っ張られた理由も、彼の言葉も私には理解できなかった。そもそも嘘をついていたのは私の方なのに、高尾くんはどんな嘘をついたというんだ。
――頭の中に、ひとつの“答え”が過る。
もしあの日から、あの日の帰り道から、私たちはすでに同じ想いを抱えていたなら。二人ともすれ違っていただけだったとしたら、ひどく滑稽なシナリオだ。高尾くんの顔を見れず確かめようのない疑問と、微かな予感に肩を震わせた。
「どこにも行くなよ、先輩」
切羽つまった呟き。彼のこんな声は、はじめて聴いた。そして、予感が確信に変わった。掴まれていた手をさらに強く引かれて私は高尾くんの方へ背中から倒れこんだ。そのまま後ろから抱きしめられた腕の中でここは檻だと思った。逃れられない、逃れる必要もない。最初からここに閉じ込められる未来だったとしたら、ずいぶん遠回りをしたものだ。最初から同じ気持ちをお互いに伝えることが出来ていたのなら、二人とも器用だったなら、こんなドラマは起こらない。堪え切れず私はフッと笑いだした。
高尾くんに応援されることで、高尾くんへの気持ちを押し殺したこと。『一年の時同じクラスだった好きな人』なんて、実在しない架空の人物だということ。本当に好きな人は今ここにいる君だということ。…さて、どれから種明かしをしたらいい?
橙から群青へ移り変わる空。
部活が終わる頃には、秋の夜空には星が瞬いていた。
ちょうど帰るタイミングが合った一年生コンビと一緒に帰ることに。途中緑間くんは寄るところがあると言って岐路で別れた。
口数の少ない緑間くんとは対照的に、高尾くんはおしゃべりだ。
二人きりになっても話題は尽きない。私は話上手ではないのだけれど、高尾くんが気を利かせて話題を引き出してくれるからとても助かる。緑間くんがいなくなったのをいいことに、必然的に話題は緑間くんになった。
「この前、真ちゃんが超ありねーことしてさぁ」
どうやら、時々目の当たりにする緑間くん不思議な行動や発言は高尾くんの笑いのツボらしく、私に教えようとして話すもオチまで持たずに決まって思い出し笑いをしていた。それが可笑しくてつられて私も声を立てて笑う。
以前からこんな日があったりして、私は高尾くんと話すのが楽しみになっていた。ひとしきり笑った後、お互いに呼吸を整えるも、また思いだし笑いをしてしまいそうで落ち着かず、そこからも話題は尽きない。
この前、宮地くんが好きなアイドルのコンサートチケットの抽選申し込み手伝ってあげたら偶然当選し、すごく感謝されたという話をしたら高尾くんはまた笑っていた。
「宮地さんとアイドルって全然結びつかないわぁ」
「そうかな?昔から好きだったみたいだよ」
「そーいや先輩は好きなアーティストとかいんの?」
「うーん、特にいないかなあ」
頭の中で考えてみるともやはりこれといった人は出てこない。ある程度ヒットチャートをチェックして気に入った曲があればダウンロードして聴く程度だ。何か答えてあげられたらよかったんだけど…、と苦笑して横を見ると、高尾くんは何か考え込んでいるようだった。その顔はやけにいつもより凛々しく見えた。
「――じゃあ好きな人は?」
私は瞬きを忘れて数秒固まった。まさかそんな質問が飛んでこようとは思ってもいなかったからだ。咄嗟に頷いて「いるよ」と答えると、高尾くんは口角をあげて少し意地悪そうに微笑んだ。
「そっか。俺、全力で応援するわ」
「うん、よろしくね」
好きな人からまさか恋路を応援されるとは。
私は胸がつかえるような苦しさをぐっとこらえて、笑った。
そんな質問されると思わなかったから、不意打ちすぎて嘘を答えてしまった。臆病ゆえに、今このタイミングで伝えるべきではないと頭の中で警鐘が鳴った。その場から逃げたくなったけど、勘のいい彼に悟られないために足が動き出すのを堪えた。
何故言えなかったんだろう。
私の好きな人は高尾くんです、と。
□ □ □
それからというもの、高尾くんと二人で話す機会が増えた。
部活の帰り道に、ファーストフード、部室で二人きりになったタイミングで、などなど。いつもの雑談に加えて私の恋の相談だ。
話がしやすいように、私の好きな人を『一年の時同じクラスだった人』っていう、これまた嘘がバレにくい位置の人に設定しておいた。
高尾くんは、応援するからにはそいつのことを教えてくれないと、と私に根掘り葉掘り聞いてきた。
その話した半分くらいは捏造だけれど、好きなところを答えるときは心の中で高尾くんを想像して話した。
「先輩の好きな奴って、俺と似てる?」
するとすかさずツッコミが入った。
さすが勘のいい彼だ。私はギクリとして冷や汗をかいたが表情には出ないように気をつけたおかげで悟られずに済んだ。
「…似てるところもあるかもね」
ていうか、高尾くんご本人ですけどね。
内心で呟くも虚しさが込みあげてきた。とても複雑な気分だ。
高尾くんが私の恋を全力で応援してくれてるというのは事実だった。話題のネタにする的なからかいは全くなく、高尾くんは真剣に話を聞いてくれるし真剣にアドバイスをくれる。
男心のポイントもご教授頂いた。自分事のように親身になってくれるのは嬉しい。少なくとも私は嫌われてはないのだろう。
むしろ、『先輩』や『マネージャー』としてなら好かれている証拠だ。それは純粋に嬉しい。
ただ同時に、私の恋を応援するということは、既に高尾くんの中で私は“恋愛対象外”だということを意味していた。
好きな奴とくっついてハッピーになってくれと、俺が応援してるから大丈夫、うまくいくと、言われる度に虚しくなってくる。
心もズキズキと痛む。これは、私が嘘をついた代償だろうか。
『一年の時同じクラスだった好きな人』なんて存在しないのに。
ズキズキと心が痛む鈍い音だけ、私の鼓膜に絶え間なく響き続けた。
□ □ □
――数日後。
明日、体育館で行われる行事の都合で、本日の使用時間は夕方六時までとなっていた。バスケ部も例外でなく六時完全撤収を命じられたので、皆十五分前には忙しなく片付けをはじめていた。
今日はマネージャーの仕事がたくさんあってバタバタと行ったり来たり。ようやく終わって部室に戻ったら、これから帰る部員たちとゾロゾロとすれ違った。
部室の中に入るとバスケットボールを指の上で器用に回している高尾くんが一人。…もしかして、待っていてくれたんだろうか?
「おつかれさまーっス」
相変わらずの陽気な声はすっかり聴き慣れて耳に馴染んでいた。
チャラっぽい喋り方も、
笑いのツボが不思議でよく笑うところも、
信用した相手には甘えるところも、
本当は誠実で優しいところも、
誰よりも――
「先輩どーした?」
気がついたら高尾くんを見つめて物思いに耽ってしまっていたようだった。話しかけられて途端に恥ずかしくなり、私は顔を真っ赤にして下を向いた。今ので完全に様子がおかしいことに気付かれた、かも。
彼に応援してもらうのも、辛すぎるしもう終わりにしなくちゃいけない。私は目を閉じて深呼吸をしてから高尾くんに背を向ける。視線は部室のドア。ここを開ければすぐに外だ。
「…実はね、今日、例の彼と待ち合わせしてて今から告白しようかと思ってるんだ。高尾くん、成功することを祈っててね」
静まり返った二人だけの空間に、私の声が響く。
咄嗟についた嘘にしてはスラスラと言葉にできたので、私にしては上出来だった。
これ以上、架空の恋を応援してもらうのも心苦しい。
応援されればされるほど、高尾くんが私を恋愛対象として見ていないとわかるのも、悲しい。だからここでピリオドを打たなければいけない。明日会ったら、へらへら笑って『振られちゃったぁ』って報告すればいい。今日が終われば、またいつもの日常に戻るはずだ。高尾くんと二人でどこか寄り道したりアドバイスをもらったりすることも、もうないかもしれない。苦しいな、苦しい。でも今よりきっとマシだ。
『がんばれよ、先輩!』とでも言ってくれるのかと思っていたが、私の後ろにいる高尾くんは黙っていた。
彼の相槌を待たずに外へ出ようとドアの方へ一歩踏み出すと、同時にバスケットボールが床に落ちる音。
ゆっくり転がったそれは私の足のかかとあたりにぶつかった。
足は、一歩目しか踏み出せなかった。
私の右手は、後ろから高尾くんに強く引かれていたからだ。前に進むことができない。かといって振り返ることもできない。
高尾くんはどんな表情をしているのだろう。捕まれた手から手へ熱が移動してくるみたいに、私の手も急に温かくなっていく。
「……こんなはずじゃなかったっつーの」
いつものように軽い口調だが、高尾くんの触れた手が汗ばんでいるのが分かった。指先から、緊張しているのが伝わってくる。
「嘘ばっかついてきたけど今日は無理」
自嘲気味に高尾くんは言った。手を引っ張られた理由も、彼の言葉も私には理解できなかった。そもそも嘘をついていたのは私の方なのに、高尾くんはどんな嘘をついたというんだ。
――頭の中に、ひとつの“答え”が過る。
もしあの日から、あの日の帰り道から、私たちはすでに同じ想いを抱えていたなら。二人ともすれ違っていただけだったとしたら、ひどく滑稽なシナリオだ。高尾くんの顔を見れず確かめようのない疑問と、微かな予感に肩を震わせた。
「どこにも行くなよ、先輩」
切羽つまった呟き。彼のこんな声は、はじめて聴いた。そして、予感が確信に変わった。掴まれていた手をさらに強く引かれて私は高尾くんの方へ背中から倒れこんだ。そのまま後ろから抱きしめられた腕の中でここは檻だと思った。逃れられない、逃れる必要もない。最初からここに閉じ込められる未来だったとしたら、ずいぶん遠回りをしたものだ。最初から同じ気持ちをお互いに伝えることが出来ていたのなら、二人とも器用だったなら、こんなドラマは起こらない。堪え切れず私はフッと笑いだした。
高尾くんに応援されることで、高尾くんへの気持ちを押し殺したこと。『一年の時同じクラスだった好きな人』なんて、実在しない架空の人物だということ。本当に好きな人は今ここにいる君だということ。…さて、どれから種明かしをしたらいい?