短編・中編
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左のシークレット・アイ
秋の某日――、これから洗濯するタオルを運びながら、私は横目でミニゲームを一瞥した。
学年シャッフルにしてダブルエースを別々のチームに入れての試合。現在のスコアは30対28。
氷室くんがいるチームの方がややリードしていた。私の目は自然と彼を追ってしまう。ドリブル、パス、で、またそのボールが戻ってきて、敦くんのディフェンスが反応するより早く氷室くんはミラージュシュートを放った。ボールを持ってからのシュートモーションが一段と早い。フォームもすごくキレイだ。
何度も打ってる氷室くんの必殺技とも呼べるそれは、見る度に洗練されていくようだった。シュパッ、とボールが網にくぐる音。
リングにすこしも掠めることなく綺麗に入り、得点係がスコアボードをめくった。
「室ちん本気でやりすぎだし~」
「アツシもそろそろ本気でやったらどうだい?」
小さくガッツポーズをとる氷室くんに敦くんにのっそりとした動きで近づいて唇を尖らせた。身長2mを越える敦くんのディフェンスは最強のはずだが、今あっさりと氷室くんにシュートを決められてしまったのは、ただ単純に敦くんが本気を出していなかっただけらしい。
練習でもほとんどやる気モードを見せない彼がミニゲームとはいえ序盤から本気を出すことは滅多にない。
いつもの光景といえばそうだが、さすがに今日は監督もじっくり見ているわけだからそろそろちゃんとやったほうがいいと思うんだけどなぁ…と私は心の中で独り言ちた。
ただ、氷室くんも敦くんの苦手なシュートコースを計算して打ってるわけだから、ちゃんとディフェンス・ブロックされるもの想定している。あんまり甘く見てると痛い目あうよ~と私は敦くんに内心で警告を送った。今は敵チームだというのに二人の会話は妙に和やかな声色だ。
「ふーん。まぁ、そろそろやるか~。雅子ちんに怒られたくないし」
「そうこなくちゃ」
試合モードにやっと切り替わったわざとらしく敦くんは溜息を漏らして、自分のポジションに戻って行った。後ろ姿を見てニッ、と好戦的に微笑む氷室くんの横顔をコートの外から見つつ、私はタオルを置いて今度は空ボトルを回収しはじめた。
――横顔が綺麗で、危うく見とれそうになった。
私もちゃんとミニゲームを見たいけれど雑務も溜まっているので横目で見るのが精一杯。とりあえずタオルの洗濯、ドリンクを作ったり…それらを終わらせてからでないとミニゲームもゆっくり見れない。早く終わらせなくちゃ。
バスケ部ではほとんどが基礎練や監督が組んだ特別メニューをこなしている中でも、定期的に行われる実力を見るためのミニゲームと、不定期に突発的に行われるミニゲームがある。今日行われているのは後者だ。
昨日の時点で監督が決定し、『バスケ部がミニゲームをやる!』という話はあっという間に伝わって、今日は氷室くん見たさに練習を見に来ている女子がチラホラいるようだ。熱い視線と黄色い歓声は氷室くんに。そしてその女子と氷室くんを交互に見ては悔し泣きしそうな顔をしているのは岡村くんだ。今回、彼は氷室くんと同じチームなのだが嫉妬で暴走しかねない。氷室くんに妬んで暴走しだしたら注意せねば――と、思いつつも、やはり私の視線は氷室くんに戻ってしまう。
特に、左側だけを。
まさかこんなに見つめてしまうとは自分でも思わなかった。理由は、まぁ、ただなんとなく、彼の隠れた左目が気になっただけの話なのだが。
つい先日、何故か髪で隠れている氷室くんの左目について何気なく敦くんに聞いてみたところ――、
『室ちんの左目はね………、あーーこれだけは言えないなぁ~自分の目で確かめてみなよ』
――とのこと。
結局教えてもらえなかったが、敦くんは左目の秘密を知ってるかのようにフッフッフと不敵な笑い声を立てていた。結局教えてくれないの?と、私が抗議したらチョコパイをくれたので怒りは落ち着いた。私はあっさりと引き下がり、もらったチョコパイをおとなしく食べた。敦くんが大事なお菓子をくれるなんて、珍しい。
しかし『自分の目で確かめてみなよ』と、そう言われては、この件、真実を知るまで引き下がるわけにはいかない。
左目だけ一重とか?目の色が違うとか?邪眼とか!?
色々考えてみるも結局それは自分で確かめる他ない。
敦くんとの会話の翌日――そう、今日である。
一晩寝ても氷室くんの秘密の左目への興味は薄れることはなく、移動教室でバッタリり廊下で遭遇した際にも、部活がはじまっても、激しく動くミニゲーム中でも、私の視線は彼の髪で隠れている下にあるであろう左目ばかりを見ていた。
基礎練の最中やミニゲーム前の休憩中に、私の視線に気づいた氷室くんは目が合えばニコリと笑ってくれた。
刹那、心臓が高鳴る。陽泉高校へ途中で氷室くんが転入してきて、彼と出会うまで、彼ほどの美青年が私の周りにはいなかったから。目が合って微笑まれればドキリともするだろう。しない女の子はいないと思う。彼のファンの気持ちがわかる。氷室くんを特別好きだとか思ったことはない私でさえドキドキしてしまうのだから。
ただ、目的を取り違えてはいけない。
私の目的は秘密の左目の真実を知ることだ。
自分の仕事はサクサク終えてミニゲーム観戦に没頭できたのだが、出来る限り見ていたにも関わらず、その左目はまったく拝むことはできなかった。もう少しマネージャーとして観察すべきところがあるのはわかっているが、この問題を解決するまでは他の事が頭に居入って来ないのだから仕方がない。
マネージャーとしては選手の動きをよく見ていないといけないのに、今日ばかり私の視線は氷室くんのみに集中していた。
『隠れてる左目が気になるから』って、こんな理由で彼ばかりを見ていたことを監督に知られたら間違いなく怒られるが、今日だけはすいません、どうしても!見たいんです!
当人に聞こえるはずもない謎の主張を、心の中だけで叫んでいた。
氷室くんのサラサラとした髪は、彼の動きに合わせて揺れるも上手い具合に左目を常に隠していた。
細くて綺麗な髪の毛の間から垣間見えることもない。私の見つめる目も、もどかしさで凝視に変わっていった。
ファンの人に気づかれたら多分反感を買ってしまうだろうなぁ。
そして試合後、体育館は熱気で包まれる。
ミニゲームは白熱し、僅差で敦くんがいるチームが勝ち、このミニゲームにて今日部活は終了となった。
□ □ □
「ちょっといいかな」
案の上、私は部活後に氷室くんに体育館裏に呼び出された。
ハッ!用事を思い出したのでまた今度ーっ!…と言って逃げようとしたけれど首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていった。
そう、こういうことするひとですよ!彼は!たいそうな美青年だけどもけっこう荒い扱いするよ!たまに雑だよ!…って、私はファンの子たちに教えてあげたい気持ちでいっぱいになった。
人気のない体育館裏は、秋の夕方となると肌寒い。
ちょうど呼び出された時にジャージを羽織っていてよかったと思った。呼び出された理由はわかっている。勘のいい氷室くんが、私が今日ずっと送っていた視線に気づかないはずがないから。
なので、私は彼が尋ねてくる前に自分から告げた。
「……左目」
私と対面した氷室くんは、その一言に肩をピクリと震わせた。
「氷室くんの左目が気になって…、一日見てれば髪の毛が揺れたときに見えるかなとか思って、見てました。ごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃないから、怯えないでくれよ」
おどおどしながら顔を上げると、本当に怒っている様子はなかった。先日の敦くんとの会話を正直に話すと、彼は興味深そうに相槌を打った。否定しないということは、敦くんに左目を見せたのは本当なのだろう。少しの沈黙の後、氷室くんは小さく息を吐いた。
「そんなに見たいなら見せてあげるよ。もっと近くにおいで」
ドッ、と心臓がまた大きく高鳴った。
彼からの“おいで”という言葉は、蝶が花に誘われるような気分になる。甘い誘惑のようなだ。女の子からしょっちゅうラブレターをもらったり、ファンがついてしまうもの無理はない。
私は頷くのが精一杯で声が出なかった。
一歩、また一歩、対面していた氷室くんとの距離があっという間に縮まった。こんなに近くで顔を見るのは初めて。間近で見ても透き通るような白い肌。私の目が泳ぎそうになるが、彼をしっかり見つめなければ。
氷室くんも薄く微笑んで私を見つめ、そして目を閉じた。
静かな動作で彼が左手で、前髪を横に分けるそこには――私の見たかった彼の『左目』があった。完全に両目を晒した状態になると、氷室くんは瞼をゆっくりと開いた。
「ほら、よく見てごらん」
瞳の色は右目と同じでライトグレー。
その中に私の姿が映っていた。ハーフのような整った顔立ちにその瞳の色はとても似合っていた。彼の左目は、オッドアイでも一重でもなかった。邪眼でもない。右目と同じで普通だった。
ただ、異常なのは両目を晒したときの状態のその美しさだった。美青年、という言葉では済まされない。バスケ部内でも氷室くんに惚れた男子が出てきても不思議じゃないと思った。
魅了されるのは女ばかりではないような美しさだった。メデューサと目があうと石になってしまうというファンタジーな話が頭を過ぎったが、氷室くんの両目を見ると必ず相手を射止めてしまう…そんな逸話が生まれてもおかしくない。
私がぽうっと見つめていると、氷室くんは私の呆けた顔を見てクスッと笑い私はその声で我に返った。後ろ足で下がって彼と距離をとる。氷室くんは左手を降ろし、またいつものように前髪が彼の左目を隠した。
「あ、ありがとうございました」
すばらしいものが見れたとばかりに思わず敬語で御礼を言いつつ、自分の顔の熱がぐんと上がっていることに気がついた。見せてと頼んで、見せられた結果、見惚れてしまった。本当にこれでよかったのかな。こんなにあっさりと見てもいいようなものではなかった。
氷室くんはとっても美しくて、瞳も澄んでいて綺麗で、簡単に見せてもらってもいいようなものではなく、「拝む」と例えたほうがしっくりくるレアなものだ。
しかし、私の中で、満足感より焦燥感のが上回っていた。
「別に左目も普通だっただろ?わざと隠してるわけじゃないんだ」
「そっか」
「アツシもキミのことをからかって冗談を言っただけだよ」
「うん、そだね」
「どうかした?」
「うん、どうか……した」
上の空で返事をしていると、不思議に思ったのか氷室くんは瞬きをして首を傾げた。自分の両手を頬に当ててると顔が熱いせいで、あっという間に熱が伝導でし、結果、顔も、耳も、手も熱くなってしまった。
どうかした。どうかしてしまった。
いっそ、邪眼がよかった。左目に目玉の親父が住んでいてほしかったぐらいだ。
「こんなに至近距離で両目見せてもらって、何か、氷室くんすごいキレイで……すっ…、好きになったらどうしよう…迂闊だった…!」
わぁわぁと声を上げて騒ぐ私を見て、氷室くんが遠慮することなく吹き出して笑った。口元が恥ずかしさで歪むも、堪えられない。
そしてひとつ気づいたことがある。
何故、隠れている左目が気になったのか。それは『彼』だったからだ。『氷室くんの左目』だったからなのだ。興味がなければ見たいなんて思わない。私の興味は真っ直ぐに彼に向かっていたことになる。不本意にも認めざるを得ない。
「あっはは、変な顔。君が抜けてる今更だろ?」
指さして笑っている氷室くんに、私は「ひ、ひどい!」と言い返すしかなかった。確かにマイペースだしドジだし抜けてるけども!いつもドジみたいに言わないでくれます!?って言い返したいけれど私の歪んだ口元からはたくさんの言葉が出てくる余裕もなかった。
そう、こーゆーこと言う奴ですよ、彼は!たいそうな美青年だけども結構、言うよ!?…って、私は再びファンの子たちに教えてあげたい気持ちでいっぱいになった。
一歩、二歩と近づいて私と距離をつめると氷室くんは顔を覗き込んできた。口元は相変わらず笑っているままだ。
「俺は好きになってくれても構わないよ?願ったり叶ったりだ」
覗き込まれたまま――、フッ、と柔らかい声と、優しい瞳がすぐ間近まできている。あっという間に、形のいい唇は私の頬に触れてまた離れていった。驚愕の言葉と出来事に、私が口を開けて呆然としていると、彼はまた私の顔を指さして笑うのだった。
……と。
とりあえず、ゆびをささないで!
秋の某日――、これから洗濯するタオルを運びながら、私は横目でミニゲームを一瞥した。
学年シャッフルにしてダブルエースを別々のチームに入れての試合。現在のスコアは30対28。
氷室くんがいるチームの方がややリードしていた。私の目は自然と彼を追ってしまう。ドリブル、パス、で、またそのボールが戻ってきて、敦くんのディフェンスが反応するより早く氷室くんはミラージュシュートを放った。ボールを持ってからのシュートモーションが一段と早い。フォームもすごくキレイだ。
何度も打ってる氷室くんの必殺技とも呼べるそれは、見る度に洗練されていくようだった。シュパッ、とボールが網にくぐる音。
リングにすこしも掠めることなく綺麗に入り、得点係がスコアボードをめくった。
「室ちん本気でやりすぎだし~」
「アツシもそろそろ本気でやったらどうだい?」
小さくガッツポーズをとる氷室くんに敦くんにのっそりとした動きで近づいて唇を尖らせた。身長2mを越える敦くんのディフェンスは最強のはずだが、今あっさりと氷室くんにシュートを決められてしまったのは、ただ単純に敦くんが本気を出していなかっただけらしい。
練習でもほとんどやる気モードを見せない彼がミニゲームとはいえ序盤から本気を出すことは滅多にない。
いつもの光景といえばそうだが、さすがに今日は監督もじっくり見ているわけだからそろそろちゃんとやったほうがいいと思うんだけどなぁ…と私は心の中で独り言ちた。
ただ、氷室くんも敦くんの苦手なシュートコースを計算して打ってるわけだから、ちゃんとディフェンス・ブロックされるもの想定している。あんまり甘く見てると痛い目あうよ~と私は敦くんに内心で警告を送った。今は敵チームだというのに二人の会話は妙に和やかな声色だ。
「ふーん。まぁ、そろそろやるか~。雅子ちんに怒られたくないし」
「そうこなくちゃ」
試合モードにやっと切り替わったわざとらしく敦くんは溜息を漏らして、自分のポジションに戻って行った。後ろ姿を見てニッ、と好戦的に微笑む氷室くんの横顔をコートの外から見つつ、私はタオルを置いて今度は空ボトルを回収しはじめた。
――横顔が綺麗で、危うく見とれそうになった。
私もちゃんとミニゲームを見たいけれど雑務も溜まっているので横目で見るのが精一杯。とりあえずタオルの洗濯、ドリンクを作ったり…それらを終わらせてからでないとミニゲームもゆっくり見れない。早く終わらせなくちゃ。
バスケ部ではほとんどが基礎練や監督が組んだ特別メニューをこなしている中でも、定期的に行われる実力を見るためのミニゲームと、不定期に突発的に行われるミニゲームがある。今日行われているのは後者だ。
昨日の時点で監督が決定し、『バスケ部がミニゲームをやる!』という話はあっという間に伝わって、今日は氷室くん見たさに練習を見に来ている女子がチラホラいるようだ。熱い視線と黄色い歓声は氷室くんに。そしてその女子と氷室くんを交互に見ては悔し泣きしそうな顔をしているのは岡村くんだ。今回、彼は氷室くんと同じチームなのだが嫉妬で暴走しかねない。氷室くんに妬んで暴走しだしたら注意せねば――と、思いつつも、やはり私の視線は氷室くんに戻ってしまう。
特に、左側だけを。
まさかこんなに見つめてしまうとは自分でも思わなかった。理由は、まぁ、ただなんとなく、彼の隠れた左目が気になっただけの話なのだが。
つい先日、何故か髪で隠れている氷室くんの左目について何気なく敦くんに聞いてみたところ――、
『室ちんの左目はね………、あーーこれだけは言えないなぁ~自分の目で確かめてみなよ』
――とのこと。
結局教えてもらえなかったが、敦くんは左目の秘密を知ってるかのようにフッフッフと不敵な笑い声を立てていた。結局教えてくれないの?と、私が抗議したらチョコパイをくれたので怒りは落ち着いた。私はあっさりと引き下がり、もらったチョコパイをおとなしく食べた。敦くんが大事なお菓子をくれるなんて、珍しい。
しかし『自分の目で確かめてみなよ』と、そう言われては、この件、真実を知るまで引き下がるわけにはいかない。
左目だけ一重とか?目の色が違うとか?邪眼とか!?
色々考えてみるも結局それは自分で確かめる他ない。
敦くんとの会話の翌日――そう、今日である。
一晩寝ても氷室くんの秘密の左目への興味は薄れることはなく、移動教室でバッタリり廊下で遭遇した際にも、部活がはじまっても、激しく動くミニゲーム中でも、私の視線は彼の髪で隠れている下にあるであろう左目ばかりを見ていた。
基礎練の最中やミニゲーム前の休憩中に、私の視線に気づいた氷室くんは目が合えばニコリと笑ってくれた。
刹那、心臓が高鳴る。陽泉高校へ途中で氷室くんが転入してきて、彼と出会うまで、彼ほどの美青年が私の周りにはいなかったから。目が合って微笑まれればドキリともするだろう。しない女の子はいないと思う。彼のファンの気持ちがわかる。氷室くんを特別好きだとか思ったことはない私でさえドキドキしてしまうのだから。
ただ、目的を取り違えてはいけない。
私の目的は秘密の左目の真実を知ることだ。
自分の仕事はサクサク終えてミニゲーム観戦に没頭できたのだが、出来る限り見ていたにも関わらず、その左目はまったく拝むことはできなかった。もう少しマネージャーとして観察すべきところがあるのはわかっているが、この問題を解決するまでは他の事が頭に居入って来ないのだから仕方がない。
マネージャーとしては選手の動きをよく見ていないといけないのに、今日ばかり私の視線は氷室くんのみに集中していた。
『隠れてる左目が気になるから』って、こんな理由で彼ばかりを見ていたことを監督に知られたら間違いなく怒られるが、今日だけはすいません、どうしても!見たいんです!
当人に聞こえるはずもない謎の主張を、心の中だけで叫んでいた。
氷室くんのサラサラとした髪は、彼の動きに合わせて揺れるも上手い具合に左目を常に隠していた。
細くて綺麗な髪の毛の間から垣間見えることもない。私の見つめる目も、もどかしさで凝視に変わっていった。
ファンの人に気づかれたら多分反感を買ってしまうだろうなぁ。
そして試合後、体育館は熱気で包まれる。
ミニゲームは白熱し、僅差で敦くんがいるチームが勝ち、このミニゲームにて今日部活は終了となった。
□ □ □
「ちょっといいかな」
案の上、私は部活後に氷室くんに体育館裏に呼び出された。
ハッ!用事を思い出したのでまた今度ーっ!…と言って逃げようとしたけれど首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていった。
そう、こういうことするひとですよ!彼は!たいそうな美青年だけどもけっこう荒い扱いするよ!たまに雑だよ!…って、私はファンの子たちに教えてあげたい気持ちでいっぱいになった。
人気のない体育館裏は、秋の夕方となると肌寒い。
ちょうど呼び出された時にジャージを羽織っていてよかったと思った。呼び出された理由はわかっている。勘のいい氷室くんが、私が今日ずっと送っていた視線に気づかないはずがないから。
なので、私は彼が尋ねてくる前に自分から告げた。
「……左目」
私と対面した氷室くんは、その一言に肩をピクリと震わせた。
「氷室くんの左目が気になって…、一日見てれば髪の毛が揺れたときに見えるかなとか思って、見てました。ごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃないから、怯えないでくれよ」
おどおどしながら顔を上げると、本当に怒っている様子はなかった。先日の敦くんとの会話を正直に話すと、彼は興味深そうに相槌を打った。否定しないということは、敦くんに左目を見せたのは本当なのだろう。少しの沈黙の後、氷室くんは小さく息を吐いた。
「そんなに見たいなら見せてあげるよ。もっと近くにおいで」
ドッ、と心臓がまた大きく高鳴った。
彼からの“おいで”という言葉は、蝶が花に誘われるような気分になる。甘い誘惑のようなだ。女の子からしょっちゅうラブレターをもらったり、ファンがついてしまうもの無理はない。
私は頷くのが精一杯で声が出なかった。
一歩、また一歩、対面していた氷室くんとの距離があっという間に縮まった。こんなに近くで顔を見るのは初めて。間近で見ても透き通るような白い肌。私の目が泳ぎそうになるが、彼をしっかり見つめなければ。
氷室くんも薄く微笑んで私を見つめ、そして目を閉じた。
静かな動作で彼が左手で、前髪を横に分けるそこには――私の見たかった彼の『左目』があった。完全に両目を晒した状態になると、氷室くんは瞼をゆっくりと開いた。
「ほら、よく見てごらん」
瞳の色は右目と同じでライトグレー。
その中に私の姿が映っていた。ハーフのような整った顔立ちにその瞳の色はとても似合っていた。彼の左目は、オッドアイでも一重でもなかった。邪眼でもない。右目と同じで普通だった。
ただ、異常なのは両目を晒したときの状態のその美しさだった。美青年、という言葉では済まされない。バスケ部内でも氷室くんに惚れた男子が出てきても不思議じゃないと思った。
魅了されるのは女ばかりではないような美しさだった。メデューサと目があうと石になってしまうというファンタジーな話が頭を過ぎったが、氷室くんの両目を見ると必ず相手を射止めてしまう…そんな逸話が生まれてもおかしくない。
私がぽうっと見つめていると、氷室くんは私の呆けた顔を見てクスッと笑い私はその声で我に返った。後ろ足で下がって彼と距離をとる。氷室くんは左手を降ろし、またいつものように前髪が彼の左目を隠した。
「あ、ありがとうございました」
すばらしいものが見れたとばかりに思わず敬語で御礼を言いつつ、自分の顔の熱がぐんと上がっていることに気がついた。見せてと頼んで、見せられた結果、見惚れてしまった。本当にこれでよかったのかな。こんなにあっさりと見てもいいようなものではなかった。
氷室くんはとっても美しくて、瞳も澄んでいて綺麗で、簡単に見せてもらってもいいようなものではなく、「拝む」と例えたほうがしっくりくるレアなものだ。
しかし、私の中で、満足感より焦燥感のが上回っていた。
「別に左目も普通だっただろ?わざと隠してるわけじゃないんだ」
「そっか」
「アツシもキミのことをからかって冗談を言っただけだよ」
「うん、そだね」
「どうかした?」
「うん、どうか……した」
上の空で返事をしていると、不思議に思ったのか氷室くんは瞬きをして首を傾げた。自分の両手を頬に当ててると顔が熱いせいで、あっという間に熱が伝導でし、結果、顔も、耳も、手も熱くなってしまった。
どうかした。どうかしてしまった。
いっそ、邪眼がよかった。左目に目玉の親父が住んでいてほしかったぐらいだ。
「こんなに至近距離で両目見せてもらって、何か、氷室くんすごいキレイで……すっ…、好きになったらどうしよう…迂闊だった…!」
わぁわぁと声を上げて騒ぐ私を見て、氷室くんが遠慮することなく吹き出して笑った。口元が恥ずかしさで歪むも、堪えられない。
そしてひとつ気づいたことがある。
何故、隠れている左目が気になったのか。それは『彼』だったからだ。『氷室くんの左目』だったからなのだ。興味がなければ見たいなんて思わない。私の興味は真っ直ぐに彼に向かっていたことになる。不本意にも認めざるを得ない。
「あっはは、変な顔。君が抜けてる今更だろ?」
指さして笑っている氷室くんに、私は「ひ、ひどい!」と言い返すしかなかった。確かにマイペースだしドジだし抜けてるけども!いつもドジみたいに言わないでくれます!?って言い返したいけれど私の歪んだ口元からはたくさんの言葉が出てくる余裕もなかった。
そう、こーゆーこと言う奴ですよ、彼は!たいそうな美青年だけども結構、言うよ!?…って、私は再びファンの子たちに教えてあげたい気持ちでいっぱいになった。
一歩、二歩と近づいて私と距離をつめると氷室くんは顔を覗き込んできた。口元は相変わらず笑っているままだ。
「俺は好きになってくれても構わないよ?願ったり叶ったりだ」
覗き込まれたまま――、フッ、と柔らかい声と、優しい瞳がすぐ間近まできている。あっという間に、形のいい唇は私の頬に触れてまた離れていった。驚愕の言葉と出来事に、私が口を開けて呆然としていると、彼はまた私の顔を指さして笑うのだった。
……と。
とりあえず、ゆびをささないで!